03 学院の円庭
しかし、心が快晴のまま『自首』した僕の身がタダですむわけではなく、精霊を同伴した上に、雷のように降りそそぐ叱責によって『ぐう』の根も出ないほど凹まされた。
もう、気分は十年に一度の雷豪雨である。
草花が『もうダメ! もうこれ以上地面にめりこめないの! 助けて!』と叫んでいても、ぐりぐりと降りそそぐ大豪雨によって頭を土にめり込ませていく―――そんな怒られ方を僕らはした。原因は、翌日まで〝無断〟で持ち越したことである。
「……うう。昨日は、大変な目にあいました」
「まあ、予想はついていたけど。こっぴどく怒られたなぁ」
とぼとぼと、大通りを進む冒険者たち。
僕らはサルヴァスの大通りを歩いていた。
景色には物売りの露店が集まっていて、周辺王国の各地から運ばれてくる珍しい『道具』たちを売っていた。冒険者が《剣島都市》に帰還するとき、真っ先に歩き、多くの金を落とす場所なだけに、活気と熱が渦巻いている。
そんな中を、二人の主従が歩く。
先日の『宿題騒動』から一段落。教師には『提出期限の無断延長』で凹むまで怒られ。……正直なところ。まだ、完全には復活できていないが。僕らはそれでも『冒険』を終えた足で街を歩く。
「ミスズ、何か買いたいものとかあったか?」
「ううん、と。……特には。生活用品のお掃除道具とか、食べ物も買いましたし。ミルクと卵も、とうぶんは買い込んでいますから、平気だと思いますし」
「……寮母さん、たまにやってきて、食い荒らしていくんだよな」
僕は思い出しながら、がっくりと肩を落とす。
ほんとに、自然災害のような人だ。嵐か何かだろうか。
最近は、僕の冒険も落ち着いていて、寮母さんから『修行』をしてもらうことも多くなっていた。だから、強さを磨いてもらうことには感謝しているが……。
「最近、入り浸りすぎじゃないか? あの人」
「そ、そうですね。……深夜に入ってきて、お腹が空いたって騒ぐこともありますし。ミスズ、たまに起きたら、寮母様に隣で抱っこされていて驚くことがあります」
「……ホント、自由だな」
傍若無人というか。
でも、そう言ってしまうには、憎みきれないところがあるんだよな……。
一応、僕らの冒険についても、気にかけてくれているし。
僕は思った。
《剣島都市》―――この街の暮らしも、もう、ずいぶんと慣れてきたな。
『あれ』から、しばらくの歳月が経っていた。
あれ――というのは、先日の《鎧蜘蛛》の討伐からだ。僕らの日常は相変わらず〝冒険〟を中心に回っていて、僕らはサルヴァスの学院で勉学に励んだり、いろいろなことが充実するようになった。
何よりも、〝ランクE〟へと昇格したことが、大きい。
月日が経った、というのか。
今では島の中央に見える、神樹の下の学院―――その象牙の塔のような巨大な造詣の『学舎』にも、すっかり見慣れてきたように思う。
まるで、最初からこの島に生まれていたように。
島の中央からくぼみのある大通り。網目状に走る、大通りの近道なども覚えるようになってきた。学内へと続く露店の並びや、それらを総合した通りの名前・《円形・学院庭》の構造も理解するようになってきた。
島の中央は――いわゆる、学生特区と呼ばれる。
神樹に授かった、『聖剣』持ちしか立ち入れない区画があり、僕らはそこから、七階層の〝各ランク〟ごとにフロアの別れた学院に入り、勉強をする。
冒険を学び、剣術を覚え――。
そして、童話書の中の魔法学校のように。
設備の整った《剣島都市》の大通りから、島の外へと向けて冒険をするのである。僕らの暮らしは、『授業』と『冒険』のサイクルで出来上がっていた。
「マスター。〝ランクE〟の出席日数は、大丈夫なのでしょうか? 先日、一緒に出席していたメメア様が心配されてましたが」
「……まあ、今のところ、全部出席しているからね。大丈夫さ」
僕は、冒険者の革装備の腕を広げてみせる。
『勉学のレベル』と、『出席日数』で、ランクの単位が決まる。
下手なことはできない。
ある冒険学の教師が言っていたが、〝自由と、好き勝手は違う!〟とのことなのだ。自由だからって、何でもしていいわけではない。
