32 血戦(2)
第一撃。その乱舞のような六本の足をかいくぐって、僕らは前進した。
『マスター! 右ですっ!』
「……っ!」
凄まじい一撃で、土埃と轟音が鳴る。
六本目の足が、僕らの動きを予測するように迫ってきていた。一本の足が《剣島都市》の学院で使われている柱のように大きく、その全体の皮膚が、子蜘蛛と同じように――硬質な金属のような鎧で覆われている。
間違いない。
コイツも―――《鎧蜘蛛》なのだ。
「フッ――」
僕は渾身の息をつき、聖剣を振り上げた。
回避直後に迫ってきた足を、弾き返したのである。『えっ……!』とミスズは自分の力を込めている聖剣がやったとことに驚き、声を上げていた。
だが。まだ、こんなものじゃ終わらない。
僕らを襲いかかってくる足の一本一本が、凄まじい強度を誇っていた。子分の比ではない。聖剣で打ち合ってみて分かったが―――『アレ』を切断することは、不可能だ。抵抗してはいけない。少しでも力で押し勝とうとすると―――逆に、あの鋼のような足が押し寄せてきて。すり潰されてしまう。
だったら、かいくぐり、前進するしかない。
僕は回転しながら、斬りかかる。渾身の力を込めて―――女王蜘蛛の足を、外へと向かって弾く。体全体を使った、受け流しであった。
「…………ぐ。凄まじい連撃だな」
『こ、これ勝てるのでしょうか……!? ミスズには、魔物さんの本体の、どこにも〝弱点〟らしいところが見当たらないのですが』
……弱点なら、ある。
僕は、動きながら、そう確信していた。
弱点はある。なぜなら、ああも女王蜘蛛の本体が暴れ狂ったように、僕へと向けて攻撃を激しくするのは―――それだけ、突かれたら困る、致命的な弱点を抱えているからだ。攻撃は激しくなる一方だったが、やがて、僕はその『隠したい』と思惑がある、その部分を突き止めた。
それは、―――『腹』だった。
魔物の腹。
偶然ではあるが、僕はあの女王蜘蛛によって捕らえられ、消化器官がある腹の中へと呑み込まれてしまっていた。『喰われた』と、メメアたちがいっていた現象が、それだ。
それ自体は偶然だったし、僕だって死の境をさまよった。
あそこで、死ななくてよかったと、本気で思う。―――しかし、今は、そのことが別の意味を持とうとしていた。
(…………まさか……『腹』を庇いながら戦っている……?)
そう。
子蜘蛛である《鎧蜘蛛》たちですら近寄らせず、動きの邪魔になるものを寄せ付けず―――女王蜘蛛は、その場所を八本の足で死守していた。最も攻撃が激しくなる部分。それが、腹に僕が近づいた時だった。
つまり、あそこが弱点と言うことになる。
「―――っ、だったら!」
僕は剣を一回転させ、《鎧蜘蛛》を地面から上へと向けて、すくい上げるように打ち上げた。
空中で追いつき、それを足場にする。また飛んだ。常識から離れた《敏捷》のステータスが、そうさせる力を与えていた。
僕は蜘蛛の上を伝い。次々と打ち上げることで、足場を作って女王蜘蛛の裏側へと回り込もうとした。《鎧蜘蛛》たちがいた。僕を取り囲もうと、動きを変える蜘蛛たちを――――横合いから、《雷炎の閃光》が打ち抜いた。
「……!」
「―――クレイト、行って! ここからは、私たちの援護が受け持つわ」
メメアの援護射撃も、その精度を増していった。
墓地の墓標の上を足場にしながら―――メメアは冒険のスカートを揺らし、周囲を見渡しながら――《雷炎の閃光》を撃つ。魔物を十匹単位で殺していく。凄まじい火力だった。
僕は聖剣を切り上げ、切り払い、さらに前進して敵の本体を突いた。腹の真下を―――。
(……っ、そもそも!)
僕は思った。
ただの、魔物の『体内』というだけなら、どうして僕が呑み込まれた場面で、外へと《聖剣》の一撃が通ったのか。
もともと、《鎧蜘蛛》たちの皮膚は硬いはずだった。女王蜘蛛ともなると、僕の強化された《聖剣》ですら―――攻撃を弾き。足の動きを逸らせるのが、やっとだったはずだ。なのに、あの部分だけは、なぜか攻撃が通った。
―――なぜか。
―――あそこだけ、皮膚が弱いからだ。
「うおらっ―――ああああああああああああああああああああっっ―――!!」
僕は魔物の腹の下のに潜り込んだ。
すぐさま、地面の震動とともに、衝撃が割り込んでくる。『足』が追いついてきたのだ。僕を潰そうと、その鋭い足先を向けてくる。僕はステップを後ろに刻むことで、一度回避し、それから身を翻した。
狙うのは。
魔物の中心点―――そこへと続く、『道』のみ!
なんであろうが関係ない。それが『足』の部位だろうと。僕は魔物の足を駆け抜けて突進し、その上を『橋』のように使いながら―――『腹』に向かって、頭から飛び降りた。
動きを、一つに束ねる。
もう周囲は見ない。ただ、一点のみを見据えて―――渾身の力を振り絞る。
「――――ミスズ!!」
『はいっ、マスター!!』
全ての力を込めた〝突き〟が、炸裂する。
聖剣で魔物の腹へと一撃。刺さったその剣を―――抜かずに横に走りながら斬り上げていく。魔物の絶叫が響き渡ってきた。
腹を、横に裂いた。
瞬間、赤黒く輝く―――膨大な量の魔物の体液が、噴き出してきた。《経験値》の光もこぼれ落ちる。僕の《聖剣》のレベルが上昇した。……もう、振り返っている余裕なんか無い。
魔物の懐に潜り込んだということは、蜘蛛に傷をつけられながらの、諸刃の剣だった。致命的な一撃を与えた後、魔物が僕ごと押し潰そうと体を暴れさせた。それとの戦いだった。一瞬でも気を抜けば―――〝轢き殺される〟。
そんな中で、僕の聖剣の《ステータス》が上昇していき―――さらに前進する力を与えてきた。その足をへし折った。ついに、女王蜘蛛の前足を、切断することができた。
「―――ギェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ――――」
「う。おあああああああああああああああああああああああああああっっっ―――!!」
ステータスが上昇していく。
さらに、たたき割りながら、魔物の装甲を剥がし―――僕は前進する。肩に傷を受ける。女王蜘蛛の反撃が刺さってきた。吹き飛ぶ。しかし、前進する。もう傷口なんか気にしなかった。前しか見なかった。
―――暴風のように。
―――ただ、一陣の風のように。
僕は防御に現れた、《鎧蜘蛛》たちを吹っ飛ばしながら驀進する。四本目、女王蜘蛛の足を切り飛ばす。五本目。叩き折る。
六本目―――その視界の向こうに、赤い目が並んでいた。女王蜘蛛と、目が合った。
――この一騎打ちの、中で。
お互いに、殺意とともに、感情すら通じ合った。どちらも、殺すため。虎視眈々と狙っている。守るべきもの。負けられない理由。
―――だから、僕も。
全力で。聖剣を振り上げた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ!」
突っ込む。
風が吹き抜けるように、その大きな墓の前で。
視界が、聖剣の光りとともに――白い波に、呑み込まれた。




