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35 帰還




 目が覚めると、ベッドの中にいた。

 その冒険が終わってから――もうすでに、三日間は経過していたらしい。窓辺のこよみ――この世界の月日の経過を知らせる基準――の紙が、そんな日の経過を知らせるように、風に揺れていた。


 窓から注ぐ白い光と、そよぐカーテンの下。穏やかな温もりの中で、僕は、いつもの《剣島都市サルヴァス》のベッドから体を起こす。外からは、街の賑やかさを感じた


「……?」

「あ。お気づきになりましたか、マスター!?」


 と。

 部屋を見回してすぐ、トレーに水と食器類を乗せて運んでいたミスズが、そんな扉の向こうから顔を覗かせた。いつもの冒険服ではなく、部屋着の――フリルのついたスカートに、花飾りをした頭部。そして《従者服》。

 ……僕らが出会ったばかりの頃を思い出す、そんな服装でベッドに近づいてきた。



「ご無事でよかったです。マスター。ずっと目覚めないから、心配していたんです。ミスズも……そして、メメア様も」


 ミスズだけじゃない。窓辺からカーテンのそよぐ室内、その僕の眠るベッドに――もたれかかるように、『すぅ、すぅ』と寝息を立てる冒険者がいた。女の子だ。


 貴族の生まれの整った目鼻立ちを持ち、桜色の鮮やかな癖毛をカーテンからの風にそよがせている。いつもの部屋着なのか、見慣れない繊細な作りの街着を着ている。

 よほど疲れているのか、その寝顔は熟睡していた。あどけない少女の顔を見つめながら――僕はこの長い長い間、旅して過ごしてきた冒険を思い出す。



「……ここは?」

「《剣島都市サルヴァス》です。私たち……やっと、寮の――二階に帰ってきました!」


 ミスズは言った。

 それを、嬉しいことのように。


 僕は『あの戦い』の後、眠ってしまっていたらしい。

 深い、深い眠りだ。


 体力を消耗しきっていたらしい。聖剣を使うということは、その魂ごとすり減らすように、本気を出すこと。僕は一瞬の戦闘の中で、その極限状態にあった〝集中力〟を使い――精神をも削って、聖剣の《ステータス》に合わせて動いていた。


 ……当然、無理もあったらしい。

 当たり前だ。今まで到達したことのない《レベル》―――極致にあったのだ。体が悲鳴を上げても《敏捷力》を振り絞ったし、人間の遙かに限界を超えて――戦った。


 その反動が、きたらしい。

 最初に眠った。……しかし、起きなかった。ミスズが言うには、『結合シンクロ』を解除して診断したアイビーが相当焦っていたらしく、『このままでは、意識が回復しない可能性があります』と言っていた。


 〝精神〟と〝体〟は、一心同体のものだ。


 肉体が健全でなければ、意識も帰ってこず――。その〝心〟を呼び戻すためには、体を治癒することが最優先らしかった。


 僕の体は〝ボロボロ〟だったという。『本来の、人間の制限を超えて力を振るった』ことへの代償のように、体が疲弊して、肩からもおびただしい出血をしていた。蜘蛛に刺された傷だった。


 僕が死骸のごとき眠りに落ちたのを見て――。従者たちは、『それ』を使用したという。


「……? 『それ』って?」

「『回復薬ポーション』ですよっ、マスター」


 ミスズは言った。

 手を重ねて、それをとても希望のあるもののように。


「他の冒険者様の、皆さんからお預かりしていたものです。『これを使ってほしい――』って、お預かりして、受け取ったのを忘れてしまいましたか? マスターが、首に下げていたものです」

「…………ああ、」


 そう言って、思い出した。

 冒険の道中――行き当たった《冒険者マスター》たちから、水晶石のような小瓶のペンダントを受け取った。


 回復の〝癒やし〟が封じ込められた、とても高価な薬。それを、『試験に負けないように』と。あの獣人たちの、卑劣な陰謀に負けないようにと、冒険者たちから後を託されたときにもらったものだ。

 冒険者たちにとって、ある意味最終手段のような『一度きりの回復薬』でもあり、その即効性は、てきめんとされていた。ただし、一回使えば終わる。まさしく、一度きりだった。


