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21 再出発(リスタート)の討伐





 暗闇の中で、口に入ってきたのは『水』だった。

 液体だ。


 僕はもがきながら顔を上げ、その『水面』―――暗く流れの激しい、その川から顔を上げていた。服が重い。足がもつれそうになる。


 なんとか――川岸まで泳いで、それからゴツゴツした岩場の上に倒れ込むのだった。口を開き、何度もむせる。どうやら、かなりの量の水を飲んでしまったらしい。


「……っ、どこだ、ここは……」


 周りを見る。

 月明かりすら差し込まない―――そんな洞窟のように暗い、狭隘きょうあいの土地だった。目の前には森があるが、僕らが今まで探索していたようなものではない。木々がまばらで、どれも色が剥げており、真冬の倒木のような―――そんな、うっすらと白く浮かび上がる、不気味な幹をさらしていた。


 …………たしか、僕は。

 そうだ、思い出した。


 僕は確か―――獣人に。あの、亜人種の冒険者に陥れられて、遙か高い―――あの崖から落とされたのだった。助かったのは、下に『川』が流れていたかららしい。しかし、その川も急流で、岩を削りながら流れ、命が助かったのが不思議なくらいだった。


「そうだ。……皆は!」


 僕はここで、思い出して顔を上げる。

 なにか、長い夢を見ていた―――そんな意識があって、ふわふわと思考も定まらなかったが、思い出してみると重大なことを忘れていた。ミスズは? メメアは? アイビーは――? ほかの顔が頭に浮かぶ。


 確か、あの時。全員が崩壊する橋から投げ出されていて、その分解する木板と一緒に―――この崖下の谷底へと転落したはずだった。もし急流に呑み込まれたのなら、どこか遠くに行ってしまったかもしれない。


 僕は見回す。川辺を探して回った。

 暗い。とにかく薄暗くて、ほとんど視界が効かなかった。少しずつ目が慣れるようになってきてから、うっすらと月明かりに浮かぶ、この崖下の景色を見回していると、川辺に流れ着いた少女の冒険者を見つけた。


「……っ、お、おい!?」


 僕は駆け寄った。


 メメアに、意識はなかった。長い髪を水に濡らして、音もなく瞳を閉じている。

 息をしていない―――? いや、溺れてしまっているのは明らかだった。僕は川岸に引っぱって上げると、川砂利が転がる中で、その女の子を見た。


「おい、しっかりしろ。メメア。大丈夫か! 死ぬな。死ぬんじゃない」


 反応がない。

 僕は青ざめた。心臓も嫌なくらい早くなる。


 頬を叩いても反応がない。おそらく、僕と違って水を飲み過ぎたんだ。もがき苦しみ、川で溺れて、流された姿が頭に浮かんだ。助けるなら…………もう、今しかない。そう思った。メメアの手足は冷たく、不気味なくらい、ぶらんと力が無い。


「―――、ごめんな」


 断ってから、とっさの処置をした。

 昔、セルアニアの田舎村で溺れかかった村人がいた時、その処置をしていたことを思い出したのだ。心臓のところに手を当てて、一気に押す。そして、繰り返した後に、肺に空気を――外側から送り込む。


 僕はメメアに口を近づけた。繰り返す。決して、こんなところで死んでほしくなかった。《冒険者》として、成功するんじゃなかったのか。アイビーと一緒に世界を回り、自分を馬鹿にしてきた生徒たちを――最強になって、見返すんじゃないのか。


 …………絶対に死なせない。

 ……絶対に……。死なせる、ものかよ……!


 僕は強い決意を込めて、メメアと向き合った。



「―――はっ、――げほっ。げほっ!!」


 しばらくした後に、その少女は息を吹き返した。

 体を丸めながら咳を繰り返している。

 意識が、うっすらとその瞳に戻ってきたらしく、僕の顔を見つめてきた。


 僕は心底ホッとして、肩から力を抜いてしまう。


「……けほっ、どうしたの。クレイト。そんな顔をして」


 よほど、情けない顔をしていたのか。

 メメアはそう言ってから、上半身を起こして、川辺で息を整えるのだった。かなり長い時間が必要だった。それだけ水を飲み過ぎたのだろう。


「心配もするさ。死んだのかと思って。いや、――死んでほしくなくて」

「し、死なないわよっ! なんで。私がこんなところで死ねるわけないじゃないっ!」


 大きな瞳を見開き、口を開いている。


「私にはね、お母様を故郷で幸せにしてあげるって目標と、立派になった《冒険者》の姿を見せる、って目標があるの! だから、それまで―――幽霊になっても、化けて出て、冒険してやるんだからっ!」


「……ゆ、幽霊は困るな」


 ともかく、無事だったのなら、よかった。

 僕は心からそう思い、安堵の息をつくと、それからメメアが『みんなは……?』ときょろきょろ見回した。そんな顔に、僕は今起っている事情を端的に伝えた。



「……っ、そう……。あいつが……獣人ライデルが、やったのね」

「ああ」


 メメアは言った。

 まあ、端的に言って――〝孤立無援〟――ってことだ。


 獣人ライデルに陥れられていた。僕らが村に近づかない、というのも、ある意味あの獣人の計算づくだったのかもしれない。僕らはまんまと獣人の待ち受ける冒険エリアへと足を踏み入れ、そして―――落とされた。


