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33 商人と獣人傭兵団




「……な。」


 里の青年たちが、固まってしまっていた。

 …………何が起きたのか分からない。


 青い顔の彼らは、状況が把握できていない。なぜなら、この夜に《骸骨剣士スケルトン》の軍団が里に押し寄せてきただけでも奇妙な現象なのに、今度は別のグループが里の中から出てきた。


 それは第三勢力だった。

 ―――《商天秤評議会ムー・ギルド》。



 彼らの知る限り、『王都の商人』ということしか分からない。

 その商売は〝世界中、すべての商業を世話する〟〝連盟的なギルドユニオン〟ということしか知らず、商人であれば誰しもが名前の上でだけは属するギルドであった。小さな街の道具売りや、薬草売りも、広い意味ではこのギルドに所属している。


 そして、《商天秤評議会ムー・ギルド》はその大きな母体。


 各国の〝力と勢力を持った商人〟たちが、諸国の王から選ばれて《商人司》へと出る。そこは組織の中核であり、《商天秤評議会ムー・ギルド》の今後の方針や、この大陸を巡る商業のルート、そして、今脅かす〝強大な魔物〟がどの国の、どのエリアに出現して、商業圏に影響を与えているか――それらを吟味し、時には大規模な《冒険者の討伐隊》を編成する。


 ――そのため、商人は《王》から選出を受け、〝資格〟を与えられないといけないのである。過去には、『A』や『S』ランクの冒険者にも討伐依頼を要請したことがあり、その背後には経済と、莫大な〝王国硬貨〟が動いている。



 …………そして、そんな《商人》を名乗る。


 それが、目の前の娘・ランシャイ。

 彼女はその商人連盟の規模からすると、驚くほど軽い――というか、無防備としか思えない供回りを連れて、この夜の騒ぎに参戦してきたのである。率いる人数は、ざっと見たところ〝50名〟。もっと別の場所には、別の人数がいるかもしれない。


 呆気にとられて放心した里の青年たちは、弓の弦から手を離してしまっていた。


 と、


「どうしたアル? 里人たちおきゃくさん。―――反撃しないアルか? 躊躇する必要はない。魔物は時間を経過すれば数を増すばかりアル。ここいらで、手を組んで《迎撃》したほうが得策だと思うが?」


「……あ。」


 里の《採掘師ギルド》の青年たちは、目を合わせる。

 城壁の下から、魔物が迫っていた。


 彼らが我に返ったときは、里の戦線は戦いを継続していた。一瞬だが息を吹き返したと言ってもいい。なぜなら、市街地で何の準備もできないまま押されていた《採掘師ギルド》に、わずかにでも手勢が加わったためだ。


 ――が、それでも一時しのぎという状況は変わらず、《骸骨剣士スケルトン》は次々と倒れた見方の骨を踏みしだきながら、城壁や市街地へと乗り込んできた。


 手に持つ剣の切れ味は鋭く、切り結んだ里の《採掘師ギルド》は苦戦する。城壁の上から援護する弓兵は数が少なく、狙いが定まらない。



(……っ、しかし、こうも数が多くては)


 焦りが冷静さを消し、狙いの軸がぶれる。

 青年が目庇まびさしの下で、顔をゆがめたときだった。



「――オウ。違え違え、そこはそう撃つんじゃねえよ。射手さん」


「……え?」


 その横から、もじゃもじゃの毛むくじゃらの手に修正された。

 分厚くて重厚な、しかも爪の長い手だった。驚いて兜の内側から目を上モールと、そこには獣人がいた。はるかに背の高い、人の二倍の体重がありそうなオオカミの顔をした男が。


 男は、密林の猟師のような格好をしていた。腰の弓袋には人が扱うよりも二倍近くの弓が見えている。兜は、山賊のようだった。



「しっかり狙いな。獲物は逃げねえ。…………ただ、こっちに向かってくる、愚直な生き物だと思いな。人間とは違う。――《魔物》は確かに怖え。しぶとい。なかなか倒れてはくれねえ。だが、頭を――頭蓋を射貫けば、一発で落ちる」


