16 夕餉の街から
六つの風車小屋が、夕暮れの風に回っていた。
キイ、キイ、と音を立てて遠くから聞こえてくる。もともと風車小屋というものは穀物をすり潰すためにあるらしいが、最初は動物が引いていたらしい。村の鍛冶屋から聞いた。だが、やがて魔物が大陸各地で繁殖し、家畜の牛が襲われるようになって―――風車へと姿を変えたようだ。
僕はそんなことを考えながら、森の間に広がった小道を通り、〝レノヴァ村〟へと入るのだった。村の中には、落ち着いた街並みが広がっている。
***
「―――わあ。テントさんができています!」
「食堂かしら。入って、食べましょう」
僕ら一行が帰ってくると、村では、見慣れない白い幕があった。
小屋のようでいて、全く違う。これは〝テント〟と呼ばれるものだった。冒険者なども、屋外で長い期間魔物を討伐したり、追いかけたりするときに寝泊まりに使ったりするが―――この村の場合は遙かに大きかった。
どうやら、急な旅人が多かったり、今回みたいな《冒険者》が多く流れ込んできている時期には、このテントを広げて夜間の歓迎をしてくれるらしい。場所は村の中央。そのテントに近づくと、食事の香ばしい匂いが鼻孔に広がり、その施設が〝食堂〟の代わりをしていることが、すぐに分かった。
村人に聞くと、冒険二日目から用意を調えてくれたそうである。《王国硬貨》さえ支払えば、僕らみたいな、腹を空かせた冒険者に食事を与えてくれるらしい。
精霊と、冒険者一行。
僕らが、浮き立つ気分でそこに入ると、
「…………よぉ。また、ビンボー臭え冒険者たちが、戻ってきたぜ」
テントの中では、酒の匂いが漂っていた。
僕らは、思わず足を止めてしまう。
「――もう、昇格試験は『二日目』だっつーのに、この森をウロウロ歩いている冒険者がいたんだなぁ。疲れてるなあ。腹を空かせてるみてえだなぁ。…………だが、残念だな。このテントに、お前らに出す〝食事〟なんか、残ってねえのになぁ!」
「ええ。ええ。全くもって、その通り」
胸をつく、嫌な匂い。その中で『軍旅にある王様』のように、敷物を敷き、中央の奥でテーブルを独占しているのは〝獣人ライデル〟と呼ばれる冒険者の男だった。
僕らは、その空間に足を踏み入れて、固まってしまった。
…………食べ物を探すために。
…………冒険で歩き回った体に、ほんの少しの休息を与えるために。冒険者たちは入ってきたのに。
その男は、村の中に仮設した《冒険者たち用のテント》を自分のもののように飲食していた。僕らは王国硬貨を使って支払いをすることで、本来なら中で飲食をしたり、休憩をすることが出来るのだった。
しかし、今回の『テント』は、少し雰囲気が違っていた。
「食事がないって……どういうことだ?」
「――あー、ごめん! 悪い! お兄さん、お兄さん。気を悪くしちゃいけねえ。ただ、ちーっとここにおられる旦那――《獣人ライデル様》のお帰りが早くて、アンタが遅かったんだ」
すかさず、入口の近くにいた、黒い頭巾の男が話しかけてくる。
僕はその小男に見覚えがあった。確か獣人ライデルが連れてきている取り巻きの一人で、〝ラッド〟とかいう人間だ。冒険者ではなさそうで、聖剣だって持っていなかった。だが、その小男は手を揉みながら、僕をジロジロと値踏みするように、
「ん-。悪くねえ。悪くねえが、お兄さんみたいな実力の低い冒険者なんかは招かれてねえんだよ。今夜は、ライデル様が心地よく飲食できる〝お祝い〟の席。残念ながら、お兄さんみてえな冒険者は、お呼びじゃねえんだわ」
というか――。と。
そこで小男は、こらえきれなくなったように黒い頭巾の内側で忍び笑いをして、目だけが見える袋頭巾の中から、
「森の魔物ごときに苦戦して、〝百討伐〟もできないような冒険者が―――村に帰ってきて言い分けねえだろ? ―――アッヒャヒャヒャヒャ!!! 冒険はどうしたんだよ、《冒険者》!!」
「……っ、」
僕は、思わず目を見開いた。
口調が変わった。
今までの媚びるような低い声から、明らかに相手を嘲り笑う、独特の笑い方に変わった。気味の悪い笑い声は、食堂を包む。驚いたことに、黒い鎧の男たちも、その男と一緒に忍び笑いをしているのだ。
「飯にだけありつこうって冒険者だろ、とんでもねえな!」
「《剣島都市》に帰れよっ、ヒヒッ!」
そんな、食堂を包む声。
そこで、僕は気づいた。
