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03 精霊決意す


 その魔物は、緑色の苔が体に生えているようだった。


 動かないからだ。その魔物は、一度獲物を捕食して、『眠り』の時期に入ると――しばらく起きることがない。体を洗わないし、そういった習性などない。魔牛のように大きな四足歩行の体は、狼のような頭から、尻尾の先まで――岩肌のような堅牢な皮膚に覆われていた。〝物理攻撃〟が通らない。


 現地に向かうと、その女の子が追い詰められていた。


「――くっ、」

「グルルルルルルルル――」


 女の子が瞳を歪ませ、武器を構えている。

 手にしているのは《短剣チョーパー》、手元からくいっと湾曲して、さらに刃の上の方へと真っ直ぐに伸びている短い剣である。癖があるが、古代から使われている武器で、特に女性に扱いやすいことと、繊細な美しさから愛用者は多い。


 しかし、それだけだ。親の遺したものなのか、少女の手には少し大きすぎるくらいの短剣だった。しかも――それは別に《聖剣》ではない。ただの、鉄の刃物だ。



(……マズい……)


 駆けつけたアイビーは、真っ先に女の子に近づくことを優先させた。

 だが、その猶予はない。


 魔物はその大きな手の拳を振り上げると、先端に揃った四本の爪を振り下ろしてくる。鋭利な爪だ。おそらく、あの一撃だけで子供など易々と引き裂く。


 速さもある、逃れられない。女の子は叫びながら反撃した。


「――か、家族のため……っ、たった一人の肉親を守るために戦う。……必ず、あなたを振り切って、その先の弟を見つけてみせる」


 癖のついた髪を揺らして、切り込む。


 しかし、大きな魔物には悪手だった。

 普通―――《聖剣使い》と呼ばれる冒険者たちは、己の持つ武器の〝長所〟を理解して、魔物と戦う。例えばこの大柄な魔物を相手にする場合は、〝オウル・パイク〟や〝長柄クーゼ・グレイヴ〟などを振り回して時間を稼ぎ、秒間のダメージを叩き出す、というやり方が主流だった。


 短剣で――決して、最初から挑む冒険者などいない。


「――きゃっ」


 案の定、魔物の一撃によって弾かれる。

 爪の斬撃が飛んでこなかったことが軌跡だ。一撃。魔物は猛然といきり立ち、後ろ足に力を込めて砂を蹴る。突撃が始まった。魔物―――《ラガー・ドラム》は、その最大の武器が〝角〟であった。


 ねじくれたその角に突かれたら即死、かすめただけで、骨がバラバラになる。内蔵を潰されないためには、その猛撃はなんとしてでも回避しなければならなかった。突撃を前に少女が瞳を恐怖で凍らせていると、


