22 従者たちの戦い
暗闇の中で、その二人は歩いていた。
「……もうダメですよ。ジッとしていましょうよ、どこかに隠れていましょうよ。歩けど歩けど、ここは『お墓』ばっかりですよ。不気味ですよ。〝マスター〟たちの消息も、もうどうなったか分かりませんし……」
「マスターは、きっと生きてますっ!」
と。
冒険者たちが失った《燭台灯》を手にし、(……実は、流れ着いたときに荷物の中からこれだけが転がっていた。川岸にうち上げられたらしい)そう強気な瞳を見せるのは、先頭を切って歩く金髪の女の子―――ミスズだった。
護衛用(……というか、見ようによっては弾よけの身代わり?)のクマを片手に、もう片方で《燭台灯》を握りしめながら、怖い感情を必死に奥歯で噛みつぶしながら、その墓地の先に続く道を見ていた。
…………道のりは、どこまで行っても、不気味な光景ばかりである。
「マスターは生きていますっ! きっと、大丈夫ですっ!」
「……その根拠は、どこから?」
「ミスズの、精霊としてのカンが、そう告げているんです!」
やけに勇ましく、服を濡らした精霊たちは行進をしている。
幸い、魔物たちとは出会わなかった。もし遭遇したら、『人間』と一緒で襲われてしまう。もし、そうなったときは、速やかに《燭台灯》の炎を消して、墓地の影に隠れるつもりだった。
「…………嘘くさいなぁ。そもそも、ミスズさんは、マスターたちが僕らを探しに来るって、そんな全力で信じ込める理由でもあるんですか? もし、隠れてやり過ごすつもりだったら、僕らは逆に迷惑になるんじゃ?」
「いいえ。マスターは、ミスズたちのことを第一に思ってくれています。きっと、はぐれたことが分かったら、探しに来るはずです」
「…………ふぅ。これだもんなあ」
お手上げだ、とばかりにクマの顔の精霊は、抱えられて両手を広げてみせる。
いくら抗弁して、抵抗しようとしてたって、現在の力関係では―――見てのとおり、クマの足が『ぷらーん』と地面から離れてしまっているため、どうにもならない。本来の精霊〝アイビー〟ならともかく、この姿をした〝アイビー〟では、どうしようもないのだ。
意見が通らないことが分かって、クマは達観を決め込んでしまう。この状況を少しでも改善できないかと、彼の言でいうところの『王国通貨、500センズ分の話し合い』とやらを、この場で進めることにした。(……一つには、墓の景色で黙るのが怖いのもある)
「ミスズさん。もしマスターを見つけたら、どうします?」
「……? もちろん、《聖剣》の力になって、マスターを守りますっ!」
「『守る』……。でも、ジッと動かなくて、隠れていたほうが有利になる場面もあると思いますよ? さっきも言ったように。それでも、わざわざ危険を冒して、探しに行くんですか?」
「当然です。マスターが……少しでも、魔物に襲われたときの危険をなくすために。ミスズが、守るって決めているんです」
(…………『守る』……か)
精霊は。
その言葉が、どうしても気になるように、腕の中で考え込む。
「ミスズさん」
「……?」
「どうしてそこまで、《マスター》を守ろうとするんですか?」
クマは、素朴な問いかけを発した。
それは、ミスズにとって予想外の言葉だったらしく、『ふえっ?』と不意打ちを受けたように瞳を丸くしていた。
「だって、少し変じゃないですか。少し行きすぎに思います。
ミスズさんの《マスター》への信頼は……いいと思いますし、僕ら主従だって、それくらいの関係は築けているつもりです。
でも。……それでも、それ以上に、『守る』っていう思考にはならない。冒険で大切な〝相棒〟だとは思っていますが、何が何でも。たとえば、こういう時に、自分が死んでしまうような危機を冒して、助けに行こうだなんて…………しょせんは〝契約〟の上で結ばれた関係の僕らにとって、明らかに行きすぎだと思うのですよ」
精霊のアイビーは言った。
それは、《剣島都市》の多くいる主従とは、異なっているものだと。
普通の主従は、そうはならない。
冒険の中で道が二つに分かれていたら話し合いもするし、反対もするし、自分の意見だって言うはずだ。
…………ある程度。このような場合の時には、自分の考えで、行動に移るはずだ。
でも、それは決して、『《契約者》を、何が何でも守る』――とはならない。まるで、彼の消えた世界に、自分も未練は無い、というように。
その信頼感は、ちょっと妙な気がしていた。
まるで……熱狂的な、崇拝者のように。それを、相手が――《英雄》であるかのように。
「……僕は別に、ミスズさんが『間違っている』なんて言うつもりはないですよ。その信頼関係が羨ましくもありますし。……ただ、ちょっと身を入れすぎというか、相手は何も、第一位の『閃光のベン』様のように、〝英雄〟ではないんですよ?
