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23 扉の迷宮・第二階層(1)




 暗転から立ち直ったときは、全ての〝状況〟が決まっていた。

 ――勝負も。


 その、混戦の行方すらも。


 先ほどの魔物―――《ラガー・ドラム》が、同じ魔物である《骸骨剣士スケルトン》に蹂躙されたことでも分かるように、この魔物たちは無差別的であり、なおかつ――狂暴な力を秘めていた。迷宮の通路を徘徊し、巡回する――。たったこれだけのことなのに、今まで多くの《冒険者》たちが命を落としていた。



『ま、ますたー! マスター!』

「…………う、ぐうっ」


 そうして、僕は瓦礫で目覚めた。


 ダンジョン迷宮の、部屋。視界が傾いている。

 そこは先ほどまでの光景とは打って変わり、破壊、そして理不尽――その波に呑み込まれていた。いくつもの壁の鉄の扉が凹み、そして、床は砕けて起伏がついていた。どうやら、一つ下の階層に落とされたらしい。


 目の前には、



『ゴ、ゴゴギギギギ……』

「……。そう簡単に許して、くれるわけない……よな」


 無数の骸骨たちと、そしてその中央の―――《王》がいた。

 《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》という名前の魔物。右手には武器――《巨大剣ツヴァイ・ハンダー》を持ち、そいつは『ギギギ』と巨大な首をかしげ、僕が地面で呻いているのを見下ろしている。


 ―――相変わらずの、巨体である。

 踏みつぶされただけでも、どうなるか分からない。


 僕は周囲を見回す。―――部屋に、エレノアたち一行はいない。


「……ミスズ。エレノアたちは?」

『は、はい』


 僕が呼ぶと、聖剣の内側から慌てて返ってくる。


『エレノア様たちは、先ほどの地割れで……はぐれてしまいました。でも、どこかで戦う声が、ずっとしています。――たぶん。まだ、魔物さんたちと戦っているのだと思います』


「…………でも、長くは持たない」


 状況は最悪だ。

 僕は確信し、聖剣を片手に呟いた。


 ―――確かに、この迷宮内のどこかで、地響きとともに戦う音が聞こえてくる。

 きっとまたどこかの部屋で《骸骨剣士スケルトン》の大群に囲まれて、隊長オランさんたちが豪腕を振るい、徹底抗戦をしているところだろう。…………だけど、それが長く持たないことも僕は知っていた。


 僕に課せられた役割は、あまりにも重すぎる。

 この《骸骨剣士スケルトン》の手下たちを大量に従えた――その《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》という〝王〟を、この手で討ち取らないといけないのだから。


 …………そうしないと、この迷宮での明日はない。


「……ミスズ。聖剣は」

『……はう。ごめんなさい。もう、ほとんど〝力〟が残っていません』


 それを悲しそうに言う。


 それは。当然の出来事だった。

 ある種、サルヴァスの《冒険者》でもある僕には予期していたし、予想できたことだった。


 僕が視界が暗転して、あの巨大な武器―――《巨大剣ツヴァイ・ハンダー》に殴りつけられたとき、防御態勢をとっていた。そのままでは死んでいたかもしれなかったが、〝精霊〟が、その力を最大強化――出し切って、防いだのだ。


 ……こんなこと、一度きり。

 他の冒険では、まずやらないような出来事だった。それだけ僕らを囲む状況は悪く、魔物の〝王〟の一撃、一撃には―――〝死〟が含まれていた。


 だったら。

 ここから先は……僕の剣の腕だけで、生き残るしかない。


 《ステータス》の上昇の恩恵が……もう、ほとんど残ってない。



「――分かった。僕自身で、何とかしてみる」

『む、無茶です。マスター。……そんな、お体で。ボス級の魔物さんと、戦うなんて』


「誰かがしないと。僕以外、誰がする」


 そうして、僕は力を振り絞る。


 聖剣を縦向きに構えた。

 ――『王国剣士の構え』。


 剣術の型の中で最もオーソドックスな、〝平凡な構え〟であったが、今の僕にはこれをするだけで精一杯だった。今まで戦ってきた型や、『寮母クロイチェフの構え』をするためには―――もう体力が追いつかない。剣の動きに、体がついていかないのだった。


