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19 扉の迷宮・第一階層(2)




「――ス、ケル……トン?」


 僕がその魔物に囲まれて、漏らした言葉はそれだった。

 なんだ。


 いま、何が起ころうとしている……?


 僕は呆然としていた。目の前には骸骨で生み出された《軍隊》が溢れかえるように、まるで遺跡に白い絨毯でも広がるように魔物が溢れていた。


 骸骨の一匹一匹が、武装している。

 その名前を、《骸骨剣士スケルトン》――迷宮兵士だった。


 埋葬されてボロボロに朽ちたような革の鎧に、片方だけの手袋。年月によって風化した、鉄張りの《円盾ラウンド・シールド》や、紅白な色使いの盾、そして革張りの盾――。そして、右手には曲剣や、王国騎士の直剣である。正統な形をしたものも多い。


 ……そういえば、聞いたことがある。

 ダンジョン迷宮の〝災い〟なんて、呼ばれている魔物がいることに。


「……す、《骸骨剣士スケルトン》っていったら……。亡霊系の魔物じゃないか……? ダンジョン遺跡を徘徊する、っていう」

「そう、じゃ。古い兵士などが迷宮で命を落とし、その魔物の濃い瘴気の立ちこめる空間にのまれて、自身も《魔物化》した――などと語り継がれておる。ある意味、伝説の敵じゃ」


 エレノアは見定めるように、周囲を見渡して一歩下がる。

 ……そう、この数を相手に、どう戦う。どころのレベルの話ではなかった。


 エレノアは『終わった』と言った。そう、この絶望的な光景は波と表現するしかない。迷宮の通路が埋め尽くされていた。


 一体一体が武装する魔物は、もはや他の魔物と比較にならない。先ほどの僕が苦戦した魔物の《ラガー・ドラム》があっさり殺されてしまったことでも分かる。その魔物たちに意志などない。〝無差別〟かつ、〝行き当たった敵を、葬る〟集団なのである。


「――推奨レベルは、確かそれぞれが〝15〟以上。だったか。だけど、厄介なのは〝そこ〟じゃない」

『は、はい。マスター。《骸骨剣士スケルトン》さんは、〝集団戦〟です』


 僕が聖剣を構え、そしてミスズが剣の内部で声を返す。


 ――王国の兵士集団と戦う。

 冒険者たちが、ダンジョンの攻略に失敗して呑み込まれる光景は、まさにそれだろう。白い波は容赦なく押し寄せてくる。《聖剣》で戦っても防ぎきれるのは最初の二、三匹くらい。あとは武装する《骸骨剣士スケルトン》の〝弓〟によって囲まれて撃たれ、〝槍〟によって距離を縮められ、そして〝剣〟によって討ち取られる。


 〝亡霊集団〟が――相手なのである。

 奴らはダンジョンを巡回しながら獲物を喰らい、巡回して行く。さながら、畑へ飢えたイナゴが襲来するのにも似ている。彼らの〝巣〟――生息領域は、そう簡単に《ダンジョン迷宮》を熟知する者にも分からない。エレノアが『すまない』と悔やんだのも、そうだった。


 僕らはいつの間にか――《骸骨剣士スケルトン》の群れが動く先に、立っていたらしい。



「―――悔やんでも仕方がない。お嬢。来るぞ」


 大きな《鉄槌ハンマー》を構え直した隊長オランが、叫ぶ。


 『ギチギチ……』と久しぶりの《人間》を見つけたためか、しばらく動きを停止し。爛々と怪しく光る頭蓋骨の両目をこちらに向けていたが。やがて堰を切ったように《白い絨毯》は動き始め、迷宮遺跡の柱や、通路、障害物の壁すらも呑み込むように押し寄せてきた。


 ―――その数は、1000を下らない。


 凄まじい数である。さすが、《ダンジョン迷宮》が〝魔物の生息地〟と呼ばれるだけはある。いつ果てるかも分からない骸骨の集団が、僕らを呑み込むように通路に殺到してくる。


「ゼイイアッ――!」


 最初に鉄槌を振るったオランさんの一撃を受けて、白骨がバラバラに吹っ飛ぶ。

 しかしすぐその後ろから《骸骨剣士スケルトン》が剣を振りかぶって突撃してきて、その右隣にも、左隣にも同じ姿の《骸骨剣士スケルトン》がいた。


 オランさんは回避し、一匹の〝剣の斬り下げ〟を、その肩周りを固めた分厚い鎧で防ぐ。さらに、踏み込んで金槌をぶん回した。

 ――バラバラと、二匹の《骸骨剣士スケルトン》が白い骨を散らせた。だが、その背後から革の鎧装備に身を固めた、別の魔物が出てくる。


 そのとき、上から、矢が振ってきた。

 後ろの《骸骨剣士スケルトン》が放った弓矢の雨が押し寄せてくる。〝第一射撃〟。引き絞った弓が、放物線を描いて遺跡を落下していく。


「…………クソッ。とんでもねえな!!」

「先頭を交代してください!」


 僕が躍り出た。

 どうにかしないといけない。このままでは、全滅する。


 僕は《聖剣》を握る力を強くすると、剣を振り上げた。

 光を帯びた剣の一撃によって、落ちてくる暗い矢をはじき飛ばす。地面へと突き刺さる速度は目で追うのがギリギリだったが、〝僕〟に弾けないレベルではない。剣を回転させながら二撃、三撃―――。最初の弓矢の波を乗り切った。


