21 扉の迷宮・第一階層(3)
「――くそっ!」
その迷宮での第一声は、それだった。
遺跡を逃げ回ったときには、すでに夜半を過ぎていたかもしれない。
―――数時間にも及ぶ、戦闘だった。
「冒険者クレイト! 無事か!」
「ええっ!!」
洞窟での戦闘をしながら、剣を振り上げる。
僕は周囲を確認する。隊長オランさんが叫び、エレノアが防戦に当たる。そして獣人ロドカル―――僕ともう一人の冒険者が、遊撃して魔物を砕く。
…………だが、次から次へと、キリがなかった!
《骸骨剣士》は続々と押し寄せてくる。
回転斬りを放った僕は、さらに踏み込んで、前進。ロドカルたちを狙った魔物の白い頭蓋をたたき割って、粉砕する。
頭上から弓矢の束が押し寄せてきて、それを切り払いながら離脱する。《敏捷》のステータス――〝37〟の数値を発揮し、地で足を蹴って動く。
「――《骸骨剣士》って、こんなに戦い慣れている魔物なのか!?」
「油断するな! 冒険者クレイト。もともとは、王国の兵士だった、って噂だ」
隊長オランさんが応じ、叫びながら奮戦する。
…………一説には、この迷宮の《骸骨剣士》は王国の古い〝戦乱〟の時に命を落とした兵士だという。その強さは凄まじく、その辺りの雑魚敵と同じレベルではなかった。一撃一撃に、〝死〟の重みを感じる。
僕は自分の聖剣の《ステータス》を確認した。
***
《聖剣ステータス → 変動》
冒険者:クレイト・シュタイナー
―――契約の御子・ミスズ(クラス『E』)
分類:剣/ 固有技能―――《 限界突破 》S+
ステータス《契約属性:なし》
レベル:1 → 14
生命力:5 → 31
持久力:4 → 18
敏捷:11 → 37
技量:5 → 19
耐久力:3 → 11
運:1
***
―――そのステータスを。
僕は目を落として確認し、『ギリッ』と奥歯を噛みしめる。これ以上は上がらない。冒険者プレートから手を放した。
冒険で、上手くいかない、どうでもできない―――ということは多かったが。
…………だが、これほど大量の敵と〝剣戟〟に包囲されたことはなかった。
「――エレノア! 〝脱出〟は?」
「ほぼ絶望的。じゃ。奴ら、出口の通路がある方面をすでに抑えておる! 突破すれば問題ないが、そうするには王国の騎士たちの中を中央突破できるほどの〝瞬間火力〟が必要じゃ!」
――そんな火力は、ない!
エレノアが返事し、僕は確信した。
一撃一撃ごとに、僕は聖剣に重みをかけて運命を切り開く。このまま中央突破はできないが、耐え凌ぐしかない。
――剣舞にまみれて、一瞬で何回もの火花が洞窟を染め。
――白い骨は、周囲を囲んでいる。
集団で『ギチギチ……』と骨を鳴らし、向かってくる《骸骨剣士》たちは容赦なく踏み込んできた。
…………悪夢のような光景である。
「……く、くそ……くそう! き、キリがないのであります!! クレイトさん、突破口はないのでありますか!?」
僕に寄ってくるロドカルが、叫びながら剣を振り上げた。
ロドカルが剣を振り上げるたびに、《骸骨剣士》が応戦してくる。その短剣との対峙は互角といったところだった。冒険者の《ステータス》は戦力を微量ながら底上げしてくれる。そして、聖剣の光が、魔物の剣との違いを見せるように押し返す。
――だが、その剣の中身の〝精霊〟もバテているのか、光が次第に弱々しくなっている。
「……な、情けねえなあ、冒険者! 若い奴らだったらもっと頑張れ! 見てろ。おっさんがすぐに助けてやっからよ。―――おわっ!?」
「隊長オラン! あまり、無理をしてはならん!」
魔物の五匹を一気に吹き飛ばし、豪腕と金槌の威力を見せた〝鉄の里〟の隊長だったが、しかし直後によろける。〝消耗戦〟によって体力を消耗しているのだ。《骸骨剣士》が殺到してきた。
隣で守られていたエレノアが前に出て、蹴り技で二匹を吹き飛ばす。――が、それでも魔物の波が枯れることを知らない。すぐに体勢を整え直した隊長オランとともに、僕らは聖剣で防ぎ続けた。