「―――っ、何やっているんですか!?」


 庇って。

 アイビーは瞬時に飛び込んで転がることで、なんとか一撃は回避する。


 ――もともと、精霊だ。

 魔物の動きがどう変化し、どんな軌道で襲ってくるかの《パターン》は知っている。危険も熟知していた。だが、そんな冒険になれていない少女は、目を見開いて、


「あ、あなたは……!? クマ……あの時の魔物さん!?」

「―――どっちも不正解だっ! さっき言い直そうとしていましたよね!? 間違いですけども! どっちも不正解ですけども! ええ」


 転がった後に起き上がりながら、そんな会話をする。


「誰が魔物だ。魔物は人を襲う――あっちみたいなヤツだ」

「グルルルルルル―――」


「……っ、と。こうしちゃいられない。〝主敵メイン〟の森の魔物が、あそこまで怒り猛っていますからね」


 まず、赤い目をした魔物へと視線を注ぐ。

 ――『目を離すな』。それが、冒険の基本。


 自分に戦闘力などない。それは、精霊であるアイビーが一番分かっている。勝てない勝負の場に躍り出た。――いつ死んでも、おかしくない。


 アイビーは身構えつつ、


「ほら。弟さんです」

「……! エド! だ、大丈夫だった!?」


「…………エドっていうんですね。その子。肝は据わっていますよ、赤ん坊なのに。こんな《魔物》を前にしたって――泣いたりはしない」


 アイビーは《冒険者》のように身構えつつ、静かに告げる。


 赤子は、姉の腕の中に入りながらも、まだ『マスコット』にしか見えないこちらの顔に手を伸ばしている。微笑んでいた。「ばあ!」というその顔には、信頼があった。 


 アイビーは、冒険のカバンを前に向かって装備し直して、


「――いいですね。これから、どんな困難があっても……決して『家族』を手放さないように。それが約束です」

「……? え、うん。それは、分かったけど」


「村まで全力で逃げてください。時間は――わずかなら、僕が稼ぎます」

「…………あなた、クマさんでしょう……?」


「魔物退治は―――」


 アイビーは拳を前に向け、戦闘態勢をとることで――魔物の《注意》を自分に引きつける。突撃が来た。

 その猛然と襲いくる《ラガー・ドラム》の角を前にしながら、


「――――魔物退治は、冒険者に、任せるべきです!!」


 そう言って。飛翔した。

 横殴りに〝拳〟をぶつける。もちろん、そこに何の威力もない。風圧がそよいだだけの、たった〝わずか〟のダメージも稼げない。

 ――しかし、そこに握られていた〝液薬〟が炸裂した。


 道具屋から、出発前に買った―――〝黄色い素材の瓶〟。砕けて、中身が飛び散る。強烈な臭気を放った。


「……な、なに……? それ」

「これは、ある樹木がつける、強力な『酸の花』の液体です。――本来は、回復薬に少量混ぜることによって、〝麻痺〟への耐性をあげるのですが――」


 魔物を、見る。

 それを食らった魔物は、鼻をもがれたように、のたうち回る。臭気も凄まじかったが、その中にある粘液は〝酸性〟のものだ。―――つまり、有毒で、魔物の皮膚すら溶かす。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッッ!!」


 瓶、二本。

 しかし、たっぷりご馳走したのにもかかわらず、魔物はいきり立って向かってくる。《突撃》を再開した。今度は止まらない。


 もともと――魔物ラガー・ドラムは、皮膚が硬く、強靱な魔物として知られていた。冒険者のレベルの低い聖剣すらはじき飛ばす。だから、本来は劇毒とされる粘液――黄色いガラスの瓶でも、さほど効果は発揮しないのだ。

 さしずめ、《痛い》という、だけだろう。


「逃げます」


 アイビーは、無理はしない《冒険者》だ。


 もともと、他人をさほど信じていないし、自分の実力すらもそれほど信じていない。――《あり得ない》。――《できない》。――《できっこない》。の三拍子。これが、今のアイビーを包む原理。だから、最初から《ラガー・ドラム》に勝てるなんて、思っていない。


 冒険の過信は、〝思い上がり〟からくる。

 だからアイビーは油断しない。逃げに徹する。最初に〝黄色い瓶〟をぶちまけたのだって、魔物の鋭い嗅覚を誤魔化すためだ。……あとは、足音さえ追えなくなれば、魔物は振り切ることができる。

 だが、


「――まあ、そんなに簡単じゃないですけどね!!!」

「魔物さん、すごく怒ってるよ」


 じゅわ。滴る粘液。それは、森の草花を枯らして、アイビーたち『一行』を猛烈に追撃してきていた。

 酸のかかった角は、ある意味では脅威が増したと言えなくもない。魔物だから平気なのに、人間が食らったら、その肌を溶かしてしまう。


 だが……。アイビーは、そこも考えていた。


「――かの有名な、道具聖のキーズー老人ほどじゃありませんが」


 もちろん、かの教師が〝昇格試験の監督官〟をして《王家の森庭》へとはるばる出張してきている―――というのは、昇格試験の初日の朝、生徒たちを集めての挨拶に集まらなかったアイビーには分からない話だが。

