04 魔物の換金
「……はい、『依頼状斡旋所』でございます。入口では学生証を提示くださ――あら? 〝クレイト・シュタイナー〟さま……ですか?」
その冒険が終わったのち。
島の『依頼状斡旋所』へと顔を出した僕らに、出迎えてくれた受付の少女が、ふと息を止めた顔になる。それから周囲の冒険者たちにも、波が広がったようにざわめきが広がり、視線がこちらを向いた。
『……おい。あれは』
『ああ。噂の、Eランク冒険者の〝クレイト〟――か』
そんな言葉とともに、僕らを見ていた。
僕らは気まずくなって、その場をとりあえず歩く。
ミスズが僕の後で「はうぅ……」と心細そうにして、ハの字眉毛を寄せているが。不安なのは分かるが、何も悪いことをしていないので、堂々と歩いていい。
その原因は―――先日の〝昇格試験〟。
推奨レベル、50以上と言われる〝女王蜘蛛〟を討伐してしまったことによる、噂話がそうである。どの冒険者も、僕という〝新しい出世株〟を見つめて、ジロジロと観察するような視線を向けている。果たして将来の有望株なのか、はたまた食わせ物なのか――。今は、様子見といったところだろう。
『―――聞いたか。〝レベル1〟から、成長しない聖剣を持っているらしい』
『へえ、珍しいな。……そんなもので、よく戦ってこられたな』
酒場で、賭け事に興じるような声である。
まあ、もともと〝Fランク〟の最底辺であったわけだし。
その冒険が、どこまで続くか――というのは、《剣島都市》の同じくらいの〝ランク〟にある冒険者たちにとって、興味深い内容なのだろう。
そして、『依頼状斡旋所』の中央フロアまで進んだ僕らを、受付嬢たちの中から、書類を抱きかかえるようにして仕事をしていたオリヴァが出迎える。
「――おや。珍しいですね、クレイト様」
「よう。オリヴァ」
そして、気さくに声をかける。
僕らは『友達』の顔をして、手を上げた。
受付精霊の名前はオリヴァ、という。
相変わらず『ジト』とした瞳と、無感情な佇まい。
緑色のセミロングの髪と、真面目かつ、静かな立ち姿。
彼女には《剣島都市》の『諸事務』のための知識が山ほど詰まっており、まだ成熟した精霊ではないが、頼もしさは一人前である。―――いずれ、将来的に『依頼状斡旋所』での出世をしたい、と目指しており、そのために日々勉強して知識を磨いてきたらしい。
冒険で困ったときや、《剣島都市》の〝規則〟で分からないことがあったら、とりあえずこの少女に相談しておけば間違いない。それだけの信頼を、僕はこの専属受付のオリヴァに向けていた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「ああ。ちょっと今日も冒険に出ていてな。その帰りに立ち寄ったんだよ。できれば、依頼状斡旋所で『魔物の換金』について頼みたいんだけど」
「慎んで、お受けします。見せてください」
僕が受付で言うと、カウンター越しに精霊オリヴァは快く応じてくれた。
僕は用意していた包みから『魔物の頭部』を取り出した。
「――〝推奨レベル20〟相当の、髙谷の小竜……ですね。とても大きいです。よく、こんなサイズを討伐してきたものです」
僕らが提示したその冒険の産物に、『おおっ』とフロアはどよめきに包まれた。
―――荒れ地の魔物・〝髙谷の小竜〟。
様子を窺っていた冒険者たちが、思わず驚愕したとおり、その魔物は異形の姿をしていた。
怪鳥らしくひょろ長い胴体に、赤色のとげとげしい翼。――これは、聖剣の刃をある程度弾く効果がある。
そして、『小竜』というように、トカゲの顔を持っている強力な魔物である。その外見は厳つく、初心者冒険者ならば、まず間違いなく出会ったら逃げるだろう。
何よりも、厄介なのが……
「爪に。毒が仕込まれていて、かすり傷でも痺れて動けなくなる。…………ご存じですよね? クレイト様」
