18 回帰せしめし《百討伐》
その翌日から、僕らの冒険が始まった。
いつも通り《再開》した。レノヴァ村の郊外―――他の冒険者たちと顔を合わせないよう、冒険エリアの外れへと進みながら、ひたすら《魔物》の討伐を繰り返した。魔物の中には、大柄で、魔牛のように焼けば食べられるものや、《ヴォーグ鳥》なども存在する。それらを倒しながら、なんとか食いつないで冒険していた。
しかし、魔物の討伐数は―――やはり、稼げていない。
***
《ステータス》 二日目。
―――《冒険者》 クレイト・シュタイナー 魔物討伐 26匹
―――《冒険者》 メメア・ガドラベール 魔物討伐 0匹
〝昇格試験〟終了の日が暮れるまで。…………残り一日。
***
僕は剣を握り、『ぜえ、ぜえ……』と魔物との戦闘を終えながら、そのプレートを見ていた。額を伝う汗をぬぐう。幸い、昨夜の雨が降ってから、天気はずっと晴れをみせている。
……しかし、冒険は、やはりうまくいっていない。
当然だ。そんなに簡単にいくなら、最初から僕らはもっと《成果》を上げていたはずだ。冒険に向けて―――『しがみついてでも、食いついてやる』という強い意志をもったものの、それで聖剣のステータスが大幅に変わるわけでもなかった。
魔物が倒せない。《ステータス》と、レベルが上がらない。
僕らの冒険には、もう『四日目まで』というカウントダウンがついている。聖剣図書と、ポンコツなレベルの上がらない聖剣……その組み合わせだ。
「ダメだったら、冒険をもう諦めなくちゃいけないかも……」
「マスター。そんな事はないです」
と。道中の秘境の橋を渡り、小声でぽつりと漏らした主人のメメアに、一緒についていたお供のアイビーが強く言う。
昨夜のことがあってから、アイビーの心境にも強い変化があった。
今までと違い、『どうやったら、精霊本来の力が使えるか』という一点にのみ絞って、必死に考えている。それは冒険していて、横顔を見ていた僕には分かった。
メメアも、あの夜から、そこまで弱気になった姿を見せていない。
どんなに冒険が厳しくなって、崖や、森の険しくなった場所を踏破しようとも、弱音一つあげずについてくる。服が汚れようが、地形の厳しさによって、枝などですりむいて傷を負おうが……何も言わず、ただ、ひたすら進んでいる。
―――《百討伐》するために。
ただ、それだけの目標のために。僕も、ミスズも、誰もが〝希望〟を最後まで捨てずに、前を向いて進んでいる。
朝からの討伐も、もう昼が過ぎ、そして時刻は―――夕日の傾く、夕方になりつつあった。
僕らは昨夜の一件から、もう村付近には近づかないようにしていた。《冒険者》たちだって、誰が味方か分からない。
いくつもの橋を越え、《王家の森庭》を進んでいたのは――一つに、回復薬などの道具が不足してきたことが理由だった。村に帰れないから、王国硬貨を使っての買い物も出来ない。道具が補給されなければ、あとは、野生の〝薬草〟などを見つけて、使っていくしかない。
戦闘回数が多くなるこの《魔物討伐》では、実はこれが最も重要だった。僕らは魔物をろくに倒せないし、経験値を受け取れない。だったら、戦闘で受ける傷が増えていくばかりなのだ。だから、僕らは、橋を渡りながら『薬草探し』もかねて、冒険エリアの深くを探索していた。
すると、
「……?」
「あれ。誰かいるわね。人数が多くて……《冒険者》たち、かしら?」
僕らは、その集団を発見する。
橋を渡った先だった。……なんか。妙に負傷者が多いな。それが最初の感想。近づいて見てみると、思ったより酷く、防具を引きはがされたり、切り傷を受けたりして――血が滲んでいる冒険者たちが多かった。
「? どうしたんだ?」
「あっ、《あなたたち》は―――」
とっさに、振り返ったケガの少ない冒険者―――(それでも、止血用の布で、頭を巻いていたが)――が、最初に浮かべた感情は、『恐怖』であった。
僕らの顔をじろじろと観察し、それから、肩に入れていた力を抜き、小さく息を吐いた。
「…………良かった。あなたちは、まだ普通の冒険者だったのですね」
「……? どういうことだ?」
「俺たちは……ヤツ。〝獣人ライデル〟という冒険者に騙されて、こんな場所まで足を踏み入れてしまったんです」
忌々しそうに瞳を落としながら、拳で地面を叩いていた。
……? 騙された?
