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15 商人連合の娘



「―――これは、これは、この里の《長》さんアルか?」


 僕らが宿へ向かうと、池の前でその〝人物〟が振り返っていた。


 宿屋は《クルハ・ブル》の里の特徴をよく表わしていた。簡素な茅葺きの屋根の大きな場所に、四季の木々。玄関ののれんをくぐると来客をもてなすために空間が広がっている。部屋の廊下を抜けると池を備えた中庭があり、そこで朱傘をさす少女がいた。



「やあ、やあ。お初にお目にかかるアル。わたしの名前は、〝ムー〟。この大陸を統べる、あらゆる王国に物資を届ける――それを使命にした商会アル。《商天秤評議会ムー・ギルド》の頭取り。―――〝ランシャイ・ムー〟アル」


 その少女は、微笑んで髪を揺らす。


 彼女が、この時期に里に舞い込んだ客人。

 お供の護衛たちを引き連れ、その顔ぶれは――〝獣人〟や〝亜人種〟のものが多かった。正規の騎士団のものとは違い、大きさ重視、使い勝手重視の〝大剣クレイモア〟や〝大斧ルーン・アックス〟を担いでいる。


 どれも、この大陸の正規の軍からあぶれた、〝傭兵〟たち。

 僕やミスズたちは、その姿に気圧されてしまった。…………里のくるわが広いとはいえ、こんな大人数の傭兵団を見落としていたなんて。


 その中に守られて〝お姫様〟のように佇むのが、その赤色の髪の少女だった。



「…………こんな時期に、よくも来られたものじゃなぁ。来客よ」

「うーん。確かに、妙な時期に来てしまったとは思うアル」


 その筒のような袖に手を入れて、ムー・ギルドの代表。〝ランシャイ・ムー〟という少女は、首をかしげている。考える風情だ。


 名だたる傭兵団を擁する〝ムー〟の看板は、僕ら《剣島都市サルヴァス》の島までその威名を轟かせていた。……なにせ、出店交渉や王都での商売などで、必ずその組織の名前が絡んできて、なによりサルヴァスの島の中にも《商天秤評議会ムー・ギルド》の出店があるのである。


 ――高価な〝冒険道具〟を扱っていたり。

 ――王国硬貨10万センズ以上の防具や、鎧を取り扱う。


 その店のラインナップから、必ず来店するのは『CBランク、Aランク』以上の高級冒険者たちであった。稀に『Dランク以下』の冒険者も出入りするが、そういうのはよほど大金を積んで〝紹介状〟を得るか、よほどの繋がりがないと入れない。

 というか、そもそも、その〝繋がり〟自体に金を払って生み出さなければならない以上、この《商天秤評議会ムー・ギルド》=(イコール)、〝金〟と考えても間違いない。


 大陸に住まう人間でこの組織の名前を聞くと、〝黄金をつけて葉を揺らす大樹〟をイメージしてしまうだろう。冒険者では〝ステータス〟、そして〝ステータス〟ばかりだが、こっちの組織にまつわる話は、〝金〟、〝金〟、そして―――〝金〟である。


 つまり、〝金〟が全ての物事を左右してもおかしくない。

 金こそが、商人における《ステータス》である。


「でも、私はどうしてもこの時期にこの鉄の国、《クルハ・ブル》へと来る用事があったアル。良質な鉄の買い付けにね。今の時期は稼げればウハウハ、アル。商売のためなら、時期を選んでいられないのも商人のさがアルね」

「…………ほう。自分の身は、自分で守れる。と申すか」


「当然ね」


 その少女は、朱色の傘の下で勇ましい笑顔を向ける。

 ふてぶてしく、この大陸の商人が抱える笑みでもあった。


「今の時期は、《魔物》だけではない――。客人よ。この鉄の国には多くの亜人種や、傭兵崩れ、そして盗賊たちが里を狙っておるのじゃ。……その中で、まんまと入ってきた《商天秤評議会ムー・ギルド》の豪商人なんぞ、いい食い物にされるとは思わなかったのか。奴らは、平気で身代金を取ってくるぞ」

「覚悟の上ね。しかし、その覚悟もいらないアルね。――なにせ、私が捕まることはない」


 その少女は、筒のような袖に手を入れて嗤う。


「軟弱なその辺りの王国兵士とは違う。アル。――《商天秤評議会ムー・ギルド》の傭兵団の強さを舐めてもらったら困るアル。それに、契約している部隊の中には、《冒険者》すら混じっている」

「…………なんじゃと?」


「――リスドレア」


 と、その少女が呼ばわうと。


 宿屋で休憩中だった傭兵団のうち――その護衛の、〝隊長クラス〟と思われる人物が出てくる。里長エレノアも驚いていたが、その姿を見て驚いたのは、僕らも同じだ。


 ――《冒険者》、だった。


 そう。それは、僕らと変わらない。

 サルヴァスの島の中で服装を整え、その鎧や、小手に到るまで魔物の素材や良質な鋼を使った――《剣島都市サルヴァス》の冒険者、そのものが現れたのだ。少女だった。姿は小さく、金色の髪と、獣人の尻尾。そして背中には、《巨大な斧》を背負っていた。


