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28 ロイス(前編)




「…………ロイ、ス?」

「そう。かつてあなたは、そう呼ばれていたの。ううん、その、『中身』―――かしら」


 少女は、緑の風景を見ながら髪をかき上げた。

 三つ編みのフサが、揺れる。


 その風景は、どこまでいっても透明な青空の下に広がっていた。

 まだ人がこの大陸に多くの文明を築く前、何もないからこそ、透き通って晴れ渡る風景だった。その下に、心地よさそうに巨大樹が葉を茂らせている。木々の葉の、一つ一つが、黄金色に輝いていた。



「英雄ロイスは、世界を変えた」

「……?」


「昔、その言葉が有名だったの。

『彼』は、ある冒険の島を作ることになった。―――ううん、彼そのものが冒険の島だったわ。皆は、彼のことを《始祖しそ冒険者》と呼んでいた」


「しそ、冒険者……?」


「そう。かつて、この世界を覆っていた暗闇を晴らした人物がいた。―――文明の衰退。―――魔物の跋扈ばっこ。そして、―――人間同士の戦争。この世界には、暗闇ばかりがあった。

 それを憂いて、立ち向かった男がいた。そんな冒険譚」


 その少女は、遙か遠く――島の外が見えるように瞳を向けていた。


「魔物は、あなたの暮らす時代よりも、はるかに狂暴で強かったわ。―――それこそ、王国が軍隊を編成して、その半分以上が犠牲になって死者が出ないと、討伐できないような―――《竜》なんかが、各地にうようよいた」

「…………」


「だから、各地の王国が軍隊を強化し、力を持つようになってから―――この世界の〝秩序バランス〟が、一度大きく崩れた時代があった。国が力を持ちすぎたのね。人間同士で争いが始まった」



 その時代に―――《剣島都市サルヴァス》なんてものは、存在しなかった。


 冒険の島がない。《冒険者》がいない。

 かつての、この島には神樹の力―――《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の巨大樹が生い茂っている場所だった。しかし、その『魔力マナ』は、必ずしも〝魔除け〟となる力などではなかった。


 強力な魔物などが、人間が目をつける前から《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の生命力に目をつけており―――その島は『力を求めて、貪るためにやってくる魔物』たちによって占領されていた。

 《剣島都市サルヴァス》は―――昔は〝悪竜〟たちが空を飛び交う、恐ろしい土地だったのだ。



「…………まさか。そんなはず」


「あったの。信じられないでしょうけどね。そして、その島に巣くう《7匹の竜》を単騎撃破し、秩序を打ち立てようとしたのが―――初代の《冒険者》。英雄ロイスよ。

 一介の庶民の生まれでしかなかった彼が、初めて《聖剣》というものと契約をした。《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》へと加護を願って―――その類い稀なる才能を認めた神樹は、自分の代行者として《ある精霊》を送り込んだ」



 それが。

 ―――人類で、初めての『精霊契約』。


 聖剣を手にしたロイスは、各地を転戦して、周辺諸国を悩ませる魔物や――王国の一軍団ですら持て余していた、各地の《魔物の王》たちを討伐していった。たった一人で。彼の戦いぶりは各地の人々の語り草となり、そして彼は、いつしか〝英雄ロイス〟と呼ばれるようになった。


「―――彼には、もう一つだけ。呼び名があってね」

「…………」


「―――《レベル1》のロイスよ。これが示す意味、分かるわよね?」


 ……! と。

 僕はこの瞬間、息を凍りつかせた。


 ―――レベル1。

 上がらない冒険者。どこか、聞き覚えのあるものだった。



「彼は、《剣島都市サルヴァス》という国を建国した。それには、確かに守るべき思想と、理想があった。

 …………あなたも同じよね。《冒険者》。あなたにも、守りたいモノが多くいるでしょう。魔物によって、悲しむ人々を出さないために。家族を失い、母を失い、子を失う……そんな人たちを、一人でも多く救いたいから。冒険を重ねる」


 ―――《剣島都市サルヴァス》は、生まれた。

 ロイスは巨大国家のような都市を生んだ。だったら――現代いまでは、それを《守る》べき者がいる。


「…………」

「どうして、自分が招かれたか――。その理由が、分かった?」


 精霊は、微笑みながら言った。

 それを。その言葉自体を、特別な概念のように―――慈しむように。


 母が、まだ幼い息子に、言い聞かせるように。



「まだ、あなたたちの『冒険』の芽は浅いかもしれない。まだまだ未熟で、剣士までの道のりは遠く、大変なことだってたくさんあるかもしれない。

 ……でも、諦めないで。〝愛〟を、忘れないで。そこに守るべき人たちの顔と、姿を忘れないで。

 ――私と、英雄ロイスが愛し合ったように。あなたと、あなたの精霊も、その無自覚な関係が芽吹くことがあるわ。いつか蕾をつけて、花を結ぶときが来るから――。英雄として、―――島と精霊を見守ってあげてね」



