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07 旅立ちの風




 あの儀式から、半年の月日が流れた。

 それからの僕らは、冒険に『魔物の森』に潜ったり。それが上手くいかずに、また《剣島都市サルヴァス》に戻ったり、という生活を繰り返していた。当然ながら実力のほうも上達しなかったし、虚しい日々が続いた。


 そして、


「いよう、劣等生―」

「低ランクの冒険とは、これまたご苦労なこったな」

「聞いたぜー? クレイト。お前、まーた魔物の森に挑んで《グリーンドラゴン》に返り討ちにあったらしいなー。ったく、糞まみれの姿で帰還して、えらい笑われちまったらしいじゃねえか。ぷくくっ」



 男子にはからかわれ。女子にはクスクス笑われ。

 僕は背中を丸めながら、その学院の『冒険者講義室Ⅰ』に歩いていた。


 いくら《剣島都市サルヴァス》の基本方針が、『青空の下で学べ』といった冒険者を推進して、モンスターと戦わせることでレベルアップをさせる狙いがあろうが…………やはり学院という以上、授業というモノはある。

 それが、実力がついてきて、『もう授業を受ける必要がなくなった』『進級した』という生徒たちにとっては、何度も同じ講義を受けている『落ちこぼれ組』の僕らは、クスクスと笑ってしまう姿に見えるらしい。


(……それでも、冒険の基本は、知識じゃないか)


 僕はそう思うのである。

 道具の使い方。ポーションと呼ばれるものは、どのタイミングで服用すればいいのか。野生の魔物の生態系を熟知したり、格闘での間合いの詰め方など、基本的なことを教えられる。

 僕が身につけるのは《剣島都市サルヴァス》の学徒が座学をするときに身につける深緑ローブであり、童話に登場する魔法使いのような格好をしていた。



「ミスズ」

「はいっ!」


 と。

 僕と同じく、子供向けの童話に登場するような魔法使いっぽいローブ(制服)を身につける精霊は、僕にトコトコ急いでついてきながら返事する。

 お互いに、授業を受けるための『指南書』―――〝教本書〟とも呼ばれる本を手にしている。


「―――忘れ物は、きちんと出発前にチェックした?」

「は、はい。大丈夫です」

「あの先生は、授業に熱心じゃない生徒に厳しいから……。『冒険者講義室Ⅰ』の指南書を忘れる輩は、冒険にも身が入っていない証拠! なんて理由で怒られたりする。だから気をつけないと」

「は、はい……。マスター。というか、それで怒られたの、先月のミスズです……」


 僕たちは、学院の廊下を歩く。

 講義がある部屋に近づくほど、正面玄関で賑わいをみせた生徒たちはまばらになる。『授業での三日は、冒険の一日の経験値』という格言も存在する。ただじっと先生の話を聞いているよりも、より野外の『始まりの平原』や『冒険の森』などに旅だって、そこで魔物を倒しながら人生勉強をしろ―――というのが、この《剣島都市サルヴァス》での基本理念なのだ。

 青空天井のような自由さと、窮屈なさ。

 …………それと同時に、年間1.3%もの《行方不明者》が出てしまうのも、この自由と冒険を重んじる、《剣島都市サルヴァス》の特徴でもあった。


 一流の剣士を育てる環境は―――厳しいのだ。



「ミスズ。ネームプレートを」

「はいっ」


 僕は、自分の《剣の御子》であるミスズに、授業で出さなければならないネームプレートを求めた。


 《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》―――その世界樹の根元から生まれた〝鉄〟である聖剣と、セットで授かる特殊な『札』のことである。それは不思議な光沢を湛えており、僕が今でも腰に帯びている聖剣と共鳴しているらしい。


 一説には『同じ刀身の鉄が使われている』とされ、そこには偽りのない、ミスズの《ステータス》と呼ばれる数字が刻まれている。





 ―――契約の御子・ミスズ(クラス『F』)

 分類:剣/予備効果なし


 ステータス《契約属性:なし》

 レベル:1

 生命力:5

 持久力:4

 敏捷:11

 技量:5

 耐久力:3

 運:1




 …………これが、なんというか。

 僕の剣の御子の能力であり、その辺りの女の子と同じ―――(いや、少し鍛えられた女の子にだって負けるような)―――ミスズが発揮するべき最大限のポテンシャルであった。よく分からなかった人は、とりあえず『一番弱い、最底辺の数字が並んでいる』と思ってもらったら良い。そんなリスト。



