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32 襲撃の炎




「くっそ、キリがない!」


 里の燃える炎の中で、採掘師ギルドの青年は弓矢を引き絞っていた。


 ―――いにしえの、王国戦争の再来である。

 採掘師ギルドの青年団は全員が武装していた。本来は《鉄を取る人間の利益を確保し、〝外敵〟からの脅威に備える》ことを目的とした集団だ。


 外敵からの脅威、すなわち〝魔物〟を指す。

 山での採掘中に炭鉱から出てきた魔物や、野の魔物、たまたま洞窟がつながって現れた迷宮の魔物など――そうした相手に剣で渡り合って、その間に逃げたり、〝鉄〟を持ち運ぶための集団だった。


 決して。

 ……そう、決して〝こんな外敵〟と戦うためではなかったはずだ。


「おい、どうなっている」

「……戦況は思わしくない」


 仲間の採掘師の男が現れ、鎧の青年は顔を雲らせる。

 眼下を見る。

 燃え上がる里を背景に、城壁の下を埋め尽くすのは――千を超える松明の数であった。――すべて、人間であった。夜盗、盗賊である。いったい、この大陸のどこからこれだけの数が集まってきたのだろう。


 ……里の資源を求めて。

 いや、この大陸に〝良質な鉄〟を生み出して供給する、この里の地の利を求めてなのかもしれない。技術も大きい。もし鉄の国が彼らの手に渡れば、どれだけの利益を貪られるだろう。


 だが、しかし。

 ……負けるわけにはいかなかった。


 なにせ、


「……子供が怯えている。家で妻も、家族を守っている。燃え上がっているのは、この里の壁に面した家々だけだ」

「ああ。被害が大きくならないうちに、こいつらを追い返さないと」


 眼下の武装集団を睨みつける。


 それぞれに剣や斧などを持ち、どこから調達したのか冒険者の持つような堅牢な鎧まで装備して襲ってくるのだった。〝混成軍〟である。一方から怪力自慢の緑色、〝オーク〟と呼ばれる森の亜人種で、もう一方が〝人間ヒューマン〟の王国から流れ込んできた盗賊たちである。


 人間が相手なのだ。魔物があいてではない。はるか昔から、こうした盗賊たちとの小競り合いはどこの王国内でもあったかもしれないが、これだけの規模での《戦争》は《クルハ・ブル》が初めてではないのか。

 ……いや、昔に文献が残った時代にもあったかもしれない。

 ……《王国戦争》と呼ばれるのが、まさにそれである。


「隊長オランさんは! ―――エレノア様は、どうした。まだ戻られないのか」

「…………おそらく、失敗したのだろう。あの冒険者たちも含め、行方が知れない。もう、生きている可能性すら分からないのだ」


「くっ、そ」


 里にて〝留守〟を言い渡されていた《採掘師ギルド》の青年たちは、それでも言いつけを堅守し、里の守りについていた。


 ――背後には、住み慣れた里の屋根がある。

 ――女子供たち、妻子もいる。子供は泣き叫んで、この一夜の襲撃を怯えている。


 ……〝壁〟は、先祖が気づいた王国戦争時代の遺物。《クルハ・ブル》の城壁が一重に囲んでいるだけである。乗り越えられ、この塀の上の『防衛地帯』を踏み破られたら、それこそ里は全滅する。


「――まだ、城壁が突破されていない。守る余地はある」


 そう言い、青年は睨みつける。

 頭上から飛来する『火矢』は人家を燃やす脅威だったが、盾で防ぎきれないこともない。このままなら守り切れる確信がある。


 ――里の守備は、300余名。

 ――盗賊は、1000余名。


 通常。城の包囲には『三倍の兵力を要する』という。この鉄の国の里は城という規模でもなかったが、幸い先祖の遺産として壁があり、守ることにかけては大きな耐性がある。要は使い方だ。――しかも、里に伝わる鉄の技術を使った『城門』が侵入者を阻んでいた。あのダンジョン迷宮遺跡で使われている『扉』と同じものだ。


 対して、――襲撃側は、1000名超。

 どれだけ押し寄せてきていても、壁さえ越えなければ防モール自信がある。《採掘師ギルド》は隊長オランを初め、厳しい自然で武勇を磨いた集団なのだ。そうしているうちに、他国の王国から異常を察して、騎士団も送られてくるだろう。