 しかし、今回は、その老人の戦い方の〝戦術〟をまねていた。


 設置型の爆弾。

 森の各所に―――《ラガー・ドラム》が通りかかると炸裂する〝設置罠トラップ〟を量産していた。ある瓶は蔦の下にぶら下がっていて、顔を狙い。――また、ある瓶は、草むらの影に隠していて、踏むと黄色い粘液をまき散らしながら、炸裂した。


「――ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッッッ!」


 それは。まさに、魔物からしたら地獄絵図だろう。

 追ってくる魔物の行動まで、アイビーは考えていた。逃げ道を考えるのは得意だった。そして、その黄色い瓶――(なけなしの王国硬貨を使って、全て道具屋から買い占めてきた液薬)――それが、すべて魔物へと攻撃として刺さったとき。


 変化が起こった。


「す。すごい……」


 呆然と、少女は目を丸くする。

 あれだけ猛威をふるった魔物ラガー・ドラムは――両足を潰され、のたうち回りながら〝酸の粘液〟に苦しんでいた。まだ、皮膚を貫くには到らなかったが……もう、追撃は不可能だ。



「……もともと、金があれば、こんな冒険もできたんですけどね。うちの〝マスター〟、甲斐性がないですから……」

「え。え……? クマさんって、もしかして」


「ええ。―――僕は、《剣島都市サルヴァス》の精霊です」


 さすがに、その響きだけは聞いたことがあるのか。

 まるで、英雄でも出現したように、その少女は驚きの目をしていた。


「…………行きましょう。これ以上やるには、魔物を斬るための聖剣がいる。ですが、もう十分です。この魔物さんにも悪いことをしましたし。やがて、森の奥に戻れば、この《ラガー・ドラム》の堅牢な皮膚なら、再生しますよ」


「……撃退、しちゃった……」



 《冒険者》と。

 そういうものを、意識して、女の子は精霊を見るのであった。




 ***



「――道で迷っていたら、クマさんがいて。それが《冒険者》の精霊でもあって。それで、わたしの家族のエドを助けてくれて。それで、それで、《魔物》も追い返しちゃって――って言っても、誰も信じてくれないかなぁ?」


「まぁ、そうですね」


 たまたま、今回の冒険が上手くいっただけ、という自覚もある。

 そんな精霊は、今はようやく冒険者たちが合流し始めた〝レノヴァ村〟の風車の並ぶ景色の中で、女の子と会話をしていた。


 路地の裏は、あまり光が差さず。

 そして、その先にある一軒家こそが、彼女たちが今日から『新しくお世話になる』という親戚の老婆の家であるそうだ。外から見ると、優しそうな人が、今から来る新しい家族のために花を生けている。


(――っと、そんな日に、冒険者たちの〝昇格〟の試練があるんですから、皮肉というか、なんとも妙な繋がり方をしたもんですよね)


 アイビーはそう息をつく。


「あの、精霊さん。……本当に、うちに来ないの……?」

「ええ」


 女の子が不安そうな顔で問いかけると、精霊は強く頷いた。

 家に立ち寄らないか、と誘われていたのだ。お礼に一宿一飯は受けることができるらしい。彼女の保護者となった老婆も、感謝の意を伝えてくるだろう。

 ――しかし、


「もともと、僕がこの村に立ち寄ったのも偶然。『外の周辺諸国』にまで、向かう道中でのことでしたし――。魔物を撃退したのだって、幸運だっただけです。それに、僕の目的から、この村とは早くお別れしておかなくちゃいけませんからね。《ある人》が来てしまいます」

「そ、そうなんだ……」


 それから、少し間を置いた少女は。

 やがて意を決したように、背中にしょった赤子を揺らして、


「あ、あのね、精霊さん」

「?」


「もし……あの。良かったら。一緒に暮らさない?」


 勇気を振り絞った顔で、そう問いかけてきた。

 精霊と。冒険者の仲間から、はぐれた精霊を、家に迎えたいという。


「わ、私たち、きっと仲良くなると思うし……。その、弟だって、喜ぶと思うの。精霊さんなんて、《剣島都市サルヴァス》――あの有名な、冒険の島の中だけの存在だって思っていたけど。でも、珍しくても、一緒に――」


