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34 商人と獣人傭兵団2



「………待ってたアルよ。冒険者リスドレア


 その商人は、『仲間』をそう呼んだ。


 ――『冒険者リスドレア』。


 金色の、燃える風になびく髪。

 獣人の耳と、尻尾。

 獣人の冒険者は一般的に〝膂力が強く、好戦的な前衛タイプ〟と区別されている。彼らが人間ヒューマンよりも並外れた力を持つからで、その長所を武器に戦場では無双の力を発揮する。この冒険者も例外ではない。


 背中にするは《三日月大斧クレセント・アクス》。

 この大陸の冒険者たちでも、よほど腕力がないと扱いきれない大型の武器だ。それを軽々と使いこなし、その少女は――高い〝技量〟の《ステータス》で操っている。


 朱色の傘を差した商人の娘は、現れた冒険者に、


「……ふう。正直、間に合わないかと思ったアル。リスドレア。―――なにせ、魔物との戦いもけっこうギリギリだったからね。この分なら、出てこない方がよかったって後悔していたところアル」


 首をすぼめて、嘆息する。


「リスドレアが一歩でも遅れたら、危うく肉塊ミンチになっていたアル。私はいいとしても、この少年の命がなかったら取り返しがつかない。ああ、危機ピンチ危機ピンチ、の連続アル」


「……うそつけ。よく言うぜ。クソ商人が。…………だったら、なんで城壁の上の獣人に強力な『石弓クロスボウ』を待機させてんだよ。もし駄目だったら、精密射撃をさせて、城壁の下の安全圏に避難。――獣人の傭兵団を使って、逃げ込むっていう算段だっただろ」


「……! 驚いた、よく分かったアルね」


 それから商人は、悪びれもせず瞳をぱちくりさせる。

 獣人の冒険者は、そんな《雇い主》に嘆息し、


「……そもそも、そういう考えでお前は戦場にノコノコ出てこねえよ。お前は、そういう《物見遊山》が大っ嫌いだろうが。――お前が目的地にいるとき、そこには〝利益の匂い〟か、よほどの《掘り出し物》が見つかったときだ。

 今回もそうだろ。――オレの救援が間に合う。そう思って、それを踏んで《骸骨剣士スケルトン》の前に立ちふさがったんだろうが。カッコイイところばっか取りやがって」


「…………まぁ、そうもいえるアル」


 商人は、認める。

 あっさりと肯定し腕を組む。隠す気などさらさら感じられない。この場面は《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》という大物がいて、虎視眈々と燃える鉄の里で彼女たちを狙っているが、気にとめる風もない。


 《冒険者》という手駒を近くに抱える彼女は、魔物のいる戦場でも悠然と構える。


「…………この鉄の里では、今、災いが起きている。アル。村を組織的に襲う《魔物》なんて、古今東西、聞いたことがないアル。

 ――つまりは。自然現象ではない。

 ――つまりは、〝作為的〟に起こっている。

 ……何者かの意図を感じるアルね。おそらく、〝原因〟がどこか別のところに存在している。それを探して、突き止めて、破壊すればこの夜の騒ぎは収まる。――そう思って動いている」


「なるほどな。引いて引いて、囮を買って出るわけか。手こずらせると、〝強敵〟がこっちにホイホイ勝手に歩いてくるもんな。しめたもんだぜ」


 リスドレアは、見る。


 片足を失い、青色の光の中で―――その〝骸骨の王〟はこちらを睨みつけていた。

 周囲には、《骸骨剣士スケルトン》の軍団も合流している。続々と増えている。止めどなく溢れてくる。


「―――だが、それ以上の《大物》が現れたら、どうする? さすがのオレも手一杯だぜ? 正直、オレが負ける可能性を考えているのか? 考慮したか?? 増えていく《骸骨剣士スケルトン》の大群を相手に、同時に戦わせるつもりなんだろ?」


「まさか。あり得ないアル。リスドレアが負けるなんて」


 しかし、商人は胸を張って否定する。

『私の雇った傭兵が、そうアッサリ負けはしない』という自負が、立ち振る舞いににじみ出ている。


「ここは任せるアルね。リスドレア。私は、―――もっと広い戦場の救援に行かなければならない。『東』側の門が心配アルね。南は、たった今リスドレアが単騎で《骸骨剣士スケルトン》たちを蹴散らしてくれてきたアルが」


「…………おいおい、お前、オレにここを押しつけて逃モールのか?」


「そうアル。リスドレアなら大丈夫アル」


 それを。平然と商人は告モール。

 普通の冒険者だったら猛抗議、悲鳴を上げ『依頼主』の不誠実さをなじるところだが………この獣人の冒険者に限っては、ボリボリと金の髪をかいて、ため息をついただけだった。