…………この食堂に集まっているのが、なにも獣人ライデルが連れてきている取り巻きばかりじゃないことに。普通の冒険者もいた。僕らと一緒に出発して、この森を『ゲドウィーズ教師の話』を聞いて旅立ち、ここまで冒険しているはずの冒険者たちが。
彼らは、気まずそうに、その酒宴の盃を手にしていて、僕らを見ないようにうつむいて食卓についていた。
「…………どういう、ことだ?」
「分からねえのかい? 兄さん。この冒険者たちは、獣人ライデル様に膝を屈したのよ」
「……!」
「獲物を、こっちに回した。―――ああ、勘違いしちゃいけねえ。倒したのは獣人ライデル様と――この護衛の黒の軍団の〝一党〟さ。他の冒険者が回してきた魔物に、トドメを刺すような―――そんな卑しい真似はなさらねえ! 獣人ライデル様はな!」
小男は、両手をいっぱいに広げながらそう宣言していた。
まるで、華やかな酒宴の『理由』を公表するように。
「――獣人ライデル様は、〝百討伐〟を達成したのさ!」
「…………っ!」
それは。
僕にとって、思わず息を凍らせてしまうような言葉だった。
「もうすでに、昇格試験の内容を《達成》されているッ! そのために、必要な犠牲はあったさ。この昇格試験で、冒険エリアが近い《冒険者》たちには、こちらの獲物を捕らないように通達していた―――。当然、獣人ライデル様のためにな。ヒヒッ」
僕の顔を、驚愕が包んだ。
…………そんなこと。
まさかと思った。獲物を回すなんて。そんなこと、《剣島都市》が―――いや、他の冒険者たちが許すのだろうか。だって、百討伐だ。自分たちが目の前の魔物を討伐できないと、昇格試験なんてものが成立しない。
それなのに、
「『報復』が怖いのさ。貧乏冒険者クン。―――なにせ、うちの獣人ライデル様は、〝敵対〟した冒険者には容赦をなさらない。それで、他の冒険者たちも萎縮しちまってるのさ。ヒヒッ」
今度こそ息を呑んだ。
あり得ない。……とんでもない不正が行われているのだ。
しかし、《百討伐》という話しだけは本当だった。見えたのは、入口の奥…………酒を飲んでいるテーブルに着く、獣人ライデルの《ステータス》だった。冒険者プレートが、それに反応している。
目を向けると、確かに、そこには《〝冒険者ライデル〟―――百討伐》という数字が刻まれていた。討伐数だ。それは、数値こそが絶対の意味を持つ冒険の島において、正真正銘、本物の戦果だった。
「……まさか!」
「あぶれた冒険者クンには、残念だけど食事の一つすらも与えられねえ。だって、しょうがねえもんなぁ。……ヒヒッ。最初から、実力のありそうな、めぼしい冒険者たちは声をかけて抑えておいた。声をかけられなかった『君』は―――つまり、それだけの実力、ってこった」
僕と、一緒に入ってきたメメアは、信じられない顔で呆然としていた。
僕らがまだ魔物を10匹と少ししか討伐していない中で、この獣人は、森で魔物を多く狩ってしまっていたのだ。
いや、それだけじゃない。この村の雰囲気もおかしかった。今まで『競争』して、村を使うだけだった冒険者たちの空気が…………まるで、この村ごと、獣人ライデルに『支配』でもされているような雰囲気になってしまっていた。
―――食堂のテントを買収し、他の冒険者たちも取り込み。
獣人ライデルは、まだ他の冒険者たちが〝百討伐〟のため、食糧の確保などに走る『村の恵み』を、すべて自分たちの〝祝い〟とやらで費やしてしまっていた。テーブルの上には《ヴォーグ鳥の丸焼き》などの、巨大なご馳走が積み上がり、酒の瓶は片っ端から開けられ、テントの中は異様な華やぎと、胸をつく酒の匂いに満ちていた。
…………正直。
魔物が、まだ残る《王家の森庭》において―――それは、異様な光景にうつってしまっていた。まるで、この土地での『王様』のような振る舞いである。
頭巾をかぶった小男は、入口で僕らの前を塞ぎながら、言った。僕らの前にも、このレノヴァ村に戻ってきて食事を取ろうとした冒険者たちを、全て追い出していたのだと。
「…………なに、やってるんだ。お前たち」
「俺様は強い。――最初から、そう言っているじゃねえかァ?」
と。呆然と呟いた僕に、口を挟んできたのは獣人の男だった。
冒険者ライデルだ。この男は、テントの中に『主賓席』をつくり、自らが王のようにそこに腰を下ろしていた。周囲を取り巻くのは、暗い顔の冒険者たちばかり。その中でも、目鼻立ちのいい美人な子や、綺麗な冒険者の女の子を近くに集めては―――酒杯に、酒を注ぐ役割をやらせていた。