「…………だが、不思議なのは、なぜそれを承知で『盗賊』が動いたか……だ」


 顔を曇らせた青年の目が、そこで見開かれた。

 言葉が、止まった。


 いや、止めずにはいられなかったのだ。


 なぜなら、


「……おい、なんだよ……あれ」


 眼下を埋め尽くす、それを見て戦慄する。


 ――〝盗賊〟、だけのはずじゃなかったのか。

 ――〝盗賊〟が、冒険者たちをかわして、その隙に里に向かって攻めてきたのではないのか。


 なのに、


「……スケ、ルトン……?」


 ――《骸骨剣士スケルトン》。

 盗賊たちの間を割って入ってきたのは、白い骸骨、白い骸骨、白い骸骨、白い骸骨――。眼下から地平を埋め尽くしてしまいそうなほど展開した、《骸骨の群れ》であった。

 まるで王国の軍隊だ。

 その数は、ゆうに一千を越えていた。


 1000匹規模の骸骨集団の『分隊』が、すべてにその異様な熱気に支配され、狂うようであった。目指すは、盗賊ではない。むろん、目の前の〝人間側〟であるはずの盗賊を襲わない。

 ――襲うのは、


(……まずい、マズいマズい……マズい―――!!! 隊長、エレノア様――!)


 真っ青になりながら、青年は前方を見つめる。

 今まで弓矢が通じていた相手が、〝弓矢〟がきかない相手へと移り変わった。あらゆる攻撃をはねのけ、人間が一対一ですら戦うには困難な魔物が里に攻め込んできたのだ。〝魔物〟から人間の盗賊に的がすり替わったのではないのか。〝人間の盗賊〟が出てきた時点で、魔物と戦う段階はすでに終わったのではないのか。


 なのに。

 ……圧倒的な理不尽が、この里を襲おうとしていた。


「――け、警戒態勢!! 迎撃! 迎撃!」


 夜空の下、不気味に大地を半鐘の音が染める。

 白い波と――そして、盗賊たちが動き出した。〝里の守備300〟を相手に、過剰なほどの人数が動き出そうとしていた。射手が宙へと弓を打ち、また、相手側からも弓矢が返ってくる。


 だが、それだけならまだよかった。

 …………まだ、救いはあったのかもしれない。


(……お、い……。嘘だろ……?)


 青年が――呆然と、放心した顔で口を開けていた。

 仲間が隣で腰を抜かした。

 他の射手が、弓矢から手を離した。


 なぜなら。

 ――そこに、大地を振動させる足音の、〝王〟が立っていたのだから。



(――《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》……?)


 城壁すら軽く一蹴する巨大な魔物が、目の前に現れていた。







 ***


 《城門》が突破された。


 ここ、《クルハ・ブル》の鉄の里では、〝王国戦争時代の名残り〟として城郭が展開している。


 田舎の王城の中に、里が広がっている――という光景が近いか。

 集落を囲ったに過ぎない〝壁〟は、大昔から戦争の時代に発展を遂げた。ここ、良質な鉄を生み出す〝採掘師ギルド〟を抱える国を支配下に治めようと――何度も他国の侵略が行われ、そのたびにはじき返していた。


 最初は簡素な〝木の壁〟であった囲いは進化を続け、外からは〝鉄張り〟として防御力を高め、そして壁の上には里人が上れるほどのスペースを備えた。これが〝くるわ〟である。


 ――防壁は、外へ向かって武威を示し。

 ――防壁の上からは、弓矢を射かける。


 それがこの里の強みであり、エレノアは『300名もいれば守り切れる』と確信して言い残した。年若い里長である彼女だけでなく、里の守備を任されていた〝隊長オラン〟や〝採掘師ギルドの青年たち〟ですら、そう確信していたのだ。……ある計算外が起こるまでは。


 それは、唐突にやってきた。


 夜空を裂くような、見上モールほどの――白い巨体だった。


 〝魔物〟と盗賊が連携したときから、それは始まっていたのかもしれない。

 〝魔物〟が出てきてしまったときから、里の終わりは決まっていたのかもしれない。


 ……まるで、精霊契約のように。



 なにせ、



「―――ッッ、《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》が出た――!! 全員、臨戦態勢!! 防御の陣形をしけ」


 里が、〝その一匹〟のために、大混乱に陥ったのだから。


 ダンジョン迷宮である冒険者がたった一人で持ちこたえていた骸骨の王が、里へとなだれ込んできた。まずダンジョン迷宮の〝鉄の扉〟と同じ堅牢さを誇っていた里の扉を破壊し、突破し、かんぬきを吹き飛ばした。


 魔物が、ぶち破ってなだれ込んできた。


 その魔物の記録は、実は里の中にも残っていた。

 だから、戦闘員である採掘師ギルドの青年たちは驚愕し、そしてその正体を知る里の〝老人〟たちが叫んだ。―――最も、危険な魔物であると。人が戦って、とうてい勝てる相手ではないと。