「お嬢さん」


 アイビーは、そう言って首を振る。


 気持ちは分かった。言わんとすることも。

 この冒険で、少なからず仲間意識が芽生えてしまったのも事実だ。自分が珍しく体を張ってしまったのも、魔物相手に向かっていったのも、ある意味、そんな『らしくない』感情の動きがあったからかもしれない。


 できれば、一緒にいたらいいだろう。そうも思う。

 しかし――。


「――僕には、《主人マスター》がいます」

「……っ、」


 どこまでも、頼りなくて。

 でも、自分に、両手をついて声をかけてきた主人が。家出はしていた。だが、それでも、今でも『聖剣』では繋がっていると思うのだ。


 冒険をしていて。ふと、この少女の寂しそうな、とてもよく似た顔が浮かぶ。過ぎ去ったある日の、その〝契約の初日〟の光景が浮かぶ。



 白昼夢のようだった。


 ふと、懐かしさが胸によぎる。切なさも。

 かつて、サルヴァスで上級冒険者を目指そうと契約した冒険者がいた。


 初めて契約したときの瞳。

 親しく話しかける声は―――どこか優しくて。



『――あなたが、私の契約精霊ね。アイビー』



 膝を突いて、友達が一人もいないと話した少女は、一冊の《聖剣図書》を抱えていた。それがアイビーたちの絆であり、契約の聖剣でもあった。

 白い可愛らしい上着に身を包み、膝を出し。スカートを揺らせて、その桃色の髪の少女は、アイビーに微笑みかけてきた。


 まるで、その日に出会えたことが。人生で、最も幸せであったかのように。




『一緒に、いっぱい冒険しましょう。一緒に、たくさん、たくさんの思い出を作りましょうね。ううん、心配しないで。私がいつか、きっと上級冒険者になってあげるんだから』



 そして。

 その夢は叶わなかった。叶わなかったが―――その神樹の炎の輝きの中で、差し出してきた白い手を覚えていた。握りしめた、少女の手の柔らかい感覚。


 丸っこい手の精霊とは不釣り合いで、どこまでも珍妙な組み合わせだったが――。それでも、あの日の光景は、いつまでも色あせない景色として胸にある。



「…………うそつきめ」

「……精霊さん。どうしたの?」


「いえ」


 首を振る。

 王国の商人になると旅に出ておいて、なだか情けない回想に耽ってしまった。冒険のリュックを背負い直す。


「でも、精霊さん、冒険者さんのところから『家出』したんでしょう? これから、どうするの? とても寂しそうだけど」

「……商人になりますよ。予定通り。王国に出て……もう、《冒険》とはオサラバです」


 だが、その言葉は、いまいち歯切れが良くない。

 森に入ったときとは、違っていた。そのことは少女だって気づいているはずだった。二人で路地の空を見上げていると、




 『――おーい、メメア。そんな〝精霊〟なんて、本当にいるのかぁ?』


 『う、うん。たぶんいる! 間違いないの!』



 やけに聞き覚えのある声と、表通りの陽光の中を歩く《冒険者》たちが見えた。


 片方は、どこにでもいそうな平凡な《王国の剣》の形を腰に帯びた、中級者以下の服装をした冒険者の少年だった。金色の髪の精霊を連れている。小柄で肩のところで髪を一つ結びにしており、トコトコと契約主マスターについていっている。