「この村に残っていいのは、魔物《50討伐》くらいはしてきた強者たちだけだ。俺様がそう選別したからなァ。俺様の言うことは絶対だ。聞いておけば間違いねえ。俺様が、冒険を支援してやる。―――そんな契約を最初から、交わしてやったンだよ。
お前らはどうだァ? ん? 違うよなあ。俺様は、お前みたいな冒険者の顔に見覚えなんかねえからな。―――っつーことはだ、《雑魚》ってことだ。俺様が顔を覚えない冒険者は、雑魚だなァ」
僕らの倍はある―――そんな巨大な体躯の獣人は、ずっしりと椅子を沈ませる。
僕や、メメアの前で、その巨大な頭を向けてきた。ギロリと光る黄色い双眸は、狂暴な竜のようであった。
「そんなボロボロの顔で、村に帰ってくるような〝貧弱〟な冒険者が、今さらこのテントに何のようだァ? 邪魔するんじゃねえ、――チッ。興が削がれちまうな。
…………ん? おやおや、もう片方は、えらく見覚えがある顔じゃねえか。まさか、《リューゲン王国領》の、《メメアお嬢様》じゃねえのか?」
「……っ」
その名を呼ばれて。
戦慄するように、動けなくなった少女を。獣人が巨大な口を開けて笑った。
「が――――ッハッハ!!! こいつぁ傑作だ!! オメエ、こんな〝Fランク〟の最下位争いみたいな昇格試験に混じってやがったのか!」
「……?」
「コイツは面白い。いや、実はな。このクソ女の家と、俺様の実家―――《リューゲン王国領》の家ではな、代々確執があったのよ」
持ち上げて。酒杯をたたき割った。
獣人が初めて、他人に興味を示した。――いや、それは興味を示したと言っていいものなのか分からない。
もっと歪で、怨念のこもったような、そんな暗い眼光だった。
獣人は、メメアのことを、面白い酒の肴でも見つけたように見入るのだった。魔竜のような鋭い眼光を傾けて、メメアに向けて身を乗り出す。周囲の、黒い鎧の男たちも、驚いて会話をしていた。
「――へえ。末の娘が、《剣島都市》に出て聖剣使いになった―――って話は聞いていたが。まさか、ここまで落ちぶれていたとはなァ」
「……っ、」
「が――――ッハッハ!!! いい気味だぜ。《カドラベール》! そうか、隣の冒険者クンは知らねえのか。ああ、そうだよなぁ、言えねえよなあ。リューゲン王国の貴族…………その騎士の家系を。父親が同じく。騎士で。そして、手柄を争った《人間の家》と《獣人の亜人種の家》との間柄だってことはな」
「? 知り合いなのか……?」
僕は、そこまで聞いても分からなかった。
メメアは顔を青くしてうつむいていた。小刻みに手が震えている。――それが〝答え〟だというように。あからさまな恐怖の感情があった。
獣人は言った。
それは―――二人の騎士の《家柄》の物語なのだと。
かつて、リューゲン王国領には、二つの大きな騎士の派閥があった。一つが、国王に仕え、亜人種立ちと敵対する家の《カドラベール家》。そして、もう一方が怪力無双、力にモノを言わせて、粗暴な集団を率いるライデルの実家だ。
二つの《家》の子は、〝騎士〟になるため、儀式を受ける。
それが、国元で行われた―――〝剣士試合〟であった。
「―――アッハッハ、ありゃ傑作だったな! 俺が、ボッコボッコにしてやったのさ。プライドも、全て傷つけてなァ!
コイツは生まれ持って。身分が低い、妾腹の生まれの娘だったのさ。もともと薄汚いのに、何を間違えたのか、名誉ある騎士になろうと『立候補』しちまった。―――ハッ。人づてに聞きゃ、貧しい暮らしをしている母親を助けたくてなったんだとよ」
…………泣かせるねえ。と。
そこまで、獣人は嘲笑しながら、言葉を継いだ後に、
「でも、『騎士』だぜ? 名誉もある。んなもん、生まれてから剣の修行もロクにできずに、馬にも乗れねえ、卑しい卑しい、妾腹の子ができるわけねえだろうが!! 言ってみりゃ〝落ちこぼれ〟なのさ。そいつは」
獣人は言った。まるで過去を掘り返すように。
最高に愉快な、その思い出を語るように。
それが、メメアの最初の挫折。
昔から母親を頼って、弱気な少女が《リューゲン王国領》にいた。その子は、周囲の兄妹や、学友たちからもいじめられ……母親を頼っていた。そんな少女が、実家を出て、騎士試験を受けようとしたのだ。
すべては、自分の大切な『家族』―――母親を養いたいため。
いつしか、家計を助けるため。強くなろうと思った少女は、その試験の場で―――巨体の獣人と遭遇してしまい、完膚なきまでに叩き潰されてしまった。相手は、〝競争相手〟の家の子だったのだ。
……それが。
「が――――ッハッハ!!! 俺様よ!