 ――《三日月斧クレセント・アクス》である。

 その小柄なか膂力で振り回せるのか疑問だったが、彼女の帯びる冒険者としての雰囲気と、眼光はただ者ではなかった。すぐさま、僕らに目配らせする。



「……なんだ、ランシャイ。こいつらを殺してほしいのか?」

「の、ノンノン! 違うアル! なんでそうリスドレアは物騒アルか! 私はただ、この大陸を代表する《商天秤評議会ムー・ギルド》の人間として、この傭兵部隊がいかに頼りになるか。それをただ知ってほしかっただけアルよー!」


「…………なんだ、見栄か。つまらねえ」


 そして、雇い主なのに盛大にため息を返し、舌打ちまでする粗暴な匂いのする少女は僕らを睨みつける。『……なんだ、こっちもつまらねえ冒険者たちか』とでも、言いたげに。


 その少女は獣人だった。

 金色の髪の毛を二つに結んで〝ロール〟を作っている。おそらく、かなり生まれついての癖毛が強いのだろう。何回転もしている。そして――彼女とは対照的、育ちの良さそうな顔と、商人特有の色鮮やかな『筒袖の服』を身につけるランシャイ・ムーは、盛大に息をついて『―――なんか、〝幸獣の盗掘王〟の名にふさわしくない、みみっちい心アル』と首を振っていた。


 ……。

 …………、ん?


 今、なにか聞き覚えのあるワードが、出てこなかったか?


 しかし、赤髪のランシャイ・ムーは袖に手を通したまま僕らに向き直って、


「ともかく、これで分かったアルか? 里長のお嬢さん。私たちは、自分の身は自分で守れる《買い付けの商隊》として、この鉄の国にご厄介になっているだけアル。居候アル。――私たちを盗賊は攻撃できない。すれば、自分たちが、〝勉強料〟以上の大火傷を負ってしまう。――アルね」

「…………」


 つまり、盛大な〝中立国〟が、里の中に登場したことになる。


 ここに逗留して、三日目になるという。


 旅の休憩がてら立ち寄って、〝湯治〟に当たっていたという。この里の温泉は気に入ったようだ。傭兵団たちも温泉を満喫していて、里との関係性はひどく良好。金払いのいい雇い主と、大金を懐に入れている傭兵は〝横柄〟なことはせず、むしろ、王国の正規軍よりもマナーがいい。


「しばらく、〝逗留〟させてほしいアル」


「…………わらわたちに、害意は?」

「ないね。――誓って、言えるアル。こんな時期には来たが、里には何の手出しもしないし、また里の何者の命令も受けつけないアル。――それが〝商人〟ね。盗賊が来ても、力になってやれないのは心苦しいアルが」



 ……怪しいところは。ない。

 僕も里長のエレノアと一緒にジッと観察するが、特にはなさそうだった。


 もともと、彼女たちに力を借りようなど毛頭思っていない。向こうは《商人ギルド》、そしてこっちは冒険者なのである。

 ランシャイには害意が、根本的にないのである。〝商売の外〟では争うつもりがないらしい。たとえば旅の途中で遭遇する〝魔物〟など以外は、特に退治する気分もない。そんな感じ。



(…………どうする。エレノア)


(仕方が、あるまい。わらわや、隊長オラン、そして冒険者たちがいなくなった里に置いておくのが不安で、そのために様子を見に来たのじゃが……。害がなければ、『客人』じゃ。もてなさねばならん。《里会議》で言っておった通りじゃ。なんとも、つかみどころがない。やりにくい相手じゃ)


(……ふむ。監視がほしいところだけどね。僕らの他に、冒険者もいない)


「……? なにアルか? 作戦会議なら、ランシャイも混ぜてほしいアル」


 微笑みながら首をかしげ、僕らを見ている。


 …………ともかく。ニコニコしているが、テコでも動かないな。ありゃ。


 僕らは諦めることにする。ともかく、非常時の準備だ。もし留守中に里に何かあったら、この商人一行に対する〝監視〟も必要だろう。

 僕らがそう思い、決定を下していると、



「わあああ、クレイトさん!! ――僕を置いていかないでほしいのであります! 待ってほしいであります!」

「……お前が、エレノアの家の里会議で、耐えきれずに居眠りしたから悪いんだろ」


 ついてきておいて、やる気がないのか。

 合流してくるロドカルが慌てて走ってきて、そして庭に出ている石に躓いてしまう。転んだときだった。ロドカルがぶつかった相手がいて、謝るために顔を上げたとき。


 その表情が凍りついた。

 そして、ぶつかった『相手』も――苦虫を噛み潰したように。顔を凍りつかせ、ギリッと歯を鳴らした。


「なんで、お前がここにいる。――ロドカル」

「う、うわあああああ!!!」


 ガクガクと震え。真っ青になって怯えた。

 立っていたのは、ランシャイのお供の傭兵隊長。冒険者リスドレアだった。


 三日月を背負った冒険者に、さすがのサルヴァスの冒険者といえど怯える――そういうことだと思った。だが、様子が違った。雲行きが怪しい。

 なぜなら、


「…………お、お姉ちゃん……でありますか……?」




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