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20 醜き同盟





「――ぶひゃーひゃっひゃっひゃ! 愉快、愉快ィ」


 その《盗賊》の幹部は、言うのだった。


 夜風に緑色の肥大した体を揺らし、下品な笑みを口元に浮かべている。

 その見つめる先は迷宮の入口であり、巨漢は冒険道具を揺すりながら嗤っていた。全身を飾る装飾具や宝石は〝彼〟の薄汚なさとは対照的に美々しかった。


 この男の口元に漂う笑みは、どこまでも――下品なものだった。



「ぐひゃひゃ、なんて愉快な夜なんだ。―――ダンジョン迷宮から聞こえてくる悲鳴を肴に、旅人から奪った、1000センズにも価する高級酒を傾ける。―――《オーク》冥利に尽きるぜ」

「…………呆れた。相変わらず、品のない趣向ですわね」


 そうして、その隣で心地よさげに、夜風に黄色の瞳を細める女。


 幻覚と見まがうほどに眩しい容姿が、月明かりの下に浮かんでいる。瞳を細めれば、そのまま王国の伝承の女神でも出現したように見えた。――ただし、その髪と肌は黒く、長身の女性の全体像にもどこか違和感が付きまとう。


「――言うじゃねえか。嗜虐の〝アズライト〟。ダークエルフのくせして。ぐひゃひゃ」

「そんなアナタも、ね。低脳オーク。暴虐のヨードフ」


「お前ほどじゃねえよ。俺は拷問で人を殺さねえ」



 酒に口をつけながら、亜人種は笑う。



「――お前は、拷問で人を殺す。旅人から財産を奪うことが目的じゃなく、〝人殺し〟が目的――殺す。殺す。殺す。……なんて、俺からするとよほど狂ってやがるがな。ぐひゃっひゃ」

「…………そうでしょうか? ワタクシ、女子供さえ奪って、女は自分に服従――といった考えのほうが、よほど理解できかねますが」


「――ケッ、言うぜ。〝殺人鬼〟が」


 吐き捨てつつ、緑色の男は《ダンジョン迷宮》を見る。



 そのダンジョンは、外から見ると入口の柱が浮きだって見えた。

 ――〝火山〟の影響である。


 ここ《クルハ・ブル》の大地では、起伏するじっとりと蒸し暑い火山地帯のおかげで、夜はさほど暗くない。山の所々に、岩肌からこぼれる溶岩が浮き出て、その少量の光源が――まるで《燭台灯カンテラ》に照らされるように、山の輪郭を浮かせるのである。


 そして、その《ダンジョン迷宮入口》の遺跡も、外側から確認することができた。


「王都でも持て余していた〝殺人鬼〟が―――王都から、この場所に〝戦場〟を求めてきただけじゃねえか。ぶぎ。お前が恋しいのは、大量殺戮。そして戦場だけだろうがよ。異常者さん?」

「…………心外ですわね。私の殺しは、研究。そして、救済でありますのに」


「――ハッ、それで魔物に代わって、人々を殺すってか? 笑えねえな」


 前歴が、〝兵士〟、〝修道女〟、そして―――〝殺人鬼〟。

 そんな女が前にいても、どれを聞こうが、そら言の虚言であった。



「《魔物》に理性はありません。――ですが、《人》には理性があります。人という理性を持つ獣だけが、人の救済を行えるのです」


「…………あー、はい、はい。そうかよ。イカレが」


 急に興味をなくしたように、オークは部下の――引き連れてきた緑色の顔の集団に、『おい、次の酒だ』と命令を下した。丈夫な肩の革鎧を揺すって、


「…………まあ、でも今回は残念だな。あの里の代表たちと、《冒険者》は―――ダンジョン迷宮の奥地で死ぬ。――どうあがこうが、どれだけ強い冒険者だろうが、――死ぬ。死ぬ、死ぬ、そして、死ぬ。ぐひゃひゃ! 抗えない運命ってヤツさ。

 ―――奴ら、さぞや驚いたことだろう。ダンジョン迷宮の奥地で、《骸骨剣士スケルトン》が集結して動いている、なんてな!」

「……それを、仕組んだのも?」


「ああ。例の〝石ころ〟だ。――すげえよな!」


 緑顔のオークは、腹を揺すって手を叩き、喜ぶ。

 互いに、札付きのお尋ね者だった。彼らはかつて王国で悪事を働き、いられなくなった盗賊の一人である。そのことは互いに指摘し合っており、部屋の入口を固めるのも〝護衛のオーク〟――それを含む、亜人種たちだった。


