第11話:枯れ果てた森と焼け落ちた街
ミーファさんが残した言葉を信じ、私達は北へと向かっていた。
「ホントにあいつの言う事信じてもいいのかな?」
「うーん……でも他に頼りは無いし……」
「シー姉なら足跡辿れるんじゃないの?」
「森の中には様々な生物が暮らしている。だから足跡も他の足跡に消され易い。下手に辿ると、見失った時が怖い」
確かにここの森は木も草もかなり多いし、下手に迷ってしまったら完全に出られなくなるかも……。もしそうなったら、死んじゃうかも……。
「ふーん……まあそういうならそっか」
「しかし、あのミーファとか言うのが言ってた事が気になる。食物が人を殺すとはいったい……」
「もしかしたらお父さんが言ってた未知の生物が関係してるんじゃないでしょうか?」
「それはつまり、人を食らう植物という事か?」
「人を食べるかはともかく、例えば花粉に毒性があるとか……」
そんな事を話しながらしばらく歩いていると、私はある事に気が付いた。徐々にではあるが、木や草が少なくなってきていたのである。どこもかしこも緑一色と言ってもいい程の景色だったにも関わらず、所々に土が見え始め、更には枯れている木も見え始めていた。
「……妙だ」
「シーシャさん?」
「こんなに急に木々が枯れていってるというのはおかしい。これじゃあ、私の村みたいじゃないか……」
「どうなのヴィーゼ? 変なの?」プーちゃんはサッパリといった表情でこちらを見る。
「プーちゃんはもうちょっと勉強を真面目にした方がいいよ……。あのね、こういう風になってるのは確かにおかしい事なんだよ」
「ん~でも、本で見た事あるよ? 砂漠って言って、植物があんまり生えない場所があるって」
「そうだね。でも砂漠が出来る場所と森が出来る場所は色々環境の条件が違うんだよ。その二つが完全に両立する訳無いんだよ」
そう、ありえないよ。こんな風に森が弱り果てる様に無くなっていってるのは普通じゃない。シーシャさんが言う様にダスタ村で起きてる状況と似てる気がする。何も植物が育たなくなるあの状況に……。
更に歩みを進めていくとついには植物が完全に姿を消し、プーちゃんが言っていた様な砂漠が広がっていた。周りを見渡してみても、後ろに先程通った森が広がっているだけで、他の場所には緑の姿は見えなかった。
「何だ……これは……」
「そんな……」
「ねぇヴィーゼ、ホントにさっき言ってた知識合ってるの?」
「ま、間違いは無い筈……。だってこんなのおかしいよ」
本で読んだ限りでは砂漠は非常に暑く、皮膚が強く焼けてしまう程であると書かれていた。しかし、この場所は気温自体は変わっておらず、暑くて堪らないといった事は無かった。
「川……そうだ川だ! 川はどうなっている!」
「あ、ま、待って下さい!」
私とプーちゃんは突然川へ向けて走り出したシーシャさんを追って台車を引いて走った。
シーシャさんに追いついた私達が見たのは絶望的とも言える状況だった。森の中では魚達が気持ち良さそうに泳いでいた澄んだ川が、一滴の水も残さず干からびていた。
「どうなってるんだ……こんな事ありえないぞ!」
「そ、そうですよね。流れてたあの水はどこで途切れて……」
確かに森の中では水が流れていた筈……どこかで水が途切れるか遮断されないとこんな風にはならないよね……。でも、いったいどこで……?
「別におかしな話でも無くない?」
「えっ……?」
「だってさ、ヴィーゼは途切れて、とか言ってたけど、この感じから分かるのは一つだけじゃん」
「な、何が?」
「だからさ、水がどこかで急に消えてるんだよ」プーちゃんは真面目な顔をしてそう言った。普段の冗談では無く、真面目に言っている。
「いや……いや、でもそんな事起こりえないよ」
「何でそう言い切れるのさ? 本に書いてある事が全てじゃないと思うよ?」
本に書いてある事が全てじゃない……それはそうかもしれないけれど、あまりにも突拍子が無さ過ぎる。水が消えるって……いったいどうすればそんな……。
そう考えていると、シーシャさんが声を上げ、遠くを指差した。
「見ろ! あれ!」
「お?」
差された指の先を見てみると、遠くに一つの街が見えた。街は外部からの攻撃を防ぐためか高い塀に囲まれていた。
「街が……」
「あそこなら誰か居るんじゃない? 聞いてみれば何か分かるかも」
「そうだね。まずは、行ってみよう?」
「ああ、行こうヴィーゼ、プレリエ!」
私達はこの状況に関する詳しい話を聞くため、遠くに見える街に向けて歩き出した。
街の前に辿り着くと門は開きっ放しになっており、門番の人もどこにも見当たらなかった。それどころか、普通なら多少は感じる筈の人の気配や賑わいを全く感じなかった。
「こ、ここ……変な感じですね……」
「ああ……気配が、無いな」
「ねーねー、入るんなら入ろうよー」
「う、うん」
私達は意を決して門を潜り、街の中に入っていった。
中に入ると異様な光景が目の前に広がっていた。どの建物もまるで火事にあったかの様に焼け爛れており、中には完全に焼け落ちてしまっている物もあった。
「何があったんだこれは……」
「も、もしかして戦争とか……」
「いや……もし戦争をしたならここまでする意味が無い。見た感じだとこの街はそこそこ栄えていた筈だ。焼き尽くすよりも自分達の拠点として使った方がいい」
「確かに……」
プーちゃんはいつもとは違い、少し怯えた様子で辺りを見渡していた。
「大丈夫?」
「……ここ、やな感じがする」
プーちゃんは人の死に他の人よりも敏感に反応する。元々寂しがりやで甘えん坊なプーちゃんからすれば、こういう死を匂わせる場所が苦手なのかもしれない。実際にここは人の死を感じさせる要素がある。
