30 大返し
里の外をすさまじい速度で動いていた。
《燭台灯》の光が森の行き先を照らし、山を疾風のように駆け下りる。足を地面にめり込むようにつけて、それからバネのように弾けさせて飛翔する。〝僕〟にとってこの速度が限界だったが、それでも常人の三倍は早い。
なにせ。
聖剣の、《ステータス》を発動させた光をまとっているのだから。
***
《聖剣ステータス》
冒険者:クレイト・シュタイナー
―――契約の御子・ミスズ(クラス『E』)
分類:剣/ 固有技能―――《 限界突破 》S+
ステータス《契約属性:なし》
レベル:1
生命力:5
持久力:4
敏捷:11
技量:5
耐久力:3
運:1
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《聖剣ステータス》
冒険者:メメア・カドラベール
―――契約の御子・アイビー(クラス『E』)
分類:聖剣図書/予備効果なし
ステータス《契約属性:なし》
レベル:25
生命力:38
持久力:42
敏捷:66
技量:71
耐久力:22
運:89
《呪文一覧》
Lv.1 《雷炎の閃光》
Lv.2 《波状せしめし炎蛇》
Lv.2 《水王の槍》
Lv.3 ???
***
この二人が、先行して進んでいた。
全ての荷物は途中で捨ててきた。足手まといにしかならないからだ。僕の聖剣はミスズの強化によって光を帯び、そして精霊を『マナの光』の状態に変質させていることで行動速度の速さを得た。
メメアの聖剣図書も輝き、そこには精霊アイビーも宿っている。
「――は、速いわね――! クレイト。敏捷力の《ステータス》が私よりも低いくせに!」
『というか、マスターが運動不足な気がしますけどね。普段から、もっと痩せたらいいんじゃないですか?』
「し、失礼ね! 私は十分痩せ形なの!」
メメアが、自分のしゃべる聖剣図書に怒っている。
僕らは森の『裏道』を猛進していた。地図にはほとんどない道、しかしエレノアや隊長オランさんが示した《最短距離》であった。
斜面を直角に降り、それから川岸の石を踏み抜いて渡り、断崖絶壁を飛翔する。――我ながらむちゃくちゃな〝ルート〟を進んでいると思うが、それでも今までの僕の冒険で魔物と戦っている時よりも楽に思えた。
さらにメメアの言うように《ステータス》が行動の不利をおぎなってくれている。僕ら〝強化状態〟にある冒険者は、聖剣の光の中で、普通よりも二倍、三倍の行動を発揮するのである。
――脚力が、普通の二倍。
――ジャンプが、普通の二倍。
それだけでも、人間にとって行動範囲の幅は広がる。その聖剣のステータスが高いならばなおさらだ。
僕らは森の中を突き進み、邪魔になる枝や木を《聖剣》で振り払い、そして襲ってくる魔物地帯はメメアの《聖剣図書》が火を噴いていた。
「……な、なんでそんなに速いの……!?」
メメアが地形選択でもたつく一瞬に、僕は最も適した〝岩場〟を選んで飛翔した。
人間、地に足をつけた生き物だ。
同じ力で〝飛ぶ〟にしても、そこが砂だったり、ぬかるんだ泥の中で力を込めるよりも、堅い岩場や地面を選択したほうが距離が伸びるに決まっている。これが身体能力と、それ以上の〝冒険のカン〟であり、僕は寮母さんの地獄みたいな修行の中で体にすり込まれていた。
飛翔するにしても、コツがいる。
軽くステップを刻み、体を抱えるように前転を意識して飛ぶのだ。普通の身体能力では難しいが、聖剣で軽くなった体を《制御》するのにコツがある。――前に、女王蜘蛛討伐戦で僕が得た経験だった。
そして、メメアと併走しながら、僕は魔物が襲いかかってきたら切り払って打ち落とす。そのたびに微量ながら《ステータス上昇》の恩恵を受けて、足が軽くなった。
『エレノア様たちは、大丈夫でしょうか……?』
「……分からないね」
ミスズの心配で曇る声に、僕が応える。
手を動かし、魔物の次に森を切り払いながら、さらに先へと足を踏み出した。
――エレノアたち一行とは、別行動をした。