「それを、使ったのか」

「はいっ。ミスズたちは、マスターに祈りながらかけました」



 その中身が、雫となって僕の体に落ちた瞬間―― 一度きりの透明な小瓶は砕け散った。


 淡い光に包まれた僕の傷口は、みるみるうちに〝血〟が止まっていったという。魔物が体内を癒やすような、自己回復に近いものだったという。その神秘の雫によって――僕の体力は、馬車で《剣島都市サルヴァス》まで帰還するまで、保ったという。


「……そうか」

「よかったです。マスターが、死んじゃうんじゃないかって。死んじゃったら、どうしようって。ミスズは、泣いちゃいました」


「助かっても、泣きそうだけど」

「はい。……その。ちょっぴり、泣いちゃいました。嬉し泣きです」


 ミスズはそう言うと、嬉しそうに僕の近くに来た。

 ベッドに手をかけて、見上げる。いつまでも飽きないように、じっと見つめていた。


「メメア様たちは、それから討伐が完了したことを『村』に戻って報告したそうです。カエルのお顔をした鍛冶屋さんが、いろいろ助けてくれたみたいで。《剣島都市サルヴァス》への『寝台つきの馬車』というのも……村で、用意してくださいました」

「そっか。世話になりっぱなしだったな」


 また今度、お礼を言いに行こう。

 僕は冒険に村を出てから、しばらく顔を見ていないカエル顔の鍛冶屋さんが懐かしくなった。また今度、お土産を持って、お礼もかねて尋ねよう。きっと喜んでくれるはずだ。


 僕の体は、最初こそ体力の消耗に手を焼いたが、それっきり、あとは快調に向かって回復していたそうだ。


「…………メメアは?」

「メメア様は。――マスターを、守るんだって。『命の恩人を、守る』――って病室に張り付かれていて。まだ目が覚めるまでずっと看病をされていました。『本人が目覚めるまで、安心が出来ない――』と。いろいろ、前の日から行き違いがありまして」


「……? 行き違い?」


 僕がその言葉に引っかかると、ミスズは語り始めた。

 要は、とても簡単なことだ。拍子抜けするほどに。



「――なるほど、まーた、《寮母さん》が……」

「はい」


 ミスズは、頷いた。


 悪質な寮母さんは、この部屋を僕が帰還するなり荒らそうとしたそうである。

 最初、僕が運ばれてきたとき、寮母さんは本気で心配したそうだった。街中の医者を手配して、治療に当たらせた後に……いようよ、大丈夫となったら、『にーひっひ、顔に落書きしようかなぁ』と悪い大人の笑みを浮かべ、近づき。


 …………そして、部屋の前で、堅守するメメアと空前絶後の大げんかになったらしい。



「……よくやるよ」

「は、はい」


 そして、聖剣図書を片手にするメメアは立ちふさがり、『《雷炎の閃光ファイア・ボルト》をぶっ放すわよ――』と。部屋の入口で、大いに威嚇。寮母さんは寮母さんで、『へえ~。やれるもんなら、やってみなさい!』と大きな胸を張り、その少女を大いに挑発。戦いは、『魔物三匹分を消し炭にする炎』が殺到し、寮母さんがトンズラしたときが最も激しかったそうである。


 …………寮は、大騒ぎになった。



(……そりゃあ、まあ、そうなるよ)


 僕は思う。


 メメアは本気だったのかもしれないが、寮母さんだって……実は、本気でそんなことをする人じゃなく、たぶん様子を見るために、寝顔に近づく口実だったと思う。寮母さんは、そういう人だ。

 しかし、それを他者――メメアから見たら、『部屋を乱す大いなる不届き者』となってしまったのだろう。病人に近づく『危険人物』―――として、標的ターゲットとなってしまった。


 …………どうやら、一部始終は、そんな感じらしい。



「………ちなみに、ガフは?」

「ガフさんは。最初、この寮の騒ぎを説得しようとして、でもすぐに諦めて『クレイトが目覚めたら呼んでほしい』と言い残して、どこか遠くに行っちゃいました。――たぶん、また、いつもの喫茶に通っているものと思いますが……」