……そこには、きちんと、守るべき〝ルール〟があり。それが外の世界で言う〝校則〟であったりする。《剣島都市》では、聖剣を授かった冒険者なのだから、責任は重い。より強い覚悟と規律が求められる。
《剣島都市》の〝巨大な塔〟から下ってくると、その坂の向こうには《円形・学院庭》の構造の下の方。〝土トカゲの干物〟がぶら下がったり、〝冒険に使う薬品〟〝液体の材料〟などが売っている、店の軒先がある。
その坂道の通りを、僕とミスズは歩いていた。
――目指す〝場所〟が、その先にあるからだ。
「……あの先日の蜘蛛討伐から、ずいぶん経ちましたね」
「まぁ、ね。けっこう騒ぎになったみたいだけど」
僕らは、会話を交していた。
あの時の冒険は。一つの伝説になっていた。
僕らは―――追い込まれて、覚悟をしながら『昇格試験』の中で、〝百討伐〟に挑んだ。実際にあの試験に挑んだ生徒のうち、無事に昇格できた生徒ははるかに少ない。当初予想されていた〝犠牲〟よりも、多くの脱落者を出した。
その原因は、ある生徒の横暴と、そして――〝女王蜘蛛〟の存在。
あの試験の奥地には、〝Dランク以上〟が推奨の、巨大なエリア・ボスが存在していた。僕らはおろか、村人ですらその存在を知らなかった。そして、大混戦に陥った。
そこで、失ったものも多かったが……。
代わりに、得たものも、多かった。
僕は新たな冒険者としての道である――〝レベル1〟のスキル。《限界突破》という能力の使い道を得たわけだし。今も冒険者プレートをのぞき込むと、その《特殊技能》の文字が躍っている。
一緒に冒険していたメメアも、《聖剣図書》という珍しい武器の力を得て、覚醒させていた。そこから生み出される《雷炎の閃光》――という呪文は、その後の冒険を大きく助けてくれているらしい。
先日も、授業の席で会って、『―――絶賛、つぎの呪文を研究中よっ』と得意げに指を立てていた。〝Eランク〟屈指の実力を誇るようになったメメアに、他の生徒たちも遠慮して、席を譲っていた。
「……ミスズも。さらに成長した力で、《魔物》さんたちを蹴散らしたいです! ミスズも精霊魔法の力に目覚めたいです!」
「う、うーーん。ミスズが、かぁ?」
そう言って、熱心に瞳を輝かせるミスズであったが。
……残念ながら、僕は首をかしげてやることしかできなかった。
うーん。精霊が使う、契約の力。ねぇ。
そこまで簡単じゃないと思う。メメアの力を見て、憧れる気持ちを持ったのは分からなくもないが。精霊が何か力を使うって、やっぱり上級生たちの精霊のような〝属性契約〟を、行使する感じになるのだろうか。
……主に、〝補助の力〟が多いように感じたが。
――着地のダメージを減らす〝水の防護膜〟だったり。
――聖剣に属性を追加する、〝炎の剣の契約〟だったり。など。
「……ミスズって、なにか得意分野の『力』の属性ってあったっけ? 〝炎〟? それとも〝水〟?」
「……! げ、元気だけが、取り柄ですっ!」
「残念だけど、そんな力はない」
精霊行使、属性行使。――ともいうが。
ミスズがその契約の力を目覚めて、属性の力を使いこなすのは……もっと先になるかもしれない。そもそも、《Cランク》相当の精霊しか使えなかったような。(……隣人の上級生・ガフの精霊は、確か『風』の契約をしているんだっけ)
――契約をするのにも、なんだか、試練が必要らしいし。
そう考えると、ずっと先の話だ。
「でも、僕らの冒険の行き着く先。―――将来が、見えてきたよな」
「はいっ」
僕が言うと、ミスズは嬉しそうに跳ねた。
少し前まで、《始まりの平原》で弱小の魔物ばかりを相手にしていたのだ。そう考えると、ずいぶんと暮らしぶりも変わってきたように思う。
着実に、冒険を積み上げていくだけだし。
―――僕らは、長い時間を使って、強くなっていけばいい。
目指すは、サルヴァスの頂点。〝Aランク〟冒険者たちへの、仲間入りだ。
…………そして、きっと。その先も。
「うおおお――っ。燃えてきた。頑張るぞ!!」
「はいっ。マスター!」
そして、僕らは歩く。
冒険者たちが《剣島都市》へと帰ってきたとき、真っ先に立ち寄る施設がある。そこは島での経済を管理し、冒険者たちへとサービスを提供する。
目指すは、島の中央。
―――『依頼状斡旋所』という、巨大な施設だ。




