14 里会議
静かな部屋に、その面々が集まった。
薄くボンヤリと揺れる燭台の火が照らすのは――〝老人〟〝老婆〟や〝青年〟、そして里の主だった代表者という顔ぶれだった。円をつくって顔を合わせている。
それぞれが、この里の生業に関わっている人々であり、『旅館』の代表者や『採掘ギルド』と呼ばれる山あいで鉄を掘削してくる屈強な男たちを束ねる数名など、《クルハ・ブル》の代表者でもある。
他の小さな里からも、招きを受けて里長がやってきてた。〝エレノア〟を座長とする、その隣に固めている。
僕らは、エレノアの後ろにいた。
(隊長オランさん――は、さっき《採掘師ギルド》の長だって言ってませんでした? いいんですか、向こうの席に座らなくて)
(なんの。いいってことさ。俺はもうすでに現役を引退して、名ばかりの『長』をやらされているだけだ。こんな老兵、お呼びじゃないさ。それに、俺の今の立場は〝お嬢の最も堅牢な護衛〟だ。護衛は、アンタたちと同じ、後ろに座るべきだろ?)
(……そういうものですか?)
僕はそう小声で会話しながらも、その会議の行く末を見守っていた。
僕らの他にも隣にはミスズがおり、『せ、精霊が一緒に人様のお話し合いになんてついていってもいいのでしょうか……?』と魔物スライムのように、プルプル震えていたが。だが、エレノアが〝冒険者は全員連れて行きたい〟という意向を示したことにより、気弱なミスズの気持ちとは関係なしに、里長宅に招かれることとなった。
さらに、ミスズ以上に『ぼ、ボクが入ってもいいのでありますかぁ……!?』と震えていたロドカルも、当然のように連行され座らされていた。
会議が始まるまでの間、里の子供たちの遊びもの(主に、そのふかふかの耳と尻尾など獣人的特徴によって)になっていたロドカルだったが、会議が始まるなり、引っぱられて着席することになった。冒険者としてついてきたのだ、それくらいは仕方がない。
そして、会議中。
そんな物思いに耽るボクの目の前で、その集まった面々が進めていく。
「――ふむ。すると、里長エレノア殿は『ダンジョン迷宮』の攻略に取りかかると申すか。あそこは、《クルハ・ブル》でも名うての〝難関〟じゃ。扉までに、腕利きの猛者が護衛につかぬと話にならん。しかも、今は――」
「分かっておる。隣里の婆ちゃんや。……わらわは、それでも迷宮に挑む。そう決意しておるのじゃ。他ならぬ、この《クルハ・ブル》――我らが、愛する母なる土地を守るために」
「…………」
その一言で、会議に沈黙が広がった。
え? どういうことだ? と僕は状況が分からず、見回していると。隊長オランさんがミスズとは逆側の隣から(――つまり、ダンジョン迷宮攻略は困難。ってことだ)と補足を入れてくれた。野太い武将のような声が響かないよう、ヒソヒソと抑えながらだった。
「わらわは、決意を変えておらん。ダンジョン迷宮に挑むために、少数精鋭に絞って〝峠の裏側〟から回り込み、入口に達するつもりじゃ」
「や、山登りをすると申すのか!? あそこは、崖じゃぞ!」
悲鳴のような声が上がり、一座にざわめきが広がる。
…………え? な、なんだ。何で慌ててるんだ?