そう、それだけなら、十分だったのだ。
…………それだけなら。
『…………マスター』
「ああ」
聖剣を手に、それぞれが背中を合わせている時だった。
ドスン。と。
その迷宮の奥が、揺れる。
ミスズが聖剣の奥で声を潜め、僕も応じて顔を上げた。
…………最悪の予感が、僕を包み込んだ。
ダンジョン迷宮の奥から、何か地響きが聞こえてくる。一つ響くごとに、床は振動し、そして僕やロドカル、エレノアの背負った荷物についた《燭台灯》の明かりが、チカチカと不穏に揺れを感じて点灯する。
迷宮の天井が、振動により土埃を落としてくる。――《骸骨剣士》たちに動じる気配はない。むしろ、その到来を待ち焦がれたように、背中を向けている。
…………。
〝何か〟が…………来ている。
「……ミスズ」
『は、はい。聖剣の力は、少しだけならあります。――ですが、全力で使うと』
「何分?」
『おそらく―――一小刻。三十分。です』
…………厳しすぎる。
僕は奥歯をかみしめた。
一刻が一時間。
そして、一小刻が、三十分である――。
長い戦闘で、力を使いすぎたのかもしれない。僕の冒険者としての勘に、肌をひりつかせる〝危機感〟がまとわりついた。迷宮の奥からなにかがやってくる。
魔物の《骸骨剣士》に囲まれている状況だった。
――僕らの前に立ちふさがる《骸骨剣士》たちは、おそらく〝兵士〟。外の世界の〝ゴブリン〟たちと同じ、おそらく群れの意識で動いている。ということは、階級があるはずだった。小さな魔物の集団にも群れの意識がある。
…………だから。
僕はある意味。――その、のぞき込んでくる《巨大な骸骨》を見ても、あまり驚かなかったかもしれない。予感があった。
…………集団には、おそらく〝王〟がいるから。だ。
「………………っ、」
僕らは、見上げた。
絶望的な光が、僕やエレノアたちの目に宿っていた。
人家ほどの大きさのある頭蓋骨が、『グゴゴゴ……』と奥歯をならし、謎の息を吐きながら僕らを見下ろしていた。
常識をはるかに超越する、大きな魔物だった。《骸骨剣士》を二十匹も、三十匹も束ねたように組み合わされた巨大な骸骨で、しかも目に輝いた光は《竜族》のように尋常ではない。
―――腕は八本。
それぞれの手に、宝剣のような《巨大な武器》を持っていた。
―――それは。
――その、《魔物》は……。
「………………す、《不死の迷宮王》……じゃと…………?」
その、〝王〟の名前を呼んだ。
エレノアが見上げ、硬直していた。
隊長オランさんなどは、ハンマーを握りしめたまま放心して口を開き、『……まさか。なんで、こんな低層に出現してるんだ……!?』と語っていた。
「…………エレノア。説明を」
「…………」
「エレノア! 説明をしろ!! 早く!」
僕は聖剣を構え、放心しかけた――《その魔物》の正体を知っているエレノアに叫んだ。剣を振り絞るように構える。
覚悟は、すでに出来ていた。
僕は―――〝前進〟。斬り結ぶつもりだった。腰を抜かすロドカルや、その隣で呆然とハンマーを握りったままの隊長オランさんの前に――歩み出た。
聖剣を右手からだらりと垂らし、全身の闘気を集める。
〝王〟に挑むには……それなり覚悟が必要なのかもしれない。
これは―――おそらく、《ダンジョン迷宮》の〝王〟だった。
普通では、考えられない。巨大な体躯と個体値。
…………おそらく、この魔物と対峙できるのは、この冒険者一行でも〝僕〟だけである。確信が持てる。
「――エレノア。早く情報を僕に渡せ。一つでもいい。一つでも違う! 状況が変わる。―――一分一秒だけでも、持ちこたえられる!!」
「…………ぐ」
エレノアは、その動揺した瞳を向けてくる。
―――《不死の迷宮王》。
腰を抜かしている場合ではなかった。戦いが僕らを求めていた。この一秒、一瞬の〝間〟が重要なのだった。今ならまだ情報を受け取れる。