「うるさかったんだろうね、たぶん」


 僕は思う。

 爆音どころではない騒音を立てる隣人がいて、個人的には申し訳ない限りだ。



「……ところで、アイビーは?」

「アイビーさんは、お買い物に行かれました。メメアさんが、マスターのそばを離れないので、『あとはもう、勝手にやっちゃっててください』と言い残して。頭に大きな籠をのせて、食材をたっぷり購入して―――帰ってきてくださいます。本当の価格の半分くらいに値切って買ってきてもらえるので、とても助かります」


 さすが、商人志望。

 ちっこい体にも大きな夢と意志を詰め込んだ精霊は、《剣島都市サルヴァス》では値切りの天才らしい。そっちの方面で、メメアたちの暮らしぶりも、なんとか《金銭》をやりくりできていたのかもしれない。

 と、僕がそんなことを考えていると、


「……あ、あああああ―――っ! クレイト! 起きてるじゃない!?」

「あ。メメア。おはよう」


「お、おはようじゃない! う、ううっ。この私が、どれだけ毎日心労を負ったのか――もう心配して心配して、死にそうだったんだから!」


 真っ赤な顔をして、僕の布団を叩いた。


「……心配?」

「……う、し、心配はしてあげないけどっ。でも、大変だったんだから! 起きたときくらい一言声をかけなさいよっ!」


 要は、それが不満らしかった。

 メメアは癖のついた髪で慌てていた。瞳を見開き、すぐさま窓ガラスに映った自分を見て『せっせっ』と寝癖を直している。



「――熱心に、看病してくださったんですよね。メメア様」

「うんっ。そうそう、熱心に…………って、ちがーーーーう!!」


 見事な角度で『ノリ』と『突っ込み』を入れると、メメアは悔しそうに両手をばたばた振りながら暴れるのだった。


「私は、自分のために! そうっ、自分のために面倒を見ていたのよ。―――昇格試験の最初から最後まで、お世話になっちゃったし。その恩人が、死なれたら目覚めが悪いじゃない。私は、そういうのが嫌だから――このまま意識がなくてどっか行っちゃったら、許せないから全力を尽くしたの。

 もし死んじゃったら、あの世まで迎えに行くつもりだったんだから! ―――幽霊になってでも!」


「……ゆ、幽霊は、困るな」


 というか、このやり取りどこかでしたぞ?

 なんか既視感がある。そんなことを思っていると、部屋の扉が開き、ちょうど買い出しから戻ってきたらしいクマの精霊が現れた。


 …………相変わらず、小さい。

 そのつぶらな瞳を、頭に乗せた買い物籠のしたから見上げてきて――『ふむ。お目覚めですか』とあまり驚かない、分かっていた顔のように呟いていた。


「……? 知ってたの? アイビー?」

「一階まで騒ぎが聞こえていましたよ。皆さん。賑やかなのも結構ですが、うるさすぎるのも――どうかと思いますよ。あとあと、眠れなかった、読書に集中できなかった、と苦情の料金請求があるかもしれませんし。……王国硬貨、300センズ分の」


「アイビー。ずっと、買い出しに行ってくれてたのか?」

「まぁ。こんな僕でも、お世話になりましたからね。お役に立ちますよ。ともかく、ご無事で何よりでした。クレイトさん。ご機嫌いかがです?」

 

 と。慌ててコミュニケーション不能に陥る主人を尻目に、その精霊は落ち着いた眼差しで問いかけてくる。

 僕の手足の、自由に動くのかを確かめていた。


「………ふむ。いいですね。手足もとどこおりなく、問題なく機能します。これなら、これからの《冒険》に差し支えることもないでしょうね」

「ああ。ありがとな。アイビー」


「………………っぐ、わ、私の役割なのに……」


 そう精霊が言い、悔しそうに主人が呻いている。

 そんな二人に、僕は改まって向き直って、お礼を言った。


『――ありがとう。二人とも』と。



「―――今回の冒険は、とても僕一人じゃ成功しなかった。メメア。アイビー。……精霊のミスズがいて、聖剣があって。でも、それだけじゃなく、他の部分でのサポートがあった。だから、生きて帰ってこれたんだと思う」


「…………う。そ、それは」

「光栄ですよ。僕たちも、そう思います」


 耳まで赤くなった少女が、そんな『感謝』の言葉を聞いている。どうも慣れていないらしかった。対照的に、精霊のクマは、片手をあげながらそう返事している。


 しばらく、積もる冒険の話しをするのか。

 僕がそう思っていると、精霊は意外なことに、


「……さて。クレイトさんとの話も終えましたし。僕らは、ここはさっさと身を引いて、自分たちの住む場所へと戻りましょう。マスター。まだやるべきことは山のようにありますし、積もった冒険の話しは、また今度でもいいでしょうから」

