第97話:例え裾を別っても……
お父さんに言われた通り医務室へと戻っているとその途中でリオナさんとリオラさんと遭遇した。この船が巨大だとはいえ、トワイライト王国の人々も乗船しているため使える部屋も少なくなっているため、こうして廊下に居たのかもしれない。
「あっリオナさんリオラさん」
「やっ。何かヤバイ事になってたみたいだね」
「ちょっと大丈夫なの? 貴方達のお父さん、随分焦ってたけど」
「うん、何とかね。二人とも何してんの?」
「いや~私らはほら、部屋とか特に無いしさ。こうやってウロウロしてるってハナシ」
リオナさんは時折私達の後ろを気にする様子を見せており、落ち着かない様だった。
「リオナさん?」
「……あいつは?」
「リオンさんですか?」
「違う、あのレレイって奴よ。あいつ今何してるの?」
先程まで広間で話していた内容について二人に説明した。二人の出生に関わる話もしており、更にレレイさんとリオンさんが出会った経緯なども聞いた事を話すとばつが悪そうな顔をしていた。やはりリオナさんにとっては思い出したくない、話題に出したくない記憶なのだろう。
「……聞いたのね」
「ねぇ姉ちゃんさ~もう良くない? リオンも今が一番幸せなんじゃない?」
「……気に入らないわね。私が一番上よ?」
「三つ子みたいなもんじゃん。あの人悪い人じゃ無さそうだよ? 放っとけばいいってハナシじゃん」
「そうだよ、レレイ姉悪い人じゃないよ?」
「いいとか悪いとかじゃないのよ。私達は三人で一組なの。一人でも足りないのは……」
リオナさんの顔には苛立ちが見えた。リオラさんはそんな姉の姿を見て呆れた様な顔をしていた。そもそもリオンさんの事を憎んでいる訳ではない彼女からすれば、いつまでも意地を張っているリオナさんの事が理解出来ないのかもしれない。
「……邪魔したわね。医務室に戻るんでしょ」
「あっはい。でも、もう大分良くなってきたんですよ」
「それでもよ。戻りなさい」
「二人はどうすんの? 部屋とかは?」
「あ~いやぁ……私らは別にいいよ。女王とか他の皆が優先されるべきってハナシ」
「あ、あの……じゃあ一緒に来てくれませんか?」
「別に怪我とかしてないわよ」
「……あ~いいねいいね! 行こう行こう!」
リオラさんは私の考えを察してくれたのかリオナさんを引っ張る様にして医務室の方へと誘導した。目的が分からなかったからか、リオナさんは困惑している様子だったが仕方ないといった様子で同行してくれた。
医務室に戻り、それぞれのベッドに腰掛けると先程広間で聞いたホルンハイムという場所やリオナさん達の過去について詳しく聞く事にした。リオナさんは口を噤んで話そうとしなかったが、代わりを果たす様にリオラさんが話し始めた。
「んじゃあ何から話そうか?」
「あのね、リオン姉だけじゃなくて二人もそうなんだけど、どこで生まれたのか知りたいの」
「実は私達のお母さんとリオナさん達は凄く似てるんです。それこそ生き写しみたいに」
「……あーそういうあれなんだ?」
「え?」
「いやさ……実は私も双子ちゃん初めて見た時、どっかで会った事あるなって思ったんだよネ」
「やっぱりそうなんですね……」
リオラさんは壁にもたれながら私達二人をじーっと見つめた。
「……うん、やっぱしどこかで会った気がするよ」
「あの、リオラさんはホルンハイムのどこで生まれたかとか覚えてますか? もしかしたら、私達のお母さんがそこに居るかもしれないんです!」
「それが私達もはっきりしないんだよね。確か……気付いた時には孤児院に居た筈」
「リオナ姉も覚えてないの?」
リオナさんは小さく溜息をついた。
「……悪いけど私も覚えてないわね。ただ……」
「ただ?」
「私達が居たあそこは多分、孤児院であって孤児院じゃなかった」
「え、えっと、どういう意味ですか?」
「そういう風にしか表現出来ない場所なのよ。どうやって言い方を変えようとしても『孤児院』としか言えないの」
