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13 鉄の里



 里に到着すると、馬車を囲んで里人たちの歓迎が向いてきた。

 すべて、エレノアと僕らに向かってだ。


「――エレノアさま! ご帰還されたのですね!」

「へええ、すると、そっちに乗ってる若そうな兄ちゃんたちが、《冒険者》とやらかい?」


 里に乗り入れた馬車を見上げて、剣で遊んでいた子供たちが近づいてきて、そして晴れた空に洗濯物を干そうとしていた主婦らしき女性が、笑顔でのぞき込んでくる。



 大陸には白い湯けむりが、どこまでも、遠く澄み渡った青空に立ち上っていた。

 その下にぐるりと木の柵で囲み、この住みにくい土地をしぶとく生き残るために作られた〝集落〟が―――いや、里が、この〝鉄の国の姫様〟の故郷らしかった。茅葺きの屋根がどこまでも続き、家の一軒一軒が大きく、原始的だった。


 だからといって、印象が悪いわけではなく、火山によって熱された大地の土地では、人々の温暖な笑顔と、色鮮やかな服装が目立った。エレノアは、この土地から《剣島都市サルヴァス》へとやってきたのだろう、民族の衣装らしきものが同じである。



「――全員が。帰った。《剣島都市サルヴァス》に置いてきた連絡係の者達以外は、そうじゃからじゃろう。里子さとごたちにも笑みがあるのじゃ。安心した」

「…………ずっと気になってたんだけど、エレノアって一体何歳なの? その口ぶり」


「む。わらわは、お主と同じ年頃じゃぞ。何を無礼な。あまり失礼なことをいうでない」


 僕がそう質問すると、浅黒いエレノアは頬を膨らませながら抗議の視線を送ってくる。『花の乙女に、なんということを言うのじゃ』という感じ。

 ……いや、だって老人っぽい口調とか変わってるし、それにまるで村長のように周囲のことを里子さとごと呼んで心配しているではないか。僕に罪はないと思う。


 すると、僕らの馬車を追いかけて群れて歩いていた子供たちが、僕らの話を聞いて『ばばー!』『お婆ちゃんのエレノアちゃん!』と声を上げていた。


「……だ、誰がばばあじゃ!」

「あっはっは、そんなんじゃあ。嫁に行き遅れちまうさ、エレノアちゃん。里の大人あたしらも心配しているんだよー? 里の内でも、外でも、いい人見つけないと。里子に示しがつかない」


「うるさいわ!」

「…………それはいいとして、エレノア」


 里のおばちゃんたちにからかわれ、いちいち反応する銀髪の少女に、僕は片手でツッコんでから、


「――これから一体僕らはどこに向かうの? 里の奥へと向かっているみたいだけど、なんだか活気づいているお店らしいものもあるし。……あれは『のれん』だよな? この里は何なんだ?」

「む。よくぞ聞いたな。ここは、鉄の国―――《クルハ・ブル》でも最も大きな里の一つで、〝火山の土地の温泉〟を扱っておる」


「……へ? 温泉?」


 つい、何月か前に、そういった言葉を聞いたぞ?

 あれは、確か昇格試験に向かう前で、《鎧蜘蛛ヨロイグモ》たちを相手にする前だったと思うけど。


「そうじゃ。温泉じゃ。この土地は〝火山〟や〝山脈地帯〟からの魔物で悩まされる土地であるが、その代わり〝良質な鉄〟と〝温泉〟が出ることで有名なのじゃ」

「ほう。鉄と」

「――温泉ですねっ」


 そう僕がエレノアと会話をして感心すると、さらに会話を引き継ぐように『にゅっ』と顔を出したミスズが控えめに頷いている。


 この土地に入ってから、ずっと物珍しさで街をきょろきょろ見ていた面々だ。ロドカルも馬車の前方の手すりに手をかけて、『わぁぁ』と明るい里中を見上げていたし、ずっと見ていて飽きないのかもしれない。