 弱い。つまり、弱すぎる。


 これ以上の力は出せないことへの、証明書。保証付き。

 始まりの草原に出現するモンスターの《ワドナ・ウルフ》にすら見劣りしてしまう初期能力値だった。



「…………何度見ても、ひどいね……」

「はうう。も、申し訳ありませんっ」


 …………運が、1って。

 もっとマシなステータスが引けなかったのかと。そう思うのだ。


 ちなみに、このステータスは所有者の《実力》にも影響を受けているらしい。一般の王国戦士がこの剣の『持ち主』になれば、おそらく初期レベルからして〝5〟は確実に数えただろうし。ミスズ相手に能力は落とすだろうが、多少はマシになるはずだった。技量だって一桁じゃなかったはず。


 だから原因が、一概にミスズにあるとは思っていない。

 貧しい王国セルアニアの農民出身の、今までろくに剣術さえ習ってこなかった僕の影響もあっての、この貧弱ステータスなのだろう。


 ミスズが原因とは思ってはいないが……、しかし。

 このネームプレートを他のクラスメイトや、御子たちに見せるわけにはいかなかった。痛々しそうに同情されるか、爆笑の渦になることが間違いなかった。(……いや、僕のキャラと立ち位置からして、絶対に笑いものにされる)


 僕はそんなことを考えながら、窓の外に見える《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》―――この都市の中心部の空を覆う、日陰を作る巨大樹を見ながら、授業に向かう。


(………最初は、キレイだったし。感動したんだけどなあ)


 今では、なんで僕たちに『力』を与えてくれないのかと。逆恨みしてしまう木である。(これは、とんだお門違いだが)


 僕がそんなことを思いながら、もう何回受けたか分からない『冒険者概論Ⅰ』という授業を聞いていると、


「―――おうい、クレイトー? この冒険者の心得の『第八ヶ条』を答えてみよ」

「へっ?」


 ぼうっとしていた僕に、だだっ広いホール状の教壇から質問が飛んだ。

 ふがふが。白髭に覆われた口から放たれる言語の『半分以上が聞き取りにくい』と言われる、お年寄りが話していた。教師である。『昔は、わしもお前のような冒険家だったのだがな。○○に魔獣の牙を受けてしまってのう』と暇人を捉まえては語り出す老人は、僕の呆けた顔にカンカンに怒って、



「まーた、貴様はワシの授業の話を聞いとらんかったのかー!? 『冒険者講義室Ⅰ』の教室だからといってナメくさっとるのか? オオン? 冒険者は基本が大事じゃぞ」

「い、いえ。決してそういうわけでは……」


 立ち上がった僕に、お年寄りの教授が至近距離でジロジロ、フガフガ口を動かし睨んでくる。(――ちなみに、《剣島都市サルヴァス》の教師陣は全員がクラス『A』以上、剣技の達人揃いなので、眼光が恐ろしい)


「貴様のような人間が、戦場―――もとい、『冒険』で真っ先に死んでゆくのじゃ!! 授業で答えるのは『マスター』の責任。ふごふご。さあ、愚劣な指揮官よ、答えるがよい!! ふごふご!!」

「あ、あえっと」


 僕は助けを求めるように、隣で授業を聞いていたはずのミスズに目を向ける。すると、ミスズは申し訳なさそうに(―――はう。ごめんなさい。マスター。ミスズはバカだから答えが分かりません……)と悲しそうにうつむくのだった。



 そうして、僕たちは散々怒られながら。


 この日も午前中の授業を終えるのである。








  ***



 午後からは、冒険に出た。


 だだっ広い草原に広がる空と、そよそよと決して荒くなることなどない風に草木が揺れている。『始まりの平原』―――。そう呼ばれる場所に僕らは来ていた。


 旅人が通る街道が、土色の蛇のようにうねっており、新緑の丘に向かうまで見渡す限り続いている。


 《剣学院都市サルヴァス》から出て、10分ほど。

 たいして強い魔獣とエンカウントすることもない『草原』―――いわゆる、Eランク以上の学徒にとって『通り道』と呼ばれている、そこに冒険をしていた。


 まあ、冒険といっても。見晴らしがいいので、急な遭遇も、肌をピリピリとさせる緊張感もないんだけど。



「……はあ。へこむよ」

「げ、元気出してください。マスター!」


 対して。僕は、午前中の失態を引きずって、思いっきりへこんでいた。


 …………だって、そりゃそうだよ。

 白い髭の先生だからって油断していたり、馬鹿にしているわけじゃないけど。あの先生でも、そりゃ『冒険者講義室Ⅰ』の授業を上の空で聞いていたら、怒りたくもなってくるよ。

