03 冒険者たちの島
街に出ると、なぜか活気が支配していた。
《熾火の生命樹》――その誕生から、2000年が経過しているらしい。その誕生を祝って、上級生たちが難関と呼ばれる《雪国の竜山脈》で狩りをして、その供え物を持ち帰ってきたというのだ。
僕は、街でその準備をする馬車とすれ違う。
飾りつけに使うのだろう。赤、黄、緑――ぞれぞれの雪の詰まった篭や、オブジェに使うらしい黄色野菜の詰め合わせ。北方で取れる、雪国の作物である《ポッカフルーツ》の鮮やかな朱色も、見えた。馬車は、何台も続いていた。
(……へえ。こんな成果があるのか)
好奇心で足を踏み入れると、最初に目に飛び込んでくるのが、土地一帯を見渡せる―――その景観の整った街。そして、彩るパレードの馬車。感動するのは学園島の生徒たちの人垣。
その背景の《熾火の生命樹》を背景に、城下町の景観となっている石畳を上級生が歩いてくる。
「―――、おい。やべえよな」
「ああ。どれも一流の《上級生》たち―――優秀な学生にのみ与えられる、《ウカコイカ鳥の羽根》を立てた騎士帽子をかぶっている人間だ」
「きゃー! ベン様―!」
僕は。
あまりにも気になったので、野次馬の群れの後ろから顔を出した。それでも大通りを見られなかったので、寮母、マザー・クロイチェフからついでに注文を受けていた『蒸留酒』の小さな樽をほっぽり出して、見学した。
しかし、それでも、まだ見えなかったので、やっぱり『蒸留酒の樽』を手元に引き寄せて(なに、気にするこたぁない。踏んだってバレない)、それをお立ち台にして、背伸びした。
……すると、やっと見えた。
どうやら、この凱旋パレードのような行列は、《上級生の帰還》だったらしい。一流の冒険者でもある上級生たちは、その任務も『A指定』と呼ばれる難しい任務―――『北のドラゴン山脈に登って、ひと月ほど猛吹雪の中で過ごして、《一級モンスター》の討伐』――を、こなしてきたらしい。
難しい冒険なのは、言うまでもなかった。おそらく『F』ランクの僕が千人集まろうが、一万人集まろうが、絶対に不可能だと僕は断言できる。
逆に言うと、それだけすごい、トップレベルの人々だった。
「ああっ、アレを見ろ! 凶悪さでいうと〝ドラゴン・メイジ〟と同等の強さを誇る、幻獣クラスの大物を狩って荷馬車で運んでいるぞ」
「あの虹色の羽根は、《ホーク・キュリアース》か!? 普通だったら、1旅団規模の軍隊が出ても、死者が出てもおかしくないレベルだっつーのに」
(………、すごい)
僕は、見とれてしまった。
それは、底辺でしかなかった僕にとっての、希望の舞台であり。憧れでもある《特待生》たちの博物館であった。
中でも別格なのが『S』に等級分けされる、たった三名しかいないトップランカーたちである。彼らは《剣学院都市》での20.000名の学徒の頂点。『第一位』から『第三位』までの席次の名前で知られており、その戦闘力たるや、もはや一個都市の師団と同等の価値があった。
同じ上級生でも、一つ格下の『A』とは完全に別物である。
同性では頼もしい先輩、異性だと憧れの人に他ならない。実際に、〝剣島都市で恋人にしたい剣士は?〟〝肌寒い《白龍の息の季節》を一緒に過ごしたいのは?〟のランキングでダントツに表を引き離して〝上位陣〟が占めている。(……っていうか、クソッ。なんで一流ランカーってみんな〝美男〟なんだよ!?)
