第115話:繋がり
レーメイ女王とオーレリアさん、そしてヘルメスさんを連れた私達は小舟に乗り島へと急いだ。島に向かう最中も接ぎ木した枝は異常な成長を見せており、青々とした葉が美しく茂っていた。しかし、島へと到着した時には既に葉は枯れ始めており、代わりに枝には紫色の小さな実が複数生り始めていた。
「お父さんこれ……!」
「大丈夫だよヴィーゼ。実が生ってるという事は、そこから種が採れるという事だ」
異常な成長によって実が朽ちてしまう前にいくつかそれをもぎ取り、島へと辿り着いた。お母さんが残したレシピに書かれていた道具が上手く作れた事を告げると、彼らから小さい感嘆の声が上がった。まだ人間になったばかりという事で感情が上手く制御出来ず、そういった希薄な反応になったのであろう。
「えっとえっと……お、お父さんこれどうすれば……」
「種は確保出来たから、その鉢植えはどこかに置いておけばいいんじゃないのかな? まだ接ぎ木出来る部分が残ってるから、どこかで他の枝を手に入れればもっと新しい種を増やせるかもしれないね」
そろそろ重くなってきたため、近くへと寄って来てくれた一人に鉢植えを渡し、管理をお願いする事にした。鉢植えを抱えた一人は他の数名と何やら話しながらどこかへと歩いて行った。恐らくより良い場所に安置するためだろう。
それを見届けた002番さんはレーメイ女王の前に出るとこれからどうするかについて話し始めた。
「女王様。我々は協議の結果、貴方方を迎え入れる事を認可しました。ヴィーゼ様、プレリエ様によって植物の供給は安定するものと思われます。王国の方々の説得が出来ましたか?」
「そうですね……何とか納得してもらう事は出来ました。反発しておられる方も居ましたが、何とかお願いする事が出来ました」
「ではこれよりこの島にある岩山を切り崩し、それを石材として皆様の住居を作ろうと考えております。作業は我々だけでも問題ありませんが指示を出して頂かなければ建築が出来ません。皆様のお力添えを頂きたいです。問題ありませんか?」
「大丈夫です。オーレリア」
「はい。私にお任せを」
レーメイ女王から指令を受けたオーレリアさんは国民の協力を仰ぐために、小舟に乗ると巨大船へと戻っていった。残った私達は枝から採れた実をどこに埋めるかを決める事となった。自分やプーちゃんだけではどうすればいいか分からないが、今はお父さんという心強い味方が居るのでその指示に従って植える事にした。
そうして植え付けを行っていると002番さんがこちらへと近付いて来た。何やら大事な話があるらしく、私とプーちゃん、そしてお父さんに岩山の洞窟へと来る様に言われた。慣れない植え付け作業を一人で行わなければいけなくなったヘルメスさんは心細そうにしていたが、なるべくすぐに戻る様に伝えると三人で岩山の中へと再び入っていった。
「あの、どうしたんですか?」
「……皆様にお見せした指輪の事を覚えておいでですか?」
「確かお母さんが昔のあたし達に渡したっていうやつだよね?」
「そうです。運命を操作し因果を結び付ける『再会の指輪』」
「それがどうかしたのかい?」
「……お二人にお渡しします」
「えっ……」
002番さん曰く、トワイライト王国の人々がここに住む事になった以上、こういった錬金術によって作られた超常技術をそのままにしておくのは危険であると感じたそうだ。そのため、ここに保管していたあの指輪も私達へと渡し、他の人間には渡らない様にしたいらしい。あの『創成樹の鉢植え』も役目を終えれば必ず誰も使えない様に処分するつもりの様だ。無論、その時が来るのは相当先になるだろうが。
「必ずお放しにならない様にお願いします」
私とプーちゃんの手には指輪が一つずつ乗せられた。金属を螺旋状に変形させて作られている指輪を見ていると不思議な感覚に襲われた。何故かは分からないがその指輪は左手薬指にはめる物であるという考えが頭の中へと浮かんできたのだ。
「はめておいた方がいいって事ですか……?」
「これは私の予測ですが、マスターが今もこの指輪を付けているのであれば再びお二人がマスターに会う事が出来るかもしれません。あくまで付けていればの話ですが」
「お母さんに会えるの!?」
「確証は持てません。ですがマスターがその指輪を用いてお二人を自らの子供として輪廻させたというのであれば、その力は本物なのでしょう」
プーちゃんと目を合わせ、お互い頷くと指輪を左手薬指にはめた。すると上手く言い表す事の出来ない何かで繋がっている感覚を覚えた。お互いに触れている訳ではないにも関わらず、相手が次にどう動くかというのがまるで自分の事の様に頭の中に浮かんできた。この感覚はプーちゃんも同じらしく、そう感じているというのがこちらに伝わってきた。そしてもう一つ、非常に微弱な繋がりが感じられた。
「プーちゃん、今……」
「うん。あたしも感じた……どこか、どこか分かんないけど……でも遠くで指輪付けてる人が居る」
「二人共、僕にも分かる様に教えてくれないかな。彼女は……ブルーメは生きてるのかい?」
「そ、そこまでは私にも分からない……でも、この指輪と同じ物を付けてる人が居るのは分かるんだ」
「うん。遠いどこかで今も付けてる。それに今あたし達がこれを付けて感じたって事は……」
「……ブルーメもこっちに気が付いた?」
「多分だけれど……」
お母さんが今どこに居るのかは分からない。しかし、一つだけ確かなのは同じ指輪を付けている人が居るという事だ。もし仮にそれがお母さんではなかったとしても、お母さんが作った指輪をしている人と会えれば何か分かるかもしれない。
