01 ひょんな《依頼状》
限界突破の《剣学院都市》の※ちょっとした番外編。
本編のような〝修行〟や冒険の要素がないため、飛ばしても結構な感じです。あくまでも日常の。サルヴァスではいつもこんな生活があっているなあ。程度に。
(時系列順にバラバラだったりします。キャラクターの掘り下げなどがメイン。キャラの動きが本編よりも大きかったり、ちょっと違うところもあるかも。ギャグ多めです。興味がある方はどうぞ。)
では、よろしくお願いします。
《剣島都市》の学院区は、不思議な構造をしていた。
外観から見ると『三階建ての王城建築』である。古戦場にたつ古城のように、灰色のくすんだ石壁がならび、深緑の蔦がからんでいる。それが神樹の葉の生い茂る空へとそびえ立つ姿は、 学問を志す場所というより、ちょっぴり『王国の戦争要塞』っぽい感じだ。
ここが戦場のような殺伐とした場所である―――というわけではなく、学内はいたって平和だ。今日も冒険者たちの卵に『勉強』を教える声が響き、そんな校舎の庭では、生徒たちが自主的に走り込んだり、〝剣〟の素振りに打ち込んでいたりする。
王国世界の《街の魔物退治のギルド》を拡大したような――――そんな学園島が、そこにはあった。
「ほへー」
と、そんな学問の園で、ぼけーっと突っ立っている精霊が一人。
ミスズだ。《剣の御子》や、《聖剣の精霊》なんて呼ばれる彼女は、太陽を受けた神樹の葉と同じく、黄金色に輝く長い髪を、肩のところで大きな三つ編みにしている。《竜の髭みたい》とか、《王宮服の房みたい》などと呼ばれることもあるが、そんな髪を彼女はとても気に入っているらしかった。前よりも、さらに伸ばしている。
そんな彼女は、今も学院の正式な『御子服』という装束に身を包んでいる。上から下まで白い神官服に近いもので、下はスカート。
彼女は子供みたいな純粋な笑顔を見せ、その場を動かずに〝こちら〟を振り返ってきた。
「―――毎回のことですが、すごいですねっ。マスター」
〝僕〟へと、そう言う。
僕こと――クレイト・シュタイナーは、この学院の生徒だ。
剣士たちが学ぶ島。《剣島都市》へとやってきた一人で、田舎王国のセルアニアから出てきた。ここで学ぶことは、まず〝剣〟――聖剣の使い方と、そして冒険に対するあらゆる知識の集合体だ。その中には、計算、文字解読、そして冒険の地図作成など――色々な分野において経験が必要で、そのため、授業なども一筋縄ではいかない。
もともと……僕はそれほど、頭のいい人物ではない。
それこそ、外の王国で〝俊才〟とか呼ばれていたり、または良家に生まれて、早くから城下町の学問所などで文字を学び、〝書物〟や〝冒険物語〟などに親しみを持っていた人間ではない。
だから、いまだに難しい本は苦手だし、読書もなかなかやらなかったし、それに計算の授業なんてものは大の苦手だ。――暇さえあれば、逃げようとすら思うが、しかし〝主人〟としての顔がある以上は、従者で、契約精霊のミスズが見ている前では逃げるわけにはいかなかった。
(……はぁ、もともと苦手なんだよね……。机に座って授業をするのも退屈だし、本当なら外に出て、広い草原の中を冒険したいんだけど)
…………こんなことを言うと、学院の教師陣から、『人生ナメんな!』『一度魔物に喰われてこい! 冒険の初歩のありがたさが嫌でも分かる!』なんて言われそうだから、大人しく黙ってはおくけど。
すると、ミスズは、何度も子供のように『正面玄関』―――その叡知の象徴である『三頭竜』の彫像を見上げると、サルヴァスの旗が立ち並ぶエントランスの先を見ている。そこには、子供が興味を引きそうな、その屋内なのにも関わらず流れ落ちる『滝』があった。
ミスズは、『わぁぁ』と目を輝かせながら、手すりから身を乗り出していた。表情は、観光気分である。
「…………別に珍しくもないだろ。もう何回も通っているし」
「でもっ、でも、ミスズには珍しいんですよ。マスター。ずっと島の街中を転転としていて、《契約者》も見つからなかったですし、学校なんてものに通えませんでしたから」
ミスズは、ちょっと恥ずかしそうに、指を突きながら言う。
―――サルヴァスの学院は、『七層建築』をしている。