「…………しょうがねえな」

「引き受けてくれるアルか?」


「……ふん。どうせ、駄目って言っても置いていくんだろ。

 ――まあ、任せろよ。王国硬貨の分はたっぷり貰ってるからな。引き受けた時点で、どうせロクなことにはならねえ、ってことくらい分かってたぜ。冒険者は《金》のためにも動く。

 ……南側は、とりあえず一通り戦場を回って《魔物》どもを蹴散らしてきてやったぜ。問題なのは、もう一方側だけだぜ。あっちには――《盗賊》の本隊がいる」


「…………了解アル。冒険者たちが旅立った、《遺跡》がある側ね」


 それを、考えるように語る。

 冒険者たちが消えた方角だった。あちらには里を脅かす《ダンジョン迷宮》の遺跡がある山脈が続いており、盗賊の〝砦〟が旗をなびかせていた。不穏な方角であり、〝里〟からは山の中で何が起こったか不明だ。


 ………〝盗賊〟たちは、あちら側から攻めてきた。


「―――〝冒険者たち〟は、どうしたアルかね」

「さあね。雑魚や弱虫には興味ねえ。山に行って音沙汰がない、ってことは、どっかで野垂れ死にでもしたんだろ。それか魔物に食われたか。……付け足して言っておくが、平地で戦っているとき、オレの視力でも山の人影をとらえられなかった。戦いの最中だがな。一応はお前に《物見役》の料金ももらってるし、《ステータス強化》でかなり先のほうまで見通せるんだがな」


「………。そうか」



 そして、轟音が響いていた。

 魔物―――《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》が復帰したのだ。この骸骨は八本の腕のうち、残った腕を〝足代わり〟にすることによって、前進する能力を補っていた。

 ――周囲の《骸骨剣士スケルトン》の軍団も、動く。


 剣に、弓。そして紅白の円盾、彼らがまだ生きていた頃の《王国の兵士》だった頃の遺物だと思われるボロボロの装備をもって前進してくる。亡霊の軍団は寒気がするほど〝死の恐れ〟というものがなく、操り人形のように、赤い目を光らせて前進している。

 リスドレアが地面に刺した《三日月大斧クレセント・アクス》を引き抜き、緊張感が包む中、鈴の音色が響いた。


 ―――立ち去る。


 商人の娘・ランシャイは振り返らない。広場に《冒険者》の獣人だけを残して、残りの手元の獣人たちを率いて市街地を後にしていた。


 残るは里の青年の一部、そして射手の獣人、そして、―――


「まあ、構わねえぜ。十分だろ」


 黄金色の旋風が、白い軍団を〝十匹〟単位で、切り裂いた。

 前進しようとした骸骨たちが、なぎ払われる。その《ステータス》は骸骨たちが追いつくにはあまりにも高かった。


 ―――〝Cランク〟である。


 《剣島都市サルヴァス》でも、上位から数えられるランク。何百人もの冒険者がこのランクに挑み、到達する前に魔物の餌食になって果てていった。選ばれるのは〝わずか〟な才能であり、長年努力を積み重ねた冒険者か、もしくは―――一握りの才能である。


 その冒険者は、驚くほど軽妙に跳ねていた。〝斧の風車〟が回転し、見たこともない動きで《骸骨剣士スケルトン》の軍勢を切り裂いた。黄金色の風が渦巻く。彼女には他の上級冒険者のような〝炎や氷などの属性〟などはなく、ただ単純に、それだけに強力な〝力押し〟を開始した。


 魔物の軍勢を切り開き、地面に叩きつけたときには《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》―――魔物の王の眼前まで到達していた。


「…………どのみち退屈だったんだ。なぁ、そうだろ骸骨? もともとオレ一人で十分だった。そう思わねえか?

 魔物の親玉が、ノコノコと里の中を歩いていいもんじゃあねえなあ。そういうのは―――お仕置きしてやらねえとなぁ」


「…………ゴゴゴゴゴゴ……」


「遊びを始めようや」


 それを。

 宣言し。跳躍する。

 打ち合う。目の前には骸骨の親玉、《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》。三つの巨大な武器を持った魔物の王だった。その一撃には里の鉄の門すら突破した破壊力が秘められており、速度は尋常ではなく早い。


 ―――きっと、過去に、何人もの〝挑戦者〟を蹂躙した王だろう。

 紛れもなくこの夜の騒ぎで、一番の大物だ。


 だが。だからこそリスドレアは笑っていた。凶悪な人相が浮かび上がる。その夜の魔物が強大であればあるほど、彼女の《三日月大斧クレセント・アクス》も昂ぶるように輝きを帯びていく。


 ―――この夜の。

 ――この冒険に、闘志を燃やして。


「―――武威チカラを、示してやる」


 夜。光の一撃とともに、戦闘が幕を開ける。




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