「私からのお話は終わりです。お時間を頂き感謝致します」
「ありがとうございます002番さん! まだ何かお手伝い出来そうな事はありますか?」
「トワイライト王国の皆様の協力があれば無問題でしょう。かつての我々が作られる時、様々な知識が収められました。今もそれは残っておりますので、それを活かせば人が住める様になるのはすぐかと」
「じゃあじゃあ、あたし達が居なくてももう大丈夫そう?」
「はい。ですが念のため、何かあった時のために連絡装置、あるいは転送装置を配置して下さると助かります」
002番さんが危惧しているのは何らかの異常事態が発生した際に国民が全滅してしまう事なのだろう。今まで彼らがこの島で問題無く生きていられたのは、機械人形だったからである。しかし今では完全に人間へと変化している上に、行き場を失くしたトワイライト王国の人々が入ってくる。そうなれば様々な問題が発生する恐れがある。もちろん、あの女王が居れば大丈夫だろうという信頼もあるが、それでも『もしも』は発生し得る。
「えっと……つまり、すぐに連絡が取れる道具が欲しいって事ですよね?」
「はい。お二人によってもたらされた鉢植えがあれば木材に困る事はありませんし船が作れれば漁業も可能でしょう。ですが、何らかの予測不可能な問題が生じる恐れがあります。その際、お力添えを頂きたいのです。ヒトとなった今、我々に出来る事の一部に制限が掛かっています。何事も一長一短という事なのでしょう」
「ねぇヴィーゼ、ステラ姉のとこにも置いてるあのキャンバスならいいんじゃない?」
「うん。でも大丈夫かな? 今あの絵は二つのキャンバスで繋がれてる訳だけど、そこにもう一個追加するとなると……」
「難しそうでしょうか」
「……ちょっと考えさせてください。必ず何か作ってきますから」
「かしこまりました。お気をつけて」
002番さんと別れた私達は洞窟から出るとヘルメスさんの所へと戻った。一人で植え付け作業を行っていたヘルメスさんはすっかりヘトヘトになっており、岩場に腰を降ろしていた。
「あ、だ、大丈夫でしたか……? お、終わらせて、おき……ました、はい……」
「あっすみませんヘルメスさん……遅くなっちゃって……」
「僕が残っておくべきだったかな……?」
「いえいえ、大丈夫です……。それより、何のお話だったんですか?」
「えっとですね……」
私は002番さんからお母さんが残していた指輪を受け取り、それによって三つ目の指輪が機能している事が分かったという事を伝えた。ヘルメスさんにもその指輪がどうやって作られたのかは分からないらしかったが、お母さんが自分の作った道具を迂闊に他人に渡すとは思えないそうなので、もし死亡していないのであればその指輪の所有者は間違いなくお母さんであろうとの事だった。
「じゃあ!」
「た、多分あの人が誰かにやられるって事はないと思うんです、はい」
「良かった……。じゃあ後はお願いされた物を作るだけだね」
「お願いされた物ですか……? あの、何を頼まれたんですか……?」
「えっと、もしもに備えて転送装置か連絡装置を作って欲しいって頼まれたんです」
以前作った『結いのキャンバス』をもう一つ作ろうとしているという事を告げると、ヘルメスさんは大慌てでそれを止めた。何でもあの道具は『二点間を繋げる道具』の一種であるため、そこに三点目を追加すると私達が作ったあの絵画世界が崩壊する可能性があるらしいのだ。それ程、空間同士を繋げるというのは難しい技術であるらしい。
その話を聞いて『狭間の絵筆』を上手く改良すれば良いのではないだろうかと質問してみると、それも危険かもしれないと忠告された。あの絵筆によって作られる『狭間の空間』は完全に未知であるらしく、ヘルメスさんでも今話に聞くまでその存在を知らなかったそうだ。実際あの空間内で上手く動けていたのはリチェランテさんだけであり、仮に『新人類』であれば誰でも自由にあの空間内で動けるのだとしても、それでは移動用連絡用としては危険すぎる代物だった。
「うーん……筆もキャンバスもダメって……。じゃあどういうのなら大丈夫なの……?」
「そ、その道具を使う人って、オートマタだった人達なんですよね?」
「そうですね。多分そうだと思います」
「……だ、だったら、私が使ってるこれとかどうでしょう……?」
そう言いながらヘルメスさんが取り出したのは、彼女がいつも瞬間移動する時に使っている鳥の羽根の様な道具だった。ヘルメスさんによると、この道具は使用する際に対象地点を目視するか、あるいは目標地点の座標を頭に思い浮かべる必要があったのだ。かなり取り扱いの難しい道具であり、目視が出来ない状態であれば海に転落したりする可能性があるらしい。しかし、複数の知識を収められた彼らであれば複雑な計算によって即座に座標を割り出せるのではないかとの事だった。
「な、なるほど。でも、本当にそんな計算出来るんでしょうか?」
「あの人達は私達が来る事を予測してましたよね……一応オーレリアさんの接近に気付いていたというのはありますけど……」
「それだけじゃないかもって事?」
「い、一応確認した方がいいですけど、でも多分彼らには高度な予測能力があるんだと思います。ヒトになった今もそれが残ってるかは分からないですけど……」
「じゃあ逆に言っちゃえば、それが出来るんならその羽根を使いこなせるって事?」
「そ、そうです、はい」
「ヴィーゼ聞いてみよう」
「うん」
002番さんから依頼された道具が作れる見込みが見えてきた私とプーちゃんは、ヘルメスさんとお父さんをその場に残し、確認のために駆け出していった。




