23 夜陰の警鐘戦
その剣を振り払ったときには、すでに魔物の『腕』が眼前に迫っていた。
僕は腰をひねり、それから振り上げるように―――抜き身で、背後から迫る魔物の気配を振り払っていた。激しい金属音が鳴る。夜陰に、火花が散った。
「―――クレイト!!」
「ああっ、ヤバい……。メメア、下がってろ」
僕らは、その闘争の渦に突入する。
《魔物》に後をつけられていた。白い糸を垂らす魔物は、そっと地面に下り立ち、それから僕らに向けて毒牙を向けてきたのだ。
僕は剣を振り上げ、そして振り下ろすことで『二連撃』を打ち込んだ。すべて、固い鉄の音に弾かれる。
寮母さんの修行がなかったら―――この時点で、〝即死〟だった。
それほどに、凶悪で、慈悲のない『刃』が、僕らに迫っていた。いや、それは刃ではない。限界まで進化して固くなっているが―――それは、魔物の腕についている『爪』だった。
「――ぐっ、コイツが…………《鎧蜘蛛》か……!?」
「ま、間違いないと思う! だって、特徴と一緒だもん!」
僕とメメアは、後退しながら叫ぶ。
…………ダメだった。正面から打ち掛かってはいけない。
その蜘蛛には、足が『八本』ついている。つまり、一回の攻撃で、『八回』の連撃が来る可能性があると言うことだ。
その腕のどれにも、鋭い刃物のような『爪』がついていた。これが、僕の聖剣を弾いたのだ。
「―――早く、ミスズたちのところに行くぞ……! こいつは、聖剣を折る刃だ!」
「ひいいいい―――っ」
戦って大苦戦しながらも、僕は辛くも攻撃を凌ぎ、ミスズたちの元に急行するのだった。しかし、肝心の精霊も、どこにいるのか分からない。
僕らが走ったすぐ前に、暗い影が飛び出してきた。足が『八本』―――そう見た瞬間に、僕は聖剣を振り下ろしていた。鋼鉄にぶち当たったように、身体が後ろに吹っ飛ぶ。
「…………っく!」
「クレイト! だ、大丈夫!?」
…………平気だ、と言うには、あまりにも腕にしびれが残りすぎていた。
これが、『結合』がない、不利さ。
聖剣を強化しての、《ステータス》の恩恵が受けられていない。つまり、僕の体は、いつもの戦闘よりもはるかに〝ダメージ〟に弱くなってしまっている。こんなに、自分が弱かったか。そう思ってしまうが、相手が強いのだ。
「ぐっ。固い! 鋼鉄の鎧に包まれているみたいだ……。正面から戦うには、やっぱり限界がある!」
「駆け抜けましょう。クレイト! こっちに回り込んできたってことは、きっと後ろが空いているはずよ!」
迷路のようになった墓地で、僕らは背を向けて走った。
『殿』―――この場合は、最後尾が重要になる。精霊が『結合』した冒険者なら『単騎』で駆け抜ければいいのだが、集団で動いていると、どうしても最後尾に攻撃が集中する。
だから、最も戦える攻撃者が、最後尾につく必要があるのだ。僕はメメアの後ろを走るようにして、今攻撃を受けたばかりの《鎧蜘蛛》のことを警戒する。すると、
「――――……っ、」
「お、おいっ。どうしたんだ!? 急に止まるな」
こんな状況下で、メメアが急停止する。
僕は焦ったが、メメアは前しか向いていない。後ろからは《鎧蜘蛛》―――その足音が迫っている。なのに、
「ね、ねえ……クレイト……」
「なんだ。急げ! 早く逃げるんだ」
「あの、さっきの《鎧蜘蛛》……べつに。回り込んでなんか、いなかったかも……?」
「……は?」
僕は、前を見る。
――――赤い八つの目玉が、ギョロリと暗闇でこちらを見ていた。
―――その周囲には、八本の腕。
「…………ま、まさか」
「う、うん。まさか、なんだけど……」
―――『一匹』じゃ、ない!?
僕らの目の前には、そんな絶望の光景が広がっていた。
いや、二匹どころではない。周囲の木々から――― 一本、また一本と、『白い糸』が垂れてくる。
倒せない強敵のシルエットが、次々と、舞い落ちてくる。まさか、という思いが、確信に変わった瞬間だった。
「こいつら――――。一〇匹以上、いるぞ―――」
「そ、そんな。そんな……っ!」
赤い目の集団が、囲んでいる。
この世の地獄だった。僕は《ステータス》の上がっていない聖剣を握り、しかし手を出すことも出来ずに周囲を見た。
「と、突破するぞ―――」
「でもっ、どこに!?」
―――そんなの、知るか!