僕らはとっさに、その名前が出てきたことに緊張して身構えるが、どうやら、内容は僕らの置かれている状況とは少し違うみたいだった。
「俺たちは入口付近―――《王家の森庭》の、その入口の冒険エリアで魔物狩りをしていた人数なんです。数は、100人前後……それも、少しずつ数が減っちまっていて、深手を負ったり、もう戦えなくなった冒険者から、《剣島都市》に帰していて、今はこの人数―――10人程度です」
「なんで、こんな場所に?」
「あの男…………獣人ライデルに、騙されたからですよ!」
冒険者は言った。
彼らが魔物《40討伐》を終えて、先に進んだ冒険者たちと合流するために〝レノヴァ村〟へと入ったところだった。その村で休息して、食事にありつき、さらに先の冒険エリア―――中級以上の魔物と遭遇する確率の上がる、そのお口の冒険エリアへと、足を勧めようとしていたときだった。
レノヴァ村の雰囲気が、異様だったという。
すぐに冒険者たちは異変に気づいた。どの食事をする場所も、食料も、先に入っていた《冒険者》たちによって―――すでに、買い占められていた。王国硬貨を見せても、交渉すらさせてもらえなかった、という。
冒険に必要な道具も買えず、補給も出来ない。
しかも―――村を包んでいる冒険者たちの雰囲気は、どこか歪で、暗いものだったという。『気味が悪い空間でしたよ』と冒険者の男は、見てきたままのことを僕らに言い、期待していたような『冒険者同士の助け合い』なんてものが、無くなっていたという。
「それで―――出てきたのが、あの男。〝獣人ライデル〟とかいう、大柄の冒険者の亜人種です。あの男は、『村は独占した。けど、お前ら強そうな冒険者には見どころがある。だから、特別に俺様が〝百討伐〟した狩場を教えてやる』―――って、そう言ったんです」
悔しそうに、頭の止血布に血を滲ませた冒険者が、奥歯を噛んだ。
目つきが鋭い。恨みがこもっていた。
「しかし―――俺たちが案内された場所は、そんなものじゃなかった!!」
「……どういうことだ?」
「《鎧蜘蛛》ですよ!」
と、冒険者は。
その言葉を口にするのも、恐怖がこみ上げてきた目で―――語るのだった。言葉に反応して、別の冒険者たちも、青い顔を上げている。
「その奥の遺跡には、そいつらの〝巣〟になっている場所があった!
もう、剣や、武器などでどうこうできる次元じゃないですよ。わらわらと奥から強敵たちが出てきて―――僕ら冒険者たちの《前衛》が壊滅しました。冒険者たちは、本来一緒に闘ってはいけませんが……この時だけは、仲間と一緒に〝円陣〟を組み、魔物と戦いました。けど……っ、さ、三人が死んだ……」
「……っ!」
その言葉は。
僕の世界を。凍りつかせてしまうものだった。
この森で。
《王家の森庭》で―――人が、魔物によって殺された……?
「暗くなってからの冒険は危険です。俺たち《冒険者》は、その奥地の入口に向かう前にもう壊滅した。…………魔物が、そもそも、強すぎるんです! 〝推奨レベル10〟―――いや、あれは〝推奨レベル20〟はあった! 動きが、全く見えなかった……!」
―――その身体は。足が八本あり。
――それぞれが、歴戦の剣士のように、俊敏に動いて《獲物》に襲いかかってくる。
―――目は赤く。発光しており。
――体の部位の一つ一つが、鉄塊のように、固く、聖剣をも弾き返す。――〝ダメージ〟が通らない。
「…………そんな魔物が」
「あの獣人め!! 自分が倒せない―――いや、手に負えない魔物たちを、俺たちに押しつけやがった! 自分は手を汚さず、冒険エリアの魔物を〝多く確保〟することが目的だった。だから、自分だけ別の場所に向かい―――俺たちを、全滅させた!」
それは。
冒険者として、恥ずべきことだった。あまりにも。
普通の冒険者は、《剣島都市》の生徒として、剣士として。誇りを持って生きてきていた。それは、例えば冒険でほかの剣士の足を引っぱることではない。実力なら、魔物の討伐数で―――昔から。僕が見てきた、どんな卑劣な上級生でも、そうだった。
なのに。
「今ならまだ間に合います。―――どうか、この辺りで留まって魔物狩りをしてください。獣人のハナを明かしてくれ……! 俺たちに言えるのは、それくらいです」
「……!」
「これを。最後の、〝回復薬〟です」
冒険者の男は、そのペンダント入りの水晶石を渡してきた。
…………貴重品である。
僕は目を見開いた。冒険者が持つ持ち物の中でも、特に高価な品物だった。そのペンダントの先端には、淡いオレンジ色の液体を封じ込めた〝回復薬入りの水晶石〟がはめられており、もし危機に瀕した場合、一度きり、砕いて、傷を癒やすことが出来る。
「俺たちにもう、冒険は無理です」
「……っ、」
それを、ボロボロの。辛そうな瞳で訴えてくる。
悔しくて、悔しくて、仕方がない顔で。
「最後の。希望です。あの獣人ライデルは―――冒険で勝った気になっている。ただ、己の実力で〝百討伐〟したわけではないのに! そこには、多くの冒険者の犠牲があって――騙して、陥れて、その上で自分が保ってきた優位なのに。このままじゃ、昇格試験そのものがヤツの思惑通りだ。だから、せめて。一人くらいは」
冒険者の男が、僕の肩を握りしめる。
…………血がついていた。その地は、きっと失っていた仲間たちのものだ。冒険で争うこともなく、外の世界で、王国の争いに巻き込まれて、人と人が争って死んだわけではなく――たった、一人の〝偽りの情報〟に乗せられ、躍らされて、魔物に殺された最後だった。
……それは、どれほど無念だっただろう。
……それは、どれほど悔しくて、絶望しただろう。
「お願いだ。―――《百討伐》して。勝ってくれ」
僕は、その、魔物に囲まれて最後まで生き延びた―――その冒険者たちの背中を見つめる。僕らがありったけの薬草で手当てした後。その冒険者たちは、杖をつきながら、《剣島都市》の島を目指して帰って行くのだった。
……無念を、晴らすこともなく。
……誰が、その獣人に、報復が出来るわけではなく。
ただ、悔しさを噛みしめ、のみ込み、傷口を押さえながら帰路につくのだった。僕らも同じだ。冒険者の弱さが、そうさせるのだった。……たった、冒険で実力がまだ低いだけで。底辺冒険者というだけで―――この世界では、残酷な苦しみが待っていた。
空を見る。
夕暮れの赤と紫を混ぜた空が、山の向こう―――すぐ、そこまで迫ってきていた。僕はその遠い山の景色まで見渡すと、静かに瞳を閉じるのだった。




