36 開戦
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(…………なるほど)
そして、里の外の戦場で戦いが起こった。
騒ぎの下には『商人』がいた。
《商天秤評議会》の商人。この大陸を統べる各王国にギルドを置き、商売の流れを司る場所の娘は、戦場を見渡していた。
(…………なるほど、なるほど)
呟き、ほい、ほいと。頷く。
相手にするのは盗賊たちである。彼らは東側の門から打って出た彼女たち『傭兵団』を迎撃していた。夜盗らしく斧や太い刀を使って、目の前で戦う人間を容赦なく襲ってきた。
鉄の里を守る勢力となれば――〝第三勢力〟であろうと、容赦がない。
浴びせかけられる弓矢や白刃に、『大楯』で強固に弾いてから、獣人傭兵団は戦いを開始した。火花が散る。こちらは《盗賊》たちが優勢である。それに対して、『傭兵団』は五十名ばかり率いているに過ぎない。
しかし、この戦いは優勢だった。盗賊風情に負ける傭兵団もない。
……だが。
それは――あくまで、〝盗賊〟が相手だった時、だ。
(…………なるほど、)
そして、ランシャイは上を見上モール。
――夜空を泳ぐ、月の下の魔物がそこにいた。
(…………これが、こちら側の〝元凶〟アルか―――?)
さすがに、息をのむ。
魔物――《砂鯨》。
西方の言葉で、〝ドーザー・クル〟
ギョロリと赤い目をむくのは〝竜〟のようで、鋭い瞳に不気味な輝きが覆っていた。西方の砂漠地帯にいる魔物である。その存在自体が城のように堅牢な鎧に覆われており、一見すると武装した魚影のようでもある。
ランシャイは商人なので、その西方に出現する魔物の存在を知っている。
――知っているが、こんな場所では出現しないはずである。
この夜の現象は、何もかもが不可解だった。
この魔物は西の砂漠地帯にしか出現しない。毎年のように砂漠を渡って交易する『隊商』を襲い、何名もの商人がこの魔物の被害に遭って、積み荷を奪われている。かなり凶暴で上位の魔物だ。
商人だけではなかった。
――被害に遭うのは、《冒険者》も同じだ。
砂漠を渡って商売をするとき、護衛に《冒険者》をつけることがある。その際、運悪く『砂鯨』に発見され、戦いに発展するケースも多いのだ。一方的な戦いだ。蹂躙といってもいい。
……なにせ、正面切ってその魔物と渡り合える冒険者など、そうそう存在しないのだ。砂漠から顔を出しての《噴流》は強力で、《隊商》の荷や馬ごと吹き飛ばす威力がある。
(……なーんで、魔物の頭のうえに、〝人間〟を乗せて戦っているアルかねぇ)
ランシャイは、睨み上モール。
そう。人が乗っているのだ。
騎乗していた。その魔物は巨体をうねらせながら、砂の上へと着地する。見た目は四本足で歩行する《ウルフ》のようであるが、その頭には魚類のような〝砂ひれ〟と〝えら〟がついており、《魚》を連想させる。
胴体には粗末ながら〝馬の鐙〟のようなものがついており、魔物用に無理矢理大きくしたようだった。
――その上に、人が乗っている。
魔物が『人間を乗せている』というのは、聞いたことがなかった。
猛獣の牙に、一つの角。月影に魚のように浮かんだ。
仲間であるはずの盗賊たちですら道を開けていた。
そして、
「ぶひゃーひゃひゃ! ……こっちの戦況が、あんま良くねえ。って聞いたんだが!! なかなか生意気そうな奴らが残ってがやるな! ぶぎ。残らず、俺様が喰らい尽くして、蹂躙してやるよ!
この俺様と―――この魔獣、『一角魔獣鯨』でな!」
それが、現れた。
緑色の皮膚をした〝亜人種〟である。確か南方。そこの出身の体が、粗末な山賊装備の革の鎧に覆われている。
肥大した腹が揺れながら、その身体は魔物の頭の上にあった。
「――俺様は、〝オーク〟のヨードフってもんだ。ヨロシクぅ」