僕が強烈な不安に襲われていると、『――変わらん。やるだけじゃ。〝わらわ〟を筆頭とする、数人を連れて行く。今から、その人選を発表するのじゃ』とエレノアは立ち上がり、一座を見回してた。
「――まず、里長のわらわ。そして、里からは《隊長オラン》」
「あいよ。しかと、承知! 待ってたぜ」
僕の横では大声が返り、パシッと鉄の小手に小気味いい拳の音が重なった。
「それから、冒険者クレイト。この者は欠かせん。お供の精霊も一緒じゃ。そして、この里を目指す旅の道中で加わった、そこの小さき獣人。お主も連れて行く!」
「―――え、ええええええっ!? ぼ、ボクも一緒に行くのでありますか!?」
さっき、『険しい道のり』だとか『大丈夫か?』なんて話を聞いていたからだろう。
恐れおののいて、ひっくり返りそうになるロドカルに『当然じゃ、お主は《聖剣》を持っているのであろうが』と呆れ、情けない人間を見るようにエレノアが口にする。
「…………は、はう。ボクは、冒険者は冒険者でも低ランク。クレイトさんに憧れてついてきただけの雑魚でありますからして……」
「お主は、剣の腕はともかく、身軽そうじゃ。獣人でもあるからな。その自慢の体の軽さと、脚力を生かして、役に立つ場面があるやもしれぬ。だから、お主までは連れて行く」
そして、その他にも、里の警護をしているらしい青年たちや、壮年の男たちが見てくる視線をエレノアは振り返り、『おぬしらは、里の守りじゃ』と返していた。
「…………そ、それはない! エレノア様。――いいえ、姫様。俺たちもお供に向かいます! なんで《冒険者》たちがついていって、俺たちがお留守番なんだ!」
「邪魔じゃ。余計なことをするでない。里の守りも重要なのじゃ。わらわと、オランが抜け出ていった里を《盗賊》どもが嗅ぎつけないとも限らぬ。――奴らの、武力、人数は知っておるじゃろう?」
「……それは!」
そうエレノアが厳しく言うと、男たちが肩を落として。悔しそうに俯く。
「奴らは、《里》を狙っておる。里の守りを空にして、残された家族はどうなるのじゃ」
エレノアがそう、最後に優しく言うと。
青年たちは顔を上げ、それでも悔しそうにしながらも。『……わかりました』と頷いていた。強い決意が見えた。
それは、この鉄の国が抱える問題が深く関わっているらしかった。
「では、冒険者クレイトたち。お主たちには、何が何か、よく分からなかったと思う。じゃから、今ここで詳しい作戦を話しておくのじゃ」
「……む。それは、分からなかったからね。よろしく頼む」
今まで黙って席の後方にいた僕たちが、初めて発言の声を得る。
「まず、わらわたちが向かうのは、火山地帯が山脈を作る――この《クルハ・ブル》の中の一つ。里の奥に位置する、《火山のダンジョン迷宮》じゃ」
――そこは、昔に彼女たちの先祖が《遺跡》を作り上げた。
入口から入って、無数の迷路のような部屋が存在する場所らしかった。大きな特徴は、〝扉〟だ。魔物を防ぎ、流れを変える扉がいくつも点在し、その最も奥の〝扉〟を目指すらしい。
「……いちばん、奥なのか?」
「そう。今は季節が《黄竜の季節》―――つまり、『迷宮の守り』の役目の中でも、最も深く潜った中での『扉』を開けねばならぬ。地下二階層じゃ」
「それを聞くと、ちょっと長そうに思えるね」
「長い。のじゃ、それは間違いない」
だが、通常の《ダンジョン迷宮》と呼ばれる、〝エリア・レベル4〟以上を数えるものよりも、ずいぶんと浅い部類に入るらしい。
エレノアは言う。
他の周辺王国にあるダンジョンは、〝魔物の巣窟〟という言葉が示すとおり、果てしなく長いものとされていた。それに目をつけた〝初期の強い冒険者〟たちが、自分たちの財宝を隠しておいたりしたため、後世になって現代の冒険者たちがしきりと潜り、宝探しをするようになったくらいだ。
だから、階層12とか、階層20は当たり前――。
だが、今回のエレノアたちとの冒険は違う。目的が『ダンジョンの深淵部分』ではなく、その『入口の扉』なのである。魔物がうじゃうじゃ巣くう階層に入る前、その魔物たちが外へと出てこないようフタをする扉が目的なのだ。
であれば、今回の冒険は、かかっても〝二、三日〟くらいである。
「……? 扉を動かすだけなのに、なんでそんなに時間が?」
「道中じゃ。問題になるのは」
エレノアは言った。
「今のこの鉄の国には、今までにない〝初めての事態〟が起こっておる。それは、はっきり言うと異常じゃ。
