25 戦いの爪痕
結局、ダンジョン迷宮の上層階―――〝第一階層〟へと逆戻りし、そこで床の底に落ちる前の場所で戦っていた〝エレノア一行〟を救出したのだが。
――結論から言うと、『必要なかった』。
なぜなら、
「―――おお? なんだ、無事だったのか。冒険者クレイト」
と。
隊長オランさんを先鋒とする、その一行と遺跡の通路でぶつかったのだ。
行き当たった。向こうは僕の隣に見慣れない冒険者の女の子が立っていることに驚いていたし、僕らのほうも、あの《骸骨剣士》―――迷宮の戦士たちの包囲網を突破してこられたのか、と驚きを顔に出していると、
「――ん。いや、それが。必要なかったんだ」
「? どういうことですか」
バツが悪そうにボリボリと無精髭をかく隊長オランに、その横から顔を出した小さな獣人のロドカルは『―――クレイトさんたちが落ちてから、ずっと魔物の包囲網に苦しめられていましたが。ふと、一斉に波が引くように退却したのであります。……まるで、迷宮の奥で〝何か〟を感じ取ったように』と両手を広げて、見たままの事情を説明するのだった。
……それによると。
魔物。《骸骨剣士》たちは退却。
この迷宮で満ちていた魔物たちがいなくなり、空白となった遺跡の通路を、彼らは『僕ら』を探して進んできていたようだ。もし、また《不死の迷宮王》に襲われて苦戦していたら、助太刀するために。
「…………じゃあ」
「そうじゃ。わらわたちの〝前〟に―――もう、邪魔をしてくる《魔物》はおらぬ」
僕がいい、エレノアが話を結んだ。
結局、僕らはその後も《骸骨剣士》や――その他の魔物と行き当たることもなく。さらに迷宮の奥へと歩みを進めるのだった。
……何か、腑に落ちないものを感じつつも。
ともかく合流できたことで、安全な部屋へと退避して、〝小休憩〟を入れることにした。
***
「――では、改めまして」
その少女は、ぺこりと似合わぬ一礼をするのだった。
考えてみたら、メメアは王国の騎士領の令嬢である。性格はともかく――その礼儀作法は本物であったため、桃色の長い髪を流しながらの一礼は、驚くほど様になっていた。
小ぶりな顔立ちに、大きな瞳。
騎士の国の家に生まれている少女は、今は冒険者のドレス――(彼女は軽装を好む。冒険で体力を奪われるのを防ぐため。〝耐久力〟の低さのステータスを補うものらしい)――の上から、地味なローブを着ている。
〝回復薬〟と思われるネックレスもかけている。――『依頼状斡旋所』で手に入れたのだろうか。蔦の紋章が入っている、ということは、かなり高級な装備でもあるのだろう。
「私は、クレイトの冒険の仲間。メメア。――メメア・カドラベールっていいます」
「……ど、どうも。なのじゃ。《クルハ・ブル》の里の長をしておる。エレノアと申す」
どこかぎこちなく、そんな挨拶をしていた。
……あれ?
僕は、何だか腑に落ちなくなって首をかしげる。
……なんか、不思議だな。この自己紹介の光景。
てっきり、メメアのことだから傲慢に『助けてあげたわ』とか、『ふふん、感謝しなさいよね』などとふんぞり返り、本心とは少し違う権威を見せようとしてくるはずなのに。
「知らないのも当然ですよ。クレイトさん。普段のマスターは隠していますが――あれが〝素〟ですから」
「え? そうなの?」
意外な事実に、僕は目を丸くした。
それを言ってきたのは、『やれやれ』と両手を広げる小さなクマ。彼女の契約精霊のアイビーであった。
現在は、《聖剣図書》の『結合』を解除しているため、こうして精霊の姿で外に出てきている。だから、僕と気軽に会話することもできた。かつて――学院で『召喚』された時点で〝クマのぬいぐるみ〟として生きることを宿命づけられた精霊は、旅先で魔物と間違えられたり、色々と苦労をしているようだ。
「――ええ。うちのマスターは、昔から人見知りですからね。すました顔に社交辞令、礼儀に、謙遜に、いい子のフリ。今では教師の前でまごう事なき優等生。もう、大変なんですから。事実、今は優等生でもありますけど……知らない人の前だと急に大人しくなりますし。身内以外には、自然と〝防御〟に入るみたいです」
