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08 闘争



「――、ほう」


 その闘争が始まって、最初に少女が口にしたのはそんな言葉だった。


 目の前の戦いを見ている。

 最初、彼女は一緒に戦うつもりだったらしい。真正面から戦うには分が悪いが、複数戦なら――なんとかする。と、構えをつくって、集団戦を意識しようとした。なぜなら、相手の暴漢たちは複数であり、こちらは常に『魔物』を相手にしている冒険者とはいえ、たった一人だったからだ。


 不覚を取るかもしれない――と。感じるのは普通だった。だから、彼女は暴漢たちの正面に立たないまでも、牽制して、数人は引き受けるくらいのことはしようと思っていた。


 だが、やめた。

 …………必要なかったからである。


「―――ふっ、」


 その気の抜けた声とともに、暴漢が吹き飛んだ。


 〝吹き飛んだ〟、である。

 それが技が入ったとか、一撃で暴漢が怯んだとか、そういう次元の話しではない。一撃が致命傷だった。面白いように人のからだが宙を舞った。無重力になって漂い、それから〝どんっ!〟と音を立てて、冒険者たちのテーブルの一つに落ちた。


 エレノアは思い出す。その暴漢が踊り入って冒険者を斬りつけたとき、冒険者はただ歩いているだけだった。

 歩いて、暴漢に近づき。それから回避するのは『体をひねった』だけだった。すれ違い様。まるで、風が吹き抜けるように距離を縮められ、暴漢は『うげ』と声にならない声を上げていた。


 次の瞬間には、蹴りを食らっていた。

 冒険者が、回転しながら蹴りを放ったのだ。その威力は容赦がなく、足で暴漢の体の芯を打ち抜いた。丸太を斧で切ったような、鈍い音が響く。


 凄まじい衝撃だった。

 音もすごかった。だが、それ以上だったのは、その動作を〝自然〟に冒険者はやってしまったことだ。


 ――〝冒険者〟。

 そう、彼もその一人。


 ―――ここは、《剣島都市サルヴァス》の街の中なのである。




 ***



 僕の周囲に集中した『暴漢』が、一斉に拳を向けてきた。


 ――袋だたきだ。

 ……どうせ、〝そう〟なるだろうな、とは思った。


 鍛え上げられた王国の軍隊でもなく、また、『魔物』を相手に一人で戦っている達人の冒険者でもない。やれることといえば、集団を頼みに、囲んで殴りつけてくることくらい。酒乱たちのケンカ拳法だ。

 …………おおかた、どこかの王国で上手くいったり、通用したりしたのだろう。しかし、ここはそういう『酒場』ではない。周囲を見渡してみても分かるが、全員、『あっちゃー、やっちまったな。下手くそだな』とニヤニヤ見ている冒険者たちだ。


 そんな戦いは通用しなかったし。

 ―――また、僕らが普段、魔物との戦いに身を投じて、修羅場をくぐり抜けながらやっている『それ』は、彼らと比較にならない。


 だから、囲みを順番になぎ倒すのも、簡単だった。


「―――ッッ、くっそが!! ば、化物かよ!?」

「なんで当たらねえんだ!」


(……そりゃ)


 僕は思う。

 外の世界の知識しかない。または、外の街中での戦闘しか知らない〝暴漢たち〟は、この島の戦いを想像できないのも仕方がなかった。


 勘違いしてはいけない。

 ――僕は、まだ。〝聖剣の力〟を使っていないのである。


 素の状態だ。

 その拳の一撃一撃も、豪傑のそれと似ていた。

 魔物と戦うことによって鍛え上げられた洞察力に、寮母さんとの修行によって血ヘドを吐きながら培った『体力』。…………もはや、酒場で粋がっているだけの街の暴漢程度では、足止めすらできなくなっていた。


 僕だって、こんな街のケンカで魔物退治の力を使うつもりはなかった。

 だが、囲まれて、殴られるともなると別だ。


 降りかかる火の粉は、払わなければならない。


「――せいっ」


 ただ、がむしゃらに打ち掛かってきて、剣を振り下ろしてきた暴漢の一撃を回避する。…………隙だらけだ。


 少し前の僕なら想像もできなかった、『……こんなに?』と驚いてしまうほど、男たちの拳は遅かった。時間が停止しているようだった。すぐに動けた。バネのように足に力を入れ、空中を回転しながら飛んだ。

 蹴りを放つ。


 たったそれだけで、男の体の芯を貫いた。胴体の急所を捉えて、そのまま男は悲鳴を上げながら吹き飛んだ。壁に叩きつけられた男は、白目を剥き、泡を吹いて昏倒した。


「――ッ、クソが! クソがクソがクソが!!!」


 びゅんと風を切る剣の音がして、僕の耳元を掠めた。

 ……予想は、できていた。髪の一本も切れやしない。


 僕は最低限の動きで、回避した。

 当たるわけがない。そんなバレバレの目標で、『当たってくれ!』と念じるように切った剣など。真っ直ぐに拳のストレートを放つようなものだ。当たらないし、そんなものに当たってくれるのは練習用の藁人形くらいのものだ。意志のある、人間相手を想定した動きとは思えない。