「……え? で、でも」


 まだ話し足りなさそうにする顔のメメアに、精霊は『いいから』とその背中を押した。ちんまりとした背丈で、椅子に乗っかりながらの動きになるが……そんな精霊は、主人に『二人っきりにさせてあげましょう』と押していた。


『せっかくの主従です』と。そういう言葉の響きに、少女は分からない顔で『でも……』と呟いていると、そのまま部屋の外へと連れて行かれてしまった。


 扉が閉じる。



「……なんだったんだ?」

「……さ、さあ? 分かりません……」


 そんな僕らは、よく分からず部屋の外を見送った後。


 それから。話題も他になく、報告を交わすことにした。

 主に、ミスズが見てきた、『その後』の話しである。



「捕食の《鎧蜘蛛ヨロイグモ》さんを倒してから――もう、あの森には、冒険者や村人さんたちを襲う魔物さんは、出なくなったそうです」

「……、そっか」


 僕は、その話を聞き、どこかホッとする。


 今でも忘れられない。女王蜘蛛の、あの過ごしてきた日々と瞳。

 あの森には。たくさんの思いが詰まっていた。


 それこそ、古い王国の思い出から、それらを繋ぐ人と魔物の信念。……旅人を襲い、冒険者を襲った魔物にも、そちらはそちらの正義と行動の理由があるのだ。だから、僕ら《冒険者》は、魂を込めてその魔物へと向き合わなければならない。


 ――あの光景は、不思議だった。

 聖剣の始祖の。……その、もっとも強い光が見せた光景としかいいようがなかった。あるいは、それもあるのかな、と思えてしまう『何か』があった。それほど、この冒険の中で僕は、多くを見てきた気がする。


 ―――村人の、あの〝蜘蛛〟への認識も、少しは変わった。

 これから、ある国王の命日には、白い花が捧げられるという。



「…………これからは、冒険者が、あまりあの森に深く入り込まないように……と。教師の『ゲドウィーズ様』が申し聞かせるそうです。ですから、きっと、あの森も平和に」

「……。そっか。平和になるか」


 それなら、少しは、救いだった。

 僕はミスズの話を聞きながら、そんな冒険の結末に、ひとまず胸をなで下ろす。



「――さて、ここでミスズ。一つだけ、仕切り直しだ」

「ふえっ?」


「今回の冒険で、いろいろ分かっただろう。学んだことも多かった。…………僕らだって、誤解をしていた部分もあったし、自分の実力を勘違いしていた。それも含めて今の冒険ができてよかった」


「……は、はい」

「でも、この先も、どうなるかは分からない」


 僕は、驚いた顔の、その精霊を見据える。

 ここが、岐路だった。


 ―――今後の冒険は、どうなるか分からない。

 それこそ、生きて帰れるのか分からないし。今回の冒険は、たまたま運がよくって生き残れたのかもしれない。


「ミスズ。………僕はまだまだ、この広い世界をくまなく冒険して回りたいし……。きっと、まだ諦めないだろう。無謀なことだろうけど。〝レベル1〟の冒険者が―――永遠に、挑み続けるんだ」

「…………」


「だから、そんな僕の《精霊》でいることは、平気なことなのか。いっぱい戦ったらキツいし、今回みたいに死線をさまようこともあるだろう。ミスズだって……無事でいられるか、分からない。――それでも、君は。僕の契約精霊のままでもいいのか」


 問いかける。

 その言葉の中身を。


 もし嫌だ、というのなら、素直に契約を解除するつもりだった。ミスズが大切だという気持ちは変わらない。ミスズをこの部屋に置き――従者として、帰りを待つ精霊にしてもよかった。きっと、そのほうが、彼女も幸せだろう。