目の前の巨大骸骨が、こちらを見ている。――〝見ている〟というのは戦闘態勢に入る前。大きなアドバンテージだ。
僕の瞳がエレノアに突き刺さった。彼女は、口を何度も動かし、ようやく声を結んで、説明をした。
「は、はるか昔―――わらわたちの〝鉄の里〟を襲った魔物じゃ! 迷宮の王! この魔物は、《不死の迷宮王》と呼ばれておる!!」
「他には!」
「《骸骨剣士》たちを束ねている―――〝王〟ということじゃ! わらわも、里の里長の家に伝わる巻物以外で、見るのは初めてじゃ。……じゃから、具体的なことは言えん。―――腕は『八本』、それぞれに、王国の騎士たちでは太刀打ちできなかった、伝家の宝刀を持っておる!!」
「―――足の速さは。速度は!」
「…………き、記録では、古の騎士たちが跨がる〝軍馬〟に、追いついた……そうじゃ」
―――〝敏捷、130以上〟。
僕は剣を鍔元で握りしめ、絞るように――構える。
「―――力は?」
「鉄の扉、三枚重ねを――吹き飛ばしたそうじゃ。民家も壊した。この迷宮で、特別製ではない扉を壊せるのは、この《魔物》くらいじゃ」
―――〝技量、90以上〟。
―――〝耐久力、150以上〟!
僕の頭の中で、その化物の戦慄するべき〝推奨のステータス〟が固まっていく。……しかし、それは最低限だ。エレノアの情報は古く、この魔物は今なお進化し続けていない、とは限らない。呑み込むように満ちていた〝白い骨の波〟を蹴り上げ、その巨人が前進してくる。
そして、
「――――推奨レベルは―――〝70以上〟!!」
『マスター、来ます!』
最後の声はエレノアではなく、僕の叫びだった。
前進して二体の骸骨を斬り捨てる。そして回転に勢いをつけて―――《『結合』の輝き》の迸った―――剣の長さの伸びた《聖剣》を、僕はぶち当てるように斬り結ぶ。〝仕合〟はもう始まっていた。
巨大な魔物――《不死の迷宮王》は、すでにその右手の武器を振り上げていた。《巨大剣》と《片刃曲剣》―――右手の最上武器、そして二番目の武器が殺到してくる。
―――すでに、持っている武器だけでも、〝十倍〟近くはある。
空をたゆたう、巨大な翼のような刃物だった。
《聖剣》で受け止めるように頭上で刃を合わせ、そのまま回転するように地面に向かってそらした。凄まじい力を剣の先端に込め、繊細な力さばきで回避する。
刀身だけでも、僕の体ほどはあった。
剣は、迷宮の床に刺さって、破壊の瓦礫を巻き起こした。
―――一歩踏み込み、さらに《片刃曲剣》をいなす。
「―――ふッ!」
『マスター……!』
裂帛の気合いを込めて、たたき伏せる。
寮母さんとの戦闘経験のある僕は、さらにかいくぐり―――持てるかぎりの敏捷と、聖剣の《ステータス》上昇に体を預けて、低姿勢で迫った。
そして、
「―――っ!!」
斬り上げる。
骸骨に触れる手応えを感じた。―――しかし、それは堅牢な城の外壁に《剣》を突き出したもので、いくら黄金の光で強化された聖剣でも、弾かれてしまった。僕は『ここしかない』と確信していた。引かずに、《骸骨剣士》たちの間をかいくぐり、単独で聖剣を斬り結ぶ。―――だが、
『――マスター! う、上です!』
「……なっ、」
―――速すぎる!
僕は愕然としていた。
…………心のどこかで、まだ『どうにかなる』と信じていた。
いや、信じたかったのかもしれない。
だが、過去に多くの冒険者たちを喰らった〝ダンジョン迷宮〟の魔物は、容赦なかった。
その迷宮最大の敵は、〝左手〟を使って別の剣を振り上げていた。今度は真っ向から僕を叩き潰すつもりである。回避の場所を見失った僕は、とっさに《聖剣》で体を庇いながら、防御の姿勢で受け流しつつ、横に飛ぼうとする。
――が、
「ぐあああああああああああああああああああああ――――っ」
『――マスター!?』
ミスズが悲鳴を上げ、僕が横に吹っ飛ばされる。
―――《炎波大剣》――!!
