35 一矢、突貫
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森の中を光とともに〝貫〟いていた。
僕は息が上がるのも構わず、たった一人で聖剣を振り払っていた。―――冒険者の意地だ。
……冒険の体力は、そろそろ燃え尽きようとしていた。
……だが、こんなところで終われなかった。
邪魔してくる魔物を切り払い、無理矢理にでも《ステータス》を上昇させていく。敵の顔ぶれが、今までの《スライム》や《ウルフ》とは違ったものになっていた。数段手強く、さらに終わりが見えない。
僕らの目の前には―――ぼろぼろに朽ちた剣や盾を装備して森を巡回する骸骨たちがいた。《骸骨剣士》だ。奴らが出てきたということは、この森の長かった道のりも、ようやく終わりが近い。ということだ。
まるで大陸の寒い雪国から、火山地帯へと向かうようだった。草原から雪が減っていくように、その〝魔物〟の分布が変わりつつある。つまり、元凶が近いと言うことだ。
「…………ミスズ」
『は、はいっ』
僕は跳躍し、〝走り〟を止めないよう回転しながら剣を一閃させた。
力を出し惜しんでいる場合ではない。
魔物と戦うときだけ、一瞬だけ《聖剣》の力を強化した。消耗戦でつちかった、〝消費を抑える〟ためのリミッターを解除するためだ。
それにより、触れた魔物の体がバラバラに吹き飛ぶ。…………もともと骸骨だ。また森の中で復活しないとも限らなかったが、この場合はいい。少しでも長く、戦力を削ぐことができれば。
大昔の革装備や盾を装備する《骸骨剣士》に遭遇しながら、僕は二、三匹を同時に突き崩した。もはや容赦がない。一瞬たりとも足を止めることなく突貫した。
魔物の中には、反撃する骸骨もいる。
切り傷や、弓矢が飛んできて振り払えずに浅手を追う。
『ま、マスター』
「―――いい。今は、先を急ぐ」
―――しかし、僕は構わずに急いだ。
この程度の怪我が、なんだ。冒険者の道は茨の道だ。その体は魔物を倒すために鍛え上げ、魔物を凌駕するために《ステータス》が存在している。見つめる先は、冒険者として助けるべき――人々のところだ。
僕は、移動しながら、自分の《数値》を確認した。
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―――契約の御子・ミスズ
分類:聖剣/ → 固有技能《限界突破》S+
ステータス《契約属性:なし》
レベル:1 → 24
生命力:5 → 65
持久力:4 → 36
敏捷:11 → 77
技量:5 → 36
耐久力:3 → 29
運:1 → 31
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…………上がり切れていない。
まだ、弱い。
僕はギリッと奥歯をかみしめていた。
まだサルヴァスの初期段階、修行とした積みを重ねていて、やっと森の魔物を倒すくらいならこのレベルでもよかった。――だが、今はまだ足りない。あまりにも多くの魔物から人間を守ろうとし、あまりにも強大な敵から、この鉄の国――《クルハ・ブル》を守備しなければならない。
…………そのためには、もっと力が。
何者にも負けない、力が必要だった。
僕は《剣島都市》でいつも〝弱さ〟と向き合ってきた。あの島では強さこそが全て、力もないものには誰も見向きもしないし、情けさえもかけてもらえなかった。
そんな強さが必要だった。
強さは、《ステータス》という数値の形をしていた。
僕は苦しんだ。下積み時代に、うまく上がらず、自分が努力しても全て空回りになる。来る日も来る日も、誰も超えられない、強くなれない日々だった。……だが、それも克服し、ようやく《冒険者》として一歩、誰かを守れるために戦えると思った。
……だが、
(…………何がだ、ばかやろう)
僕は奥歯をかみしめた。
血が出るほどに、かみしめた。
…………何も変わっていないじゃないか。
本質的には、何も変わっちゃいなかった。
こうして鉄の国の里に入ってきても、誰かを守れない。裏をかくために動いた盗賊の行動も分からない。――これが、もし代表的な《剣島都市》の冒険者だったら?
《剣島都市》で、誰もが求める〝獣人ベン〟だったら。
…………たぶん一瞬で、里へと到達しただろうし。
…………全ての盗賊と骸骨を、一瞬で殲滅しただろうし。
…………たぶん、こんな悲劇になっていなかった。
里が燃え上がることもなかったはずだ。獣人ベンだけじゃない。『Aランク』以下の、他の冒険者たちでもそうだった。僕の友人、上級冒険者の〝ガフ〟もそうだった。上級の冒険者は、行動で運命を変える。
自分の〝信念〟に見合った力をもっていて、決して大口なんて叩かない。
やれることを、着実にこなす。誰かを助けるというなら、それは本当に助けるのだろうし。彼らが全力を尽くして護衛する〝対象〟なら、きっと何者からも守れるはずである。
……だが、僕はどうだ。
里の一つも、友人の一人も守れないじゃないか。
……メメアは……。
森を振り返る。森に残ったメメアは、静まりかえった視界の先で戦っているはずだ。
そんな僕の、〝半身〟を肩代わりしてくれた。僕がこの戦場に必要だと言い、見送ってくれた。里を守りたくても手も足も出ない《冒険者》の僕のために、目的地に向かうための翼を与えてくれた。
――だったら。
――だったら、僕は。
(…………強くなるしかない、じゃないか!)
回転しながら、森で魔物を切り払った。
剣で骨の魔物の胴体を両断し、背後から振りかぶってくる骸骨の頭部を貫いた。
骸骨が飛び散るのを横目に、その中をすり抜けて跳躍。爆発させるように脚力を使って、一気に〝森〟を突き破る。
―――一矢のように。
―――たった、一本の矢のように。
何も考えず、無心に、貫く風になる。
そこに、どれほどの思いを込めればいいか。
そこに、どれだけの気持ちを込めればいいか。
前進を光り輝く矢のようにして、《聖剣》を前へと構える。輝きとともに群れへと突撃を始めた。山を駆け下りる。みるみる速くなる。斜面を蹴る。真下に向かって、蹴るように走り、体が宙を駆ける。
――まだだ、まだ速くなる。
―――まだ、速くする!!!
迷いはない。
僕はこの異常な光景の中に、突撃を開始した。