 辛いことがあるかもしれない。

 冒険を続けていたら確実に。


 旅をしなければ、見ないですむこともあるだろう。それは、ある意味で幸せなことかもしれなかった。


 そんな中で、精霊は幼げな大きな瞳を丸くし、それから―――金色の大きな三つ編みを揺らさず、ジッとこちらを見ている。

 考えるように。

 これから、大きなことが起ることを―――想像するように。

 でも、


「いいえ。マスター」

「……?」


「『ミスズ』はマスターと一緒だから、冒険がしたいんです」

「……!」


 ミスズは言った。

 自分の胸に、そっと手を当てながら。


「言ってくださいましたよね。図書館に行くまでの道で。『僕についてきてもいいのか――』って。あの時と、気持ちは変わりません。……いえ、むしろ。もっと強くなりました。ミスズは、マスターと一緒にいたいです。

 ………ミスズは、マスターがいるから。一緒だから―――世界のどこへでも挑戦できるんです」


「……!」


 言った。嬉しそうに。

 精霊は、一つも迷うことなく。僕の目を見て、優しい光を湛えながら、手を取ってきた。


「冒険できて、よかったです。マスター。

 ミスズは、ミスズの憧れの冒険者様をずっと探してきました。……その道のりは遠くて、きっと、見つからないものだと思っていました。でも、目の前にいたんです。

 マスターは強いです。『弱い』とときどき仰りますが、ミスズから見ると強いです。ずっとずっと、先まで。この世界の―――その先までも。見通していらっしゃいます。ミスズはそんなマスターについていけるか心配です。

……でも。そんなマスターだからこそ。優しくて、自分のことが後回しでも。戦って、自分の力の限界も越えていく……。そんな《マスター》が……世界で一番、大好きです」



 微笑んだ。

 『――ずっと、ついていきます』。と。その瞳に、光を湛えて。



 ―――世界の果てまでも。と。



「……。ミスズ、なんか顔が赤くないか?」

「ふえっ?」


 と。急に僕は我に返って、そんな手を握りしめてくる柔らかな指をした精霊に向かって、その顔の温度が妙に高いことに気づいた。

 指摘すると、急に横を向いて。慌てて首を振って、ぶんぶんっ――と。いつもの調子で勢いよく動いて、『へ、ヘンですね……?』と。


 自分への問いかけのように。そう頬を手で挟んで言うのだった。困惑している。熱を冷ます――という名目で、何度も自分の手で挟んでいる。



「………あ、あの。ご主人様?」

「ん?」


 久々の、『屋敷呼び』でミスズは問いかけてくる。

 冒険の時は、《マスター》だった、が。…………考えてみたら、僕とミスズの原点は、この『一部屋』の出会いから始まっていたのかもしれない。〝ご主人様〟という言葉に、ことさら、特別な意味を込めて精霊は呼び、



「この寮で。ずっとずっと、暮らしてきた部屋だからこそ…………言います」


「……?」


「もう、ミスズを置いて、消えないでくださいね」



 精霊は、言った。

 僕は瞳を丸くする。その言葉と、少し怒ったように――口元を尖らせて見つめてくる、その精霊の表情を初めて見たから。


「消える……?」


「はい。あの墓地で。ずっとずっと探していました。崖から落ちて、はぐれた後に。《燭台灯カンテラ》の光の中――。ずっとずっと、マスターを呼んでいました」



 それは、《王家の森庭》の最奥部。

 僕らが橋から落ちて、ミスズたちとも――離ればなれになってしまい、川を泳ぎ着いて、探索していたときのことだ。《一心同体》のはずの、精霊と主人が、離ればなれになってしまっていた。


 それは。本当は、心細かったのだと。

 ミスズは言った。強がって、僕の真似をして『仲間を連れて』墓地を探索した。救出するために向かい、同じ精霊のアイビーを励ましながらも、進んでいた。…………でも、本当は、自分が一番世界で臆病なのだと知っていた。



「だから、マスターの姿を、必死で探したんです」


「……」


「――ミスズは、そのことだけ。言いたかったんです。マスターは。もう、『問いかけ』ないでくださいね。ミスズが―――今後の冒険についていくのか。……ミスズは、《マスター》だけについていく精霊です」