 そもそも、速度が遅すぎる。


「――それっ」


 僕は拳を放った。

 なるべく優しく――そう、例えるなら、レベルⅡの冒険エリア。《魔物の森》の魔物ですら、倒れないように。という一撃だった。


 だが、男は吹き飛んだ。

 そのまま白目を剥き、意味不明な叫びを上げながら果てる。目配らせをした残りの男たちは、青い顔でうなずき合っている。


 逃げる――かと思ったら、全くの逆で、怨念を込めた顔で突撃をしてきた。

 まだ、よく分かっていなかった。


 反撃し、一瞬で三人を相手にする。

 まず一人目は腹を凹ませ、その拳を打ち込んだ。さらに二人目、飛びかかってきた暴漢の腕をつかまえ、ねじり上げて床に落とした。首筋を打つ。


 三人目が顔を青くしながら『剣』を突き出してきたので、軽く後ろに下がって、よろめいたところを蹴り込んだ。それだけで、意識を失った。


 …………もう、これで暴漢は全部だった。


 多くの冒険者たちが『へえ』と感心したように酒杯を傾け、囁き合っている。そんな中で、僕へと暴漢たちをけしかけてきたエレノアは、手を叩いて拍手をしながら、さらに興味深そうな浅黒い肌の顔で見つめてくる。


「……なるほど。手練れじゃな!」

「え?」


 浅黒い肌に、銀のツインテールをもつ少女は、呆気にとって振り返った僕に拍手をしながら見つめていた。


「《剣》を持つのに、適した体つきをしていたのは確認しておったが……。これほどとは! 想像以上じゃ! これはいい拾いものかもしれぬ。お主、いいぞ。すごくいいぞ。わらわは運がよい」

「……えっと。いや、あのさ」


「その暴漢どもはな。ある遠い国――そこで牛耳る、ある『一味』によって送り込まれてきた雇われの者達じゃ。わらわは、攫われそうになっておってな。この《剣島都市サルヴァス》まで、追いかけてきておったのじゃ」


 ……? どういうことだ?

 僕は意味が分からず、首をかしげていた。


 エレノアに狙われる理由でもあるのか? そりゃ、確かにこの場所――《剣島都市サルヴァス》には周辺王国から〝事情アリ〟な依頼が多く舞い込む。その中で、トラブルを引っさげてきている事例も多く、街中で争いが起こらないとも限らなかったが……。


 エレノアは、しげしげ、と僕を見ている。

 まるで、興味以上の何かを見いだしたような顔で。


「お主、国を救いたいとは思わぬか?」

「……へ? な。なんだよ、藪から棒に」


「いや。ちょっとした提案じゃ。わらわは現在、困りごとを抱えておる。

 お主が腕利きの冒険者で――なおかつ、正義の心があるのならな。わらわに力を貸してほしい。実は人を雇いたかったが、なかなか予算が及ばぬでなぁ」

「だからって、僕に……?」


 僕は困惑する。

 普通、こういった依頼は『依頼状斡旋所ワーク・セントラル』を通してされるものだったが……話しは進めたのか。サルヴァスを通さず、直接冒険者に依頼を持ち込む場合もある。そういう場合は、たいてい『依頼状斡旋所ワーク・セントラル』側が指定する冒険者を待てないか、〝危険〟すぎる依頼があった場合だ。


「お主はなかなかの猛者じゃ。体つきも無駄がなく、実にわらわ好み。……ほう、ほう。なるほどのう」

「な、なに触ってるんだよ」


 ペタペタと触られて困惑する。

 もう酒場では問題解決とばかりに、冒険者たちが僕らに向ける興味を失っていた。日常の雑談に戻っている。

 サルヴァスの冒険者というのはそうで、血がたぎった騒動が好きなのに、興味を失うのも早いのだ。日頃から魔物と戦っている人間だから、興味のレベルも人と違うのだろう。そんな冒険者たちのテーブルの向こうで、気を失った暴漢たちを、店主さん(元。冒険者らしいが)が、慣れた仕草で、ズルズルと店の多くに引きずっていっていた。


 …………たぶん、《剣島都市サルヴァス》の運営局にでも突き出すつもりだろう。


 そして、


「お主に頼みたい。――お主にしか頼めない! じゃから、少々強引な願いにはなると思う。わらわには時間がないからのう。じゃから、一つ。そんなお主に聞いてほしい頼みがある」


「な、なんだよ」


「ちょっと、眠っておいてくれぬか」


 ……は? と。

 ごくあっさり。まるで、天気の話しでもするように謎の言葉を口にした少女に、僕が呆然としたとき。腕のところに、チクッと皮膚を刺す痛みを感じてしまった。

 

 ぐっと、押し込まれる。

 それは小さい。魔物の針らしい〝何か〟だった。小さいが毒が仕込まれているらしい。じわりと血の温もりの中に異物感が混じり、それから、


「――気の毒じゃが。頼んだ。〝睡眠〟の毒じゃ。しばらく動けぬ」


 意識がぼやけてきた。

 酒場のざわめきが遠くになり、僕の眼が重たくなっていく。


 逆らえない重さが体を襲い、ふらついた。


 暗くなっていく。

 意識が。朦朧としてきた。


 僕は。酒場の冒険者たちの賑わいを聞きつつ。

 自然と倒れるように、かくんと倒れ。深いまどろみの中に落ちていた。



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