24 女王の謡う庭
月夜の下で、その剣舞が荒んでいた。
僕の聖剣が、次々と魔物を叩き潰していってるのだ。
聖剣を振り上げる。硬質な皮膚に覆われた腕―――《鎧蜘蛛》の爪ごとと、それを吹き飛ばしていた。
嵐のような聖剣の暴風の中で、魔物の腕が吹き飛び、宙を舞っていた。
黒い血が噴き上げる。
魔物の腕を切断、八本のうちの一本を切り落として―――重量のある、鉄の塊のような腕が地面に落下した。中には体液も通っていて、粘着質な黒い液体が、ドロリと切り口からあふれ出てくる。
僕はすぐさま剣を横たえ、残った八本のうちの―――三本を、切り飛ばしていた。魔物の絶叫が森に響き渡る。
『マスター!』
「……っ、ああっ。いけるぞ!」
動きをもっと加速させる。
頑丈な地面を選び、その足をめり込ませるようにしてから、全身をバネにして力を込めた。爆発的な突進力が生まれる。
その勢いのまま、別の魔物の集団に突っ込んでいった。すぐさま悲鳴と、白く染まる月夜に、吹き飛ぶ腕のシルエットが浮かぶ。
僕の―――自分の《ステータス》が、更新されていく。
***
《ステータス → 変動》
冒険者:クレイト・シュタイナー
―――契約の御子・ミスズ
分類:聖剣/ → 固有技能《 ??? 》S+
ステータス《契約属性:なし》
レベル:14 → 26
生命力:25 → 36
持久力:21 → 40
敏捷:48 → 59
技量:19 → 34
耐久力:17 → 28
運:1 → _??(計測不能)
***
魔物と戦闘を繰り返し、黒い血を噴き上げるたびに―――《上昇》していく。
体の動きが軽くなった。《敏捷》がまた伸びたのだ。僕は聖剣を動かし――今度こそ、すくい上げるような動きで魔物の下に体を沈めて、それからすれ違い様に聖剣を一閃させた。
とても、体の動きが遅かったときにはできなかった一撃。魔物は、悲鳴を上げながら、そして別の《鎧蜘蛛》たちは僕の姿を見失っていた。次に現れたときには、《墓標》を足場にして、空中を回転しながら現れた。
「―――!!」
「食らえ―――ッ! 《鎧蜘蛛》!」
僕は渾身の力を込めて、振り下ろした。
墓地の戦闘は、そんな戦いに突入する。
群れをなして突撃してくる《鎧蜘蛛》―――その腕を、ひたすら切り払った。ステータスが上昇していく。やっと……魔物と互角だ。これで、いよいよ〝複数〟が相手になる魔元と、対等に渡り合うことが出来る。
僕は聖剣を握りしめて、『やれる……!』と。
そう確信して、魔物たちに構えを取るのであった。『王国剣士の構え』。ここで僕は、寮母さんとの修行で習った、基本的な構えに立ち返ることになった。
『マスター。魔物さんたち……まだ増えます!! 二〇匹……いいえ、これは、もしかして……』
「ああっ、…………100匹は……いる!!」
その闇夜に蠢く、赤い目を。
周囲の闇の中で、僕らは完全に〝孤立〟した状況になっていた。メメアとアイビーの主従は、すでに視界の外にいる。僕らが完全に敵を引きつけてしまっている。腕を潰し、もぎ取り、そして魔物のどす黒い体液をぶちまけて―――〝殺し〟ていた。
そのことで、闇に蠢く赤い瞳が、熱狂するように怒りを湛えて……僕らに、殺到してくるのである。殺した。潰した。なぎ払った。―――闇夜に、僕の聖剣の光だけが、別物のように月の光を反射させていた。
すると、
「…………っ、」
『な、なんでしょうか……今の〝音〟……?』
《王家の森庭》の―――その最奥地。
その地面が、ぐらつき、振動の波が押し寄せてきたのだ。
…………。
………………。
………………なんだ……?
意味が分からなかった。
僕は今、魔物と囲まれながらも戦いを繰り広げている。―――多勢に無勢、もし少しでも気を抜けば、負けてしまいそうだったが。それでも僕はまだ『これなら、いける』と確信して聖剣を振っているのだった。
討伐数―――おそらく、〝40匹〟を越えている。
そんな聖剣を振りかざしたまま凍りついた僕と、そして同じく、僕の周囲で動きを止めた《鎧蜘蛛》―――。まさに、未知の振動の波が押し寄せてくるように―――地面が揺れ、木々が振動し、傾き―――そして。
僕の周囲の〝墓標〟が、音を立てて崩れ落ちるのが見えた。
「…………?」
『――――マスター!!!! 後ろに、口が』
…………は? と。
僕が、間抜けな顔をして、そんな後ろを振り返った瞬間だった。
――――闇夜の天地の、全ての視界を覆いつくす―――〝赤い目玉〟―――。
僕は見上げて、そのまま瞳を凍りつかせていたのだった。
動けない。
……動こうと思うほど、『それ』は小さくない。
一つ一つが、けた外れに大きく、一個が《鎧蜘蛛》の本体と同じくらいの大きさのものが……八つ。《赤い目玉》が、その眼前に並んでいるのだった。
グチャ……と、粘っこい粘液が、僕の前に落ちる。
僕の肩に、冒険者の鎧に、まとわりつく。
それは魔物の唾液だった。あまりにも巨大すぎる口は、闇夜に開いた奈落の穴のように見えてしまった。すぐに白い糸で、僕の体が拘束される。身動きがとれなくなる。強固で、鋼のような―――固い糸だった。
大きすぎて分からなかった、その魔物の正体は。
(ウソ、だろ……。まさか、《女王蜘蛛》―――)
他の蜘蛛の生態を思い出して、そう戦慄した。
もう、分かったときには手遅れだった。
『なぜ、こんなにも《鎧蜘蛛》がいるのか――?』『なぜ、同じ魔物ばかり、この奥地に集まっているのか―――?』 そんな疑問には、目の前の現実が答えを出してしまっていた。親玉がいたのだ。
レノヴァ村にも、他の冒険者たちにも、その脅威は《鎧蜘蛛》という名でしか伝わっていなかった。
当たり前だ。
『見てきた』ものが。全員――――〝殺されて〟いるからだ。
「……ひっ……」
僕は、怯えた目を向けた。
捕食され、唾液にまみれながら……殺される。溶かされる……。
全身を粟立つ、寒気が襲ってきた。
しかし、もう遅い。
墓地に君臨した、巨大すぎて月を隠す魔物に―――僕は呑み込まれ、体を奪われ、口の中の糸と一緒に呑み込まれていくのだ。暗い洞窟のようになった《内部》では、聖剣の光に照らされて、そんな残骸らしきものが浮かんでいた。
串刺しにされ。
糸のようなものでまかれ。
最初、それが〝何〟か分からなかった。分かりたくなかったのかもしれない。黒い袋のように、ぶらさがって、あるいは切り刻まれて地面に転がる〝それ〟は―――。
聖剣の光が照らす。
絶望しきった、〝それ〟が口を開けて、濁りきった魚のような目で、どこか遠くを見ていた。片目が、腐れ落ちていた。
―――それは、《冒険者》だった。
「う、うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――っっっ」
――〝僕〟は。
暗く、底の見えない絶望の中に、吸い込まれていった。