 名実ともに、最底辺のクソッたれだ。僕らは。激しい自己嫌悪に陥っていた。



「……それにしても、魔物がちっとも出てきませんね」


 きょろきょろと。ミスズは、見回している。

 今の彼女は、旅人の初期装備。人間と変わらない基本的な《剣学院都市サルヴァス》の衣服を着て、その上から革のドレス。上はレザーアーマーの素地に、下は十六もの革の板が、花開くように『スカート』状になっている。女の子向けの装備であった。一般的に、『御子服』などと呼ばれる。

 長い髪は、片側結び。よく花の髪飾りをしている。


 これが、《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の世界樹から生まれた精霊としての彼女の基本的な格好であった。


 僕も、レザー装備なのは変わらない。予算がないのだ。しめて、200センズの銅貨で買うことができる。街の安いパンと牛乳セットで30センズすることを考えると、それなりの値段だ。



「まぁ、そりゃそうだろうね。『始まりの平原』なんて初歩中の初歩、クラスE級の『魔物の森』に向かうのを始め、ほかの上級エリアに向かうための通り道でもあるから……。強い冒険者でもある『上級生』と出会ったら、魔物側が困っちゃうよ」


 僕は、覚えている知識で語る。

 他の上級生たちが『通り道』と呼んでいるのは、比喩ではない。


 実際に、この何でもない―――『始まりの草原』は、重要な街道だった。

 上級エリアまで、しめて『六つ』のエリアとつながっている。

 出現する魔物といったらスライムや、リトルピッグ、スモールビーあたりの平和的な生き物である。彼らと遭遇しても、熟練の聖剣使いなら脅威にもならない。上級生たちは《剣学院都市サルヴァス》から出発して、遠征する『A』ランクに指定される区域に向かうのである。


 だから、魔物の生息エリアは、ごく自然と減退して『冒険者の通り道』から遠いものになっている。川を避けて、森が生い茂るようなものだ。


 僕らとしても、それは好都合だった。

 入学してから半年と少し、いまだに初心者と馬鹿にする学徒たちに、僕らの狩りを見られなくてすむ。



「……。いつになったら、私たちはDランクからの《崖沿い大火塔》に突入できるんでしょう……」


 ミスズは、ため息をついた。

 これは、僕も同じ気持で、崖沿い大火塔というのは初級冒険者からすると遠い『壁』であった。『C』というランクの重み。今までよりも、ひと味も二味も違う強敵が出現する場所でもあり、命を落とさずにこれた学徒たちを洗礼する。


 ―――死亡率。1.8%


 この、数字が跳ね上がる〝重み〟。


 綺麗事ばかりではない。これは、命をかけた冒険なのだ。

 剣の達人になるためには、必ず通るべき登竜門があった。命を落とすのも珍しくない。逆にいえば、その覚悟なくして冒険などできないのだ。

 覚悟がなくて、誰も故郷から出てきていない。死なないために僕たちは剣の腕を磨き、身体を鍛え、必死に剣の御子とともにその難関に挑むのだ。


 そして、冒険者の対策として、《パーティ》を組む学徒たちもいる。

 これは、上の『ランク』に進むと許される。特権の一つである。

 魔物が強くなっていき、戦いが難しくなると、こちらも仲間を増やして対抗をするのだ。 一人よりも、二人。《力強い攻撃専門》の仲間がいれば最前線で戦ってくれるし、《アイテムを使うのが上手な後援者》がいるなら、バックで回復役に徹してもらえる。なんにしても、生存率はグンと跳ね上がる。


 …………しかし、冒険者としての《パーティ》が組めるのが許されるのは『D』ランクから。

 今の〝Fランク〟のうちに人脈を作っていたり、冒険の道具交換をして助け合ったり―――することが重要らしいのだが、いまだにサルヴァスの学生寮で話しかけてくるのは、自分の身内でもある『剣の御子』のミスズと、飲んだくれのマザー・クロイチェフ。そして変人のガフだけであった。考えれば考えるほど、泣きたくなった。



