24 扉の迷宮・第二階層(2)
迷宮内に〝嵐〟が吹き荒れた。
ある人影が現れたことによって、状況が一変したのだ。その白い手から繰り出される〝炎〟の嵐は魔物たちを戦慄させるのに十分で、打ち出される呪文の威力は、洞窟内を振動させるものだった。
〝少女〟は、骨の絨毯を、文字通り炎上させて行く。
「―――Lv.1、《雷炎の閃光》」
すぐ横から斬りつけようとした骸骨が、錐もみ状に回転しながら吹き飛ぶ。
少女は振り向かない。ただ右手を横に突き出して、《聖剣図書》の力を行使しただけだった。それだけで空中に〝バチバチ〟と雷の収束する音が鳴り響き、そして手のひらから渦巻く炎の玉が勢いよく射出されるのだ。
ぶち当たった魔物は、その構えている〝円盾〟ごと弾かれ、まず盾を構える左手が吹き飛んだ。骨が、小骨ごとバラバラ途中に散る。――そして、残った本体に、真っ向から火球がぶち当たるのだ。
骨は黒焦げになりながら、消し炭にされて行く。最初は白く砕け散った骨の全体が〝炎〟によって炙られ、遺跡の暗がりに落ち。……そして、〝属性の力〟に耐えられず、黒くなる。
―――〝一掃〟する、圧倒的な殲滅力。
弓矢を放とうとした敵の後方の《骸骨剣士》たちを横側から炎がなぎ払って行く。
***
《聖剣ステータス》
冒険者:メメア・カドラベール
―――契約の御子・アイビー(クラス『E』)
分類:聖剣図書/予備効果なし
ステータス《契約属性:なし》
レベル:25
生命力:38
持久力:42
敏捷:66
技量:71
耐久力:22
運:89
《呪文一覧》
Lv.1 《雷炎の閃光》
Lv.2 《波状せしめし炎蛇》
Lv.2 《水王の槍》
Lv.3 ???
***
――その、《ステータス》を確認する。
「―――Lv.2 《波状せしめし炎蛇》」
そして、メメアは横合いから攻めてくる魔物たちをなぎ払っていた。
見たこともない呪文。炎が鞭上に床を伝い、それを引っぱることで物理的な〝属性〟の力を生んでいるのだった。魔物たちが十匹単位でなぎ払われ、そして骨を鳴らす悲鳴が空間に響いた。
さらに襲いかかってこようとした《特大剣》を持つ雑魚骸骨を『――あら、まだお仕置きが足りない?』と首をかしげ、さらなる詠唱の準備に入る。
魔道書の輝きと『結合』する、白く小さな手を掲げて、
「――炎の熱さに飽きちゃったのなら、〝水〟のサービスなんてどう? ――《水王の槍》!!」
空中に水の粒が発生し、それがみるみる大きくなりながら『渦』になる。
迷宮の通路の景色に生み出された『水の渦』は、一秒も経たずにすぐに〝鋭い槍〟のように旋回して形状を変えると、向かってくる巨大な骸骨に次々と突き刺さっていく。腕を射貫かれ、轟音とともに剣を落とし、さらに足、そして胴体へと水が貫通した。
「広範囲の攻撃だけ――そう思わないでね。私だって、長い修行の間から、〝精密射撃〟の腕前も磨いたんだから! ―――あなたたちとの相性は、抜群!」
メメアは冒険者のローブを揺らしながら、そう魔物たちとの戦いをくり広げる。足さばきは躍るようであり、その広範囲の呪文は魔物たちの群れを寄せ付けていなかった。
「…………す、っげえな。相変わらず。お前」
「ふふーん。もっと褒めて。褒めて」
僕はその光景を見ながら、呆然。
そして、その力を行使する〝大冒険者様(仮)〟は、小っこい体を寄せてくるようにふんぞり返って、僕を見上げるのだった。背伸びしても届かない身長で、『どう? すごいでしょ、すごいでしょ?』とふんぞり返るのである。
「……っていうか、お前……なんでここにいるんだ? メメア。だって、《剣島都市》から遠い場所なのに」
「あなたを助けるために、決まってるじゃないっ」
『ったあ、何言ってんだか』という顔で、メメアは両手を広げる。魔物との戦闘中なのに、余裕を顔に出してもう一人の〝実力者〟は、僕へと目を向けるのである。
「あなたを助けるため。どんな山岳でも、砂漠でも、深い魔境でも―――助けに来るに決まっているじゃない。だって、相手が〝クレイト・シュタイナー〟だもの。それが、《ダンジョン遺跡》なんてものなら、なおさらね。心配じゃない。あなた一人に任せていたら、どんな〝うっかり〟をするか、分からないし」
「……え。いや、まあ。……事実、そうなんだけど」
「あなたのためなら一千里の道のりも、なんとやら。よ。――力になりたいの。認めた冒険者のそばにいたいの。……悪い?」
『――悪くはないですが、聞きようによっては〝告白〟にも受け取れますよ、マスター』
ぼそりと彼女の輝く《聖剣図書》から、呟かれる一言に。「……っ、う、うるさいわねっ! アイビー」と獣がグルルルと噛みつく顔を向ける。そうして、もう片手で『――《雷炎の閃光》』と火球を打ち出して魔物を吹っ飛ばしているのだから、恐ろしいというか、なんというのか。