僕はメメアの手首を持つと、そのまま群れに向かって突入した。まだ、完全に包囲が完成しておらず、着地したばかりで動けない《鎧蜘蛛》の間を狙った。これも、普段の鬼のような修行がなかったら、出来なかった芸当だ。
一度だけなら、突破できる。
しかし、その足下―――周辺には、すぐに『白い糸』が飛ばされ、僕の《聖剣》では絶対に切れないような糸が、周囲を囲った。進路がふさがれる。
「…………くっ」
「押し寄せてくるわ! も、もう、逃げ道なんかないかも!」
最初の一匹が、躍りかかってくる。
横に転がることで、辛うじて回避した。だが、もう身動きがとれない。相手の動きが速かった。
《鎧蜘蛛》は―――それこそ、〝上位ランク〟相応の強敵だった。
そこで、闇の中に浮かんだ、炎がこちらに向かって近づいてきた。それは、《燭台灯》の光だった。
「…………っ、ミスズ!」
「マスター! ま、間に合ってよかったです!」
ホッとしたミスズの明るい顔が―――すぐさま、光の塵になって舞う。
―――『結合』を行使したのだ。
精霊が使う、僕ら冒険者の島。《剣島都市》の秘術。それは聖剣を強化し、冒険者を《強敵》に立ち向かえるようにする、そんな力を与える。
「ぬ、うおあああああああああ―――っ!!!」
振り絞って、聖剣を上に斬り上げた。
光を帯びた《聖剣》だった。今までの、鉛色をいたナマクラの剣とは違い―――今度こそ、魔物の振り下ろしてくる爪を打ち払った。
―――ガキッッッ!! と。
凄まじい音を立てる。手応えがあった。
魔物の足を振り払った。まるで『岩』にでもぶち当たったように、《鎧蜘蛛》の体が後ろに向かって、反動で吹き飛ぶ。―――しかし、強化した聖剣でも、魔物の足を切断することまでは出来なかった。
つまり。
「無傷――――ってことか!! どんだけ固いねん!!」
「く、クレイト。変な言葉遣いになってる!!」
メメアがそう叫ぶが、僕の感情はそれだった。
もう一組の冒険者のほうは、そちらも『結合』して―――本が輝いている。アイビーと無事に合流できたみたいだ。これで《ステータス》の恩恵によって、身体能力が上がるはずだった。魔物の攻撃を避けやすくなる。
…………ただ、それでもまだ、メメアたち冒険者の中では、『攻撃』にかける決定打が不足しているみたいだった。まだ、この冒険が極まる必要がある、のか。
と。
『―――! ますたー!』
気づかなかったが、そんな僕の横っ面に、魔物の脅威が迫っていた。
《鎧蜘蛛》が足を振り上げて、突撃をしてくる。今度は凄まじい動きだった。八本の足を駆使して――――剣士が目に見えない高速で剣をさばくように、次々と『爪』という名の刃物が迫ってくる。
「ぬ、おおおおおおおおっ―――――っっっ!!!」
僕は全身全霊を傾けて、その攻撃を全て振り払っていた。
剣を上に上げることで一撃目を弾き、それから後ろに飛び退いて『すくうようにして襲いかかってきた』爪を回避する。瞬時に横殴りの気配を感じて、『聖騎士の構え』に変えて三本目の爪を受け流し、そしてそのまま前に踏み込んで振り下ろすことによって『四撃目』を打ち落とす。
腰を捻り、袈裟切りにして前進、『五撃目』の発生を叩き潰し―――そして、六撃目。七撃目の《魔物》の腕を、空中回転することで回避する。《ステータス強化》された僕の敏捷なら、可能だった。そして、最後に着地しながら、一緒に『下段斬り』した僕の剣が、最後の魔物の爪を弾く。
…………すべて、それが〝一瞬〟の出来事。
ここまでやっても《鎧蜘蛛》の硬い皮膚を貫くことが出来なかったし、相手にしたのも『一匹』だけだった。
すぐに周囲を囲み、《鎧蜘蛛》たちは三匹同時に襲いかかってくる。僕は息をつく暇も無く応じた。魔物は、そんな『一匹が戦っているから、他は観戦する』なんてお行儀の良さなんか持ち合わせていない。
僕は少しずつ戦いながら―――しかし、確実に体力を削り取られていった。
「…………っ、ぜえ、ぜえ……! なんて、しつこいんだ……!」
『魔物さんたち、マスターを集中的に狙うみたいです。……強い獲物から、からめとっていく習性でもあるのでしょうか……?』
…………ありうる。
僕はその魔物の動きを見ながら、そう心の中で考えていた。
どうも、先ほどのメメアと一緒に逃げたとき、『僕』ばかりを狙っていた気がしたのだ。メメアはあの通り、《冒険者》といってもそこまで戦力が無い。先に、僕から殺して、その後で周囲の冒険者たちをゆっくり料理する――――それくらい考える残忍さも、あるはずだった。
「――っ。だったら、倒れるわけにはいかないな……」
僕は剣を握りしめ、それから跳躍する。
墓の主には申し訳なかったが―――これからは、こっちは『空中戦』だ。
僕は足場を選びながら、その墓標の上を渡り歩き―――魔物の爪を叩き落としながら派手に動いていた。注意を引くためである。その効果は予想以上で、この冒険エリアに集まっている全ての《鎧蜘蛛》が、こちらに引き寄せられているみたいだった。
はたく。落とす。
地上から『無数の槍』が伸びてくるように――――僕目がけて群がる《金属質の爪》を、一つ一つ、打ち落としていく。叩く。戦う。
すると、少しずつ、ある変化が生まれてきた。
『……? マスター』
「ああっ。体が―――軽い?」
僕の剣が、いつの間にか、尋常じゃない輝きを放っていて。
しかも、なぜか身体能力が上がっている気がした。体が軽い。といより、敵の動きが、少しずつ遅くなって見える。…………いや、違う。
(…………まさか……)
思った直後に。
伸ばしてきた硬質の爪―――。金属に覆われたような、鋭利な《鎧蜘蛛》の腕が―――。
―――血のようなどす黒い液体をまき散らして、〝切断〟された。黒い血が経験値となって花開き、月夜の下で、花びらが舞うように渦巻いた。
「……っ、来た……っ」
***
《ステータス → 変動》
冒険者:クレイト・シュタイナー
―――契約の御子・ミスズ
分類:聖剣/ → 固有技能《 ??? 》S+
ステータス《契約属性:なし》
レベル:1 → 14
生命力:5 → 25
持久力:4 → 21
敏捷:11 → 48
技量:5 → 19
耐久力:3 → 17
運:1 → _??(計測不能)
***
…………月夜の下で、僕の体が『ぼうっ』と発光する。
変化が起こり始めていた。