 そして僕は戦闘を開始する。


『ゴ、ガガガガゴゴゴ―――ッ』

「お、あああ――ああああ―――ッッッ!」


 剣で光の線を空中に描く。

 鈍い痛みで、剣を引きずるように――構えたまま前進して、それから空中へと僕は剣を斬り上げる。巨大な頭蓋骨が咆吼し、覆い被さるように迷宮で《巨大剣ツヴァイ・ハンダー》を繰り出してきた。


 迷宮の床を蹴った。

 ―――受け流す。



 ***



《聖剣ステータス》


 冒険者:クレイト・シュタイナー


 ―――契約の御子・ミスズ(クラス『E』)

 分類:剣/ 固有技能―――《 限界突破 》S+


 ステータス《契約属性:なし》

 レベル:14 → 27

 生命力:31 → 71

 持久力:18 → 42

 敏捷:37 → 84

 技量:19 → 40

 耐久力:11 → 33

 運:_ex



 ***



 それを。


 微弱な変動。


 ―――今の僕の限界は、それだった。


 ステータスが上昇する。だが、その力は、魔物の怪力にも、巨体を切り裂くものにも、速さに追いつくことも、そして雑魚敵――《骸骨剣士スケルトン》たちを招集し、襲いかからせる数という――あらゆる〝特徴〟に、対応する力ではなかった。


 限界が近かった。視界が揺れる。


 しかし、



「―――〝冒険者〟、っていうのは」


 僕は、その巨大な剣舞が激しく舞う――迷宮の地下深くにおいて、土を蹴り、ぎらりと目を光らせて戦闘を継続するのだった。


 格上のボス級の魔物の剣舞が地面に次々と刺さり、その串刺しの中を、〝柱〟でも回避していくように縫って僕は全面に躍り出る。すれ違った《骸骨剣士スケルトン》を縦斬りに回転しながら蹴って、突き刺さった刃――《片刃曲剣タルワール》を蹴った。


 さらに刀が、飛来する。


 交差しながら刺さってくる〝剣〟を、前に転がりながら避けた。流れる動作で、地面を蹴る。《聖剣》―――その輝きの鈍くなった剣を、深く、深く、手元に引く。動きを爆発させる。




「――絶対に、〝諦めない〟生き物だ!!」




 僕は思い出す。

 《剣島都市サルヴァス》での下積み時代。


 僕らは笑いながら日々の冒険を繰り返し、そのたびに、泥にまみれ、ドラゴンの糞などに森でまみれて返ってきていた。――来る日も、来る日も。長い時間の中で、〝成長〟などというものはほとんどなく。――〝失敗〟ばかりがあった。


 ――〝失敗〟。

 ――〝失敗〟。

 ――〝失敗〟。

 ――〝失敗〟。


 ―――――そして、〝失敗〟。


 僕らの冒険は、いつも、失敗ばかり。

 それでも諦めず。僕についてきてくれた『精霊』の従者がいた。


 いつも、二人で魔物に追いかけ回され。

 いつも、大変で。


 そして……いつも、情けなかった。


 財布に余裕はないし、《剣島都市サルヴァス》の街中では何も買えないし。道具屋の商人にも見抜かれて〝貧乏ビンボー冒険者か〟と売り声もかけられず、無視。まるで、〝Fランク〟の冒険者なんて、〝いない〟ようなものだった。


 冒険でグローブが破れても、交換できず。

 それで、ちくちく、慣れない針仕事をして補修していたら怪我して、よけい切なくなった。最終的にはミスズが手伝ってくれて、コッソリ夜に直してくれていた。――貧乏時代はそれくらい、悲しい出来事が多かった。

 でも、挫けなかった。挫けられるわけがなかった。


 何で、諦めないのか。

 …………諦められるわけ、ないじゃないか――!


