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27 安らぎの湯気にて(2)



 そうして、僕らは魔物の動きについての話を交えつつ。

 少しだけ長湯になってしまったかもしれない――と、一度ゆでのぼせた温度を下げようと、僕は浴槽から上がって、タオル一枚で荷物を取りに戻っていた。どうせ、まだエレノアたち一行は〝女湯〟にいるだろうし、荷物も一緒に持っているはずだった。


 だから、会うはずがない、と思って荷物入れに入った飲み物を探しにいっていると、


「……? なんだこの床?」


 奇妙な亀裂が入った、遺跡の床を見つけるのであった。

 それは、〝扉の迷宮〟――この壁の一部も、扉のようなレリーフがはめ込まれた鉄の構築物でできている迷宮の中でも、際だった違和感だった。


 床に、滑るような溝があり。

 そして、僕が足を乗せると、通路で妙な〝ガゴッ〟という音が響く。


「…………まさか、変な仕掛けでもないだろうな?」


 僕は顔を曇らせた。

 ――まず、一番に思ったのは『魔物がいる通路に、通じる仕掛けがあったら嫌だな』ということだった。魔物が入ってくるリスクを考える。

 今は僕も《聖剣》だけを一つ、護身用として肌身離さず握りしめて行動しているが、それでもそれは僕ら〝一行〟の全員ではない。


 ……例えば、エレノアや、隊長オランは武装を解除している状態だし。

 メメアは、《聖剣図書》の本だけ持っていても、効果を発揮しない。〝精霊〟がいてこその力である。


 ミスズに到っては〝精霊〟なだけだし、武器を持つような心得もない。そんな精霊の顔を思い浮かべると、なんだかとても不安になるのだった。


 …………里長エレノアは、『絶対に安全じゃ』と宣言していたが。

 それでも、どこまでが信頼できるか分からない。彼女はこの『扉の迷宮の守り』を、先祖代々受け継いでいるが、このダンジョン迷宮の全てを知っているわけではないのである。中には、彼女も知らない、先祖たちが隠していた〝迷宮の仕掛け〟のようなものがあって、それが魔物をこの温泉の間の通路に招き入れない、とも限らない。


「…………少し、確かめてみるか」


 僕の中で起こった不安は、〝警戒〟という名をしていた。


 そっと慎重に壁に近づき、その扉にも見える鉄の飾りを調べてみる。触ると、その仕掛けの一部らしい凹みを発見し、押すと『ガコッ』とさらに音が響き渡った。――どうやら、床のタイルが感じる重みと、扉の装置が連動しているらしい。


 装飾だと思っていた〝扉〟が、その一枚だけが奥に向かって開いた。


「…………開くのか。何のために?」


 顔を曇らせ、僕は入った。

 聖剣は常に腰にある。いつも、敵が現れてもいいように――冒険者の心得である。


 扉の奥は裏の通路になっていた。

 暗く、どこまでも通じる闇。地下の迷宮洞窟には〝水脈〟でもあるのか、僕が通ると足を包んでくる水たまりがいくつもあった。さらに奥に進む。


 まず、魔物がこの通路を通っている、という可能性もある。

 もし迷宮の洞窟のどこかに通じているとしたら、思わぬショートカットの幸運だった。冒険が有益に運ぶ。


 だが、もし魔物の巣へと通じている道があったら、絶望的だった。気をつけねばならない。僕の目の前には、やがて無機質な〝扉〟が見えてきた。ここが出口なのか。


 僕は最大限の警戒を込めて――扉に手をかけ、『仕掛け』を動かした。


 ゴゴゴ、という重い音が響いた。

 そして、


「――へ?」


 僕の目の前に、〝光〟が、広がった。

 思わぬ光景だった。だって、暗い通路がまだ続くかと思っていたのに。


 そして、そこでは温かい水音と、白い湯気が見えるのだった。


 湯気の向こう。

 桃色の景色――白い肢体を出して、桃源郷にいる〝女の子〟たちが見えた。



「………………え?」


 僕は、目を見開く。

 最初に気づいたのは、『ふえっ?』とタオルを胸元に当てて、お湯の水滴を髪からしたたらせる精霊だった。


 ――ミスズ。

 湯船の精霊のミスズは、〝精霊耳〟と呼ばれる尖った耳をしていたが、その他は普通の人間の女の子と変わらなかった。……豊かなボディラインを、その持ち込んだ冒険者の〝タオル〟で隠している。両手は驚いた姿勢のまま体の前に固定され、『二つの膨らみ』を強調させていた。


「……な、ななな、なんでここにいるんですか? 《マスター》……?」


 驚きに染まった瞳は大きく、幼子のようにあどけない。

 そして長い金色の髪――(最初の《グリム・ベアー》討伐後に伸ばし始めた髪)は、いつもの三つ編みから、アップにして頭の上に巻いており、その白いうなじが湯けむりの中でも際だって見えた。