「……。そっか」


 気持ちを疑われるほど、弱い決意ではない。


  ―――僕が、ミスズを自ら『役立たず』だと自分に言わないよう、求めたように。

  ―――ミスズも、また、僕に枷を強いてきた。


 それは、冒険の離脱をさせないことだった。離れてはならない。消えてはならない。――目の前の精霊は、こんなにも、心細そうに見つめているのだから。


 『いいのか』と問いかけは、罪となることだった。

 深く、深く。決意した精霊を傷つけてしまう、心配という名の棘。


 僕らは、お互いに、その枷を固く結んだ。


 精霊との、約束だった。



 ―――それは、精霊契約と、同じくらい『大切』な。



「……うーーーん。何だか、いろいろ考えてたら腹が減ってきたな。もう、僕が眠ってからしばらく経つみたいだし、食べ物でも口に入れたい頃合いだよな」


「はいっ。ミスズも。マスターと一緒にお食事したいですっ」


 子犬が尻尾を振るように。瞳をキラキラ輝かせて、ミスズは立ち上がった。

 もう、先ほどの言葉の陰りも、不安の気持も無い。どこまでも晴れやかで、傷の快癒と、冒険が無事に終わったことを心から祝う――そんな表情だった。僕も嬉しくなる。


 ……うむ。

 やっぱり、僕らには、こっちのほうが似合ってるな。そう思った。



「寮母さんを探すか」

「はいっ。きっと、部屋を追い出されて、ふて腐れていらしゃると思います。しばらく引きずってしまうかもしれません」


「なぁに、メシが解決するだろう」


 僕は《剣島都市サルヴァス》の街を歩く上着をきながら、もう片方の指を立てて見せた。



「―――なにせ、この寮で一番の大食いだからな」

「……! ですねっ」


 言ってから、精霊は笑う。




 ――精霊の大切さが、分かった。

 ――今回の冒険で、それが何よりも分かった。


 僕は外出の準備しながら、思う。なんだか、とても長い『夢』を見ていた気がする。



「……夢、ですか……?」

「そうだな」


 準備を手伝いながら、首をかしげる精霊に言う。

 とても長くて。とても現実的で。…………でも、思いだそうとすると、白い靄がかかってしまって見えないような……。そんな夢だった。

 それでも、大きな冒険の意志を感じていた。


 誰かが、譲れないもののために決意し、戦っていた――ような、気がする。



 僕は、聖剣のステータスに目を落とす。

 そこには、いつもの学生プレート。いつもの鉛色に。いつもの数値が書かれていた。でも、それは僕らが森で見たような人の目を驚きに変えるものではなかった。



「―――『レベル1』に、戻ってるな」

「……、はい」




(……でも。前よりも、ひどく落胆しなくなったな)


 思う。

 手に入れられないものを手に入れようとするから、焦りが生まれる。

 自分が、自分の力以上に誇れるものを手に入れたくなるから、残念な気持ちにもなる。でも、僕は少し違った。何よりも、もっと違う大切なモノを手に入れた気がするから。



 僕は思い、そして空を見た。


 ―――《剣島都市サルヴァス》の空は――今日も青く、澄み渡っていた。



 何度でも。

 何度倒れても。また、やり直せる。


 僕は冒険をそう思った。たとえ倒れてもいい。みっともなくてもいい。……ただ、それを乗り越えた先に、『限界』以上のものがあると思うから。




「――マスター。行きましょう」

「……。ああっ。食べてやるぞ」



 そうして。

 僕らは旅立ち、外に出る。

 《剣島都市サルヴァス》の、ひどく平穏な、その空の下へ。





 ***


《聖剣ステータス》


 冒険者:クレイト・シュタイナー


 ―――契約の御子・ミスズ(クラス『F』→『E』)

 分類:剣/ 固有技能―――《 限界突破 》S+ (固定)


 ステータス《契約属性:なし》

 レベル:1

 生命力:5

 持久力:4

 敏捷:11

 技量:5

 耐久力:3

 運:1




《特殊効果》

 聖剣のレベルが経験値で上がらない。


 しかし、格上の魔物と戦う一戦のみ、どこまでも《限界》を越えて――《ステータス》が無限に上昇していく。


 ―――また、Lv.も――ずっと、〝1〟のままへと戻る。









 お疲れ様でした。ここまでが、第二部の内容になります。


 クレイトたちの冒険。限界突破が解禁になりました。最初から使えるようになります。

 次から主に、番外編を中心に進めていこうと思います。


 それではまた。(三部途中。更新ペースは順次。進捗に応じて。『第三部 《~鉄の国の採掘師と、温泉の騒乱~》』まで少しの間、短編を挟みたいと思います)


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