 僕と。

 そして、僕を信じてついてきている――


『……え? マスター。聖剣の光が……』

「…………」


 聖剣の光が――異常なほど光る。

 今まで燃え尽きたようにくすぶり、〝精霊〟のミスズの力の限界を迎えたのと同時に、弱々しくなっていく一方だった剣が――もう一度、蘇生するように復活していた。〝熱〟を取り戻している。ダンジョン迷宮の暗闇の中で、それは、闇を押し返すように輝いていた。


 …………諦めない。

 ……諦められるわけが、ない。


 なぜなら。



「―――〝冒険者〟、っていうのは。絶対に精霊に情けない顔を見せない―――見せたくない、生き物なんだ――!!」



 振り下ろしてくる巨大な剣を、僕は真っ向からはじき飛ばしていた。

 ―――《ステータス》の輝きが、みるみる戻ってきた。


 僕は、その巨大な剣舞が激しく舞う――迷宮の地下深くにおいて、土を蹴り上げていた。これくらいの逆境で諦めない。――諦められない。そうするには、あまりにも多くの『失敗』を僕らは味わっていた。


 〝最強〟の冒険者ではない。

 だが、――〝失敗〟だけの経験値なら、誰よりも豊富に持っている冒険者だった。


 ぎらりと目を光らせて戦闘を継続する。しがみつく。食らいつく。

 それは醜いほどに、負け犬の戦いだった。圧倒的な実力もない。魔物を制圧する決定打もない。ただ、戦う。戦って、戦い、戦い抜く――。連戦を続けていく。


 魔物の《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》の周囲を旋回し、次々と斬り結びながらまた新たなる地点へと移動する。



「――《冒険者》をなめるな! 《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》!!!」


 その咆吼とともに、一撃を叩きつける。

 火花が散った。右腕の《巨大剣ツヴァイ・ハンダー》に受け止められていた。攻撃をいなされる。しかし―――そんな軽々とした回避でも、折れない。めげない。


 《冒険者》が諦めたら、〝冒険〟が――終わりだ。


 支えてくれた精霊を裏切ることになる。一緒に移動した仲間を見捨てることになる。僕を雇った依頼人の願いを放り捨てることになる。――たとえ、腕が動かなくなろうと。体の疲労と重さが絶えられないものになろうと―――《冒険者》は倒れない。


 それは、ステータスだけじゃ説明できない現象。

 ……冒険者の、《魂》だった。


『……! マスター! ここの部屋の床の周り。……ぼ、冒険者様たちの、骨が……』

「…………」


 そう。

 気づいていた。僕の視界にも見えている。


 旅人や、討伐に来た騎士。そして、冒険者など。

 無数の骨と《錆びついた剣》が突き刺さり、このダンジョン迷宮の空間を異様なものにしていた。


 だが、それが何だ。

 僕には諦められない理由が一つ増えた。――それだけである。


…………迷宮の奥の《扉》に近づくための、最大の敵。

 だったら、向かうべきは一つである。一点突破。中央突破。目の前の《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》を倒すことのみ。呼吸を整える。それから。向かう。突き進む。


 退路は塞がっているのだ。だから。

 向かうべき〝道〟は、自らの手で―――切り開くのだ。



「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああ――――ッッッッ!!!」

『ギ、ギギギギギギギギギギギギギ―――ィィ!!』


 巨大な骨が激しく振動し、僕を包むように剣舞が来る。

 拳を強く握りしめて。

 ―――聖剣を――縦に、振り上げた。


 《巨大剣ツヴァイ・ハンダー》が吹き飛ぶ。

 ―――悪あがき、上等。

 死に損ない、上等だ。


 僕の斬り上げた剣で、初めて《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》の体勢が揺らいだのを感じた。猛烈な一撃を叩き込む。それで、魔物の手から体内に燻っていた『魔力マナ』―――生命の光が、溢れ出る。

 

 ――右腕の一本を、斬り飛ばしたのだ。

 ……しかし、


『―――マスター!』

「……っ」


 《聖剣》での反転――そんな、生やさしい回避方法を《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》が許してくれるわけがなかった。


