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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第1章:ヘルムート王国の双子
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第1話:ぐるぐるに掻き混ぜられたこの世界に落とされて

 釜の中に必要な材料を入れて決められた時間掻き混ぜる。そうすれば、あら不思議、さっきまで無かった物が釜の中に現れる。いったい誰が最初にやりだしたのかは分からないけれど、これが錬金術。私達が受け継いだ技法だ。

 私はヴィーゼ・ヴュステ。ヘルムート王国に住んでる錬金術師。と言っても、まだ見習いレベルだけどね……。


「今帰ったよーっ!」


 大きな声を上げながら良く見知った顔が帰ってくる。

 この子の名前はプレリエ。私の双子の妹で普段はプーちゃんって呼んでる。私やお父さんと違ってとにかく活発な子。全く誰に似たのかな……。


「おかえり。どうだった?」

「任せててって言ったじゃんヴィーゼ!」


 そう言うとプーちゃんは背中に背負っていた籠を下ろし、得意気な顔で鼻を鳴らす。籠の中には普段調合で使う植物がいくつも入っていた。


「そうだね。やっぱりプーちゃんは凄いよ」

「でしょー!?」


 私に褒められてますます得意気になったプーちゃんは自信に満ち溢れた様子で本棚へと近寄り、植物に

ついて書かれている図鑑を手に取った。


「どうしたの? プーちゃんが本読むなんて……」

「失礼だなぁヴィーゼは! ちょっと気になる事があってさ」


 本当に珍しいなぁ……いつもだったら多少の事は気にしない筈なのに……。

 多少疑問に思いながらも籠から植物を出していると、ふとその内の一つに目が留まる。その花は綺麗な白い花弁をしていたが、今まで見た事が無いものだった。


「あっ、ヴィーゼそれそれ! それまだ釜に入れないでよ!」

「あっ、うん。もしかしてこれ調べてるの?」

「そーそー! 見た事無いよね?」

「そうだね。新種かな?」

「んー……」


 プーちゃんはまるで穴が開いてしまいそうな程本を睨み、眉間に皺を寄せていた。普段あまり頭を使っている様には見えないプーちゃんにしては珍しい表情だった。

 でもこの植物何なんだろう? 見た目は普通の花っぽいけど、見た事が無いやつだ。プーちゃんがいつも採取をする場所は決まってるし、私もそこには行った事がある。前に見た時はこんなのは無かった筈だけれど……。


「なっー! 駄目だ分かんない!」プーちゃんは本を放り投げると椅子に騒々しく座り込んだ。

「もう……本投げちゃ駄目でしょ?」

「だって載ってないんだもん……。何なのかなぁそれ?」


 本を拾った私は机の上で開き、あの花を持って椅子に座る。


「ちゃんと読んだ?」

「あーヴィーゼ疑ってるー……。もう15年も一緒に生きてきた妹を疑うのぉ……?」

「……プーちゃんはちょっと注意散漫な事があるから」

「ひど……」


 私は1ページ目から順々に捲り、一つずつ確認していく。もしかしたらプーちゃんが確認ミスをしているだけかもしれないからだ。プーちゃんは活発で集中力がある反面、細かい所に注意が行かないところがある。決して悪い子じゃないけれど、他の人から見れば不注意な人間に見えてしまう。

 何百ページも見続け、ついには図鑑の最終ページまで来てしまった。プーちゃんが言っていた通り、どこにもこの白い花に関する記述が無く、ただただ疲れが溜まっただけだった。


「……で、ヴィーゼ? あたしに何か言う事あるよね?」

「疑ってごめん……」

「最初っから素直に信じてよー。あたしそんなに嘘ついた事無いでしょ?」


 どうだったかな……最近はまだしも、昔はよくしょうもない嘘ついてた気がするけど……。


「そう、だった、かな?」

「は!? 無いでしょ!?」

「そ、そだね」


 もうそういう事にしておこう。下手にぶり返すのも大人気無いし……。

 本を閉じた私は席を立ち、本棚へと戻しに行った。その間プーちゃんは不服そうな顔で私を睨んでいたが、私が籠の所に戻るとすぐにいつもの表情に戻って近寄ってきた。


「どーするの?」

「まずは、だよ。あれはひとまず置いとこう。よく分からない物を入れる訳にはいかないし」

「まあそれはそうだね。よっし! そんじゃあ納期も近いし、ちゃちゃっと調合やっちゃおっか!」そう言うとプーちゃんは掻き混ぜるためのオールの様な棒を手に取り、釜の前で構える。

「さっ、いつでも行けるよ!」

「慌てないで、まずはちゃんと材料の計量をしないとだよ」


 私が計量のために材料を持って計りの近くに行こうとすると、プーちゃんは私の肩を掴み、止めた。


「ホントヴィーゼは昔から変わんないね。何度もあたし言ってるじゃん。採ってくる時にちゃんと必要分だけきちっと採ってきてるって」

「あ……」


 そういえばそうだった。プーちゃんはいつも採取する時、その時に必要な分だけ採ってきてるんだった。計りも使わずにどうやっているのかは分からないけれど、いつも恐ろしく正確なんだよね……。私もいい加減、この慎重になり過ぎる性格直さないと……。


