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22 抗戦




「―――んー。死ぬほうに、俺は〝300センズ〟賭ける」


「じゃあ、俺は半殺し、に〝200センズ〟だな。無論、王国硬貨の、な」



 迷宮の外。


 〝灯火〟がともった安らかな山塞の上では――そんな荒くれ男たちが、〝チップ〟を交わしていた。



 賭け事である。

 夜空には墨色の雲が広がり――そして、そんな空を気持ちよさそうに泳ぐように、魚のようなうねった月が地上を照らしているのであった。この夜に相応しい、不気味な月でもある。


 盗賊たちは、〝見張り役〟の任務に飽き、門のある砦の一角で『賭け事』をやっていた。その対象は、もちろん、今なおこの砦で話題になっている、――《剣島都市サルヴァス》という剣の島からやってきた冒険者の生死だ。



「無論、生死は置いておいて――この際、どんな死に様をするか。ってことで持ちきりだな。《冒険者》だからな、背を向けては死なんだろうし」

「―――なあ、絶対に無理だ。って言うのは前提だよな? 〝ダンジョン迷宮〟に向かって――しかも、あの洞窟には、《骸骨剣士スケルトン》がうようよしている。って話だ。進めるわけがない」


「―――ああっ、できっこない」


 その賛同が、夜に響き渡った。


 この砦には、盗賊のアジトらしくさまざまな工夫がなされている。その一つが――この〝見張り〟の関所だった。

 砦の前に〝ゲート〟を作ることによって、防戦を有利にする。…………だけじゃない。――ここでは、通行人や、旅人を監視していた。


 《魔物》をどうにかする、防ぐ、といった王国本来の『門』の使い方はしていない。いかに旅人をつかまえ、何も知らず通りかかる人物から、金品を強奪するのだ。


 『男』たちは、見張りの盗賊。

 この門番として張り込み、旅人がいたら襲いかかる。――ただし、素直に金品を上納するのではなく、いくらか『ピンハネ』してからの、献上だった。足りない分は、〝旅人〟が償う。強制労働でも、身ぐるみを剥ぐのでも、なんでもいい。彼らの知ったことではない。


 ――ただ、最近ではその〝懐の温もり〟が、寂しくなりつつあった。ここ、《クルハ・ブル》の国で――盗賊が蔓延り、毎日のように数を増やしていることを知った周辺諸国の商人たちが、露骨に警戒して、近寄らないようになったのだ。


 旅人の減少は、国の活気を衰えさせる。

 盗賊たちは、自分たちが〝病因〟になっているのも気づかずに、ただ旅人が少なくなったことだけを嘆いていた。儲からないし、虐めて楽しくない。

 ……日々の遊興は、賭け事くらいのものだ。



「……旅人が、この国の《里》から、迷宮に向かったんだろ」

「大陸のへその島、《剣島都市サルヴァス》で――冒険者を雇ってな。〝ランク〟は、知らないが」


 その報告は、彼らの少ない日常の話題を賑わわせた。


 彼らが目標としている《クルハ・ブル》の里に、《冒険者》が招かれた。


 それは―――どうやら、あの〝ダンジョン迷宮〟をどうにかするためらしい。

 迷宮遺跡には、古代から飼われている《魔物》たちが多くいて、それを突破するのには《冒険者》の力が必要だと判断したのだろう。仲間内の噂では、島へと邪魔しに向かった盗賊たちが、次々と撃破されてしまったという。


 ……だが、


「…………それでも、無理だろうな」

「ああっ、不可能だ。勝てっこねえ。魔物――あの迷宮の奴らは、昔からこの国を散々苦しめた《魔物》らしいじゃねえか。……よくて半殺し、あとは肉塊ミンチだな。可哀想にねえ、若いのに。楽には死ねぇだろう」


 口調はしみじみと、しかし、どうでもよさそうな他人事に言った。

 ……もし、その手に《聖剣》があったとしても変わらない。


 よしんぼ、生き残ったとしても。

 ―――どうせ、また別に湧く《魔物》たちに蹂躙されてしまうのだ。《迷宮》とはそんなものだった。魔物たちが殺戮し合い、そして人間であろうと冒険者であろうと容赦なく巻き込み、息の根を止める。


 攻略するには、あまりに広い生息地だった。


 と、そんなことを話していると。



「……? おい」

「ああ。珍しいな、こんな夜にお客とは」



 砦の前に、静かに歩みよってくる〝人影〟が見えた。


 …………たった、一人。

 盗賊が最初に不審に思ったのは、その人影がボロ布のフードを深くかぶり表情を隠していたことだ。お供をつけていない。――ということは、よほど身分がない旅人か、それか浮き世者か。それにしたって、こんな時間にひとりで旅とは。


 ……この〝場所〟がどんなところか分かっていないのか?