外側からはわずか『五階層建築』にしか見えないが、正確には七階構造がある。巧妙な『欺し建築技術』によるものだった。この構造が作られた理由には、『外の王国世界と争いになった場合、要塞としての機能を果たす』といった説や、『最初、サルヴァスには〝5つ〟までのランクしかなかった』という諸説があって、詳しいことは誰にも分からない。
ただ、その巨大な建造物の塔は―――そこにある。
象牙の塔と、王国の用語ではそう例えるらしい。これは『学問を志す賢者が、集まり知恵を授ける』という意味合いや、知識そのものが、『美しい塔を成している』という意味合いも含まれているらしいが。
ここを作った人物は、最初の建国メンバー。『建築の神』と呼ばれる―――ある立派な戦士である。創始者の弟子である彼が、仕上げたものらしい。
この学院は、地上七階。そして『五階層部分』から上が、天上の《熾火の生命樹》に向かって伸びている。木の上に到達することはない。到達するには――それはあまりにも高すぎる。ただ、学問の志が、そう雲を突いて空へと向けられているという。
吹き抜けから見渡せる『螺旋階段』―――。どこの王国世界にもない建築技術と、豪奢な飾りによって彩られた空間は、この島の誇るべき財産であった。生徒たちはこの欄干から、その向こうに広がる空と、周辺王国を一望できる気分を味わう。
〝ランク〟が上がるほど―――より高く。空の向こうへと上がり、より高みを実感することができる。
僕らにって、一つの憧れだった。
「毎度のことですが、高いですねー。ますたぁ。ここの空の上の塔って、どうなっているんでしょう?」
「……む。さあね。たぶん、『〝S〟ランクの部屋』があるんだろうけど」
僕は言う。
ここから、《 六つの区画 》―――。
すなわち、『F』より始まり、『A』ランクへと続く各教室ごとにフロアが分かれており、その最後に向かうにつれ、生徒が少なくなっていくのである。その途中の《回廊》に向かって続いていくのだが、これがまた、意地悪な作りをしていて、下級生は上へと登れないようになっている。
僕のランクは『F』――つまり、最下級、最底辺。
生き物で言う、〝スライム〟くらいの自然界の三角形の中でも、最底辺を構成している生き物なのである。なので、そんな生徒が、頭上へと登るようなおこがましいことは出来ない。
確か、『B』ランクでさえ、150名―――。
そして、その上。ほぼ最上階の、六階層目の教室へと入れる『A』ランクは、なんと24名。
少ない。
少なすぎるくらいであるが……しかし、その『A』ランク教室の中に、僕の故郷の英雄と呼ばれている『剣聖ララ』がいる。僕がずっと憧れにしている、セルアニアの剣聖。そのお姉さんだ。
「……『Aランク』ともなれば……昇格試験の条件は、『竜殺し』らしいけど」
「ふ、ふええ」
―――単騎、竜の撃破。
それがその関門。
難関である以上に、『やろう』と思えるような生徒すらいない。そんな試験だった。普通の人だったら名前を聞いただけで、今のミスズみたいに怯えた目をして、真っ青になって『ぶるぶるっ』とスライムみたいに震える。
『B』ランクの生徒が少ないのだって―――そこに到るまでの、登竜門の道のりが険しくて困難な以上に、毎年、『Aランク』の昇格試験に挑むために取りかかり、そして、毎年、生徒たちが命を落としているからだ。
……つまり、それほどすごい場所に、《上級生》たちは立っているのだ。
…………十年や、二十年はかかるかも知れない。
実際に、上級生の『Aランク』の教室には、髪が白くなった中年男性の冒険者もいるらしかった。僕も噂に聞いたことがある。――だが、誰もそれを笑ったりはしない。〝執念〟がそこにはあるのだから。彼は、片腕がないらしい。魔物に食べれた。
「…………すごい道のりですねぇ」
「だなー」
僕らは、そんな会話をしながら《螺旋階段》―――上へと続く、渡り廊下を歩いていた。足下には、歩きやすさだけでなく、歩く生徒にとっての『充実感』『見栄』などを満足させるレッドカーペットがある。
しっかし、その上を行く、『ランク〝S〟』という三名は、一体何なのだろう。
天才であることは間違いなかった。それ以上に、『王国の三師団隊、それを〝一人〟で壊滅させうる』と推測される聖剣使いだ。サルヴァスの生徒たちの憧れどころか、周辺王国に名を轟かせ、歴史に名を刻んでもおかしくはない。