恐らくリオナさんが言っている『孤児院』と呼ばれる場所は、錬金術か何かの力を使って認識を偽装している可能性がある。ルナさんの作った『純白の絵画』がナティリアという街を本来よりも美しい街に見せていた様に、何らかの方法でその建物を『孤児院』としか表現出来ない様になっているのだろう。
「そこで生まれたって事なのかな?」
「多分違うかな。もう離れて随分経つけど色んな資料みたいなのがあったし、何かあるのは確かってハナシだけど」
「何かの設計図みたいなものもあったわね。詳しくは分からないけど、あそこが怪しいのは事実よ」
「じゃあ調べるならそこがいいんでしょうか?」
「そうね。……まあ折角だし私も手伝うわ。一応貴方達には世話になったし、自分のルーツも知りたいしね」
「私も賛成かな~。誰が作ったとかはどうでもいいケド、私にもお母さんって呼べる人が居るなら会ってみたいし」
断る理由は無かった。お母さんと強い関わりを持っている二人に協力してもらえるのは心理的にも心強かったし、二人の自分達のルーツを知りたいという考えも理解出来た。ヘルメスさんとの出会いで私とプーちゃんが普通の人間ではないと判明した上に、何故かかつては同じ『新人類』だったお母さんが自分達を何らかの方法で娘にしてくれたという事も分かった。私やプーちゃんだけではなく、リオナさんもリオラさんも、そしてリオンさんも全員自分のルーツを知る権利がある筈だ。
リオナさんから怪我を治すためにもう休んだ方がいいと勧められベッドに寝転がろうとしたその時、扉が開かれてリオンさんが入ってきた。その目がリオナさんとリオラさんを捉えると、すぐに険しい顔になった。
「あっリオンさん」
「……何故二人がここに居るんですか」
「あら失礼したわね。ここに居ちゃ駄目だったかしら?」
「ここは怪我人や病人が来る場所です。貴方達が来る場所ではありません」
「まるで私やリオラが怪我しないみたいな言い方ね? 悪いけど貴方よりかは怪我をしやすい方よ。あの女の所に逃げた貴方とは違ってね」
一触即発という雰囲気になり、お互いに睨み合っていたが、すぐにリオラさんが止めに入った。
「はいはいはいストップ~! 今そういうのは無しってハナシでしょ!?」
「……そうね。医務室を血塗れにする訳にはいかないものね」
「……ええそうですね。貴方のみっともない姿を二人に見せるのは可哀想ですから」
取っ組み合いになりそうになっていた二人はリオラさんによって離された。二人とも呼吸が少し早くなっており、相当気が立っていた様だった。
「え、えーと……リオンさんどうかしたんですか?」
「お見苦しいところを見せてしまいました。レレイからの伝言です。ホルンハイムに寄る事が決まったそうです」
「ほんと!?」
「ええ。交易の仕事もあるそうなので、そのついでだそうです」
リオンさんはお辞儀をすると医務室から出て行った。リオナさんは深い溜息をつくと私の隣に腰を下ろした。顔に手を当てて表情を見せない様にしていたが、少し震えている様に見えた。どうすればいいのか分からなかったが、少しでも気休めになればと背中を擦った。
「大丈夫ですか……?」
「……大丈夫よ」
「姉ちゃ~ん、その態度は大丈夫じゃない人間のやつってハナシ」
「うるさいわね……」
プーちゃんも心配になったのか同じ様にリオナさんの隣に座り、二人で挟む様な形になった。
「ヴィーゼ、プレリエ、一つ教えて欲しい事があるの……」
「な、何ですか?」
「あの子は……本当にあの女の所に居て、幸せそうなの?」
「あくまで私が見た感じですけど、多分そうだと思います。防衛部隊の隊長としても頑張ってるみたいですし……」
「そう……そうなのね……」
リオラさんは杖で体を支えながらリオナさんの前で膝をついた。
「姉ちゃん。もういい加減素直になろうよ。私は姉ちゃんの味方だけど、リオンの味方もしたいんだよね。姉ちゃんがリオンの事気に入ってるのは分かるけどサ、幸せだっていうなら認めてあげようよ」
「私にとっては……貴方もあの子も、家族なのよ……それなのにあの女が連れて行ってしまった」
「でもレレイちゃんもさ、一緒に行こうって最初に言ってくれてたじゃん」
「行ける訳無いわよ……私達は元々極刑が決まった罪人だった。逃げるなんてあっちゃ駄目なのよ」
