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12 山頂からの望郷(2)



 ―――《ゴブリン・メイジ》。


 ゴブリンたちの群れ社会の中でも、別格の〝魔術師メイジ〟が姿を現わした。

 体も一回り大きく、何よりも一筋縄ではいかない杖の〝属性行使〟の力を持っており、倒すのが困難である。サルヴァスの精霊が使うものとは違い、森の呪術的な、この大陸の魔物が持つ〝邪悪な力〟であった。


 魔物は〝竜〟を含め、そういった火を噴いたりする力を操る個体がいる。

 今回の〝ゴブリン〟たちの襲撃は、コイツが操っていたらしい。


 僕は魔物ゴブリン・メイジを確認し、直後に《ゴブリン・ウォー》を斬り捨てながら寄せる波を断ちきった。足に力を込めて跳躍する。――〝一息に、ヤツのところへ〟――そう思って聖剣に力を込める。



『――! ますたー! 危ないです!』

「…………ぐっ」


 が、一撃目は杖を前に出した《ゴブリン・メイジ》の炎によって、打ち落とされる。小さいが、火を噴いたような〝火球〟が向かってきたのだ。


 僕は聖剣で防ぎ、僕の体も落下した。


「…………くっそ。どうせ、一筋縄ではいかないと思っていたよ!」


 ――《ゴブリン・メイジ》は、薄気味悪く、そして愉快そうに笑っている気がした。


 僕は地面に潜る。

 …………といっても、本当に穴を掘って潜るということではない。〝魔物〟の視界から消えるために、あえて有効な〝正面突破〟を選んだのだ。


 聖剣を旋回させて、まるで地面に潜るように魔物の群れを邁進してゆく。――分厚い壁を突き崩し、森の奥へと到達した僕は、目の前でせせら笑いをして『冒険者の死』を確信した《ゴブリン・メイジ》の前へと出る。



「―――! ギエェェェェエ!!?」

「――遅いよ!」


 僕は手をひねり、冒険者が魔物に対して行う〝逆手〟の切り上げを行った。


 その一撃に《ゴブリン・メイジ》の悲鳴が響き渡り、胴体から緑の液体が流れ出た。

 あまりの出来事に、予想外の悲鳴を上げる〝親分〟と、森を囲む《ウォー・ゴブリン》たち。この事態が飲み込めず、しばらく呆然としていたが。戦いの結末を知ると、お互いに顔を見合わせて悲鳴を上げていた。


 ――必要、最小の動き。

 ――最速の撃破。


 これが冒険者に求められる〝力〟でもあった。《ウォー・ゴブリン》は悲鳴を上げつつ『森』という戦場を離脱していく。



「…………ふん。逃げおったか。このように、粗悪な武器や魔物の汚れた《剣》《盾》が落ちていても、売り払えぬしなんの特にもならぬがな。――ともあれ、見事じゃ。クレイト。助かったわ。何より〝馬車〟に被害がなくて助かったのじゃ」

「ひええええ。あ、危なかったでありますー!! さすが、クレイトさんであります!」


 と、魔物が散った後の〝戦場の跡地〟となった森の景色を見回して、それぞれ思い思いの言葉を呟いていた。




    ***


「…………へ? 迷宮に?」

「そうじゃ」


 と。一時空いて。

 馬車が無事に本来の速度を取り戻し、ゆっくりと揺れながら森を進む中――荷台の後部席、扉を開くように地面近くの手すりを空けた空間に、僕やエレノアは座っていた。


 揺れる森の中では、少しずつ緑の景色が薄らいでいく。

 草木が減り、そのかわりに灰色の土が混じりだした。この土地は、火山地帯が非常に多いらしく、ゴツゴツとした荒い岩と、そこから降り積もる火山灰が森を覆い、それが一種の《クルハ・ブル》――鉄の国の名物となっているそうである。


 僕とエレノアは、異国の移りゆく景色を眺めながら、


「わらわたちの国―――鉄の国の《クルハ・ブル》という土地では、起伏の激しい火山や荒い山脈に囲まれておる。その性質上――《魔物》がとても多かった。そして〝わらわたち〟鉄の国の民は、古来より〝迷宮の守り〟などと呼ばれておってな」