「そうだったね、ごめん」

「分かればよろしい! ほらほら、早くやろーよ早く」


 私はプーちゃんに促される様にして釜の前に立ち、材料として採取された植物を釜に落とす。それを見終えたプーちゃんは釜の中身を掻き混ぜ始める。


「プーちゃんもうちょっとゆっくり……」

「だーいじょうぶだってぇ! あたしはこっちの方がやりやすいの!」


 プーちゃんは力任せと言わんばかりに力強く掻き混ぜ続ける。

 正直危なっかしくて冷や冷やするけど、これでいっつも上手くやっちゃうんだからずるいよなぁ……。私なんて慎重に計量して、沢山集中して、それでやっと出来るのに……。

 しばらく掻き混ぜていると家のドアが開き、これまたよく聞く声が聞こえた。


「ただいま」

「あっ、お父さんおかえり」

「お父さん遅かったねー!」

「ごめんごめん、ちょっと会議が長引いてね」


 お父さんはヘルムート王国で学者をやってる。確か国から直接頼まれているらしい。私達の自慢のお父さんだ。


「今日何話したの?」

「うん。最近、この辺りで未知の生物が確認されてるんだ」

「えっと、新種って事?」

「だといいんだけどね……。見た感じだと、今までのどの生物とも一致しないんだ」

「ほぇーそんな事もあるんだねぇ」プーちゃんはお父さんの話に興味を示しているせいか、釜への注意が散漫になっている。

「プーちゃん釜見て釜!」

「ヴィーゼは神経質になり過ぎだってば。へーきへーき」

「ヴィーゼの言う通りだよプレリエ。危ないからちゃんと見なさい」

「……はーい」プーちゃんは少しぶーたれながら釜へと視線を戻した。

「それでね、どうやってその生物が発生してるのかを調べようって話になったんだ」

「どうやってって……元から居たのが今見つかったってだけなんじゃないの?」

「確かにその可能性もゼロではないかな。でも、どの生物とも見た目や特徴、生体が一致しないっていうのは奇妙なんだ」


 私達は小さい頃からお父さんが作った生物図鑑をよく見てきた。身近に居る小さな生物から、普段は見れない様な生物、どれも普通の人よりかは知ってるつもりだった。そしてお父さんは当然、私達より詳しい。


「……あっ!」


 突然声を上げたプーちゃんは掻き混ぜ棒から手を離すと、机の方へと走っていった。私は慌てて棒を掴

む。


「ちょっとプーちゃん!」

「お父さんこれこれ! これ見てよこれ!」


 そう言うとプーちゃんはドタドタと慌ただしくお父さんの下に近寄り、あの白い花を見せた。お父さんは慎重にプーちゃんの手から花を取ると、興味深そうに観察を始めた。


「これ……どこで見つけたの?」

「今日採取に行った時に見つけたんだ! 珍しいから採っといたんだけど、図鑑にも載ってないんだよ!」

「確かにこれに該当する植物は見た事が無い……。見たところめしべもおしべも無い。この植物はどうやって繁殖する……?」


 私は慎重に釜を混ぜながら考える。

 めしべとおしべが無いなら他の方法で増えるって事だよね。考えられるのは胞子かな? キノコみたいに胞子をばら撒いて増えるなら、別にめしべもおしべも必要無いし。


「お父さん、胞子とかで増えるんじゃないかな?」

「どうだろう? こういう形で胞子を撒く様な植物は見た事が無いけど……。プレリエ、これどんな所に生えてたの?」

「うん? ほらちょっと離れた所に服作ってた所があるでしょ? あの廃墟になってるやつ」

「あそこで見つけたの?」

「うん。廃墟の周りを囲うみたいに生えててさ、何か不思議だなって思ったけど」


 プーちゃんが言う様に、少し離れた場所に廃墟になっている服屋がある。確か私達が産まれる前にはまだやってたらしいけど、何でも服の染色に使う染料が余った時に近くにある川に流していたらしい。それが問題になって潰れちゃったって聞いた事があるけれど……。

 一通り掻き混ぜた私は釜に蓋をし、二人に近寄る。


「プレリエ、この花はどれ位生えてた?」

「そんりゃもういっぱい! ホント丸々囲っちゃう位には生えてたよ!」


 それを聞いたお父さんは少しの間黙り込んだままだったものの、やがて花を持ったまま地下室へと続く階段へと歩き始めた。


「お父さん?」

「すまない二人共、明日から調査に出るよ」

「またぁ!? もー……最近無かったからしばらくは一緒に居られると思ったのになぁ……」

「プーちゃん、我が儘言わないの。お父さん、いつ戻る予定?」

「……いつになるかな。国からは少しずつでもいいから調査を行って欲しいって言われてたんだけど、ここまで近くで発見されるとは思ってなかった。すぐにでもやらなきゃいけなくなったし、調査がいつ終わるかも分からない」


 どうやらお父さんが言っていた未知の生物は少し離れた所で見つかっていたらしい。それが近くで発見されたって事は、そういう生物の生息地が拡大してるって事かな……?