 そして、そんな呆然と口を開く精霊の横で。

 桃色の髪のメメアの体も、僕の目に飛び込んできた。


「……な、何……? 何でクレイトがここにいるの!?」


 驚きで口を開けている。


 ――メメア。

 いつまでも小柄な、ある意味子供のような体。


 妹のような見た目だし、実際は半分そんな気分のする少女がそこにはいた。時々、島の学園内でもお互いにすれ違ったり、制服を着たりした姿をよく見てきた。


 ぶっきらぼうに話す女の子だ。怒るとそっぽ向いたりするし、照れると『う、ウソばっかり』とやっぱりそっぽ向きながら、顔を赤くするし。

 だから周囲の冒険者の生徒には少し怖い、なんてイメージだったり、取っつきにくい、と思われているみたいだったけど。だが、僕から言わせると少し不器用なだけで、根は本当に素直だし、その陰で努力ばかりして、成績が出たときは人知れずガッツポーズをしている姿などを目撃したりする。……直後に、誤魔化して『と、当然よ?』と小さい体でふんぞり返ったりするが。


 そんな女の子の姿が――意識したことがなかったけど、目の前にある。


 体つきは――いつも布のローブや、厚手の装備によって守られていたが、今は布一枚だ。少女的な膨らみと。小柄な、とてもか細い体つき。……美しい、といのと、可愛い、という未熟さが半々に混ざったような不思議な姿だった。僕は見続けるわけにもいかず、顔が熱くなっていくのを感じた。耳まで真っ赤に染まる。



「……むぅ? 迷宮の〝扉〟を通ってきたのか? 仕掛けが、あったのか……?」


 そうして、考察するエレノア。

 彼女だけが特別な反応を見せず、隠すこともせずに僕を観察している。


 肌が褐色、そして銀色の髪というのは、とても地熱地帯の温泉地に合うモノだった。……彼女は布を巻いていたが、ほとんど裸。

 この鉄の国の温暖で開放的な人柄が出ているように、布も最低限だけ体に巻いていた。そこだけは隊長オランさんに通じるものを感じる。湯船でも髪をつけてもいいのか、無頓着に洗った後らしい濡れた髪は体に張り付いている。

 里長の威厳だけが口や目元に残っており、そして僕を子細に『じぃ』っと観察していた。


「いきなり、通路以外のところから入ってくるとは。やはりお主は変わった冒険者じゃな。……のう、ペケ」

『みゃー』


 そしてその足下で生まれたばかりの猫のような、親しげで高い声で鳴くのは、〝Fランク〟の冒険者のロドカルが契約したという精霊の猫だった。〝ペケ〟というらしい。


 この精霊、実は女の子なのだったという。

 精霊だからネコなのにお風呂好きだし、トウゼンのように〝エレノアたち、女湯一行〟の中についていった猫のプロフィールを契約の主人から聞いて、僕はわりとどうでもいい感想を浮かべたが。……なんとなく、そのときの話を、こんな事態の中で思い出す。


 そして、僕は思う。

 この通路には、本当に何の意味もなかった。


 僕が想像したような魔物の脅威もなく、または緊急回避のために、お風呂に入っていた一行が外に逃げ出すための仕組みもなかった。やたらと壮大な仕掛けを作ったり、歯車で鉄の扉の壁の模様を動かしたりしていたが、一言で言ってしまえば〝無駄〟なのだ。


 〝無駄〟なくせに、仕組みは凝っていて。

 まるで、男湯側からしか来られないような仕組みにもなっていた。だってそうだ。エレノアたちのつかる湯船側からは、こんな壁なんて触ってみようなんて思わない。



 だからこそ、僕は思う。


 深く、深く――思うのだ。


 この遺跡の扉を作った〝ご先祖様〟たち。

 ――いったい。

 ―――〝この秘密の通路〟に、何 の 意味 があったのですか!!



「く――クレイト~~っ」


 先に動いたのはメメアだった。

 彼女は硬直からようやく立ち直って、平坦な胸元の布をたぐり寄せて。それから『――な、ななな。何やっているの! 変態!』と僕を指さして叫んでいた。


「……いや。だって!!」

危機ピンチ、って聞いてはるばる『鉄の国』まできたのに! なんで裸なんて見られてるのよ! バカぁ! 救援してあげたのに! 駆けつけてきたのに! 私、誰かにのぞかれたことなんて一度もないんだから!」


「ぼ、僕だってないよ!?」

「――トウゼンよっ!!」


 がルルル、と魔物が威嚇するように『あったら、許してなんておかないんですから!』といった顔で奥歯をかみしめる。僕は、どう言い訳したらいいか困った。


「いいか、メメア。落ち着いて考えたら分かる。僕がそんなことするわけないだろ!? これは色々とあって、キミの裸を見たのは僕も不本意――」

「不本意って、どういうことよ!!」


 マズい。

 なにか、余計な怒りに火をつけた。


 僕は何か踏んではいけないモノを踏み抜いた気がした。『マズい』というとっさの手応えだけを感じ、慌てて手を前に突き出して、首を降っていた。

 叫んで。後ずさって、そして扉から逃げようとした僕に、


「ま、ますたーが……覗きなんて……」

「み、ミスズ!?」


 その進路を立ちふさぐように、困惑する精霊がいた。


「ち、違うんだ。ミスズ」


 これには事情があって。

 だから、本当に島にきた初めの頃から顔を知っていて、何をするにしても一緒の家族。いや、兄妹以上に一緒にご飯も食べたりして、時々掃除しながら窓に手が届かずに、滑って転んだりする――ある意味心配の絶えない、〝父親的〟な感情のある精霊に、変な目で見られたくなかった。


