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27 雷炎の閃光



 凄まじい閃光のごとき光が、辺りを覆った。


 メメアが再び瞳を開けたときには、その炎が地面に刺さって、残り火を上げていた。周囲の様相――地形すらも変えてしまう現象だった。

 木々を巻き込みながら地面を奔り、《雷のごとき炎弾》としてはじけ飛んだ〝一発〟は―――メメアから見て直線、襲いくる《鎧蜘蛛ヨロイグモ》三体を巻き込みながら―――粉みじんに、吹き飛ばしてしまっていた。


 甲高い、魔物の叫び声が響く。

 その一撃は、凄まじい威力だった。魔物の胴体を貫通し、手足だけを残して消し炭にしている。もがき、苦しみながら、バラバラになった『部位パーツ』が蠢いているのが見えた。しかし、それも、一瞬のことで。やがて本体の後を追うように動かなくなった。


 …………。

 ………………想像以上の、威力だった。



「…………す、ごい……」

『マスター! まだ―――来ます』


 放心状態にあったメメアを、そんな精霊の声が呼び戻す。

 すぐさま、戦闘態勢に入った。


 《聖剣図書》―――前例のない力ではあったが、それは、他の聖剣使いたちが〝属性行使〟と呼んで、剣に炎や、風をまとわせるものに近いようだった。いや、むしろ、『物理的な剣の鉄のダメージ』をすべて放棄して、純粋な、『炎』などの属性を固めて、渦のようにまとめて放っているようなものだった。


 だから、メメアの攻撃は《鎧蜘蛛ヨロイグモ》にとって、効果が段違いだった。凄まじい鎧のごとき固い皮膚を持つ魔物にとって、灼熱の火で焼かれるのが、もっとも体の装甲をはぎ取るのに適している。


 メメアは、火の刻印―――《雷炎の閃光ファイア・ボルト》の刻印が浮かんだ、まるで焼き鏝でシルシをつけたような表紙の本を握りしめながら、走り抜けを開始した。冒険の革ブーツが魔物の群れの中を走り抜け、そして、一筋―――助けたかった少年へと向かう。


 魔物たちが、妨害してきた。

 その都度、メメアは手をかざして、


「―――《雷炎の閃光ファイア・ボルト》――!」



 躍るような足さばきで、その戦闘の中でステップを刻んだ。


 この《聖剣図書》での戦闘に必要なのは、立ち回りだ。魔物の全体位置を把握して、『個』を叩く―――把握能力だった。普通の聖剣のように『力』を使った立ち回りでも、魔物の攻撃を弾いてからの防御なども、必要ではない。


 この戦闘は―――最弱の剣すらもロクに振れず、乗馬も出来なかった―――彼女、メメアの得意な戦闘だった。



「―――《雷炎の閃光ファイア・ボルト》―――」


 突入する。

 墓地に何度も、閃光の光が貫いていった。それは炎の弾だ。


 メメアとアイビー主従は、その魔物の厳重な包囲を外側から突破する。―――討伐数〝40匹〟―――しかし。まだ敵の数がいる。


 そして、中央へと踏み込み、見上げるほど巨大な――赤い体の魔物がいる、その場所を見るのである。《女王蜘蛛》の前に、たどり着こうとしていた。


 二人の主従は、突入するのである。








  ***



 …………くらい。


 どれだけ眠っただろう。暗い空間が続いていた。

 静かで、どこにも出口が見えない空間。それが現実のものではなく、意識の水面下の――そのずっと下に潜り込んだ空間だというのは、すぐに分かった。


 僕は、静かな暗さの中にいる。

 ……横たわっているような感覚がした。


 外から、轟音がピリピリと鳴って震えていた。まるで、洞窟の外から聞こえてくるように。そんな中で、僕は深い微睡みから引き戻されるような、そんな気だるさの中で意識を覚醒した。放っておけば、百年でも、千年でも眠っていられる気がした。



 何か忘れているような気もする。

 …………でも、思い出せない。それも、どうでもよくなるような感覚がした。




「―――お目覚めかしら? クレイト・シュタイナー?」



 ―――とっと。

 軽やかな足音とともに、そんな深い意識の底で、現れた女性がいた。


 ……いや、『少女』か?


 彼女は、どこか見覚えのある、柔らかい顔立ちをしていた。


 澄み切った大きな瞳に、あどけない顔の作り。不安そうにすれば年相応よりも幼く見え、元気にすれば同い年くらいの笑顔になる。髪は金色の三つ編み、いつもは『御子服』と呼ばれる――その冒険者に、従者としてついていくモノの服装をしている。


 耳は尖っており、とても愛らしい。

 ――〝精霊耳〟と呼ばれる、その形状をした少女は、ハの字眉毛をしていた。いつもは不安そうに寄せているそれを――今は、凜々しいほどに、明るく開いていた。



「…………ミスズ……?」

「あらっ、『私』のことが分かるのね。じゃあ、それほど意識を覚醒している、ということ。とても喜ばしいことだわ」


 …………。

 …………、いや。


 こいつ・・・は、『違う』 。


 僕は、その神聖な淡い光に包まれた――三つ編みの髪を揺らせて、こちらをのぞき込んでくる少女を睨みつけた。こいつは、違う。ミスズは、こんな風に相手を見下ろすような瞳をして、両手を重ねながらはしゃがない。


 『こいつ』は、違う。

 異物感が、喉元にまでこみ上げてきた。


 同じ顔立ち―――表情をしているからこそ、違う。違和感が明確になる。


「……あら? そう違うこともないわよ。『ご主人様』?