(――そんな人たちが、最上階にいるらしいけど)
僕は目を上に上げる。
――当然ながら、姿なんて、見られない。
それは、そもそも僕が〝Fランク〟の最底辺で、歩くことが許可されている『階層』が低いため―――だけではなく、そもそも、そんな人たち、学院にいないのだ。
いつも不在だった。
各国の戦争レベルの《魔物退治》を引き受けて、軍勢と連携しながら、〝一人〟で魔物の群れへと切り込んでは、殲滅している。そんな〝三名〟は大陸のどこかで軍隊のように移動しており、王国からの正式な《依頼状》―――(……というか、救援要請??)を引き受けて、移動しているようだ。
だから、そもそも、学院になどいない。
サルヴァスにとって《莫大な資金の報酬》をもたらす稼ぎ頭であり、まさしく《冒険者》の鑑。そして、彼らの〝居場所〟は、周辺王国に対する、サルヴァスの最高の〝機密〟となっている。
とても、僕のような底辺冒険者がおしそれと知っていい内容じゃなかった。顔なんかとても見られたもんじゃない。
…………だからこそ、サルヴァスの全生徒にとっての〝憧れ〟なのであり、三人が顔を合わせた〝魔物討伐〟からの、〝凱旋パレード〟ともなると、サルヴァスが沸き立つような大きな祭りになる。
とまぁ、そんな学院の中で、
「―――マスターが、呼ばれたんですよねっ」
「……まぁ、そうだね」
〝Fランク〟の僕は、一緒にトコトコついてくる従者にのぞきこまれ、手元の《依頼状》を眺める。
――《依頼状》。
それは、学院の生徒に等しく与えられる〝特権〟であり。
周辺王国から持ち込まれる〝困ったこと〟や〝解決して欲しいトラブル〟を、お金を受け取って決行することだった。
本来なら、島の中央。
学院とは別の、もう一つの巨大建造物である『依頼状斡旋所』という古びた施設で、その取引をしなければならない。そこは学舎の学院とは雰囲気が異なり、まるで商人の《商天秤評議会》の連合のように、活気ある騒ぎと、賑やかで口うるさい取引所の風があった。
だが、今回は特例だ。
僕宛に、直接―――《依頼状》が届けられたのである。
届いたのは、《剣島都市》を一巡する『封書配達』の精霊たちから。朝起きて、その窓辺に届いた『紙』を見たのだ。
どうやら、僕が『Fランク』の生徒なのを承知で手紙が向けられたらしかった。送り主はサルヴァスの教師陣の一人だった。まだ、顔を見たことがない。
「――おっと、気をつけな? 下級生」
「あっ。すみません」
手紙に夢中になっていた僕は、前方がおろそかになって、ぶつかりそうになった。
相手は上級生みたいだった。謝る。当然ながら、この島では『ランク』の仕組みがある以上、『Fランク』の生徒が『上級生』に会ったら、道を譲り、敬意を払わなければならない。
だから、僕は避けながら進んだ。
低ランクたちが向かう回廊は学院の下の方の階にあり、僕が向かっているのははるかに上だった。《螺旋の回廊》には、季節によって熱い日差しが容赦なく降り注ぎ、また、僕らを包む風が吹き抜ける。
僕らがこんなに上の『階層』に向かったのは――初めてなのかも知れない。
ある意味、社会見学のような気持ちで、僕とミスズは頼りない足取りで周囲を見回し、田舎者の顔で進んでいく。
目指すは、Dランク階層――。そこに居室を構える、教師の下へだった。
「大丈夫……のはず、だ。なにせ、僕らはこの《中層》に呼び出されたんだから」
その手元を見ながら、呟いた。
豪華な装飾と金の模様の入った手紙。それに、サルヴァスの教師のみが許された封蝋が押されている。紛れもなく、正真正銘の本物。僕らを呼び手紙だった。
ミスズと一緒に、恐れ多くも『上の階』に向かって、その豪華絢爛の回廊を上がっていく。途中、すれ違った教師や、用事のある生徒たちが物珍しそうにジロジロと――(……たぶん、そんな心細そうな姿と、ピッタリ背中に張り付いて、周りを見る小柄な精霊の姿が珍しかったんだろう)――見つめる中で、僕らは上を目指す。
許可を求めてくる教師もいたが、《依頼状》の手紙を見せると、黙って道を空けてくれた。
幅も広くとられた、緩やかな螺旋階段を上っていく。『不審な生徒がいないか』を確認する職員はたびたび現れ、腕章をつけながら巡察している。