 そして、それらの一行の先陣を切るのは、フリルのついたスカート、その上に冒険者の服装という〝上品そうな〟佇まいをした、赤い本を握りしめる少女―――



「…………ど、どうしたの? 精霊さん?」

「…………う」


 ぴたりと、その瞬間に民家の壁に張り付いて、表通りの景色をやり過ごした〝精霊〟に、赤子を背負った少女が不思議そうに問いかける。


 思わず壁に背中をくっつけていた。隠れた。とっさの出来事だった。自分では制御できなかった。冷や汗が出る。



「――と、ともかく! 僕は王国の商人になるんです! だから、誰かを助ける《冒険》なんてもうコリゴリだ。これが最後だ。ですから、もうお別れなんですからね! もう冒険なんか二度としてやるもんか!」

「…………う、うん。そうなんだ。精霊さん」


「では。僕はもう行きます。――村を出る前に、隠れなくちゃならないな」

「はい。精霊さん、ありがとうございました」



 少女がそう言って、頭を下げる。

 下げながら、ふとその口元がほんのりはにかむように、笑っている気がした。精霊が『なんです?』とぶっきらぼうに問いかけると、少女は首を振って、



「ううん。だけど……冒険者になりたい――って、実は少し思っちゃったの。わたし」

「……?」


「『精霊さん』を見ていたら、かな。いつか、弟と一緒にサルヴァスを目指して――島に来る日があるかもしれない。……もし、契約する精霊も見つかって。冒険者になれたなら。――また、お友達になってくれますか? 『精霊さん』」

「…………。どうだか。第一、僕は、王国に出て商人になるんですからね。何度言ったら分かるんだ」


「うん、うん。そうだよね。島でお友達になろうね」

「だ、だーかーらー!」


 微笑んで膝をつく少女にからかわれて、アイビーは両手を振り上げて怒る。古い精霊たる自分の権威を示したいところであったが、こうも見上げなければならない身長だと、いかんともしがたい。


 ――人助けなんか、大嫌いだ。

 そういった精霊と、そんな精霊のことを少しだけ理解した少女が笑う。背中の赤子も、何が気に入ったのか、手を振って「ばあぁ!」と笑っていた。まるで、また会えることを、知っているように。



『もう、知るもんか』と怒ったアイビーは、今度こそ別れのために路地で背を向ける。短い手で、冒険のカバンを背負い直していた。



「――、じゃあ」

「はい。ありがとうございました。精霊さん」



 また、それぞれの生活に戻る。道へと帰る。


 そんな少し賑やかで、しかしまだまだ穏やかさのある〝風車村・レノヴァ〟で精霊は一歩を踏み出していた。短足な一歩だったが、大きな決意が宿っている。風を切って歩いていた。


 ふと、思い出したように、路地に差した午後の陽光の中で、精霊は―――手持ちの硬貨を、二枚分持ち上げる。だいぶ数が減ってしまっていた。



 ――もう銀貨ではない。


 ――もう、大きな商売は、できないかもしれない。



 使わなければ良かったのに。そう思う。――だが、あの時。古い道具屋の前で〝そんな選択肢〟が自分にできるとは思えなかった。誰よりもこの精霊アイビーが知っているじゃないか。不思議と路地には、晴天の、心地よい風が吹き抜けている。



「……はぁ。人助けなんかしたって、一銭の儲けにもならないのに。……《冒険者》というのは、難儀なものですね」


 そう苦っぽく呟き、それから歩く。

 手持ちの王国硬貨が、普通に使えば、ここまで目減りすることもなかった。


 だが、




「―――まあ、〝おまけ〟を少しばかりしすぎても。罪にはならないでしょう」




 そう言って、青空の下を。歩くのだった。









 ***




 ―――数刻後。


 無事に民家へと入り、抱えられた赤子には、キラリと輝く透明な瓶が握らされているのであった。親戚の祖母が発見し、慌てて呼び止められた少女も、その瓶の存在に気づいて目を見開く。


 ――王国硬貨、1000センズ分の、小瓶。


 最上級の治癒薬。その小さな手に輝くは、薬師の紋章入りの緑色の瓶であった。




 ―――いずれ、〝彼〟が冒険者として、旅立つ、そんな先の未来まで。









  サルヴァス番外編・2 《精霊と雨宿りの子守り》 おわり



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