「でも、マスターの作戦通りですね」

「ん?」

「私たちより、強い魔物さんが出てこないです」



 これは、情けない作戦であったが。

 僕たちにとって、わりと冗談抜きで重要なことだった。先日の『魔物の森』での一幕は、僕たちが身分もわきまえずに『強くなろう』として挑戦してしまったからだ。結果は、僕たちが思っている以上に惨憺たるものだった。



 ―――先日、《剣学院都市サルヴァス》を中心として大雨が降った。

 ―――例年を超える雨量により、川が増水。他の地方や、《エリア》に影響を及ぼした。


 ―――《魔物の森》では樹木が多く倒れ、それにより冒険する学徒たちが頭に入れている『地図の道』が変わった可能性が高くなった。調査のため調査隊が『例外的なパーティ』として編成され、Fランクにも許可が下りた。


 ―――僕たちはチャンスとばかりに喜び勇み、調査隊に応募した。そして森で迷って遭難しかかり、《剣島都市サルヴァス》に逃げ帰った。運営側からも失敗を突きつけられた。



 以上が、森に深く入ってしまった僕たちの敗因である。

 僕たちは『森は危険である』という、ごく当たり前の認識を学習することとなった。森の入り口で戦えば、まだ低級の魔物と出会うかもしれないが……そんな危険な賭よりも、僕たちは、時間がかかっても着実な『平原での戦闘』を選んだ。


 ここで、地道に経験値を稼ぐのだ。

 と。



「―――グルルルルル」


 休憩していた僕らが、冒険の道具をたたんで出発しようとしていたときだった。

 草原の、少し背の高い草の中から。その魔物が現われた。



 ―――平原の狼・《ワドナ・ウルフ》


 大型の魔物である。

 僕たちが今まで討伐していたスライムとは、格が違った。くすんだ灰色の丈夫な毛並み、四本足でしっぽが身体の半分くらいはあるという生物。眼光が敵意を宿しており、双眸の色は警戒色の赤。その下には、他の魔物を食い散らす獰猛な牙があった。



「は、はわわ……。マスター!! すごく怒って睨みつけられています! 私たち、知らない間に魔物の縄張りに入って休憩していたみたいです」

「倒せない敵じゃない……。スライムよりも何倍も多い経験値が入るし、ここで戦わせてもらおう」

「は、はいっ」


 初心者の壁ともいわれる、始まりの平原での上位種。僕は素早く身構えた。

 僕が引き抜いた剣―――くすんだ百年前の鏡のような『鈍色』の錆を放つのは、僕たちが戦いで最も頼るべき『聖剣』であった。


 僕とミスズは、この『媒体』を通じて共感している。


 ―――僕は、この聖剣を操る『所有者』で。

 ―――ミスズは、聖剣に力を与える『精霊』なのである。



 この剣は、《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》という世界樹の根元。灼熱の溶鉱炉の中から生まれている。

 ミスズという精霊も一緒に契約されており、この剣が、すなわち彼女の一部でもあるのである。かといって身体の一部というわけでもなく、戦っていて彼女が『痛い』と悲鳴を上げることもない。いわば、彼女とは―――〝双子の生命〟―――一緒に生まれた存在である。



 彼女がやること。それは、《聖剣》に力を宿すこと。


 ミスズは両手を重ねて、剣に向けて両手を突き出して『祈り』をする。(この動作は、『御子』の性格ごとに違うらしい)


 すると、彼女の手が〝ぽうっ〟と仄かな神秘的な光を宿す。

 すぐにそれは、身体全身に広がった。

 みるみる光が膨張し、金色の光は、一本の大河の放流のようになって―――黄塵と煌めきをまき散らしながら、剣へと吸い込まれてゆく。精霊のミスズが消え、別の形で剣に力を与るため、吸い込まれていくのだ。

 僕の聖剣が、うっすらと金色の光をまとわせた。



 ――――これが、『結合シンクロ』現象と呼ばれる、精霊の秘中の秘。


 僕の握るさび付いた剣が、何十倍も強靱に、何十倍も壊れにくくなる。当然、元々のスペックが低いので、底上げもたかがしれているが。

 それでも、ワドナ・ウルフの牙には、立ち向かえるはずだった。



「いくぞ」


 僕は鉛色の剣を引き抜き、地を蹴った。






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