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28 扉の迷宮・最奥部



「なーにか、あったのでありますか?」


 その騒ぎの後。

『……』と迷宮の通路で沈黙し、目を合わさない〝冒険者〟の級友たちがいた。通路の両端に離れるように歩いて、お互いに顔が赤い。違う場所を向いている。


 視線を違うところに送っているのに、意識しているのがお互いにバレバレな、そんな空間だった。ミスズは心配そうに僕の後ろで見つめていたし、メメアは時々『ふう』というため息をこぼしていた。


 そんな僕らの変な空気を、獣人冒険者のロドカルが『?』と首をかしげている。猫が、そんな彼の腕の中で『みゃー』と楽しそうに鳴いていた。



「……それで? エレノア。次はどこに向かうんだよ」

「ふむ。このまま、ダンジョン迷宮の二階層―――その奥地に向かうのじゃ。先ほども言っておったが、べつにこの迷宮を全て〝攻略〟する必要はない。《骸骨剣士スケルトン》たちと戦う必要も、な。

 そもそも、やろうとして、出来るものじゃないであろうしな。場所は膨大。『一日』や『二日』で出来るものではない」


 見ていた地図から顔を上げて、エレノアは指を立てた。

 ――そう、僕らの目的は『扉を動かす』こと。


 途中から《骸骨剣士スケルトン》が介入してきたが、もともとは戦闘をするつもりはなく、目指している〝扉〟があるのだった。


 この迷宮内部には、『ダンジョン迷宮から魔物が外に出てこないための大扉』というものがあって、それを操作することで、魔物の季節ごとの生態系をコントロールする。…………らしい。僕は話を聞いただけだから想像するしかなかったが、魔物が繁殖しすぎないようにしたり、他の洞窟の魔物の縄張りと争わせたり―――など。

 極力、魔物が《人里》に近づかないようにする。


 そのための、扉を巡る〝冒険〟なのだ。


 …………今までは、〝盗賊の山塞〟に防がれていたり。

 ……または、迷宮の《骸骨剣士スケルトン》の大群に囲まれたりして、邪魔が多かったが。


 今度こそ、順調にいけば、その《目的》を達成させられそうである。



「しっかし。迷うなあ」


 オランさんは、どうでも良さそうな口調で《燭台灯カンテラ》を前にやるのだった。

 洞窟が染められ、視界が開ける。


 この列の先陣は、スタミナもあって特大武器が振れる、隊長のオランさんだった。土地勘もあって〝採掘師〟として洞窟内部のような場所にも詳しい。まさに理想の先陣だ。


 次に、僕が警戒して、その隣でエレノアが地図を見ている。後ろを固めるは冒険者の二人、ロドカルとメメアであり、それぞれが終わらない洞窟内部を見回しながら進んでいた。


 そして、僕らは進んでいるようでもあり。

 だけど、ぐるぐる回っている。扉の迷宮――特殊な仕掛けと、通路をした〝第二階層〟を巡っているのであった。一見すると、同じように見える通路を行き来する。


 だが、里長エレノアが案内するままに歩くと、やがて二階層の最奥部へとたどり着いた。


「…………盗賊は、邪魔してこなかったな」

「不気味じゃ。静かすぎる」


「ともかく、中へと入ろう」


 見えてきた大扉を前に、隊長オランさんが《燭台灯カンテラ》を上げ、そしてエレノアが周囲を警戒する。考えていって仕方がないので、僕は静かに扉に手をかけた。


「気をつけるのじゃ、クレイト。魔物が待っておるかもしれん」

「……ぶるぶるっ」


 ミスズが後ろで、震えている。


 最奥部には、扉があった。

 ―――それこそ、『ここが特別でもあり、異質な空間』であることが分かるような、何十もの歯車仕掛けと扉。


 他の王国でも見られない光景だったし、まさに《扉の迷宮》と呼ぶにふさわしい―――巨大部屋の構造だった。天井は洞窟内なのに高く、四方に向かって〝白骨〟の死骸(……これは、本当に力尽きている)が積み上がり。


 そして、天井には歯車と、部屋の中には12もの『特別な扉』が――ぐるりと囲いながら存在しているのだった。これが、季節ごとの〝魔物の移動〟を司り、制御するものらしい。確かに、分厚く、古い年月によって黒くなった扉は《レベル70帯》の魔物がぶち当たっても、びくともしない堅牢さに思えた。


「…………はぁぁぁ。す、すごいであります……」

「神聖な空気を感じるわね。――まるで、《剣島都市サルヴァス》で精霊召喚をした、〝神樹の炎〟がある召喚の間みたい」


「…………」

「? どうした、エレノア?」


 そして。ロドカル、メメア、といった冒険者たちがそれぞれに『外部からきた人間』としての感想を漏らしていると、隊長オランさんが深刻な顔をして考え込み、そしてエレノアは謎にでもぶつかったように沈黙している。


 ……なんだ?

