31 血戦(1)
一撃を振り上げると、衝撃波に巻き込まれて、《鎧蜘蛛》の10匹が吹き飛んだ。
抵抗も虚しく、回転しながら地面に叩きつけられる。そのすぐ上を、弾丸のように《冒険者》が通過した。
《敏捷》:233―――。
その数値は、もはや魔物が目で追える限界を超えていることを示していた。聖剣に力を込めて斬り上げるたびに、光の真空刃が起こった。魔物の足がはじけ飛びながら、さらに八匹が追加で吹き飛ぶ。
《僕》は、突撃した。
《鎧袖一触》―――その言葉が相応しいだろう。《鎧蜘蛛》たちは、その突撃を妨害することが出来なかった。錐もみ状に回転しながら、僕の前方にひとすじの道を作っていく。
一気に押し寄せてくる《ステータス》の波が――さらに速度を上げさせていた。追加で五匹。回転しながら、飛翔し、再び着地したときには二匹を切り捨てていた。圧倒的な《聖剣》の一撃を前に、魔物の満ちた戦場では、悲鳴が上がっていた。
「…………す、ごい」
その光景を見ながら。
メメアは、《雷炎の閃光》を唱える片手を停止させてしまっていた。凍りついたように、魔物と一緒に見つめている。
『マスター! 何をやっているんです。こちらも、〝囮〟にならないと!』
「……う。そ、そうねっ」
呪文詠唱をする。
炎がはじけ飛んでいた。それは魔物を巻き込みながら、次の魔物まで達し―――硬質な皮膚を持つ《鎧蜘蛛》の装甲をはぎ取っていた。地面に火の玉が転がった時には《三匹》を巻き込んで、討伐していた。経験値の光が入ってくる。
「で、でも……違いすぎない……? クレイトたち、もうさっきの一瞬で百匹は討伐しているわよ……?」
『あの人は、敵の本体に向けて―――〝突撃〟するのが、今回の作戦なんです。周囲を《鎧蜘蛛》に囲まれたら、それだけ、そちらに注意を払って、攻撃回数を割かなければならないでしょう?』
「わ、私の今の役割って、『攻撃回数』を減らすだけなの……??」
『悔しかったら、強くなるしかありません!』
と。ここの会話ですら、《剣島都市》の生徒たちが聞いたら、仰天するようなことを言っているのだが。それすら、〝非現実〟とはほど遠いように感じてしまう。それほど、目の前で繰り広げられる―――暴風のような、剣さばきが凄まじすぎるのだ。
突撃する《冒険者》は―――魔物たちの心臓部。《女王蜘蛛》へと向かっている。
かなり直線距離が離れていたが、回転しながら剣を振るい、《鎧蜘蛛》たちを宙に打ち上げながら進むことで―――信じられない速度で達しようとしていた。まだ到達できていないのは、女王蜘蛛が、この墓地を逃げ回っているからだ。
『マスター! 右です!』
「――っぐ!!」
聖剣を横にかざして、《構え》をとった。魔物を振り払う。
―――《クロイチェフの構え》―――。
僕が島に来て、寮母さんから教わった剣術のうち、最強の構えだった。
聖剣をまず高く頭上に伸ばし、それからだらりと垂れるように、顔の前へと向けて『構え』をとる。その剣先を、そっと左手で触るようにしてから、わずかな支えと、心の平静を呼ぶのだ。―――これが、普段の僕の〝動きの遅さ〟では持て余してしまって、あまり強くない型なのだが―――現在の飛躍的に上昇した《ステータス》で使うと、凄まじかった。
まず、全方向に隙が無い。
『円形』―――よく魔物に囲まれた冒険者が、それぞれの方向に剣を向け、お互いをかばい合う陣形があるが―――それを一人でやっているのに近い。後ろから来た魔物も、体を捻り、剣を一周させるだけで切り払うことが出来た。
「使ってみましたけど―――意外とすごい『構え』ですね、寮母さん!? 帰ったら褒めちぎって、お酒を買ってあげますから!」
『マスター! それは、目の前の魔物さんたちを倒してからのお話しですよっ!』
僕らは、最後の決戦となった、《鎧蜘蛛》たちの間を縫って進む。
ミスズの声にも、元気が宿っていた。
先ほどの、会話―――。もう、僕の足手まといではない。と。絶対に、口にしないでほしい、と気持ちを伝えてから、ミスズの中にも何か変化があったようだ。
僕らは進む。聖剣の輝きが増す。回転しながら連撃。襲いかかってきた二匹を屠って、凄まじい速さで女王の元へと向かった。
「…………っ、追いついた!!」
『マスター。魔物さん、戦闘態勢に入っています!』
とうとう、僕は女王蜘蛛へと追いついた。
…………唯一、そこは『なぜか、逃げない』場所だったからだ。今までの墓地の風景とは違い、ひときわ、大きな『墓』があった。
何をやっている……?
いや、何かを、守っている……?
僕にはよく分からなかったが、《聖剣》を構えた。ここからは油断などできない。女王蜘蛛との一対一。まるで、僕らを包み込む、山との戦いのようだった。
「…………行くぞ」
『は、はいっ』
負傷した女王蜘蛛と、睨み合いながら剣を構える。