かなりの危険地帯に置いてきたのは否定できない。なにせ、盗賊たちが里へと向かったとはいえ『山塞』はあるし、敵が『全くいない』という保証はどこにもないのだ。道中、待ち構えた盗賊たちに出会うかもしれないし、〝魔物〟だってまだ残っているかもしれない。
どこを通っても、〝安全な道〟などないのだ。
里へと向かう道を選択するとき、僕とエレノアたちは『別々のルート』を選択した。里長のエレノアが提案したことで、里の襲撃を見逃してしまった責任を感じて『提案』をしたのかもしれない。
身を切るような犠牲、はこの際仕方ない。
どこを通っても危険地帯なのだ。
問題はその『リスク』がどこが一番高いか、である。現在僕が思うに、それはエレノアたちが向かっている道であり、あそこは盗賊たちにマークされている。
だからこそ冒険者の一人である『獣人ロドカル』を残してきた。
まだFランクの冒険者であるが、盗賊の一人や、二人が出てきたくらいでは後れを取らないだろう。……また、魔物の集団や、例の〝強い親玉〟が出てきたとしても、戦わずに隠れるか、回り道をするように言っている。
エレノアや、隊長オランさんを守るくらいの『戦力』には――なるはずである。
現在、僕らに求められているのは、一刻も早く里に向かうことである。襲撃を受けた里は、おそらく長くは持たない。
「ミスズ。力を消費して辛いだろうけど、頑張って」
『は、はい。……あの平和だった里は、ミスズたちを歓迎してくれました。……まだ、冒険者として名もないミスズたちのことを。《剣島都市》の外に出て、優しくしてもらったことは忘れません。ですから』
森の暗さを裂いていく光――《燭台灯》と、聖剣の光の中で、ミスズが心の希望の火をつけるように声を振り絞る。
『――必ず。守りたい、です。……精霊がこう思うことって、ヘンでしょうか?』
「……いいや」
――変じゃ、ない。
ちっともおかしくない。僕は拳を握った。メメアも振りかえると、強い瞳でうなずいている。誰の感情も一緒だった。
ただ、平和に暮らしていただけなのに。
迷宮の扉を動かして、何年も何年も、その土地で安らかに暮らしてきたのに。
それを奪われるなんて、理不尽だ。
助けるべき人間たちや、子供たちがいる。この大陸で暮らす人間だったら、山賊だろうが盗賊だろうが、亜人種たちだろうが協力して立ち向かうべきである。なのに、そんな里の人々を助けるどころか、魔物と一緒に人の命を奪おうとしている。――こんなの、許せるわけがなかった。
納得なんかできない。
――できるはずがない。
してはいけない、と僕は思っていた。
助けられるものなら、助ける。それがなんであろうと、どんな可能性であろうと、僕はそのために冒険者の道を進んでいるのではないか。そのために『強く』なろうとしているのではないのか。
――誰も助けないなら、僕らが助ける。
そのためだったら山だろうが迷宮だろうが、切り開いて突破してみせる。聖剣一本で。僕の力で。だって、僕は『冒険者』なのだ。未知の領域へと足を踏み入れ、誰にもできなかった冒険の中で魔物を倒し、目標を成し遂げる――。
――それが、冒険者として。《聖剣》を授かっている、僕の役割じゃないのか。
心の、あり方じゃないのか。
『――森を出ます』
そうして、アイビーが口にしたとき景色が開けた。
森の景色が突き抜ける。
夜いっぱいの暗い景色が広がり、そして眼下には、大地を照らしつける光――燃え上がる里の景色が、遠くに見えていた。
――近づいた。
だが、まだ遠い。
そこは魔物や黒い武装の盗賊勢に囲まれている――『絶体絶命』だった。まさにいにしえの王国戦争のような攻防戦が繰り広げられており、声は聞こえないが、僕らは里の危機を肌に感じていた。
だが、里へと達する最後の道を見いだしたのだ。
森を抜け、僕らは里へと向かう。
―――が、一つ。
僕らにとって、想定外が起こった。
「………………あら。ごきげんよう」
ぞっとする。
漆黒の髪の女が、目の前で微笑んだのだ。