まさか、横から飛び出してきた〝左手の剣〟に、打ち落とされるなんて。
僕は叩きつけてくる武器にばかり注意が向かっていて、真横から押し寄せてくる〝本命〟の一撃に注意を払っていなかった。見落とした。とっさに《寮母クロイチェフの構え》が防御した。しかし、剣の上から、凄まじい勢いが体の芯を打ち抜く。
僕は飛んだ。叩きつけられ、迷宮の床に達した。
「…………ぐ、くそ」
何度も転がりながら、ボロ布のように迷宮を転がる。
生暖かい〝何か〟が迷宮の床を塗らし、立ち上がろうとした僕の手を滑らせた。それは、何だ――と思ってみてみると、自分の額からこぼれてきた。頭部から、赤い液体がこぼれてくる。
「…………く、クレイトさん!!」
「来るな! ロドカル」
八本ある腕に、それぞれ宝剣。
そして。巨大な頭蓋には、王冠。
―――迷宮の王は、僕を《標的》にしていた。
…………動け。
……今は、少しでも動け……。
たとえ、圧倒的な魔物を前にしても。
今回の僕の冒険は今までと違う。――前回の《鎧蜘蛛》たちのように、女王蜘蛛まで行くための〝経験値稼ぎ〟のような戦闘が発生していなかった。ダンジョン迷宮の第一階層、そこで、突然強敵が出現した。
…………立ち向かうしかない。
僕は剣を杖にして、ヨロヨロと起き上がる。迷宮の床を足で踏み、力を振り絞った。
『ゴ、ガガガガゴゴゴ―――ッ』
巨大な頭蓋骨が咆吼し、迷宮の床を蹴った。
剣を横に構え、叫ぶ。―――僕も《不死の迷宮王》と打ち合った。
《巨大剣》が押し寄せて来る中、空中で回転しながら回避、しかし壁が崩れ、僕ごと後ろに吹き飛ばされる。
戦闘の光景が、ぶつ切れになる。
「……っ、クソが! クレイト! 今すぐ救援に行く!」
「――オラン! 危ないのじゃ!」
そして、その戦いを、ぐるりと観衆のように囲む白い骸骨たち。
隊長オランや、戦闘中のロドカルが隙を見計らって行こうとすると、すぐさま集団で襲いかかって妨害するのであった。まるで戦場の、武将同士の一騎打ちのような光景だった。――寄せては引いていく魔物たちの波が、確実に僕たちの体力を消耗させていく。
「――ッ、チッ」
そして、里長のエレノア一行も身動きが取れなくなってしまっていた。
――、一対、百以上。
数百、戦という魔物の数との戦いは、大人と赤子の争いのようであった。僕らはダンジョン迷宮内で行き場を失い、その〝集団戦〟を前に絶望的な戦いを繰り広げていた。
僕はその包囲を突破するように―――《聖剣》の光を強くして巨大な骸骨と攻守を繰り返す。押し寄せては引き、轟音が鳴り、そのたびに僕の体のどこかから鮮血が飛び散る。
《聖剣》の力を溜めようとする。――が、そうはいかない。
そう思う僕は、エレノアたちを見ていた。
僕の視界が歪んだ。額から熱い液体が流れてくる。――それが、視界の一部を濡らし、塞がっていた。…………僕に、力が。まだ、力があれば……!
あと少し。
……あと少し……何かがあれば。
『――! マスター!』
「え」
そして、僕がわずか一呼吸ほどの意識を逸れた瞬間、容赦なく〝一撃〟を放ってきた。
迷宮の王。そいつが―――八本の腕を振り上げ。巨大武器を一斉に叩きつけてくる。――八本、〝全方面〟への一撃だった。
「――――ッッ!!」
崩壊の波が押し寄せてきた。
僕の視界が黒くなり、足場が揺らいで呑み込まれた。
僕の視界が。
――土煙いと破壊の渦に巻き込まれ――真っ暗な中に落とされた。