「…………マズい、マズいマズい……突破される……!!」

「里の後ろに女子供たちを避難させろ! 兵士は全員、壁の上で戦う人間を残して下へと降りろ。もう、里の中を守る兵士なんかいない――!」


 里の路地で、盾を並べて〝障害物〟を形成していた青年たちが叫ぶ。


 ――人が、魔物に勝つことなどない。



 これが、この大陸の大昔からの原則。


 《聖剣》のない人が、魔物の巨大な骨や、堅牢な防御を突破することは不可能だった。人家の上から弓矢が射かけられても、《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》は無傷だった。人家ごと、家の上で弓矢を構えていた青年を吹き飛ばす。


 ――〝門の扉〟を破られたら、終わりだった。

 それ以上の守りが、人間にはできなかった。


 立ち向かった青年の三人が一瞬で空中分解した。


 ―――《炎波大剣フラン・ベルジェ》。

 ――《片刃曲剣タルワール》。

 ――《直峰ダオ》。


 遺跡で失った〝王の剣〟の残りの三つが、高速回転しながら青年たちを蹂躙した。冒険者の強化した《ステータス》をもって初めて、打ち合える力なのである。王国の軍馬を超える速度と、猛烈な一撃は『鉄の盾』を構えた武装する―――《クルハ・ブル》の装備すら貫通。破壊した。


 

「…………あああぁぁ」

「……、終わった、のか」


 まさに、その絶望が相応しかった。

 魔物相手に人間が勝てるわけがない。《約300名》しか守る人間のいない鉄の里では《戦力》が欠けていた。

 長く戦乱がなかった国である。隣国に兵を要請しようにも、到着は三日以上――冒険者が集まる《剣島都市サルヴァス》などは、さらに距離がある。大陸上でこの里は孤立無援、どこにも戦闘員が残っていない。


 誰の目にも〝終わった〟と確信できる里の路地で、さらに《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》が獲物を求めて探し回る。

 この魔物を突破点として、他の軍勢―――《骸骨剣士スケルトン》の白い波が容赦なく入り込んでくるのが見えた。


 ――城から逃げ出す王族を、探すように。

 ――また、民草の一人でも残さず、蹂躙するように。


 路地で攻防戦を繰り広モール〝採掘師ギルド〟の青年たちが、ただ呆然と目の前の《骸骨剣士スケルトン》の魔物軍勢を見ていると、白い波が押し寄せてくる。



「…………ひっ」

「―――グ、ゴゴゴゴゴゴゴゴ……」



「―――まだ、ね。まだ終わらないアルよ。《里人おきゃくさん》?」


 そして。

 手を伸ばそうとした《骸骨剣士スケルトン》の軍勢を前に、その商人が降り立つのである。


 ―――商人の娘。

 この夜の騒ぎに、不敵な笑みをこぼす少女。


 彼女は―――まるで、〝この夜の騒ぎ〟を知らずに……広場に出てきてしまった貴人のようであった。王都の商人らしく華々しい髪飾りに、この辺りで見慣れない着物。『ホウ』という商都の着物をきていた。


 彼女はただ真っ直ぐに。広場に余裕の笑みを向けて佇む。

 『心配はいらない』と安堵を誘うようであり、柔和な笑みは、まるでこの夜の里で《大道芸ショー》でも始めるように。



「ごきげんよう。《クルハ・ブル》。―――買い物の際はごひいきに。王都の商売なら我らにお任せ!

 観光から、朝のミルク、おやすみの枕から―――武器購入まで! 我らは大陸の商売の全てに昔から関わってきた商人連合。《商天秤評議会ムー・ギルド》でございますアル。


 ―――それは、大陸の伝統!

 ―――それは、始祖冒険者ロイスの昔からあった〝なりわい


 王国に芽吹いたその商売を、私たちは重視する。〝たみ〟と〝たみ〟が王国を支え、私たちは、そんな皆様を支える商人アル。そして、この私めは代表格の一人、ランシャイ・ムー」



 ウィンクを。一つ。

 可憐な笑みを――振りまく。


 …………それは、あまりに場違いだった。

 あまりにも陽気な自己紹介と、彼女の服装の色鮮やかさに《魔物》との戦いですら一度停止する。《採掘師ギルド》の青年たちは剣や弓を持って呆然と口を開き、そして魔物すら正体不明のこの人物に、警戒し動きを止める。


 優雅な唇は笑みの形をして、彼女は魔物たちにすら深く一礼―――挨拶を始める。魔物たちは唐突に現れた彼女に、瞬時に手が出せない。なぜなら、彼女の背後からは、どっとあふれてくるような色彩鮮やかな《武装の傭兵団》が出てくるから。


 彼女が一礼を終え。

 そして、顔を上げたときには、その目は冷たい炎が灯っていた。



「―――どうぞ、ご贔屓ひいきに」


 冷たい笑みの後ろから、背後の傭兵たちからの矢が放たれた。






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