 確かに、私は精霊のミスズじゃないわ。それを―――《剣島都市サルヴァス》であなたと一室で出会い、それから、数多くの冒険を一緒に過ごしてきた―――とする、あの精霊見習いの、駆け出しの少女と仮定するのなら〝違う〟けれど――」

「……どういう、ことだ?」


「中身は、違わない。ってこと。

 ……本質かな? 私たち精霊は、すべて神樹の根っこのように、根は同じ〝魂〟で繋がっているの。『魔力マナ』もそう。すべてが、同じ一つの〝意志〟から生み出されていて―――その恵みの元に、葉が茂り、力の恵みを大地にこぼし続けている」


「…………?」



「私たちは―――《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》――よ」



 また姿が変わった。

 今度は、見たことのない精霊に――。『ううん、違うわね』とアゴに手を当てて、考え込んだ女性は――今度は、僕も見覚えのある、『依頼状斡旋所ワーク・セントラル』の用務員の服装をした、ショートカットヘア、扁桃型アーモンドの瞳をした少女の姿に変わった。



「……! オリヴァ……!」

「受付精霊―――ふーん。今はこんなのもいるのね。便利な世の中になったものだわ。あなたの頭の中を覗いていると興味深い記憶がいっぱい見つかるわね。……でも、この子とはまだ、関わりが薄いみたい。だったら……そうねぇ」


 次に、また姿が変わった。

 光の渦が生まれて、そして体を構成していた『何か』が切り替わるようだった。



「こんな《姿》なんて、どうです? クレイトさん?」

「……! アイビー!」


「王国硬貨、5000センズ分の驚きの顔をどうも。……でも、やっぱり、何か気に入らないみたいですね。あなたが心を許した精霊――本当に、心の奥底に入ってこられる精霊は、やはりこの《姿》なのでしょうか? 話を進めるために、戻すとします」


 再び光となった人影は、三つ編みになり、それから後ろに手を回してのぞき込んでくる。


「…………ん。この姿のほうが、《マスター》のご機嫌もいいみたいです」

「…………何のつもりだ」


「嬉しくないんですか?」


 ミスズの顔をした『何か』は、ちょっと悲しそうに、―――しかし、本人が絶対にやらないよな、そんな艶っぽい眼差しを上目遣いにしながら問いかけてきた。

 その仕草、目の動きは……明らかに、僕にとって『好意のある』ミスズのものだった。



「マスターが喜ぶと思って、この姿をしたのですが。ミスズ、ちょっぴり悲しいです……」

「…………」


「うふ。怒らないでよ。こんな顔立ちをしたのは、〝サービス〟。…………あなたとほんの一時の話しをしたいと思っている、私の好意なんだから」


 その精霊は、指を鳴らした。

 パチン、と軽快な音が空間に鳴り響いた直後に―――辺りを覆っていた暗闇が、吹き飛ぶように姿を変え、それは独特の光景へと出た。


 それは―――。

 緑豊かな葉を生い茂らせた、神樹のある景色だった。


「……!」


 僕が知っている《時代》よりも、遙かに昔の―――《原風景》が残る、緑の草原ばかりの島と、その奥に見える《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》であった。



「原初の島へとようこそ―――《冒険者》」



 その草原に立った〝少女〟は、髪を草原の風に流しながら振り返る。

 三つ編みが風を受けて、神樹のほうへと流れていた。


 同じく、その場所に出てしまっていた僕は、ただ口を開いて呆然と立ち尽くす。



「ここで、あなたを『招いた』のは―――どうしても伝えたいことがあったから。

 《魔物討伐》で、とても苦戦しているようね。あなたと、あなたの信頼する仲間たちの力があっても――それは難しいこと。でも。あなたはまだ倒れる時じゃない。まだ、挫けるときではない。…………《冒険者》」


「…………」


「あなたに一つ。伝えることにしましょうか。この私の愛する『風の丘』で―――《剣島都市サルヴァス》の原風景を眺めながら」



 微笑んだ。

 ミスズの顔だ。でも、それは、明らかにミスズとは違う何か。


 最初ほど不快感を覚えなかったのは、そこに、確かに守るべき――意志を、彼女から感じ取ってしまったからかもしれない。



「心して聞いてね。――――《ロイス》?」






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