と、
「――、ここか」
「わぁぁ」
僕が足を止め、ミスズが大きな瞳をキラキラと輝かせた。
―――《時を刻む、大きな自鳴鉦》―――。
大時計だ。
螺旋階段の中央に、最上階から流れ落ちる『滝』の水力を利用し―――精確な時を刻む『大時計』が存在していた。外の周辺王国でも、とても珍しい。なのに、この巨大さだ。金縁象牙。外の世界の自鳴鉦の絡繰りを利用して、美しくも、繊細に動いて回転していた。原動力は、『水車』のようである。
それが、空中に浮くように、固定されている。
ミスズじゃなくても瞳を輝かせるだろう。いつも、『上の方から響いていた鐘の音』―――授業の合図にしていたのは、その大小、30を数える、透き通った空の色をした《鐘》の音だったらしい。……こんなところに、こんなものが。
巨大な『滝の壺』のように、広がった水場がある。
上から下へ、一度、ここで受け止めてから落ちるようだ。螺旋階段を登った僕らは、その感動に遭遇していると、
「―――あら、気に入った?」
と、僕らに声をかけてくる女性の声があった。
振り返ると、赤い眼鏡に、柔和そうな顔立ち。そして、地面に届くほどの長い金髪をした女性が僕の前に立っていた。その場所は、同じ階にある『教師区画』と呼ばれるフロアの前の扉だった。
大きな胸を持ち上げるようにして腕を組み、そして、服装はサルヴァスの用務員が身につけるような簡素なもの。それを、豊かな体のラインで身につけている。どこか、知的な香りがする瞳だった。
「この仕掛けはね、サルヴァスの開祖―――偉大なりし冒険者ロイスの、その弟子たちの一人が築いたものなの。建築の神ね。
―――〝一人は、剣神の申し子。初代剣聖〟
―――〝一人は、叡知により学院という仕組みを構築した。〟
―――〝一人は、建築の神として《剣島都市》の城郭都市を形成〟
―――〝一人は、経済の王として、周辺諸国から、豪商人たちを取り込んで発言権を大きくした〟
……その他、隠されている人物を含めて、英雄には七名の賢者がいたの。仲がよかったり、悪かったり。残念ながら、最後の消息は分からないけどね」
「…………へ、へぇ。って、そういうあなたは?」
「あらっ。私としたことが、自己紹介と名乗りが遅れたわね。わたしの名前は、デドラ。このサルヴァスの島の〝Dランク〟の教師をしていて、主に『地形学』を教えているわ。よろしくね」
そう言って、微笑みながら手を振る。
何がおかしかったって、たぶん、僕の後ろで、不安そうにハの字眉毛を寄せる精霊がいたからだろう。『び、びびび、美人さんですぅ。怖いですぅ』と目をうるうるさせている。べつに、今のミスズに、目の前の教師が何をしたわけでもない。
ただ、この慣れない上の階層と、そこですれ違う上級生の生徒たちに――完全に萎縮して、ビビってしまていたのだ。現れた大人に、誰でも怯えている。
……まぁ、べつに泥棒をしに入ったわけじゃあるまいし、堂々としていればいいのだが。
僕はそう思い、自分がしっかりしないと、という気分でミスズの盾となるように向き直る。
「――ええと、僕は《依頼状》を受けたのですが」
「ええっ、知っているわ」
……はて?
僕はここで、首をかしげる。
なぜ。どうして、この教師がそれを知っていて、そんな顔で微笑むのだろう。僕はそれがひたすら疑問だったが、彼女は、未来の上級生――つまり、現在下級生として、まだまだ教え子と言うには年齢が足りていない僕らの、子供っぽさを微笑ましそうに、
「だって、依頼したの。私ですから」
「……へ?」
「《グリム・ベアー討伐》のクレイトくん。ようこそ。この学区へわざわざお招きしてしまって、申し訳なかったわね。ただ、どうしても依頼される人の顔を見ておきたくて」
「……え? え? でも、この手紙の差出人には……」
「ええっ。《キーズー》。間違いないわ」
そう言い、優雅に一礼した。
まるで、ここが、古びた王宮の一角であるかのように。
「道具聖…………その名字でもあり、異名ともなっている名前の人は、私の父親なの。道具聖の娘。でも、かなりのヘンクツで、地形好き……そう噂される人物が、この私デドラよ」
「…………」
よろしくね。と。
その人は、これから起きる冒険と依頼を楽しみそうに、手を振るのであった。