 この部屋の、何がそんなに変なんだ。


「…………妙じゃ」

「なにが」


「静かすぎる」


 エレノアは周囲を見回した。

 それは、確かに静かな気がしていた。ダンジョン迷宮の――腐っても二階エリアなのである。より深い階層であることは間違いなかったし、魔物だって出るはずだ。



「……いや、そうではない。違う」

「? なにが?」


「………この空間のことじゃ。

 里の者達からは、通称〝ボスの間〟などと呼ばれておる。……季節によって、または、時代によってこの部屋はダンジョン迷宮内の〝強い個体の魔物〟を呼び込み――。〝ラガー・ドラム〟の王など。特別で、冒険者にでも手が終えないような魔物が居座ることが多い。だから警戒しておったのじゃ」


「俺たち、〝採掘ギルド〟の役回りは、そういった部屋で里長や、お嬢みたいな人を守ることだ」


 ――そう。

 倒す必要はない。


 ――〝扉〟を、動かせればいい。


 昔から、この国〝《クルハ・ブル》の人々〟がやってきたことは、それだ。

 魔物を討伐するのではなく、扉を動かすために戦う。そのためには負けてもいいし、真っ向勝負で損害を受ける前に、ある意味撤退するほうが賢いやり方なのかもしれない。この〝ダンジョン二階層〟というのが、普通の兵士でもギリギリ近づける最終ラインであり、ここに〝扉〟を設置する意味も分かる。


 ……ただ。

 この夜は、魔物の動きが異常であるという。



「いないはず、ない。

 ――いわば、そうして《ダンジョン迷宮》はできておる。なのに、魔物が一匹もおらん。《骸骨剣士スケルトン》の異常発生もそうじゃが……何が起こっておる? どうして、魔物がおらん。先ほどの《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》たちは…………どこへ行ったのじゃ?」

「…………それは、」


 そう、僕が答えようとしたときだった。

 そして、エレノアが踏み出した足を止める。遺跡の通路に、何か変なものが見えたからだ。


「……? あれは」

「人、か?」


 信じられない。

 僕らの目の前にいたのは、縛られ、眠らされている人間だった。


 村の服を着ていた。

 僕たちが出発してきた里。鉄の国、《クルハ・ブル》に住んでいる里人の顔で―――エレノアも、採掘師オランさんも知っている顔らしかった。

 隊長オランさんが走り、エレノアも向かう。



「おいおい……ボトフじゃねえか」


 隊長オランさんが、助け起こす。

 僕は周囲を警戒したが……変なところはなかった。しかし、妙だ。……この洞窟深部で、《骸骨剣士スケルトン》が無数に徘徊している中で、人が迷い込んでいる……?


 隊長オランさんの話によると、その見覚えのある青年は、『採掘師ギルド』に所属している自警団の一人だったという。



「――ごほっ、ごほっ。う、ううう」

「……しかりせよ! ボトフ。どうしたのじゃ!」


 エレノアが呼びかけた青年は、気を失っていた。

 最初は周囲の状況が分からないように目を覚まし、それから迷宮奥部の――柱が乱立する光景を見上げる。怯えたように見回し。それから、苦痛に顔をゆがめて、何かを思い出したように瞳に悲しい色を広げる。


「どうした?」

「あ、ああ…………お嬢! お嬢っっ。…………ぐ、すまねえ」

「すまない、じゃ分からん。何が起きたのか話せ」


 エレノアが答えた。

 青年は瞳をゆがめて涙の粒を浮かべ、迷宮の入り口――その先に、あるものを思い浮かべるように見つめると。僕らに顔を上げてきたのだ。



「……里が、……里が。襲われる……!」










 ***



「盗賊に、捕まってしまった」


 その出口に急ぎながら、青年は言った。

 端的に。すべての状況を語ってくれた。口調から悔しさがにじみ出ている。僕らが里を出発したときに彼らは『里会議』に出ていて、そしてついて行きたいと意見を言ったはずだ。


「お嬢たちを、追いかけたんだ。…………悔しくて、悔しくて。

 たとえ『ついてくるな』と言われても、鉄の国……《クルハ・ブル》は俺たちの里だ。自分たちの手で守りたかった。たとえ、力不足で、壁になって死ぬことになっても。……それはそれでいい、冒険者さんたちが、きっと俺たちの望みを継いでくれる。そう思った。

 …………だけど、甘かった。甘かったんだ、致命的に。俺たちは里の戦士として戦いたい、と有志を集めて旅立った。だけど」


 青年は言った。

 こんな非常時に、『里の見張りだけ』という採掘師ギルドの任務に、満足できない青年は少なからずいた。戦いたい、と思い、十名ほどの青年は独断で追いつくことに決めた。


 だが、――そこで〝出会って〟しまった。



「何に、じゃ?」

「山賊だ。―――それに魔物の軍団も。〝殺人鬼〟もいた」


 青年は、話した。

 山道で遭遇した山賊たちは、武装してすでに戦闘態勢に入っていた。〝魔物〟の軍勢も一緒にいた。次から次に、山を下りてくる軍勢を見て――彼らは悟ってしまったのだ。それが、なんなのか。