「……防御?」
『ええ、』とぬいぐるみのクマは頷いて、
「―――礼儀正しくて、いつもの『王国騎士領の令嬢』。それが表での顔ですよ。
そうじゃないと今までの底辺生活が大変でしたし、そうありたい、と本人も望んでいます。…………でも、本当はもっと友達とはしゃぎたかったり、大人に甘えていたい、という気持ちもあるみたいです。授業でも、いつもあんな感じですし――。でも、そんな『公人』の礼儀正しいメメア・カドラベールと、クレイトさんたちを前にしたときのマスターとのぎゃっぷというか。なんだか非対称になってきている気がするんです。最近ね」
「…………ふーん。なんだか、複雑なんだな」
てっきり、いつも、僕に悪口や小言を言ってばかりの『メメア』だと思っていたけど。
必ずしも、そうじゃないみたいだ。
「知らないのは、たぶんクレイトさんくらいだと思いますよ」
なぜか、少し呆れたように肩を落とす精霊。
……こんな外見だが、おそらく《剣島都市》の街中でも上位に入るほどのしっかりした精霊だ。苦労も多いのだろう。
冒険にもほどほどに慣れていて、夢は商人。特技は金銭勘定。だから、《剣島都市》で買い物などをするときは、いつも僕はこの精霊に相談するようにしていた。なぜって、半額近く安く値切ったりするのだ。この精霊。
――メメアも、実は《剣島都市》の冒険者にしては珍しく、この精霊に『財布』を預けているそうである。前に、街で買い物をしようとしたとき、彼女の甘食趣味に「いいえ、絶対にお金を出せません」と腕組みしていた精霊を思い出す。……だが、本人は学院での評判を気にして、そのような事実は外には漏らさないのだろう。
「で、今のこの感じになったわけか」
「――ええ。というか、クレイトさんだけ、さらに別格という気もしますけど」
「え? そうなの?」
「そうですよ。弱みは見せないし、相談も渋るし。そのくせ、最近は冒険していても、何があっても『クレイト』『クレイト』『クレイト』の話題ばっかり――。同じ話ばかりしてて、飽きないんでしょうか。そもそも……」
「―――、ねえ。アイビー? 何の話をしているのかしら」
そして、肩を落として愚痴を漏らしかけた精霊の背後に、少女が立った。
ギクリと、精霊が凍りつく。
自己紹介を終えたらしい。『ほう。このような冒険者もおったのじゃな』『良い子じゃねえか。うちのお嬢ほどじゃないが、よろしくな』と里長エレノアや、隊長オランさんから感心され、その人物を高く評価されていたメメアが、にこにこと怨念のような黒いオーラを纏いながら、笑顔で〝クマの精霊〟の後ろに立っている。
「……げ。マスター」
「な~に、話していたのかしらぁ。精霊は主人がいないところで、勝手な真似をしちゃいけないって《剣島都市》の授業、《精霊学》できちんと教わらなかったの?」
「い、いえ。そのようなことは……」
「お仕置きよ!」
そして精霊を追いかけ回していたメメアは、もがくクマをついに捕獲。抱え上げながらぐりぐりと頭を拳で挟むのである。
「――裁きよっ! アイビー!」
「ぐぬぬううう。お、おのれえええええ――」
あんなナリではあるが、クマのぬいぐるみにも一応は痛覚があるらい。
顔面中で苦痛を表現するクマに、メメアは一通りの制裁を加えながら、
「……ともかく。無事でよかったわ。クレイト」
「あ、ああ。ありがとうな」
……そうだ。
とにかく、先ほどの冒険では助かっていた。
今でこそこうやって無事に会話が出来ているが、つい先ほどまでは――死の淵に立っての、薄氷の上を踏みしめるような戦いを繰り広げていた。
《不死の迷宮王》は――強かった。
あのまま冒険していても――おそらく戦いは敗北していたし。
ダンジョン迷宮で《骸骨剣士》に囲まれて、僕らはどうしようもなかった。手の施しようがなかったのである。僕はそれには感謝していたし、事実を認めていた。エレノアたち一行も同じはずである。……だから、僕は真剣だった。本気で、メメアの冒険に感謝している。
「――そう。それなら、素直に聞かせてもらえるかしら?」
「……へ?」
今回の冒険のことか?