「まあな。だから、慎重に戦ったよ。かすり傷一つでも、アウトだから」
僕は手を広げた。
このレベル帯になると、もう魔物のレベルは一筋縄では討伐できなくなっている。
純粋に〝レベル〟だけではなく、魔物も『毒持ち』や『麻痺持ち』と呼ばれる状態異常系の敵が増えてきて、多くの冒険者を『戦闘不能』に陥れる。それは、もともと魔物たちの縄張り争い、自然の弱肉強食が生み出したものだ。
僕らが相手にした〝髙谷の小竜〟もその一種。繁殖期になると、険しい山に現れて、通り抜ける旅人や冒険者たちを襲う。
だから、初心者は、出会っただけで逃げ出したほうがいい魔物なのだ。
「よく倒せましたね?」
「まあ、トドメまで持っていくのに苦労したけど。僕らの聖剣もだいぶ使い勝手が分かるようになってきたし、『魔物との戦闘中』だけ、レベルが上がるんだよ。こう、ぐっと一気に」
「…………ふーーむ」
その間も、オリヴァは観察している。
魔物のドロップ部位というのは、〝高価な素材〟になる可能性が高い。
だから冒険者たちが持ち込んできた『魔物』に対して、討伐報酬を支払うのが《剣島都市》の一般的なしきたりになっていた。
この島では聖剣の《ステータス》も重要なのだが、こうした『金稼ぎ』も重要だった。冒険者たちへの〝成功報酬〟として支払う手続きは、『依頼状斡旋所』が請け負っている。もちろん、《依頼》とは別に。
つまり、目の前のオリヴァのような受付嬢たちが決済し、裁くのである。
「―――お見事です。クレイトさま。〝レベル1〟の冒険者のわりには、とても大きな成果です」
「……一言、余計なんだよ」
「コホン。では、魔物〝髙谷の小竜〟を討伐した報酬として、王国通貨4000センズか、その他の報酬をお選びください。物品支給では《緑ポーション》三本、鉱石は『明かりの魔石』二つ。そして、装備はウロコの手袋を選択していただけます」
「うーーーむ。迷うな……」
僕とミスズは考え、眺める。
カウンターの向こう側には、酒場のように色とりどりの瓶や、アイテムが並んでいた。ミスズが『わあぁ』と目を輝かせ、両手を胸の前で握るほどに豪華絢爛な品揃えである。とても初心者だった頃には手が出せなかった逸品で、今も僕らの周囲の冒険者たちからは、羨ましがられる。
それらの《道具》は――この島の限定品。
島でしか手に入らない、特別な魔物の素材が使われた『アイテム』が並べられており、そのどれもが島の外では高値で取引されるようなものであった。
どれも、魔物からのドロップ品。
魔物の血肉を素材として、『依頼状斡旋所』が管理し、道具を生み出しているこの島の技術である。外で手に入るアイテムとは、わけが違う。
「――あの〝剣〟は?」
「魔物討伐の際に、一度だけ〝麻痺〟にする『月の短剣』です。……まあ、その高価は実際にご自身の小指でも斬りつけてみると確認できると思いますよ。……三日三晩、動けなくなると思いますが」
「じゃあ、あっちの緑色の瓶は?」
「魔物の特殊な体液を、一時的に『無効化』する瓶です。――例えば、スライムからの液状攻撃とか、蛇型の魔物が飛び散らせる、強力な毒などを、弾きます」
「……ふーむ。使い道によって変わるなぁ」
――ドロップを受け取ったり。
――ポーションを受け取ったり。
それが、この『依頼状斡旋所』における、凱旋した冒険者の権利かもしれない。こうして成功報酬を見つめて、よりどりみどり、次の冒険に対する思いを描くだけで幸せな時間が過ぎてしまう。
「頑張れば、もっといい報酬アイテム―――ほら、例えばあの棚の上に飾られている、《転移の結晶石》なんかももらえますよ。竜の胆嚢を使った、特別なアイテムです。等級は、『Aランク』相当でしょうか」
「……? なんだよ、それ」
「《転移》ができます」
「……は、はあああああ!? なんだよそれ、そんなことできちゃうの!? 一流冒険者って!?」
なんちゅー、ぶっ壊れ性能だ!