 しかし、手前の骸骨たちが直後に襲いかかってくる。防いでいる余裕がない。僕は回避性能重視の薄い鎧を着ているが、それで受けきるしかなかった。


 革の鎧の上から―――浅手を受ける。血が迷宮の床に滴った。


『――マスター!』

「クレイトさん! ……ッ、フォローに回るであります!」


 ミスズが叫び、そしてロドカルが飛び出してきた。


 前進する。今まで魔物たちの〝包囲〟を受け止め、戦っていたロドカルだったが最前線に躍り出る。僕を庇うように立ち回り、小柄な体躯を生かし、回転しながら《骸骨剣士スケルトン》たちの剣を受け止めていた。


 が―――ダメだ。

 僕には勝負の行方が目に見えていた。〝消耗戦〟だ。

 向こうはいつ尽きるとも分からない、何百という数で通路を満たしているのに対して、僕らはたった〝四人〟しか戦えていない。防戦一方で、倒せる数じゃないのだ。僕らの冒険には限界があった。


(……ぐ、ぐぐぐぐっ。た、耐えろ……!)


 僕は聖剣を振るい、押し寄せてくる骸骨をなで切りにする。

 白い骸骨。白い骸骨。白い骸骨。白い骸骨。白い骸骨。白い骸骨。白い骸骨。白い骸骨。白い骸骨。白い骸骨。白い骸骨――。


 そこには、視界を埋め尽くす骨の軍勢が蠢いていた。


 エレノアは蹴りを放って、一対一で魔物を防いでいる。群れへと大きな金槌を振るって隊長オランさんが数を減らそうとするが、それでも間に合っていなかった。僕とロドカルが聖剣を使い、最前線で〝聖剣の光〟で洞窟を染めながら、魔物の先鋒を吹き飛ばしている。――だが、無駄だ。


 尽きない。

 戦っても、終わりが見えない。


 肌をまた一つ、剣が通過していった。

 僕の血が迷宮の床に滴る。ロドカルも同じ。《ステータス》で強化していなければ、すでに死んでいたかもしれない。そして、隊長オランさんも―――分厚い鎧の下で、胸板を上下にさせて荒く息をしていた。

 そして、天井を伝う〝針山〟のような――雨。


 弓矢の第二波が襲いかかってきた。

 僕が最前線に立ってそれを切り払う。斬り上げ、斬り上げ、横薙ぎ―――一瞬で風車のように聖剣を振って弓矢を叩き落とした。


「…………ぐっ、終わりが見えない……!」

『ま、マスター。ひょっとして』


 …………、そう。


 実は、僕も薄々気がついていた。ミスズも気づいた。


 ―――《限界突破》の能力が、ほぼ無意味になっている――。


 近接してくる《骸骨剣士スケルトン》の槍を上から叩き切り、手数を稼ぐために冒険者のグローブで殴りつける。僕は見回した。〝聖剣のステータス強化されていない〟――。それは、先ほど魔物の《ラガー・ドラム》の巨体を討ち果たした後、一度レベル・リセットされてから。の出来事だ。


 黄金色のミスズの使う強化の風と、青い輝き―――。


 しかし、《魔物の軍隊》を前にして、僕のステータスは上昇することがなかった。レベルも、おそらく〝レベル15〟あたりで固定されている。



『…………これって、ひょっとして』

「ああ。たぶん。――集団戦で」


 …………効果がない。


 身軽なロドカルが魔物と戦い、その背後を狙う《骸骨剣士スケルトン》を――僕は縫うように三匹撃破した。骨がばらばらと落ちる。その中で、ミスズと会話した。


 魔物の一匹一匹は〝すぐに倒せる〟くらいのレベル。

 ――これが、今回の要点だ。

 

 今まで僕が戦ってきたのは、これ以上の《強敵》ばかりだった。はっきり言って、勝てるかどうか分からなかったり、一撃でも攻撃を受けると〝肉塊ミンチ〟にされるような即死級の強敵ボスばかり。――すなわち、〝個体〟がはるかに強かったのだ。


 推奨、〝レベル60〟以上はありそうな、ボス級の魔物たち。


 それに比べて、僕らが相手にしている《骸骨剣士スケルトン》は違っていた。集団戦の暴力の力はともかく、推奨レベルは〝レベル15以下〟の強さの敵である。


 この現象を、僕もミスズも前に経験していた。


 ずっと以前。昔。

 確か、――〝始まりの平原〟や〝魔物の森〟といった冒険エリアで対峙した《ワドナ・ウルフ》のような雑魚敵には、僕の聖剣は効果を発揮しなかった。


 …………と、いうことは。

 ……まさか。僕の聖剣は、〝その魔物以上〟に強くはならない、ってことか……!?



「―――ッッ、クソッ。まずい」

「クレイト――いったん通路の横道に逃げるのじゃ! ……振り切れるかは、分からんが……!」


 僕は目の前の《骸骨剣士スケルトン》の剣を弾き、そしてエレノアが叫ぶ。

 ―――相性・最悪。である。


 襲来する白い波を押し切れないまま、僕らを渦巻く魔物の壁が濃くなっていくのを感じる。エレノアは迷宮に『逃げ場がない』と悟っていながらも、しかし――『ギチギチ――』と頭蓋骨を鳴らす魔物たちの勢いを少しでも凌ごうと、迷宮の奥に血路を見いだす。


 魔物たちの包囲を受けながら、僕らは剣で道を切り開き、迷宮の通路で追い詰められなら走った。




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