「……迷宮の守りって?」


「迷宮の地形を管理し、そして――魔物が増えすぎぬよう。管理するのじゃ。大陸の他へと〝漏れ出ていかぬ〟ようにな。迷宮同士を繋げたり、離したり。入口や扉の管理。それによって、魔物の生態系を維持するのじゃ」



 エレノアは、言った。


 ――それは、複数の〝ダンジョン迷宮・遺跡〟が存在する《クルハ・ブル》というお国柄から、彼女たち子孫が受け継いでいる伝統らしい。


 ……魔物が遺跡から出てきて、大変なことにならないように。

 ……人里に出てこないように。

 彼女たちの先祖は、洞窟や火山の入口からあふれ出てくる《魔物》たちに悩まされていた。だから、仕組みを作った。洞窟の入口を改築し、《迷宮》とすることで多くの扉や通路を作り、そして工夫をした。他の遺跡と〝繋げる〟ことによって、変えたのだ。


「……? すると、どうなるんだ?」

「―――《魔物》が、同士討ちを始める。クレイトも冒険の島におるなら知っておるかもしれぬが、〝魔物〟というのは全てが仲良く人間を襲うわけではない。互いに生存・繁殖を繰り返しており、食われたり、縄張りを争ったりしておる」


 ……そうだ。

 確かにエレノアの言うとおりである。魔物の生態系で言うと、〝スライム系〟のゼリー状の物質を食べて成長する魔物がいて、さらにそれを捕食する〝ウルフ系〟がいる。――そして、その肉を食べる巨獣の《ラガー・ドラム》のような猛獣がおり、さらに、それらの魔物を食う上位種がいる。―――最終的に〝ドラゴン〟などに行き着くのだ。


 そして、その竜種は、死ぬことによって土に帰り〝草木〟に莫大な生命のマナを落とす。そして、それを吸収した草木や苔などを、またスライムが食べるのだ。


 ――それが、自然の循環。


 《ダンジョン迷宮・洞窟》などでは――この〝循環〟のサイクルが、そのまま縮図として行われているといってもいい。


 エレノアは頷くと、


「そして、『ダンジョン迷宮』魔物が増えすぎぬよう―――わらわたちの先祖は、それらを全て横に繋げていった。そして扉や通路などで繋げたり、開いたりして、増えすぎる《魔物》たちの生態系をコントロールした……ということじゃ」

「それで、増えないようにできたのか?」


 もしそうなら、革新的な仕組みである。


「できた。――じゃが、全て《ダンジョン迷宮をそのままに放置》にしておくには、やはり《魔物》の増え方と生態系も難しかったのじゃ。《クルハ・ブル》では、子孫が代々、その遺跡の扉を季節によって変えることで―――《魔物》の動きを見つめてきた」


 話では、一年に四、五回という手入れだった。

 それでも、その《ダンジョン迷宮》を律していたのはすごい。この土地は良質な〝鉄〟の資源が掘削される土地らしく、その迷宮の大扉や、通路、仕掛けには多大な〝鉄〟が注ぎ込まれていたという。


 ……しかし、それによって、毎年のように《魔物》の被害が出ていた鉄の国が平和になったのなら、多すぎる出費ではないだろう。昔、サルヴァスの冒険者たちと周辺諸国が《ダンジョン迷宮》に攻め入って敗北したのを思えば、賢い選択である。


 だが、


「――近頃、その〝迷宮の管理〟を邪魔されておってな」

「? どういうことだ?」


「他国より流れてきた〝盗賊〟の一団が、その迷宮の近くに〝山塞〟を築き上げおったのじゃ。山に木の柵を付け、防壁とし、そこに長く居座ろうとするように〝拠点〟をつくっておる。――人数は、三百くらいじゃ。

 それらが、どういったわけか、《ダンジョン迷宮》の魔物にも襲われず、目をつけられずにのうのうと暮らしておる」

「…………まさか。そんなわけない」


 僕は驚きで、目を見開いた。


 ――人間が、魔物から襲われない。なんて。


 そんなことサルヴァスの冒険者として聞いたことがなかったし、学院の授業でも教えられていなかった。《魔物》というのは人を襲う。……それが、大前提だったはずだ。どんなアイテムや金を積んでも、そんなことは実現不可能だった。