メメアは、「あなたのところの寮母さんに、頼まれたのよ」と僕に振り返っていた。
どうやら、寮母さんとの〝約束〟を交したらしい。
「――? 寮母さんから?」
「そう。あなたが《剣島都市》を旅立ってから、少し。ちょうど街に冒険から戻ってきた私たちに、手紙と、あの人が訪ねてきたのよね。……『早く行かないと、ヤヴァイ!』って。――どうせ、おおかたウソ半分、下心も半分だと思ったけど」
「…………まあ、結果。助かったわけか」
僕は思う。
呆れた口上なのは相変わらずの寮母さんだったが、ここで『メメア』を援軍に送ってきてくれたのは、正直なところ、とてもありがたかった。僕の冒険を理解している。
それこそ、その辺りの〝Eランク〟~〝Dランク〟の冒険者を見回しても、メメアレベルはそうそういなかった。それに、僕との組み合わせも最悪だった。どんな冒険者を送ったって、先日まで『最底辺』の『落ちこぼれ〝Fランク〟』を見てきた生徒は、僕らを見下し、素直に協力をしないだろう。
《剣島都市》は――、実力主義が染みついた、《ステータス》ばかりの島なのだ。
それに比べて、メメアは違う。
メメアレベルの強さを誇る冒険者はそうそういなかった。その力は、主に〝呪文〟を操ることができる限られた能力による。
彼女は〝集団戦〟にものすごく強い。
そして―――おそらく、〝中距離〟程度から、〝遠距離〟の射程をもつ冒険者の中では、最強クラスだと思える。僕の〝近接のみの聖剣〟との相性がとてもいいのだ。
メメアは、僕のすぐ近くに立って、お互いに守るような――〝あの日の、女王蜘蛛の討伐の陣形〟になった。僕が〝寮母クロイチェフの構え〟で広範囲を守り、近接してくる骸骨を撃退。そして、遠くに迫ってくる魔物の影にはメメアの〝呪文〟が向かい、遠距離射撃をしてくる弓兵も、彼女が沈黙させた。
「―――ともかく。まずは、この死地を脱しましょう。あんな――巨大な〝ボス級〟がいたんじゃ、うかうかと話せないもの。―――《雷炎の閃光》!」
「ああ。そうだな。―――ミスズ」
飛び出して、存分に武勇を発揮する。
《不死の迷宮王》―――この迷宮の王たちは、突然現れたこの冒険者に混乱していた。なぜなら、いきなり魔物では考えられない《聖剣の力》を発揮して、縦横無尽に炎を飛ばして牽制していたのだ。
そして、僕が―――その隙に躍り出て、〝強い個体〟のみを狙い撃ちにして、倒していく。
〝近接白兵〟と、〝遠隔射撃〟の組み合わせ。
それは〝前衛の剣士〟と〝後衛の術者〟の――完璧な組み合わせだった。今よりも前、ある森の奥地で《女王蜘蛛》という魔物を討伐したコンビだった。
唐突に湧き出たはずの〝乱入者〟なのに――その人物と、〝僕〟との連携は息がピッタリだった。状況が分からず、混乱する《骸骨剣士》の集団には、対応できていなかった。
そして、
『……え?』
『魔物が、動いた……?』
ミスズが僕の聖剣の内側で驚きの声を出し、それに応じるようにアイビーが聖剣図書の本の中から声を発する。
それは――波が、一斉に引いていくようだった。
僕らを囲んでいた、《骸骨剣士》たち―――迷宮の通路に広がっていた魔物たちが、一斉に、白い波が引いていくように退却を開始したのだ。一度襲いかかったら、絶対に引かないと思っていた魔物たちの変化である。
そして、僕に背を向ける《不死の迷宮王》――この迷宮の王が、ゆっくりと後ずさる。
「―――ッ、ま、待て!!」
「……ダメよ。クレイト。…………〝追う〟には……こっちも戦う人数が足りていない。私の《聖剣図書》の弱点、あなたなら知っているでしょ?」
メメアに腕を掴まれ、僕は奥歯を噛んだ。
…………聖剣図書の弱点。
それは、《剣島都市》の島にいるときから、授業や、課外の冒険などで会話に出ていたことだった。――〝対・集団〟で驚異の性能を誇る《聖剣図書》だったが――その反面、スタミナに弱く、持久戦で――〝燃料不足〟〝ガス欠〟を起こしやすい。前の戦闘の女王蜘蛛の時も、戦いが終わった後、しばらく動けなかったそうだ。
ともかく。
この状況は――
『…………助かった、のでしょうか』
「……。ああ」
ミスズが見回すような声で言い、そして僕が頷く。
ともかく、この洞窟内の戦闘は幕を下ろした。
凄まじい戦いだった。
迷宮に散らばるのは、骨、骨、骨―――。
僕らも力を消耗しきったし。魔物たちも白い波の残骸を残していた。その奥の闇の遺跡には、《骸骨剣士》たちの巣があるのだろう。
遠くに、引いていく魔物たちの足音も消え。
そして、ダンジョン迷宮には、静寂が訪れるのだった。
「―――とにかく、『エレノア』たちを救出しよう。休憩は、それからだ」
『は、はい!』
そして、僕らは巨大な部屋の出口へと急いだ。