 ……というか、失望がっかりさせたくなかった。

 ……だって、今は契約の主人として、最低の姿に違いない。


「ま、ますたー」

「…………み、ミスズ。頼む。そんな目で僕を見ないで、聞いてくれ」


「…………み、ミスズの肌でしたらっ! い、いつでも見てくださってもよかったのに……。も、もしかしてますたーも男の人ですから、やっぱり『すけべ』なのでしょうか? 直接、見に来ないと気が済まないヒトなのでしょうか……?」

「――違うからね!? 僕を、そんな変態野郎みたいに言わないで!」


 ああ、あとそんな言葉を聞いてメメアの正義のボルテージが上がっているのを感じる。

 瞳を見開き、『せ、精霊になんてことさせるの!』と吠えている。


「――あなた、クレイト! じ、自分の精霊になんてことさせてるの……。最低だと思わないの!? 精霊に主従関係をいいことに、どこまで持ち込むつもりよ!」

「……ち、違うよ!!」


 だから、僕だって声の限り否定した。

 大きな誤解が生まれている。僕だって《剣島都市サルヴァス》の冒険者だが、精霊はこれまで大切にしてきたのだ。誓って、そんな対象としてみていない。


「私だって騎士領国の淑女よ。娘よ。ど、どう落とし前とってくれるの……っ! ――き、騎士領国。《リューゲン騎士領》での……風習では……っ。そんなアホ男と結婚するか、こ、ここ、殺して……埋めて。証拠隠滅するか……っ! 二択!」

「や、やめろ! 何物騒なこと言ってるんだよ!? ――エレノア! タスケテ!」


「……ほう。ついに、わらわに救いを求めたか」


 そうして銀髪の少女が、満を持して登場する。

 腕を組んで僕を見ていた。


「――まあ、助けてやらんこともない。うむ、助けてやらぬわけではないぞ。

 お主のことじゃから、どういういきさつがあって、何を警戒して〝扉の仕掛け〟で迷い込んだのかは――おおかた想像がつくからのう。しかし、それはそれとしても。わらわも、裸を見られたのじゃ。それは恥ずかしい」


「恥ずかしいように見えないよ! この中で一番!」


「そんな事はない。――うむ。それでな、ここでは騒ぎを収める方法として、里の一員になるというのはどうじゃ?

 ……お主を婿養子にして、『スケベ』の責任を取らせる。そしてわらわと一緒に里で暮らすのじゃ。一生、無料ただで働く《冒険者》が生まれるわけじゃし、お主もわらわの肌を見たことがチャラ、里の皆も喜ぶ。誰も悲しまぬ。万々歳じゃ!」


「――どこが万々歳だよっっっ!?」


 なにか、どさくさに紛れて冒険者を囲い込もうとしている。

 そんなエレノアの妖艶な顔(?)での流し目に、メメアが慌てて『く、クレイト! なにどさくさに紛れて、いろんなところに婿養子として転がり込もうとしているのよ!』と僕の襟首をつかんできた。かなり理不尽である。


「そ、そんなこと……私が許さないんだから! クレイト! あなたは、私と一緒に《上ランクの冒険者》を目指すの! 私と一緒に〝Aランク〟を取るのよ。外の国で婿養子なんて認めないわ」

「誰も、外の国に居候するとか認めてないよ!?」


 そして、絶叫する僕をメメアが湯船まで放り出すのであった。

 壁への逃げ場はない。……かといって、謝っても許されるような雰囲気でもない。


 湯船に浮いた僕の前に、現れたメメアが持っていたモノは―――


「ひっ――。それ、《聖剣図書》じゃん!!」

「か、覚悟しなさいよね……! へ、へんたい。……変態を裁くのに、聖剣の輝きも、呪文スペルなんて要らない……もの」


「ま、待ってメメア! たぶん何するつもりか分かるけど、それはマジで痛い!! だって、それ本だろ! 分厚い、聖剣図書だろ! 別の武器みたいになるって!」


「裁き――!」


 そして、僕の言葉が終わらないうちに、頭部に鈍い衝撃が走る。


 …………ああ。

 なんで、こんなことに。

 僕は涙で曇る視界の中、何の比喩もなく、頭に火花が散って気を失う。ぶくぶく……。視界が暗転。そのまま、湯船に浮かされることとなった。



 僕は誓う。


 …………もう、好奇心の扉を開かないでおこう。と。







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