 冒険者と、同様。

 魔物も――諦めが悪いのだ。


 僕は冒険者の革の鎧に《骸骨剣士スケルトン》の刃物が当たるのに構わず、突き進む。もはや魔物と僕との潰し合いになっていた。滝のように『魔力マナ』と聖剣の光が流れ落ち、そして地面には血が流れる。


 より深く踏み込み。ギリギリのタイミングで回避しようとする聖剣を握った僕に、魔物が押し潰すように、離脱を許さない。本気の打ち合いは、〝ステータス〟の低い僕の逃げ道を確実に奪っていった。


 ……もう少し。もう、少しだけ……!


 手応え。

 もう一本の腕くらい、奪ってやる――!


 僕が、そう奥歯を噛んだ時だった。


『…………マスター!』 

「え」


 大きな剣が、振りかぶられた。



(――――しまっ―――)


 僕は、目を見開いた。

 それは、直線で僕に向かってきていた。魔物の《不死の迷宮王スケルトン・クラーグ》は、腕ごと斬り飛ばされ、地面に落ちていた《巨大剣ツヴァイ・ハンダー》をもう片手で拾い上げ、すくい上げるように横に飛んだ僕の顔面を狙ってきたのだ。


 ―――回避が、間に合わない。

 吸い込まれてくる!


 今の僕の絞りきった〝体力〟に、そんな一撃を回避できるだけの〝燃料〟なんてものは残っていない。


 目を閉じた。

 剣が到達するまで、残酷なほど一瞬だった。影が迫ってくる。



 顔を割られる、寸前だった。



「…………、?」


 炎が渦巻いていた。

 僕の顔面は――砕かれなかった。


 それどころか、どこか柔らかい感触が僕を受け止める。

 聞こえてきたのは〝呪文スペル〟――《雷炎の閃光ファイア・ボルト》の声。それと同時に、僕の体を受け止めた人影があった。


 僕を砕こうとしていた《巨大剣ツヴァイ・ハンダー》――は、動きを静止する。骸骨の王の、右手が〝呪文スペル〟によって、弾かれていたのだ。直後、押し寄せてこようとした《骸骨剣士スケルトン》たちも、炎によって蹂躙される。


(…………え?)


 僕は、目を見開く。

 すっぽり包んで。僕の飛んだ体をキャッチした人影だったが、そのまま勢いが殺しきれずに一緒に転がってしまう。


 洞窟内に、不意の静けさが広がっていた。


『グゴ、ゴゴゴゴゴ――!』

「…………あら、怒ったのね。《迷宮の王》――でもね、おあいにくさま。〝私〟も怒っているの。私の大事な、戦友クレイトを傷つけてくれたみたいだから」


 そして、僕の前にその人影が立ち上がった。

 魔物が発する、唸り声をものともせずに。


 不敵で、強い笑みを浮かべるその柔らかなローブを身に纏う〝少女〟は、



「―――やっと、合流できたわね。〝クレイト〟。ずいぶん、苦戦しているみたいじゃない」

「……え? お前……」


『お久しぶりです。クレイトさん』


 そうして、僕の前に下り立った〝冒険者〟は。


 桃色の髪と、元気な溌溂とした笑み。

 そして、見慣れたいつもの布地の多い冒険者の服と――輝く左手の図書。〝聖剣図書〟を持って―――僕を見つめているのであった。緑の瞳が、再会を喜んでいる。


「…………メメア……。それに、アイビー?」

「うんっ。それに、安心して。――私が来たからには、あんな〝数で何とでもなると思っている《骸骨剣士スケルトン》集団〟なんて―――どうにでもなるわ。ぶっ飛ばしてあげるんだから!」


 白い手を、スッと掲げ。

 その周囲を埋め尽くす―――《骸骨剣士スケルトン》たちの群れへも、怯むことなく笑みを浮かべるのだった。



「――メメア・カドラベール! これから、クレイトの冒険に参戦するわ」




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