 ただ、ミスズの場合は、僕の『契約精霊』という立場から、こちらの会話にも意識を向けているようであった。



「――ミスズ、温泉が大好きですっ」

「はっはっ、そうじゃろう。そうじゃろう。よい子じゃ。温泉が嫌いな人間などおらぬ。〝精霊〟とて同じはずじゃ」


 ……いや、たぶんミスズが温泉が好きなのは、《精霊》という特異体質と、温泉が何だかんだで〝マナ〟を潤沢に含む供給源というだけと。それを含む物質が、本能的に〝心地いい〟と感じるだけだと思ったが。


 しかし、ここであえて言うのもなんだし、僕は黙って次を促した。


「そして、この土地クルハ・ブルは、大陸でも有数の温泉地でもあるのじゃ! ――先祖の頃より、代々《旅人》たちが立ち寄る土地でもあり、わらわたちは商売をしておるのじゃ。じゃから、里には温泉宿が多い」

「――……なるほど。温泉宿、なのか」


 どうりで、雰囲気が変わっていると思った。


 つまり、ここは古来より《魔物の脅威》に対抗するため、攻められても守れるようにそれぞれの里が〝小さな集落〟を形成していて、壁で囲まれた里の中には、旅人たちを休ませるための宿が存在している。ということか。


 そして、その一方で山脈の『ダンジョン迷宮』の扉を管理している。季節になると、通路や通り道を変更して、魔物たちが外に出てこないよう『迷宮の守り』をしている。――と。



「って、そういうエレノアは何者なんだ? この里で、どういう立場なの」

「わらわは、この《クルハ・ブル》の最も大きな里。そこで、里長を代々しておる」


 と、僕らがそこまで話し終えると。

 馬車が進んでいた大きな通りがついに行き止まりにぶつかって、そこでは円を描くように茅葺きの屋根の家が囲む場所だった。どれも大きい。――が、ひときわ大きな家が正面にあって、そこから腕力の強そうな男が出てきた。


「ぬわーーっはっは!! ついにやりやがったな! お嬢。本当の本当に、《剣島都市サルヴァス》から冒険者を引っぱってきやがった!」


 馬車が揺れるほどの陽気な大声を上げて、頭部の一つ結びにした髪を揺らす。


 里子たちの民族衣装的なものの中でも、ひときわ鮮やかで、《武将の鎧》のように鉄の装備に身を包んだ男だった。兜はかぶっておらず、その少し長い髪を後ろで結っている。髪色は黒。大きく、白い歯が笑うたびにのぞいていた。


 背丈は、平均的な成人男性のもの。しかし、肩幅も広く、背中にかけている〝巨大な鉄のハンマー〟が揺れていた。


「――待たせたのじゃ。《隊長オラン》」

「ぬははは! なんの。お嬢とこの里のためなら、このオラン・デルセル。粉骨砕身よ。《採掘師ギルド》の長として、そしてこの里の守備隊長として。ここは、譲れない戦いだからな」


 馬車を降りながら話すエレノアと、僕ら一行にその男が声をかけている。


 男は壮年。腕組みをしているが、しかし語る相手や僕らに、親しみをもたせる笑みをしていた。『急がせたな、冒険者たちさん』と片手を広げている。


「?」

「うちの『お嬢』、一度〝こう〟と決めたら必ずやり遂げないと気が済まない性格だからな。――けっこう、道中でも無茶をしたんじゃないかと思う。だけど、真面目なんだ」


 許してやってくれ、と片目をつぶる。

 しかし、里長エレノアはそんな男の小声なんか聞いていない。すぐさま馬車を降りてから村の人間を指揮して回ると、それから『――隊長オラン。集合をかける』と振り返っていた。


「…………む。するってえと」

「ああ。里会議を始める。里の主だった者を集めよ。いよいよ、―――この冒険者たちと。戦うときがきたのじゃ。《ダンジョン迷宮》に挑む、その会議を始める」


「ほお。いよいよ、やるか!」


 僕らの前で、それが決定した。



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