そんな素敵で憎たらしい年上たち。僕だけでなく、野次馬をしている生徒たちすべてが尊敬と憧れと嫉妬と、妬みを持っている。この《剣島都市》では、沸騰するかごとき煩悩情念が表通りを渦巻いていた。
この《行列》――上級生のトップ3。
―――先頭で、凜々しい顔立ちで前進する、隊長らしき男子生徒。《通称、閃光の王子。獣人ベン》
―――帽子をナナメにかぶり。闊達に微笑みながら、観客の声援に手を振っている長身の美人生徒。《通称、赤き戦神魔女のエルフ・マリアリース》
―――獅子のような銀の頭髪。それを隠す無骨な兜と、身の丈よりも幅の広い大楯。不良っぽい出で立ちながらも、周囲を警戒する眼光で『荷馬車』を護衛する男子生徒。《通称。盾の城塞。巨人族ドレモラス》
それが、この剣術の都の〝頂点〟の三名。
第一位。獣人ベン。
第二位。エルフ・マリアリース。
第三位。巨人ドレモイズ。
である。
その名前だけで、各国が震え上がりそうな三名である。
彼らこそが、特級生と呼ばれる《伝承の剣》クラスの聖剣を扱う一流の存在である。
僕の見たところ、『剣の御子』と呼ばれるパートナー精霊はそばにいない。護衛をする必要すらないのか、もしくは、常時見えなくしてあるのか。
(…………そういえば、『剣の御子』を人目にさらすのは、その特徴、作戦をさらけ出しているような愚策―――ってどこかの剣術参考書で見かけたことがあったな。強い人には特徴が分かるんだっけ)
僕は、ぽつり。そんなことを思う。
上級の『剣の闘技』は、読み合いなのだという。そんなことも分かっていない時点で、三流以下の論外にいる僕なのだが、きっとあの三人は、僕なんかが束になって襲いかかっても―――それこそ、千人とか、万人とかでも、決して勝つことのできない『神』のような存在なのだろう。
そして、
(…………あっ、ララさん)
僕は、その控えめな笑顔と、とても美しい青色の瞳で手を振って見せている『上級生の剣士の一人』に、思わずつま先立ってしまった。
見覚えのある顔。ナンバー6。通称『第六位様』である。
蒼い瞳に、茶色の髪。アップで束ねた親しみやすいお姉さんタイプの顔立ちをした人だ。
僕の故郷の英雄。あんな山間と緑ばかりの『田舎小国セルアニア』で、百年に一度と呼ばれる逸材として《剣学院都市》に上った人間。
今の僕が、こうして《剣学院都市》にきたのも、あの麗しのお姉さんの後を追いかけてきたところがあるのかもしれない。
所持する聖剣は《水の契約》を交わしている。剣技は軽妙にして、絶妙。その身体能力が高い。得意は水のフィールド。僕の故郷ではちょっとした自慢であり、英雄視されている人でもあった。
(うわ、うわ。見かけちゃったよ!!)
僕のテンション、急上昇である。
なんだろう。心が温かくなって、今まで疲れていたり、嫌だったり、怒っていたりするすべてが一気に吹き飛んだ気分だった。舞い上がっちゃっているのだ。昔から英雄として憧れ、尊敬していたララさんを見られたからだ。あの人には、人を惹きつける不思議な魅力と雰囲気がある。
見ていると、第二位。マリアリースという赤い髪の毛、切れ長の目を持つ『戦神魔女』から話しかけられ、微笑んでいた。何を話しているんだろう。すごく気になった。どうやらとても仲がいいらしい。
女友達として抱きつかれるララさんを見ながら、『うわ、うわ、うわ、可愛いいいい!』と悶絶即死鼻血ものの僕は、ノミのように必死に狭い樽の上で撥ねていた。(……我ながら、後で考えるとなかなか気持ち悪い)。
寮母であるマザー・クロイチェフが《潰れ酒樽》を見て怒るであろう考えは、この際、僕の頭から吹っ飛んでしまっていた。
と。夢中になっていた僕は、
(――、あ。目が合っ……)
その瞬間。〝バキッ〟と嫌な音が響く。
『……へ?』と思う暇のなかった。僕の『足場』にしていた酒樽が割れ、派手な酒の噴水が上がる。身体のバランスを崩し、他の生徒にぶつかりながら倒れた。
けたたましい音と、一瞬の混乱。「おい! 危ねえじゃねえか!」「ああっ。第六位様が見えなかったあああああああああ!」とか罵倒と悲鳴が入り交じり、「クソが! 損したじゃねえか! Fランク!」とヤジを受け、僕は野次馬の列から蹴り出される。(ちなみに、どうして僕の身分が分かるのかというと、学徒服の襟の色が『鉛色のグレー』であるからだ)
まったくもって、無慈悲なことである。
あれだけ沸き立つパレードの中心にいた『特級生』たちと違って、僕なんて同じ剣士でもハエのようなものである。
同じ故郷をでたはずだったのに―――、片方は、《群衆の憧れの的》になって。もう片方は、お前なんか興味ねえよ、死ね、とばかりにボロクソのドブネズミくらいの扱いで蹴られて、地面を這いながら《パレードの群衆の足》から離脱するのである。
(ぼ、僕だって………)
そう思うが。
なんの実力もない僕が思ったって、砂に落書きをするようなものだ。
僕は《使いっ走り》として。ボロボロに転がっていた『酒樽』を抱え。どう言い訳しようか考えつつ、《剣学院都市》の街中で、とぼとぼと帰るのである。