 手下の《オーク》たちは、雇われだった。


 この大陸の南東の地方からの流れ者――亜人種である。――力は強いが、短絡的で、体の力が生かせないことが多く、緑色の体は〝半魔はんま〟などと蔑まれることも多い。

 彼らはかつての大陸の王国戦争の際に兵士として戦い、脅威を他の王国兵の脳裏に植え付けた。その末裔である。


 特徴は、並外れて力が強い。


 緑色の顔のヨードフは、


「あの《冒険者》どもはよ、俺たちが迷宮に入ったのを気づいていないと思ってやがったのさ! ――ぶっひゃひゃひゃ! そんなわけねえだろ! ハナから相手にするわけねえじゃ~ん? だって、俺様たちには味方の《ダンジョン迷宮》があるんだからな!」


 言った。

 なにせ、それは《ダンジョン》なのである。


 この王国に古くから住まう人々の頭には――その《ダンジョン迷宮》という言葉が、染みついた恐怖のように張り付いている。本当は、この木の柵で囲まれた〝砦〟に彼ら盗賊の一部としているが、手下はずっと背後を迷宮にさらしていることが恐怖だったのだ。


 ―――いつ、襲われるとも限らない。

 溢れ出てくる魔物たちに目をつけられたら、それこそ、《クルハ・ブル》での略奪・狼藉どころではない。一撃で自分たち盗賊団は壊滅させられる。


 …………だが、


「《魔物》たちは、この拠点を襲わねえ」


 断言する。

 高級な酒杯を傾ける醜い顔に、美しい女は頷く。


「《ダンジョン迷宮》は味方さ――。そんな事ねえ、と普通なら思うはずだ。だが、事実なんだなー、これが! ダンジョン迷宮の魔物は俺たちを襲わない。それどころか、この拠点の味方をする。《冒険者》どもを襲う。里を襲う!」

「……そうですわね。不本意ながら」


「そこは、シビれるところだろ! 殺人女。この王国中でも、類い稀なる力を授かったことに!」


 緑顔の《オーク》は、言う。手を大空に広げた。


 ―――里の守りは、堅牢な巨大遊郭。

 外壁が街を囲っており、櫓もある。容易な侵入は受けつけぬだろう。だから、ここの亜人種の砦も人数を増やし、陣容を増やすしかなくなっている。


 だが、絶対的な優位での戦い。

 《魔物》だけは味方なのである。このまま行くと、50名、また100名と、盗賊たちがこの《クルハ・ブル》という国の旨みを知って集まってくる。里や、国中を蹂躙する日も近かった。



「ぶぎ。それを襲うと、この《里》を取り込んで―――俺たちの〝国〟が出来る日も近いかもしれねえぜ! 略奪国家だ。そうすりゃ、ダンジョン迷宮の《魔物》を味方に、他国を殺しに行けるかもな――げひゃひゃひゃ!」

「……『国家』なんて、興味がありませんわ。大量の救済、というのには賛成ですが」


「ああ、そうかよ。イカレが」


 ―――このままで行くと、一千人規模の《軍隊》が生み出される日も、近いかもしれない。


 そうすれば、国だ。

 略奪の王国が出来るのも、時間の問題だった。


「―――つまり、俺たちがこの国で〝最強〟ってことよ! ぐひゃひゃひゃ!」

「……ですが、彼らがもし、《骸骨剣士スケルトン》を倒せたら?」


「まさか、あり得ない。ぶぎ」


 《オーク》の砦の隊長は言った。それは、あり得ないことだと。


 ――迷宮を、侮ってはいけない。

 魔が潜むのである。そこは。多くの魔物たちが徘徊し、冒険者や旅人を殺すために徘徊している。…………そんな場所に、潜っていって生きて返ってくる冒険者がいるとは思えない。――はるか昔、周辺諸国の王たちと、《剣島都市サルヴァス》の古い冒険者たちが迷宮攻略に挑んで、失敗したのを彼も聞き知っている。


 ――万一、そんなことはあり得ない。

 ……もう、冒険者たちが遺跡の奥地で、屍をさらすのは『確実』だ。彼らの生存も、もう残りわずかである。


「――《冒険者》ども必ずや力尽き、迷宮の床に屍をさらす。ぶぎ」


 それだけが。確信となって目を細める。

 この盗賊団の隊長、暴虐のヨードフの唯一の自信だった。この夜。迷宮遺跡の奥で、凄惨な冒険者の血祭りが繰り広げられるだろう。


 遠くない未来が見えるように、《オーク》のヨードフは――遠い遺跡を見つめる。




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