 落ち着きを与える錆び付いた声は、傭兵特有のものだった。

 長い戦いの年月を感じさせる。

 子供に対する大人のような大きさの手に支えられ、里の青年が矢を放つと―――それはまっすぐな軌道で飛び、民家の瓦礫を踏み越えて《市街地》に進入しようとした骸骨に《精密射撃》を決めた。


 驚いて振りかえる青年に、獣人は『――な?』という顔で得意げに片眼を閉じる。このウィンクすらも、里人だけの田舎の里では見慣れない、商都特有のものだった。



 ……なんだ。

 青年は、呆然と目を見開き、


「なんだ、アンタたちは」

「俺たちは、ただの雇われの《傭兵》さ。獣人ばっかなのは雇い主様の趣味。この大陸の西へ東へ、王国硬貨次第でどこにでもいけるっつう傭兵団が俺たちよ。この世界は物騒だからな、《商人の馬車》とかを守るために傭兵が必要とされる。森での《魔物》や《山賊》へと戦い慣れた奴らがな」



 そして。

 獣人たちが、街のいたる所―――市街地の路地や、他の城壁のところにも現れる。通常では人が扱えないような《大弓》を持った獣人や、ウサギ耳を持った軽快な動作の剣士などが、路地などに配備されていく。


 ……全て。

 全て、〝ランシャイ〟という商人女の、その〝王国硬貨〟の力で雇われた戦士たちである。

 商人の娘が《鈴》を鳴らす。


 『盟主呼鈴マスター・オーダー』という名の不思議な音色の鈴だった。傭兵たちは〝命令〟を聞き分け、商人の娘―――ランシャイの周囲から、太い弓矢が次々と放つ。


 路地に進入をしようとした《骸骨剣士スケルトン》たちが次々と倒れた。傭兵たちの矢は特別製だった。


 《骸骨剣士スケルトン》たちは―――その進路を急に曲モールことはできない。なぜなら、傭兵たちの横に並べた『大楯タワーシールド』が路地の動きを妨害し、封じるように誘導していたのだ。


 くるくると朱傘を回して、ランシャイは手にある鈴を『チリン』『チリン』と鳴らしていた。それが命令系統のすべて。単純だが、小規模の部隊には強い。


 『盟主呼鈴マスター・オーダー』は――里の青年たちが聞いたこともない不思議な音色は、傾ける方向によって音を変え、〝獣人傭兵団〟を路地で導いていた。


 だが、敵はなにも《骸骨剣士スケルトン》だけではなかった。



「―――っっ! 《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》が出たぞ!」


 里の青年たちが、顔を上げた。


 悲鳴に近い。

 里の正面の門を突き破って、鉄の里で古くから恐れられた―――伝承の《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》という魔物が現れた。里の外であるダンジョン迷宮の王で、里人はこのような場所で交戦などしたことがない。


 防ごうとしていた傭兵団の『大楯タワーシールド』など、まるで木っ端を舞い上モールように蹴散らしてしまった。機能していない。いや、機能するにしては、敵の攻撃力があまりにも桁違いなのだ。


 王都の良質な鉄を集めた、〝王国硬貨・500センズ〟分の防御の盾であるはずの『大楯タワーシールド』は一撃で窪み、盾は中央からひしゃげていた。――〝商人〟は、それを目で計算してから、



「…………もうそろそろ、くると思ったアルよ。――《ダンジョン迷宮の王》」


「…………グゴゴゴ……」


「逃モールが正解。――アルが、あいにくこの状況ではどうやっても〝詰み〟アルね。路地を逃げても傭兵たちとともに全滅。里の中を見回しても、防ぐことのできる防壁なんて一枚もない。