「……あんたは」


 いったい。誰なんだ。

 僕は分からなかった。《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》とは名乗っていた。だが、人格がない、とは思えない。その人は明らかに一人の人間として語り……今は、僕の契約精霊である。ミスズの顔で話している。


 その少女は、花が開いたように微笑んで、


「――――そうね。かつての懐かしい名は、《精霊王》、かな?」

「……っ、」


「さあ、時間ときが来たわ」


 轟音が、この何もなかった地平に響き渡る。

 それは、なにか意識の外から殴りつけているような、遠くから聞こえてくる振動音だった。この『形作られた緑の世界』を、なにか、外から殴りつけているような。―――振動が、細かく、確実に大きくなりながら響く。


「……!?」

「あなたの『お仲間』が、ずいぶん頑張ってくれているみたい。

 ―――ふむ、《雷炎の閃光ファイア・ボルト》―――ね。クスッ。思い出すわ。かつての、賢者様そのものじゃない」


「……?」

「いい仲間を持ちましたね。クレイト。

 まだまだ、世界はあなたを求めている。簡単には解決しない問題ばかりだし、泣き出したり、這いつくばって嗚咽してしまうようなこともあるかもしれない。―――でも、あなたと、あなたの精霊なら、やっていける」


 ―――精霊を、大事にしてね。と。


 僕の最後の部分へと語りかけてから、僕の体をそっと押した。



 世界が、ぐにゃりと歪み始めていた。

 足下が。草むらが。神樹が―――。見えていたモノ全てが、穴の空いたような状態になり、何もない空間に吸い込まれていくように―――景色が湾曲し、消えていこうとする。その中で、僕はまだ聞きたいことがあった。教えてほしいことがあった。


 なのに。その〝少女〟は、僕の頭を〝トン〟と人差し指でついた。


「………っ、待て」


「だから、最後に。あなたには『彼』の残した技能スキルを―――解放してあげる」



 その姿が、僕が見てきた〝ミスズ〟のものではなく。初めての変化―――青い髪をした、美しい女性精霊のものへと変化している。


「……っ、」


稀少技能レア・スキルを―――。解放します。クレイト・シュタイナー。

 それは最前線に立ち続けていた男にして、生涯『無敗』を誇っていた、最強の英雄が使いし最高の技能スキル

 生涯レベル1で過ごし、しかし、強敵と対峙するときのみ、無限に《ステータス上昇》を繰り返していく剣の力。 ―――《限界突破げんかいとっぱ》よ」


「……!」

「いつでも、あなたは発動可能になりました。―――さぁ、《戦場》に赴きなさい」



 世界が崩れ落ちる。

 鏡を粉々に砕いたように、風景が乱れ、風も消え。そして、その歪に壊れかかった神樹を見上げるように―――僕に、背を向けた女性は、



「……ねえ。ロイス」


 静かに、語っていた。

 吹き上げる風。揺れる神樹。生い茂る葉っぱからは、一つ一つが太陽の恵みを受けて輝く、宝石のように輝く葉っぱが。舞う。


「―――いつか、私も、あなたと」


 ――。

 ――――、


 口が動く。

 最後まで、見届けられない。


 振り返らずに。誰にも言わずに。呟いている。

 僕の体が落ちていく。

 暗い世界へと、吸い込まれていく。




 ……


 …………。

 ………………。


 どこまでも、暗い虚空へと。落ちていく。


 だが、不思議とそこは『最後の場所』ではなかった。

 『浮き上がっていく』感覚すらある。天と地が、逆転した感覚。意識の裏にあった、場所。僕が沈んでいくと思っていた場所は実は浮き上がっていて、僕の体は――はるか〝水面の上〟へと引き寄せられていった。


 意識の空白。

 その中で、僕の手の感触が、『なにか』に触れる。



 熱い塊を掴んでいた。

 それは、何百回も、何千回も扱ってきたものだった。今度こそ、『現実』のものと分かる。それは《剣》だった。《聖剣》だ。熱い。今までにないほど熱く―――そして、〝力〟が充実しているのを感じた。


 胸の鼓動が早くなる。

 確かな、力の手応えを感じる。


 僕は、まだ深層の意識から抜けきっていない中で―――その『結合シンクロ』の光から、〝ミスズ〟を、近くに感じた。姿なんか見えなくても。言葉なんて交わさなくても、僕らは繋がっていることが分かった。



 僕は。

 暗闇の中で、その熱い鉄の聖剣を、振り上げた。




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