リオナさんは今までに見せた事がない程に弱弱しい喋り方になっていた。
「あの、レレイさんから聞いたんですけど、何でリオナさん達は悪い事をしてたんですか?」
「私達にはさ、教養も何も無かったってハナシだよ。出来る事と言えば戦う事とかぐらいでサ。盗んだりとかしないとお金も稼げなかったし、生きられなかった」
「最初から殺される事は承知の上でやってたもの……あの女に負けた時、正直ホッとしたのよ。やっと殺してもらえるんだって……」
いくら殺される覚悟を持っていたと言っても、普通は自分から自殺したりするというのは相当な勇気が無ければ出来ないものだ。きっとリオナさんはきちんとした形で正当に裁いてもらえるタイミングを待っていたのだろう。
「じゃあリオン姉が行っちゃった後、二人はどうしたの?」
「あてもなく彷徨ってたよ。姉ちゃんもすっかり弱っちゃって、何も出来なくなってたってハナシ」
「で、でも女王の所に居たのはどうしてなんですか? あの王国から結構離れてるんじゃないですか?」
「あ~……あの時ね」
リオラさんは過去何があったのかを語り始めた。話によると生きる気力を失くしていたリオナさんはリオラさんと心中を計ったらしい。二人で見つけた小さな小舟を盗んで海へと出て漂流し続けていたが、やがて嵐に見舞われて転覆し、気が付いた時にはトワイライト王国に漂着していたとの事だった。その際に救助してもらい、リオラさんは記憶を失ったフリをして素性を隠し、仕事を貰ったのだという。そしていつしかその働きぶりが認められ、ついには王族騎士団に任命されたというのが過去の顛末だった。
「奇跡って言っても良かったかもね。あのまま海に流されて死んじゃっててもおかしく無かったってハナシだね」
「忘れようと思ったのよ……もうリオンなんて居ないって……あの子は死んだんだって……それなのに……」
「私もビックリって感じ。まさかリオンがシップジャーニーに居るなんてサ」
鼻を啜る様な音が聞こえた。
「あの子、恨んでるわよね……私の事……」
「そんな事ないと思いますよ。だって家族じゃないですか。家族の事恨んだりなんてそんな事……」
「そそっ。あたしもヴィーゼと喧嘩しちゃう事あるけどさ、最後は仲直りしてるもん、ね?」
「うん。リオナさん、一度気持ちを落ち着けてリオンさんとお話しましょう。もう意地を張らないで、自分の本当の気持ちを伝えるんです」
「どうすればいいの……?」
「血が上りやすいのが姉ちゃんの悪いトコってハナシ。まあリオンも大分アレだけど。とにかく今はやめとこってハナシ」
「そうですね。さっきリオナさんが言ってた『孤児院』っていう場所にリオンさんも連れて行きましょう。そこでお話しましょう」
「だね。まずは自分がどんな存在なのかを知って、そっからちゃんと話そうよ。あたし達も一緒だから心配しないでいいし!」
リオナさんは返事は返さなかった。その代わり、顔を手で覆ったまま小さく頷いた。しばらくそのままの状態で居たが、やがて気分が落ち着いてきたのかいつもの調子に戻り、リオラさんと医務室の外へと出て行った。自分達が何者なのか分からないストレスと家族が出て行ってしまったストレスのせいで、頑固になって上手くリオンさんと向き合えないのだろう。全てが分かれば、少しは気分も晴れる筈だ。
二人を見送った私達は少し休む事にした。ホルンハイムという場所に何があるのかまだ未知数である上に少し疲れてしまった体を休ませたかった。
「ヴィーゼ」
「うん?」
「あたしは何があってもどこにも行かないからね」
「うん。私もだよ。家族はいつも一緒」
ニカッと笑うとプーちゃんは自分のベッドへと戻った。私はそのまま腰掛けていたベッドへと寝転がり目を閉じる。
きっとリオンさんも本気でリオナさんの事を嫌っている訳じゃない筈。同じ様に意地を張っちゃってるだけで、機会さえあればすぐに仲直り出来る筈なんだ。私とプーちゃんがそうなんだから、二人だってきっとそう。だって私達は、生まれた場所は違っても『家族』なんだから。
疲労は私の意識をゆっくりと眠りの波へと誘った。