それとも、依頼の目的?? そう思った僕だったが、
「――クレイト。さっき、私のことなんて聞いたの? また精霊のアイビーに変なことを吹き込まれたんじゃないでしょうね。こう見えて、評判は気にするんだから」
「え? い。いや」
その少女は「正直に、話して」と僕のほうに矛先が向けてくる。変な会話をしていたとしたら許さないぞ、という気持ちが込められているのを感じる。
彼女は手を握り、逃げられないようにしている。
「…………えっと。いや。メメアが大活躍したから。さ。……すごいな、って。だって、前までは考えられなかっただろ? こんな複数の呪文を扱って、魔物を翻弄するなんて」
「…………。本当かしら」
ジーと、疑う眼差しを向けていたが。
それでも、僕は説明した。
……もともと、〝感謝〟の気持ちが強いのも事実だった。
ダンジョン迷宮で《骸骨剣士》を撃退できた。……だから、こんな時にどさくさに紛れて言うのは申し訳なかったが、その感謝の気持ちを『本物』だと示す。
本物の気持ちに、嘘偽りなどない。
真剣な瞳で、見つめ返した。
「――本当だよ。おかげで、助かった」
「~~っ、そ、そう? それだったら、……いいんだけど」
急に赤くなって、照れたように手を放す。
僕の顔を見なくなった。うつむく。
……最近は、僕の〝癖〟を真似ているのか、分からなかったが……誤魔化すときに頬をかく仕草をするようになった。
目を合わせず、顔を下に向ける。
何だかんだで、冒険者として〝行動〟を一緒にすることが多くなると――こういった仕草までうつってくるのかもしれない。
そんな少女の姿に、アイビーは『はぁ』と息をつき、ぐりぐりされたこめかみを押さえながら『――いつもそうだ。素直じゃないんだから』と呟いていた。
「マスター。今こそ。あの計画を、発動してみては」
「……な、なによ? アイビー。あの計画って」
執事のように居住まいを整えた精霊は、スッとかがみ込むメメアの耳元に手を近づけると、ことさら殊勝な顔で、
「――アレですよ。ほら、アレ。冒険中言っていたじゃないですか。――ゴニョゴニョ。(……尊敬する冒険者のクレイトさんに、もし活躍したときは、『なでなで』をしてもらう――)」
「―――あああああっ! わー! わー!!」
そうして、聞こえなかった会話なのに、メメアが大声を上げて打ち消している。
手をバタバタ動かして、慌てて従者の精霊の口を塞いでいた。『モゴモゴ……』とアイビーの口が封じられる。
両手で封をしたメメアは、僕らの振り返って『お、おほほ』と取り繕う顔をして、
「ちょっと、主従会議してくるわね!」
「……あ、ああ」
高速で物陰へと消えていき、返ってくる頃にはある程度の〝合意〟が生まれている顔で戻ってきていた。
「…………マスター。分かりましたけど、別に隠すことじゃないと思います。べつに、悪いことをしているわけじゃないですし。犯罪じゃないし」
「…………いいの。放っておいて」
少しふて腐れながら、腕を組んで〝主人〟はそっぽを向いていた。
僕もミスズも、そんな一連の流れがよく分からずに首をかしげていた。
そんな主従の会話を、不安そうな顔をして見るのはエレノアや、その周りの一行である。特にロドカルは『この人、いったい何者でありますか……?』と不安そうに口に手を当てていたし、エレノアや隊長オランにいたっては『仲違いが、戦力低下を招く』という認識で見ているため、とても不安そうに眉をしかめていた。
『……大丈夫なのか?』と隊長オランさんが問いかけてくるが、
「ん。まあ、大丈夫ですよ。この精霊と主人はうまくいってますし」
「そ、そうなのか?」
顔を曇らせて、隊長は腕を組んでいた。
難題でも出されたようだった。
ミスズと僕はは単純に精霊と主人の争いだと思っていて、それがエレノアや隊長オランさんなどが気にするような『戦力の低下』を招くものだとは思えなかった。というか、心配の必要はない。
喧嘩が出来る〝主従〟――というか。
それって、《剣島都市》の冒険者たちの中で、実はすごく幸せなことではないかと思う僕だ。僕やミスズ、または、冒険者の隣人ガフとは――また違った信頼の見せ方というか。愛情表現の一種だと思っている。
メメアたちが《剣島都市》でどれだけ頑張ってきたのか知っている。『―――〝Aランク〟冒険者を目指すためには、どうすればいいか?』という内容のことを一生懸命考え、そのせいで主従の方針が違っていたら、口論をしたりすることもあった。
でも――目標は変わらない。と思う。
見ている場所は、きっと〝同じ高み〟なのだから。
「…………本当に仲がよくないとぶつかり合いもないし、冒険のそりも合わないと僕は思ってます。オランさん。――《冒険者》って、素直じゃないけど、そういうものなんです」
「…………へ、へええ。そうなのか。オッサンにはよく分からん」
そして、腕を組んで考え込んでいる。
そういえば――なんだか、懐かしいな。
こうやって、また四人で顔を合わせるのは。
あの〝討伐後〟は――街を歩き。たまに、一緒に冒険の買い出しをしたりもしていた。
そして、活気づく大通りの売り声と、『――ポーション安いよ、安いよ! 冒険者さん!』『――本当に安いんでしょうね?』と疑問の瞳をじっと向けるメメア、『この半値で売れるはずです。原価はもっと安いんですから』『い、いいのですか……? 店主様、汗びっしょりです』と話す精霊たちなど。僕が最後に収集して、なんとか買い物を成立させていた。
そんな大通りの記憶が懐かしい。
…………実は、まだそんなに時間が経っていないんだけど。
また、あんな日々に戻れたらいいな、と思った。
「ともかく。じゃ。まずは、このダンジョン迷宮内で体勢を整え直す―――のが先決じゃな。幸い、今は心強い《冒険者》も増えておる。体勢を立て直し――今度こそ、この迷宮の奥。〝扉〟のところまで、突破するのじゃ!」
エレノアは、こぶしを上げた。
……そう、まだ迷宮の中である。
僕もボロボロに戦ったし、鎧の上からの傷口も目立つ。それに精霊のミスズの〝力〟も回復できていないし――一度はこの迷宮内で、どこか休息が出来る場所を探したほうがいいかもしれない。
そのためには、移動をしないと。