 ―――であれば、前進するのみ。魔物を倒せるのは、《冒険者》だけ」


 そして。

 朱色の傘をくるくると回して――〝商人〟は路地を歩き始める。


 巨大が遺骨の咆吼は《本能》の場所で、人間に〝挫折〟を味わわせるものだった。

 吠えるたびに肌がひりつき、〝ボス級〟の恐怖を呼び起こさせる。魔物相手に人間が立ち向かうとき、それは〝死の領域〟への恐怖心との戦いだった。


 ――牙をむいた、竜が目の前で顔を近づけ。

 ――水の縁から、人食いの巨大魚が、瞳をこちらに向け。


 …………〝外を歩く〟ということは、そうした《魔物》との遭遇になる。

 一歩踏み出したら、その先には死が広がっているとき―――冒険者のみならず、この大陸を生きる全ての人間は、恐怖を覚える。足が竦み、鼓動が速くなり、立ってもいられなくなる。


 …………しかし、その目の前の〝危機〟を前にしても、商人は歩みを止めず、前進する。


 魔物の王が―――突撃の体勢に入った。

 瓦礫や、障害物など関係なく―――〝一直線〟に向かって突撃をする構えになる。そのとき、里の青年、そして獣人傭兵団の目に――『ある光景』が飛び込んできた。



 民家の隅に、逃げ遅れた子供がいたのだ。


 男の子だった。ランシャイは歩く。


 彼はこの騒ぎの中で必死に燃える里を逃げ――そして、《白い波の軍勢》に飲み込まれた後、逃げ場を失ったのだ。《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》と商人の間に挟まれ、怯えた顔を向ける。


 そんな彼の前に――〝商人〟は立つ。


「――大丈夫アルよ、少年。…………時間は、もうそろそろ。ね。

 こういうとき、きっと正しきものは必ず救われる。そういう助けてくれる存在がいるアル。――そういう正義の味方は、決して、遅くならない。何者にも負けない。理不尽な力を跳ね返す。だから信じるね」



 月の下で、商人は微笑み、朱色の傘を回す。

 にっこりと、涙ぐむ少年に膝を折って。


「そういう正義は―――淑女レディを待たせたりしない。

 少年も同じね。正しいものはきっと守られる。だから――信じて待つアル。……信じて、信じて、信じて待つ。『叙事詩おとぎばなし』の騎士のように。――あんまり淑女レディの招待を無視していると、招待しているスープも冷めちゃうアル」


 商人はそう微笑み、それから振り向かずに、


「――――そうアルよね? リスドレア?」


「ハッ、誰が〝レディ〟だ。クソ商人が、図々しい」



 そして。


 背中越しに跳んだ影が、答えた。

 飛び越えた。あまりにも大きな跳躍力だった。


 その力は――はるか人間離れしていた。《別の戦場》からやってきたのだ。


 《ステータス》の力を乱暴に駆使して引き返し、凄まじい速度で駆けつけていた。その力は〝冒険者〟という生き物しか引き出せず、魔物すら追いつけない速度で動く冒険者は―――黄金色に輝く〝斧〟を回転させていた。


 旋風。

 それから、〝強化の光〟の風を含んだ斧は、聖剣として魔物の王に突き刺さる。


「…………グゴガアアアアアア―――!!」


「―――弱虫ばっか相手にして、調子に乗ってんじゃねーぞ。クソ骸骨が」


 吐き捨てる。

 残虐な目の光とともに、魔物を睨む。


 《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》の体が前に傾いていた。ランシャイや少年のいる〝朱色の傘〟を飛び越えて、一撃を放ったのだ。夜空に青白い経験値の光が飛び散り、光の雨の下で、冒険者が黄金の斧を回転させる。



「……〝幸獣〟の王サマがお通りだ。クソ骸骨。

 ―――オレが戦場の流儀を教えてやろうか。一つ、オレよりも弱い《魔物》が戦場に顔を出してんじゃねえ。以上だ。さっさと道を空けるか、とっとと屍をさらすか。決めてみな」



 着地して、風車のように斧を回して。


 ――〝冒険者〟は、そう笑みを浮かべる。




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