…………他の王国から流れ着いた《盗賊》どもが、山に山塞を築いておる。それだけなら、まだ何とかなったかもしれぬが、そやつらをなぜか《魔物》が襲わぬ」
「それは。でも、なんで?」
「分からぬ。分かっていたら、わらわたちも対応が出来たはずじゃが」
そして、手をこまねいているうちに、その《盗賊》たちは人数が膨らんだ。
討伐が出来ない。なぜなら《魔物》が一緒にいるからだ。猛獣が飼われている大陸の庭で、なぜか彼らだけ襲われない中で、討伐なんてできるわけがない。《盗賊》たちに反撃を受けて――《魔物》からは横から襲われ、散々な敗北を喫するのがオチだ。
そうして、手をこまねいているうちに、周辺諸国から通過する《商隊》や《商人の馬車》などが襲われるようになった。資金が流れ込み、そして彼らは武装を強化し、噂を聞いて集まった〝他の流れ者のの盗賊〟たちが、また集まる。人数が膨らんでいく――という悪循環を招いていた。
「…………それは。けっこう、とんでもないことだね」
「「奴らは――鉄の国で、『建国する』とまで、嘯いておる。
《剣島都市》に依頼できるのは、〝魔物討伐〟や〝冒険〟のことまでじゃ。周辺の友好国からも『なんとかせよ』という討伐依頼が届いておるが、わらわたちの里の武力では、正直手に負えぬのが現状じゃ。…………一応は、手を組んで、供に討伐することも《他の王国》から声がかかっておるのじゃが」
――まずは、『魔物』じゃ。と。
エレノアは言った。他の村人たちも苦しそうな顔だった。その増えすぎる《魔物問題》を何とかしないと、危なすぎて他の王国も動かないようだ。
今はまだ魔物たちの脅威を笠に着ている《盗賊》たちと力が拮抗しているが、その後、ダンジョンでの〝扉〟の行方では、魔物が大増殖し、バランスが盗賊側に傾かないとも限らない。
「――やるしかない。わらわが言っておるのは、そういうことじゃ」
「…………なるほど。おおよそ、理解した」
僕らの〝役割〟も、ね。
要するに僕らは〝魔物に対抗する〟ために呼ばれている。山あいの《遺跡》の入口まで進んで、その扉を操作する。それだけで、盗賊たちの思惑の一部を、崩すことになる。
「問題は道のりじゃ。山に近づくため。森を抜けるが――その正面は先ほども言ったように《盗賊》どもの山塞になっておって抜けられぬ。わらわたちでの攻略は無理じゃ。……で、あれば、後ろに回って別の入口を探すしかない」
「あるのか? そんな都合よく」
「――ある。が、都合よくはない。そこは、急斜面で岩肌もむき出しになった『崖の入口』じゃ。そうそう簡単には入れぬ」
なるほど。だから、予定が二日ね。
向かうだけでも、かなりの〝危機〟がある場所だった。
だが、向かうしかない。正面からの戦闘を避け、僕らが『遺跡に向かって、魔物を防いでいる』ということを敵に知られないようにする。それが重要なのだった。
…………それは分かった。
…………それは、分かったのだが。
「あのー、よ。お嬢。せっかく決まったところ、悪いんだが。一つ情報だ」
「? なんじゃ、隊長オラン?」
ボリボリと、太い指で無精髭の頬をかき。
かなり言いにくそうに、その里の守備隊長の男は言った。他の村人たちを見回して、彼らもその視線に何か同じものを『含む』ように、困惑顔をする。
「……一つだけ。まだ、お嬢の知らない〝予想外〟の客人がいる」
「なんじゃ。盗賊か?」
「いいや。違うんだ。……いや、違うんだろうと思う。だって、それは明らかにナリが違うしな。――だけど、奴らは『鉄の国に、買い付けにきた』って理由で滞在している。まだ、お嬢やそこらの冒険者さんたちは会っちゃいないが、入れ違いで里の宿屋にいたんだ」
「…………何じゃと? 何者じゃ。こんな時期に。商人か?」
「ああ、商人だ。それも、豪商―――王都の有名人ときてやがる」
その響きに、エレノアだけじゃなく。僕らも目を見開く。
…………王都の、豪商?
そんな人間、そうそう多くないぞ。この大陸には。周辺に王国は無数にあるが、『王都』と呼べるほど栄えたのは、三、四つくらい――。しかも、有名豪商ともなると、あの大陸を牛耳っている商業組合。―――《商天秤評議会》に所属していることになる。
……もしくは、その幹部か。
僕と同じことを考えたらしく、エレノアもそう言うと、
「――いや、それが。『そのもの』が来てるんだ」
「……なに?」
「――《商天秤評議会》だ。そこの豪商が、直接来てやがるんだよ」
僕らは、思わず息を止めた。