「……里の襲撃だ」

「なに」


「くそ。大人しく守っておけばよかったんだ。〝首頭級〟と思われる――奴らもいた。異常に腕の立つやつもいた。俺たちは、女にやられた」


 そう青年は語った。

 そいつは、黒い肌をした美女だったという。


 長い黒の髪、片目が隠れて、やけに熱っぽい艶のある瞳を向けてきたのだという。王国の路地で客引きなんかしていたら、男として奮い立っていただろうが、何せこの場所が場所だった。戦場で山賊や盗賊、魔物があふれかえる中で――「ごきげんよう」と月の光の下、微笑まれたら誰だって怖気をふるう。


「…………それで?」

「襲われた。全滅した」


 その女は、異常に強かったという。

 瞳の下の、色っぽい泣きぼくろ。妖艶で、行動の一つ一つに匂い立つような魅力を放った女は、すれ違いざまに青年を一人斬り殺したという。


 ……まるで、血の色の新鮮さを確かめるように横目を向けてくると、続いて叫びながら斬りかかった里の青年を真っ向から斬り上げた。『ナイフのような黒い刃物』を握っていたという。彼女がぶち当たり、反転し、刃を回転させると血の雨が降ったという。



『――……ねえ、人とはこんなにももろく、そして美しい。苦悩から、辛さから、恐怖から……一刻も早く救ってあげないと』


 ぶつぶつ独り言。フードをかぶらず、血を髪を濡らしながら『……ねぇ?』と微笑んできた顔に、青年は恐怖で動けなくなったという。隊長オランが、狂っている、と吐き捨てた。


 熱っぽい、異常な目を向けてきたという。

 里の青年は、5,6人残っていた。

 だが、一瞬で全滅した。


「…………ほかは?」

「誰も、生き残っちゃいねえ。……すまん、オラン隊長。エレノア里長。俺が、俺たちが……バカだったから。弱かったから、こんなことをししまった」


「里は?」

「分からない。俺たちとすれ違ったとき、山賊軍団は山を下りていたから……きっと、もうすでに里には到達していると思う。戦闘に入っているはずだ」


「くそっ」


 隊長オランさんは、鎧を脱ぎ、荷物をどさどさと落としながら行軍を速めた。


 ……その判断は、間違ってはいない、と僕には思えた。


 この状況だ。今は旅支度など関係なしに、次々と荷物を捨てて『里』に追いつくべきだ。旅の鍋や食料すらもいらない。重い鎧なんてモノもいらない。最低限の身の守りと、そして武器、そして冒険道具がありさえすれば、戦える。


 僕にとって初めての対人戦だった。

 故郷のセルニアを出て以来――こんな戦闘があるなんて思いもしなかった。僕にとっての敵は〝魔物〟だけであり、山賊や、盗賊などは、王国の守備隊や騎士たち――彼らが相手にするものだと思っていた。


 だから緊張した。

 歯の根が合わないほど、恐ろしさを感じるのだった。



「ところで、どうしてあなたは、洞窟の奥にいたのでありますか?」


 と。

 緊張した一行の中で、比較的ふだんと変わらない『のんびり』とした声でロドカルが問いかける。


 ロドカルは冒険者だが、あまり実感が伴っていないのかもしれない。この一行の中では珍しく冷静な声に、青年は「捕まったんだ」と話していた。


 その女が血の雨を降らせ、最後の一人になった青年を殺そうとしたとき、「待て」と声をかけた緑色のオークがいた。彼もこの盗賊の『軍勢』の中で頭をしているらしく、『こいつには、もっと愉快な使い道がある。ぶぎ』と笑ったという。


 それで――『迷宮』にきた。

 山賊たちにつれられて、縛ったまま迷宮の奥に放置された。『もし冒険者たちがきたら、お前らの守るべき里は地図から消える頃だ』と伝えるよう、役割を与えたという。


「――くそが。なんて卑劣な奴らだ」


 苛立ちながら隊長オランがいい、そして僕らは洞窟を出た。

 おそらく、盗賊たちが出て行ったのは直前。メメアがこの洞窟に入るよりも後だろう。


 僕らが迷宮の第一階層でぶちあたった《骸骨剣士スケルトン》の大軍勢は、そのために出口へと向かう集団だったのだ。


 果てしなく趣味の悪い、趣向の果て。

 どうにか里が無事でいるように願った僕らは、迷宮がある山の中腹から《クルハ・ブル》の大地を見渡すのである。

 天高く浮かび上がる月と、そして闇に染まった大地。

 山からは近くの木々のシルエットが浮かんでおり、そして、その奥には――



「…………うそ、だろ」


 隊長オランさんが、絶望に目を見開いた。


 《クルハ・ブル》の里は――――外郭の壁がくっきり見えるほど、炎上していた。



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