 盗賊のはびこる砦に、夜間に近づいてくる旅人である。



「――おい。」

「ああ。分かってる。最初に声をかけ、それから――〝略奪つうこうりょう〟だよな」



 含み笑いをこらえて、門の上で身を乗り出す。


 こんなにオイシイ獲物は、久しぶりだ。


 ――盗賊、の仲間ではないだろう。

 そんな連絡を受けていない。


 男たちは出て行った。最初から剣や槍を見せびらかすのはよくない。旅人が逃げてしまう。

 どうせ『砦』が後ろには控えているんだし、この人数に挑もうとする旅人や商人などいないだろう。彼らにとって旅人や商人たちから金を奪うことこそが、最重要なのであった。


 その金を盛大に使い、武器を整える。

 そして、また旅人を襲う。――その繰り返し。


 盗賊稼業とは、そういうものだった。



「―――おい。止まれ。貴様、誰の許可を得てここを通行している」


「…………」

「……? 聞こえないのか。さっさと、金品と身ぐるみを脱いで――って。お前、人間ヒューマンか?」


 そして、盗賊は気づく。

 不審な人影は、人間ヒューマンだった。


 深くかぶったフードは人のかたちに膨らみ、そして桃色の前髪がこぼれている。


 ふわりと風に揺れる髪は、女性的なラインを描いていた。盗賊生活が長かった男たちは見逃さない。女性的で柔和な体のラインは細く、そしてとても若い。


 その人影は。〝剣〟を帯びていなかった。


 それだけでもこの大陸では珍しいことだった。旅人が剣を帯びるのはもはや常識といってもよく、盗賊や山賊たちの脅威のほかにも、森を歩けば魔物だって出る。しかし――その旅人は武装らしい武装をしておらず、その代わりローブの腰の辺りが膨らんでいた。


 四角く膨らんでいるのは……『本』……だろうか? やや分厚く、そこだけが盗賊たちにとって印象に残った。なぜか、輝いていた気がしたのだ。



「おい。返事をしろ、と言っている。もし答えなかったらこのまま剣のサビになる。答えたら――まあ、俺たちも鬼じゃない。ほどほどに、可愛がってやるよ。暇だしな」

「……」


「……? だから、返事はどうした」


 やはり、深くフードをかぶった人影は、沈黙している。

 小柄な少女だった。ローブの中から目だけをのぞかせ、『……二、三……』と男たちの人数を数えているようでもあった。片手は、静かに腰にある―――〝輝く赤い本〟にかけたままである。



 男たちが不審に思い、さらに問い詰めようとすると、



「――呪文スペル。――Lv.1」

「……へ?」



 あまりに唐突な、その声こそが。

 この夜の――〝会戦〟への火ぶたを切って落とす、引き金になった。



 ボソリと呟いた一言に―――炎と雷を伴った、小規模な爆発の渦が生まれる。

 尋常ではない力。明らかに不自然な〝魔力マナ〟の動きに小屋につないだ馬が悲鳴を上げて暴れ、それから『な……』と驚く男の目の前で閃光が弾ける。


 彼女の小さな手から、炎の弾丸が生まれた。



「―――Lv.1、《雷炎の閃光ファイア・ボルト》」



 砦に、声が響いた。

 ぶち当てられ、男がくの字になって吹き飛ぶ。滅茶苦茶に振り回されて、体が変な方向に傾いていた。一瞬で二人の男にぶち当たって意識が刈り取られる。


 『な――』『ひっ――』ととっさに反応した後ろの男たちが武器を取り出そうとするが、手遅れだった。


 再び炸裂した雷光の炎によって―――男の姿が吹き飛ばされ、そして関所のかんぬきが外側から吹っ飛ばされる。砦の外郭そとぐるわが大混乱に陥る、その前兆でもあった。半鐘の音が、カンカンと、緊急事態を伝える。


 《聖剣図書》――その冒険者が抱えているのは、それだった。


 腰のベルトより取り外し、左手に抱えている。夜の中で煌々と輝いていた。

 サルヴァスでも類を見ないほど珍しい聖剣の形。―――剣ではなく、〝属性〟を行使する武器の形であった。


 闇夜を裂く轟音――〝閃光〟が弾ける。


 それは炎と雷を伴った、小規模な爆発の渦だった。ぶち当てられ、男がくの字になって吹き飛ぶ。まるで腹に巨人の正拳突きを喰らったみたいだった。

 殴り落とされたように、一瞬で二人の男の意識が刈り取られる。砦から剣を手にした盗賊たちが出てくるが、それでは遅い。


『―――マスター。この人は、僕らの〝約束〟にあった対象ではありません。冒険者でも、ましてや魔物でもありません。恐ろしく軟弱な、群れをなして粋がっているだけの〝雑魚〟です』

「ええ。分かっているわ。アイビー。最大限の手加減は、するつもりよ」


 そうして、少女は『本』と会話する。

 光り輝く本から声が聞こえてきていた。それは、ごく自然でありふれた光景のようだった。次々と囲んでくる山賊たちを、深いフードをかぶる冒険者は〝炎〟でなぎ払っていく。


 少女は―――夜の中を悠々と進んでいた。

 これだけ騒がしく、騒動に包まれた砦を、まるでその辺りの『山道』と変わらない顔で進んでいく。彼女にとって通り道は、ただ開けていればいい。


 砦があろうが、関係ない。

 もともと道だった場所に――その正しいルート上に、何か建築物が建とうが、そんなこと関係ない。


「……そろそろ、合流する頃合いね」

『ええ。メメア・カドラベールの力を、この夜空の下で。鉄の国全てに示しましょう』


 そして、その〝人影〟は歩く。

 輝く本。それを腰のベルトにつけ、一回手を振るうごとに《火球》が振るわれる。それだけで爆撃の絨毯が広がり、砦に炎が渦巻く。

 〝旅人〟は、フードを持ち上げ。

 そして、山の上に見える――ダンジョン迷宮の〝入口〟へと、目を向けていた。



「…………待っていてね。〝クレイト〟」





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