「とにかく僕は明日の準備をするよ。二人も依頼品の生成が終わったらもう休みなさい」

「お父さんご飯はいらないの?」

「……うん、ちょっと考え事があるから。……お休み」


 そう言うとお父さんは階段を降り、地下室へと閉じ篭ってしまった。お父さんはいつも考え事をする時、何も食べなくなる。何でも、『空腹時の方が頭が回る』らしい。


「……あーあ、拾わなきゃ良かったかな」

「まあでも、一応調べる対象ではあったみたいだし……」

「はぁ……まあいいや。ヴィーゼ、そろそろ釜から出そうよ」

「そ、そうだね」


 私達は釜の蓋を開け、中から頼まれていた依頼品を取り出す。依頼品、ヘルムート軟膏。火傷だけでなく、ちょっとした裂傷にも効く便利な軟膏だ。

 取り出した軟膏を手持ち出来る籠に入れると、私は台所に行き、簡単な料理を始める。プーちゃんは少し不機嫌そうに椅子に座り、図鑑を眺め始めた。

 プーちゃんはあまり料理をしたがらない。昔、初めて料理を作った時、おいしくない物を作ってしまった事があり、それ以降料理をしたがらなくなった。


「プーちゃん、そんなに不機嫌な顔しないでよ」

「……別にそんな顔してないし」


 私は野菜を切り、スープを作り始める。まだお母さんが家に居た時によく作ってくれたスープだ。私もプーちゃんも、お父さんも大好きな味だ。

 ……お母さん、どこに行っちゃったんだろう。まだ私達が7歳だった時に、錬金術用の道具を採りに出て行ったっきり戻ってこなくなった。お父さんやご近所さん、国の警備兵の人達皆で探したけど、結局見つからなかった。ほとんどの人はお母さんはもう死んじゃってると思ってるみたいだけど、私は……プーちゃんはそうは思ってない。まだどこかで生きてると思ってる。きっと、どこかに……。

 スープを作り終えた私はそれを皿に移し、籠からパンを4つ取ると机へと運んだ。


「ほらプーちゃん、ご飯食べよう?」

「……そだね」プーちゃんは図鑑を元の位置に戻すと椅子に座り直し、私と向かい合った。

「じゃあ食べよっか」

「うん」

 短い会話を終えた私達はいつもよりも少し静かな食事を行った。




 食事を終えたプーちゃんはお風呂にも入らずにベッドに横になっていた。いつもなら食べてすぐ寝ちゃ駄目と怒るところだったものの、その落ち込み方を見ていると、とてもそういう気分にはなれなかった。

 片付けを終えた私は電気を消し、プーちゃんと同じ様に隣のベッドで横になる。


「……プーちゃんのせいじゃないよ」

「…………」

「最近お父さんずっと家に帰ってきてくれてたもんね? だからちょっと寂しくなっちゃったんだよね?」

「…………」


 プーちゃんは私が何を話し掛けても向こうを向いたまま返事を返さなかった。

 皆はプーちゃんは活発な子だって言うけれど、本当は少し寂しがりやな子なんだ。小さい頃から一緒に居る私には分かる。小さい頃はよくお父さんやお母さんに引っ付いてたなぁ……私がお父さんやお母さんに引っ付こうとしたらよく怒ってたっけ……そんな癖して私に対しても甘えん坊で、私が一人でお使いに行って帰ってきた時は泣きながら引っ付いてきたんだよね……。


「……大丈夫だよプーちゃん。私は絶対に側に居て……」


 その時、突然体を起こすと、プーちゃんは私の方に身を乗り出してきた。


「そうだよ! あたし達も行こう!」

「…………へ?」

「お父さんだけじゃなくてさ! あたし達も行けばいいんだよ! そうすればいいんだ!」

「い、いやプーちゃん? お父さんの邪魔になっちゃいけないから……」

「邪魔になんてならないよ! あの辺はあたしの方が詳しいんだよ? むしろ役に立つよ!」


 そう言うとプーちゃんはベッドの近くに置いているお母さんから作ってもらったお気に入りのリュックを開けると、あれこれと詰め込み始めた。


「ちょ、ちょっと本気なの?」

「当たり前じゃん」

「あ、危ないから……ね?」

「……じゃあいいよ、ヴィーゼは家でお留守番してれば?」


 プーちゃんはプイッと顔を背け、荷物の準備を再開した。

 このまま一人で行かせる訳にはいかない。この子は昔からすぐに無茶をしてしまう。もしお父さんを手伝おうとして怪我でもしたら……。


「……私も行くよ」

「ふーん? そっ」興味無さそうな態度で返事を返してきたが、その口元は少し緩んでいた。

「よいしょ、と……」


 私は体を起こし、自分のリュックを開けると、プーちゃんに続く様に準備を始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか危険な予感がしますね。
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