 第一、可能なら、毎年のように王国から〝村を襲われた〟〝村が黒煙を上げている〟なんて知らせは届かない。魔物は、どんな人間であろうと必ず襲い、そして冒険者たちの《聖剣》で退治するために依頼が届く。

 ――じゃないと、僕らがやっている《王国の商人の馬車護衛》などの依頼は、何になるのか。


 しかし、エレノアは首を振って、



「…………分からん。じゃが、奴らは確かに迷宮遺跡の近くに〝拠点〟を築いておる。それに、戦っている形跡はない。魔物は〝里の者〟―――わらわたちばかりを襲い、そして、わらわたちが遺跡に近づくのを、〝魔物〟と〝盗賊〟が阻んでおる」


 …………このままでは、季節の〝変わり目〟での迷宮の扉の管理が、間に合わない。と。


 エレノアは焦った瞳を向けてくる。――それは、鉄のクルハ・ブルという場所で、全員を守る立場にある者の瞳だった。


 ――曰く。『その遺跡の管理』は、エレノアを含む〝里の末裔〟にしかできない。

 ――そして、もし妨害されたまま〝遺跡〟を放置してしまうと、《魔物》たちが一気に増殖し、手がつけられないことになる。


 最悪、里が襲われ、国に被害が広がってしまうかもしれない。――と。


「…………そんなこと」

「じゃから、わらわたちは急がねばならん。秘密裏に山の険しい場所から隠れて、山を登り――そして《ダンジョン迷宮》の裏側から入り、〝拠点〟には見つからぬよう〝遺跡〟に入ってしまって、役目を果たすのじゃ」


「可能なのか?」

「……可能、じゃと思うから、《剣島都市サルヴァス》まで足を運んで、わらわの目で冒険者を選んできたのじゃ」


 エレノアは言った。

 この〝作戦〟を行うには、少人数の実力者が必要だった。


 彼女なりに、人は集めて選んでいるらしい。だから、まずは『里』へと向かうという。そこは鉄のクルハ・ブルへと出てからの山あいに囲まれた盆地であり、そこに人が集落を作り、暮らしを営んでいる。

 彼女は、そこの国からやってきたという。


 そして。僕らが話しながら進んでいた馬車が、一度大きく動いて、山の上へと出る。



「―――おお! クレイトさん! 見てくださいであります! とっても綺麗であります!」

「わああ。景色が開けましたぁ」


 馬車の前へと乗っていたロドカルとミスズが、お互いにその景色を確認して、身を乗り出していた。


 馬車はゆっくりと灰色の森を抜けて、それから見晴らしのいい、開けた盆地を一望する。そこでは、火山が噴き出し、赤い土が覆い、山脈からは白い煙が吹き出しているのが見えた。肌をじっとりとする熱さが覆う。


 無数に立ち上る白い煙。

 各所に。熱い火山と、森の豊かな自然の緑。そして、《魔物》たち――それが見える、硫黄の匂い。異国の風土が広がっている。


「…………ここが……!」

「ようやくたどり着いたな。――東の鉄のクルハ・ブル――じゃ」


 べたつく熱さは、火山の熱気がどこかしこにもある証拠であり。

 その地熱の熱さは、不思議と不快なものではなかった。


 むしろ生命の根底にある強さを引き出し、その熱量には温かみが感じられていた。大地の一面を緑と灰が覆っており、それだけでも外の緑豊かな自然を知っている僕からすると異国感にあふれていた。


 火山地帯の下には、木訥とした枯れ木が並び、《魔物》が行き交っている。野生の雄々しさがあった。


 ――熱と。

 ―――鉄臭さと。


 その景色を見て、僕は大陸の原風景というか、妙な懐かしさに包まれた気分になる。


 山の地熱が、それを蒸発させ、蒸すという。湿った土地にはべたつく熱さが、魔物と人に生命の強い力を与える。



 ここが――《クルハ・ブル》。


 僕はしばらく放心してその景色を見つめながら。そして、ミスズが馬車の横で一緒に見つめてから、目が合い、ワクワクとした顔で微笑んでくる。


 ――進もう。

 発車した馬車の音を聞きながら、僕は見えてくる山の麓の、『里』を見つめていた。




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