「……ヴィーゼ、プレリエ、ここに居ろ。私が少し見てみる」
そう言うとシーシャさんは近くにあった家に近付き、扉に手を掛け、中に入っていった。
「ねぇヴィーゼ……ヴィーゼはどこにも行かないよね?」
「うん。大丈夫だよプーちゃん。私はずっと一緒に居るから……」
「……ん」
プーちゃんは怖くなったのか私の服を摘まんだ。その体は不安からか落ち着き無く貧乏揺すりをしており、目線も定まっていなかった。
やっぱり、この子には私が居なくちゃ駄目だ……。もし私が大人になってどこか別の場所に住んだりしたらきっと駄目になってしまう。下手をすれば付いてくるかもしれない。甘やかすのは良くない事だとは思うけれど、でも……私にプーちゃんは見捨てられない……。
しばらく待っていると、シーシャさんが家の中から出てきた。それに気付いたプーちゃんはまるで最初からそうであったかの様に服から手を離す。
「どうでした?」
「駄目だ……その……住人も居たんだが、もう既に……」
「そうでしたか……」
「……死んじゃってたの?」
「え? あ、ああ」
「……」
私はプーちゃんの手を握る。
「え、えっと! ほ、他に何かありましたか?」
「その事なんだが、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
「見てもらいたいもの?」
「来てくれるか?」
再び家に向かって歩き始めたシーシャさんを追おうとすると、私の手が引っ張られ、止められた。
「やだ……」
「プーちゃん……」
「怖い……」
「じゃあ私だけでも見てくるよ」
「行かないで……」
どうすればいいんだろう……完全に怖がっちゃってる。こんな状況だから怖いのも仕方ないのかもしれないけれど、行かない訳にもいかない。シーシャさんがわざわざ私に見て欲しいって言ったって事は、何か相当気になる物が見つかったって事だもんね……。
「ねぇプーちゃん、大丈夫だから行こう? 怖かったら目を瞑っててもいいから」
「……どこにも行かない?」
「うん、置いていったりしないよ。ずっと手を握っててもいいから」
「……分かった。じゃあ行く……」
私は何とかプーちゃんを納得させ、シーシャさんが入って行った家の中に足を踏み入れた。
家の中はヘルムート王国で見られる一般的な構造とよく似ていたが、外と同じ様に中も火に焼かれた様に煤だらけになっており、所々熱の影響でか完全に壊れている所もあった。
「こっちだ。それと、食卓側の窓の辺りは見ない方がいい」
チラッと横目で見てみると、窓の下の床には真っ黒な何かが落ちていた。私は無理矢理視線を前に戻し、シーシャさんを見る。
「はい……」
理解したくなかった……分かってはいたけれど、理解したくなかった。あれは、あれは……人だ。ここから逃げ遅れた、シーシャさんが言っていた人、手遅れだった人……。
「じゃあ、行くぞ」
私は歩き始めたシーシャさんの後を追った。プーちゃんは私に言われた通り力強く目を瞑っており、握っている手にも強い力が掛かっていた。
やがてシーシャさんは家の奥にあった台所に辿り着いた。そこも同じ様に煤だらけで焼け爛れていた。
「ここですか?」
「正確にはこれだ」
そう言うとシーシャさんは足元にあったボロボロになっている木箱の蓋をナイフで抉じ開け、中を見せた。
「おかしいとは思わないか……?」
「これは……」
箱の中に入っていたのはトウモロコシだった。周囲がこれだけ焼けているにも関わらず、何故かこのトウモロコシ達だけは綺麗に残っていた。僅かな煤を被ってはいるものの、何故か本体は全く焼けていなかった。
「変ですね。何でこれだけこんなに綺麗に……」
「それと、もう一つ」
そう言うとシーシャさんは台所にあった裏口を押し開けると、手招きした。外を見てみるとそこには異様な光景が広がっていた。家の裏には路地が通っており、向かいにはまた別の家が建っていたが、その路地には大量のトウモロコシが生えてきていた。そのトウモロコシ達は石畳を無理矢理押押し退け、あるいは砕く様にして生えてきており、異常な程の生命力を見せ付けていた。
「な、何ですかこれ……」
「ヴィーゼ、私はトウモロコシというものを収穫した事が無い。これはこういう植物なのか?」
「そ、そんな訳ないですよ。雑草が石を押し退ける様にして生えてきてるのは見た事がありますけれど、こんな……トウモロコシがこんな風に生えるなんて聞いた事も無いです」
「やはり、そうか……」
プーちゃんが尋ねる。
「ねぇヴィーゼどうしたの?」
「えっと……も、もう目に入ったゴミも取れたんじゃないかな? 開けてみたら?」
私はなるべくプーちゃんのプライドを傷付けない様な嘘をついた。
多分本当の事を言ったらプーちゃん恥ずかしがって怒るよね、うん……。
「あ、開けてみるよ?」
「うん。大丈夫だと思うよ」
プーちゃんは恐る恐るといった様子で目を開けると、目の前の光景に目をパチクリしていた。
「あ、あれ? もしかしてあたし達瞬間移動とかしたの?」
「いや、あの街だ。ここは、あの街の路地なんだ。信じ難いがな……」
私だって信じられないよ……畑に生えてる筈のものがこんな路地に生えてるなんて、明らかにおかしいし、どうしてこうなってのかも全然思いつかない……。
「えっと……とりあえず、戻りませんか? 一旦台車の所まで戻って、そこから他の場所も見てみましょう」
「そうだな、そうしようか」
「え、え?」
私達は混乱しているプーちゃんを連れながら路地を通り、家の前まで戻る事にした。