竜だって倒せないし、ちょっと僕らより強い魔物に囲まれたら、どうしようもない―――。どこにでもいる、普通の冒険者なんですよ? 精霊としての立場から『守るって、少し変じゃないか?』って言わせてもらっているだけです」
「……」
「盾になるって、変じゃないですか? 身を挺して守るなんて……少し妙じゃないんですか? 彼は〝Fランク〟の冒険者です。そりゃ、先日は《グリムベアー騒動》を解決して、遙かに上のランクの魔物を討伐した―――って聞いてはいますが。それでも、そこまで熱を入れる相手なんですかね?」
「…………。ミスズには、難しいことは……分かりません」
ミスズは、そう俯いてしまった。
片手で持った《燭台灯》の灯りが、そんな暗い景色の中を進んでいく。手の中で揺られている。精霊のミスズは、そんな灯りを、心の不安が揺れているように見つめながら、前に進んでいる。
「…………でも、きっと。
ミスズは、ミスズが信じる……《マスター》の見ている景色を。《冒険》を、ずっとそばで見ていたいって……そう思っているんです」
「……?」
「……さっきの話。アイビーさんは、『マスターを守る必要があるのか?』って言いました。ミスズだって、そうは思います。昔から、《剣島都市》でさまよっていた時代からも……ずっと、思っていました。でも」
―――『でも』、と。
ミスズは、その《燭台灯》が浮かぶ夜道を眺めて、
「……でも、違った。《マスター》がいるって、こんなに幸せで、温かいんだ……って。そう思ったんです。冒険で強くなる。誰かを助けて、この広い世界を冒険する―――。
そんなの、絵空事。奇麗事すぎるって……思っている冒険者さんもいるみたいです。ミスズのマスターも、さんざん、馬鹿にされてきました。『できるもんか――』『最底辺が何を――』って」
それは、精霊のミスズにとっても、辛いことだった。
冒険を否定する。
実力を、――否定される。
そんな出来事の連続。そんな毎日。
だが、その瞳から、輝きを失わなかった冒険者がいた。
…………悔しくて、悔しくて。本気で泣いていた冒険者がいた。冒険に、真剣で、悔しくて悔しくて、真剣だからこそ―――誰よりも悔しい。そんな冒険者を見ていた。
「その『絵空事』に―――本気で。命を賭けた人がいたら、どう思います?」
「……!」
「かけるどころか、何十時間も。何百時間も。毎日練習して。修行して、特訓して―――。全身をボロボロにしながら、冒険と向き合った人がいたら、どうしますか」
ミスズは言った。
その人は―――もう、〝英雄〟なのだと。
苦しかった冒険があった。
貧しくて、泣きそうなくらい辛い生活があった。
そんな中で、諦めずに、必死にあがき続けた冒険者がいた。
「―――あなたは、知っていますか。こんな、サルヴァス『最底の冒険譚』を」
ミスズは言った。
誰からも見られない。あがいて、苦しんで、立ち上がっても……誰もその努力を見てくれない裏側があった。手をボロボロにして、血が滲み、もう木剣を握ることが出来なくなった後でも―――『まーた、冒険で失敗したのか。クレイト!』とクラスメイトにからかわれ、笑いものにされても―――自分も笑って、弱音を漏らさない冒険者がいた。
……いつか、爆発しそうだった。
………脆くて、すぐに壊れてしまいそうだった。
あがいて、あがいて、それでも夢中であがき続けた少年は―――いつしか。ミスズの目の前で、聖剣を振り絞って『鮮やかな剣さばき』を見せるようになった。目を奪われそうなほど、それは〝美しい〟―――と思えた。
…………少年は、〝グリム・ベアー〟を、討伐してしまった。
「…………」
「人が聞いたら、笑うかもしれません。馬鹿にされてしまうかも。……『あの日』の成功なんて、聞いただけの人には、きっと何が起こったのか、信じられないのだと思います」
「…………」
「―――でも、ミスズは見ています。その冒険を―――知っています」
言った。
常に後ろに控え、誰よりも―――《従者》として、その少年を見てきた精霊は、言うのだ。
《マスター》が、世界一頑張った。と。
その少年は、自分の中で、英雄なのだと。
「…………」
「魔物に立ち向かうため。何度も、何度も、痛みをこらえて、前に進み続けていたんです。ミスズは、そんなマスターの――《剣》になります。《盾》にもなります」
「……」
「ミスズに出来るのは、それくらいですから」
と。そんな夜道で。
アイビーや、ミスズの体が仄かに光り出した。……いや、光の塵が、舞い始めた。精霊が、『結合』の時に使う、《マナ》の輝きである。
この光は……と。二人の精霊が、顔を合わせたときだった。
「―――ッ、」
「――。―――!!」
闇の奥から、闘争の気配が聞こえてきた。
剣戟の音。
何か武器のようなものを振り、そして、それが硬質な、鉄に覆われたような『何か』に弾かれる音。
この音は、なんだ……? と。
そう一瞬だけ硬直した二人の精霊の前で、夜の中でも浮かび上がる、その『白い糸』―――《魔物》が操っているらしい、その妙な物体が見えていた。
二人の従者は、見上げる。
「…………まさか」
「マスターが、戦っています!」
お互いに目を合わせると、その騒ぎの中の人物を確信し、そして《燭台灯》を揺らして道を進むのであった。