「…………っ、どこまでも卑怯な冒険者! いい、見てなさい。必ず……私とクレイトが、いつか目にものを見せてやるんだから。見返してあげる! 《剣島都市サルヴァス》でも、オチオチ、枕を高くして眠れなくしてあげるわ!」


 悔しそうに、川砂利にうずめた手を握りしめていた。


 ここまでの状況に陥っても、その瞳に宿る炎は―――燃えていた。

 僕は少しだけそれを見て、驚き、安心もする。


 …………よかった、と思った。

 ここで一人にならなくて。


 メメアは冒険に挫けてなどいない。きっと、あの獣人ライデルが宿しているような執念―――いや、それ以上の冒険への執念と、諦めの悪さで、『立ち向かってやる』と思っている。それは、僕らが聞いていた、昔に獣人に試合で負けた頃のメメアじゃなかった。


 きっと、僕一人では、心が挫けていたかもしれない。少しだけ、救われた気がした。


「……」

「な、なによ? こんな時に、ちょっと笑って? あなたヘンよ? クレイト」


「…………いや。『やってやらなくちゃ』―――って思ってな。ありがとう。メメアがいてよかった」

「ふへっ?」


 生まれてこの方、お礼を言われたことがなかったのか。

 そういった言葉に耐性がなさそうな少女が、目を丸くして頬を赤くする。暗闇なのに、分かってしまうほど、耳まで赤かった。


「べ、べつに……いいんだけど? 私の頼もしさが、少しでも分かってくれたら。それより、クレイト? ほかの皆はどこに行ったの? 『精霊』は?」

「…………分からない」


 ………精霊がいない。


 僕は今、冒険者として、そんな状況と向き合わなければならなかった。

 精霊がいない。―――ということは、《聖剣》も使えない。


 いや、それだけならまだよかった。ミスズや、アイビーたち…………精霊たちの安否も気になる。この周囲には魔物の気配が強かった。僕がこの川辺を探し歩いた感じだと、精霊たちはもっと川の奥の方へと流されているらしかった。


 そう考えると……闇夜に月が隠れてしまった時のように、不安である。


「そうね……。精霊がいないってことは、冒険の上でも大ピンチかも……。とにかく、ここから脱出しなくちゃ」

「そうだな」


 メメアは瞳を落として考え込むように言い、僕は同意して頷いた。


 …………ともかく、ここから『脱出』しなければならない。

 あの男――獣人ライデルがやったことは、許されないことだった。


 冒険を妨害する。それなら、まだいい。ヤツは、明確な『悪意』をもって……冒険者の、その希望をも食い尽くしていた。


 ……逃げ道を失って、魔物に倒された《冒険者》たちがいた。

 ……希望を失って、冒険に絶望した《冒険者》たちがいた。


 それは、あらゆる冒険を見守る、《剣島都市サルヴァス》という島の秩序に――違反していた。危険な場所へと送り込んで、実際に被害者が出ている。


 もう。あの男のやったことは、許されるものではない。

 それは、明確な………人を殺してしまう、ことだった。


「――行こう。メメア。もう、こんな場所に長居するつもりはない。僕らは、僕らの力で《冒険》をしないと」

「……そうね。こんなところで、たおれてなるもんですか」


 僕らは歩き始める。

 服は濡れていた。川に落ちたまま、乾かす暇も無く、乾かす《道具》すらもない。道を照らす《燭台灯カンテラ》もなく―――周囲に広がるのは、ただ、静けさのある木々の景色だけ。


 今まで僕らが冒険していた木々とは違い、この周囲には、やけに枯れてしまった白い木が多かった。それが、闇夜に、うっすらと白く見えている。《地図》はなかった。あの急流の中に呑み込まれたままだし……そもそも、手元にあっても、この《冒険エリア》がどこなのか分からない。


 《王家の森庭》の冒険エリアでも―――ずっと、ずっと奥まで、来てしまっていた。


「……! 見て。クレイト。お墓が」

「!」


 そして、僕らの前に広がった光景があった。


 僕らが歩き、川岸から少し離れたとき、そこに見えてきた無数の『石碑せきひ』があった。いや、アレはただの石などではない。――〝墓〟だ。


 はるか昔、まるでここに人が住んでいた時のもののように、そこには無数の墓が建ち並んでいた。石碑のものもあれば、木で十字を作って、乱雑に立ち並んでいるのもある。それが、森の枯れ木の光景で、異様に浮き上がって見えていた。


「……百……いや、下手すると、それ以上あるな……これは」

「は、早く……アイビーたちを探さなきゃ……」


 メメアがそう怯えた目をして、《燭台灯カンテラ》すらも失った夜道の中で、僕の背中にすがりつきながら見回していた。


 ―――早く。

 ―――そして、出来るだけ遠くに、『脱出』を。


 僕らがそう踏みしめていると―――その背後。

 枯れ木の上から、ゆっくりと下りてくる―――《大きな魔物》がいるのだった。僕らは気づかない。そいつは、静かに蠢き、白い糸を垂らしながら下りてきた。


 その魔物を―――《鎧蜘蛛ヨロイグモ》といった。




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