あっさり言うオリヴァに、僕が驚きのあまり、手をわななかせて大声を上げる。
周囲の冒険者たちも同じだった。目を見開き、『おい……』『マジかよ』と隣の連れと会話をしている。
「ただし、効果は《その迷宮内部だけ》とか、条件がつきますが。結晶の欠片の大きさによって、飛距離は変わるそうです。それでも、強力な道具であることに変わりありませんが」
「細かく砕いたりして、飛距離を調節する……って、感じなのか。なるほど。まあ、ボス級の魔物との戦闘とかで、無条件に〝逃げられる〟ってだけでも、だいぶ強いよな」
僕は思い浮かべる。
素早い〝獣系〟のボスに襲いかかられている自分を想像し、その『聖剣』を使う片手間で、『道具』を使ったら――。あっという間に別の場所へと移動し、その洞窟などから逃げ延びることができる。考えてみたら、圧倒的なアドバンテージだ。
「……ちなみに、おいくら?」
「王国硬貨、100万センズです」
「…………家、買えちゃうね」
僕とミスズは、顔を合わせる。
寮生活しなくてもいいじゃないか、そんな冒険者。いまだに数千センズの生活費を稼ぐことがやっとの『Eランク』の冒険者になったばかりの僕らにとって、夢のまた夢、の話しだった。
「ちなみに、〝品物交換〟になる魔物は、どんなレベルなんだ?」
「〝王の液状魔〟とか、〝極彩魔鳥〟とかですよ。ランクは『A』。主に、伝承で一国を滅ぼしたり、街を滅ぼしたりしたことのある魔物の子孫。札付きのワルですね」
「…………無理だろ、そんなの」
誰だ、『もうちょっと頑張ったら手に入る』だなんて言った奴は。
僕らにはとても手が届きそうにない。少なくとも、『Aランク』以上の冒険者か、そうじゃなくとも『Bランク』の冒険者たちが数名、徒党を組んで挑戦しないとダメなレベルだった。
「それで、どうします? クレイト様。今回の報酬は、『物品』にしますか? それとも『硬貨』にしますか?」
「え。ええと」
まずい。立ち話をしすぎたかもしれない。
気がつくと僕らの周囲の受付カウンターも混み始め、僕とミスズは慌てて見回す。今回は、とりあえず王国通貨4000センズを受け取ることにした。
明らかに他の物品支給のアイテムのほうが値が張るし、お得なのも分かっていたが……。しかし、今の僕らには現金だ。
ようやく〝Eランク〟に到達したばかりの僕らにとって、冒険者としての蓄えがないことが致命的だった。だから、今は貧乏性と呼ばれようとも、ケチって道具をワンランク下のものにして、冒険を繋いでいくしかない。
……いつか、立派な道具をフル活用すればいいのだ。
だから、今は我慢して、〝硬貨〟を受け取っておくことにする。
「――では、どうぞ。魔物〝髙谷の小竜〟の頭部と引き替えに、成功報酬。5000センズです」
「どうも。――って、なんか重くないか!?」
どんっと。
大きな魔物の首と引き替えに、さらにずっしりとした重みのある硬貨袋を受け取った僕は目を丸くする。受け皿とともに置かれたそれは、明らかに僕が聞いていた報酬よりも多い。
「実は、〝髙谷の小竜〟の値が上がっていたんですよ」
「?? そうなのか?」
「ええ。〝髙谷の小竜〟が周辺諸国の村々を荒らし、魔物の生態系も変えたらしいので。いつもの通り、サルヴァスの運営局からのお達しで〝取引額〟が変わり、成功報酬に〝色〟をつけることになったのです」
……単純に、運がよかったのか。
それとも、そんな魔物が狂暴化した時期に、居合わせてしまうことが冒険者として不運なのかは、とりあえず置いておいて。
オリヴァは渡してくる袋は、ずっしりと重かった。袋の中身は、5000センズと少しはありそうだった。
そんな僕らと、カウンターの向こうの会話。もう『依頼状斡旋所』での取引は終わり、帰るばかりになった。
オリヴァに挨拶して、僕らが踵を返そうとすると、
「――わ、わあああ……。なんて成果なんだ……!」
「へ?」
そんなカウンターに手をつき。
ぶら下がりながら。もふもふの毛並み。ちびっこい獣人の冒険者(?)が、いつの間にか僕らのいるカウンターの下から覗いていた。僕もミスズも、そしてオリヴァも、気づかなかった。
その獣人は、小さな男の子だった。
……こんな種族を、なんて言ったっけ。僕は考える。
確か大陸に古くからいる、草原の亜人種で――小型獣人族とかいった気がする。成人でも五体がそんなに伸びず、金色の犬のような毛並みをしているのだとか。体は小ぶりでも、きちんと冒険者の服を着ている。
獣人の少年の目には、キラキラと羨望の眼差しが浮かんでいた。
「もしかして、クレイト・シュタイナーさんですか……!? 昇格試験で大活躍したっていう、巷で評判の!」
「……え。」
「その腕一本で! ぶっちぎって《鎧蜘蛛》を討伐し、そして笑みを浮かべながら〝二百討伐〟の魔物たちをなで切りにしたんですよね!? わあっ、会えて光栄であります!」
「……。いや」
なんか、色々と脚色されていないか??
呆然としてしまった僕に、その獣人の子供は話を聞かずに。パンみたいな柔らかそうな手を握りしめて、キラキラと羨望の眼差しを下から向けていた。『お願いがあります』と叫ぶ。
尻尾を振るその顔は、嬉しそうである。
「ボクを――。このボクを! どうかお弟子にしてくださいっ! この〝ロドカル〟、一生のお願いであります!」
ばん、と。
僕が返事するのを確認せずに、その獣人は五体着地した。
一生懸命頭を地面にこすりつける剣士は、金色のクシャクシャの髪を揺らしてそう叫ぶのであった。『依頼状斡旋所』中に響き、あらゆる受付や、オリヴァも目を丸くし。そしてミスズも僕の後ろで固まっていた。
……。
………………。
……………………。
「……へ?」
もう一度、僕は口にした。