見せてやりたかったぜえ。コイツが泣き叫んで、青い顔をして震えて、隅っこで弱い魔物のスライムみたいにガタガタ怯えている様をな! 無様だったぜぇ。試験の円刑の闘技場を、隅から隅まで、逃げ回ってしまうもんだからな。《騎士》としても無様、実家の親父からはカンカンに怒られてるんじゃねえのか? 俺様も、試合用の剣でどつき回して、振り回してやった。―――ああ、いい〝お人形遊び〟だったぜ?」
「……っ」
「結局、ボコボコにして―――半殺しにして、気絶させてやったけどな! スッキリしたぜ!」
あれ以来。
メメアは屋敷の外に姿を見せなくなった。それから、いつの間にか故郷でも姿を消していた。どこにいたかといえば、その六女は、《剣島都市》にいたのだ。
「……こんなところに、落ちこぼれて混じっていたとはなァ。俺様が、もうチ~~ッとばっかし早く島に来ていたらなァ。昇格試験なんざさっさと終わらせて、上級生として、一生いたぶってやっていたのになァ。残念だったな」
「……っ、」
「そんな鳴きそうな顔をすんなよ、《妾腹の子》。卑しい、卑しい―――カドラベール?」
獣人は歩いた。その巨大な顔を近づけて、ニヤッと笑うのだった。
背筋が凍ってしまうほど、不気味な笑みだった。
「ああ、嫌だ。嫌だねえ。貧しいって。才能がないから、そのために追放されて《剣島都市》に来たんだろ。ここでなら、何とかなると思って! ――ならねえよ! なに勘違いしてんの? こんなのが、俺様と同類の『聖剣使い』なんて―――吐き気がしちまうぜ。プレートの数字を見せてみろよ。…………ハッ。《0討伐》ぅ!?」
どっと、一斉に。
食堂に集まる黒い鎧たち、いや、それどころか冒険者たちもが、失笑を隠しきれずに笑っていた。
宴の嘲笑。それは黒い笑いでもあった。誰かに向けて、嘲笑っていいものではない。口を横に裂き、思いっきり侮蔑のこもっ口元が、メメアを囲んで笑っていた。
そのメメアは。苦しむように顔をうつむかしていた。その本を。ギュッと握りしめて。
…………その本に、どれだけの想いが込められていたのだろう。
…………その本に、どれだけの思い出と、冒険がこもっていたのだろう。
今まで手放さず、冒険していたのも『意志』があったからだ。なけなしの決意。預かったのが聖剣―――いや、聖剣図書だからこそ、手放さないで今まできた。それは、精霊との大事な絆でもあった。
だから、手放さずに、ゼロ討伐でも、ここにやってきた。諦めなかった。
それは、決して他の冒険者に馬鹿にされたり、笑ったりしていいものではなかった。
「…………ば、馬鹿にしないで……」
「あァ? 聞こえねえよ。どうせお前は、今も役立たずなんだろ。出来もしねえ《冒険》を夢見て。―――おっと、そうだ。いいこと思いついちまったぜ。お前、俺様の囲いの女の中に入ればどうだ?」
「……な、何ですって」
「ちったァ見栄えも良くなるんじゃねえの? お前は、見てくれだけはいいからな。才能のない、能なし、役にも立たない。そんなグズは、せめて俺様が預かって楽しませてやろう、って話してんだよ。お前みたいな《妾腹の子》でも、世の中の役には立つんじゃねえの」
「…………ふざけるなっ! この下種が」
その手を弾き、前に立ちふさがったのは。クマだった。
メメアの相棒。精霊のアイビーだった。
その相棒は、憤慨していた。
本気で〝敵対者〟として、その獣人を相手に立ちふさがっていた。食卓に足を乗せ、伸ばしてくる毛むくじゃらの獣人の手を掴んでいた。そして、振り払おうとして―――逆に、獣人から投げ飛ばされてしまった。
非力な、精霊の力なのだ。
直後に、気分を害した獣人によって、テーブルが投げられる。酒宴の席は、騒然とした。
「……っぐ」
「……アイビー!」
駆け寄ってくるメメアを前にしても、精霊は主人の敵を睨んでいた。
酒宴の場は混乱した。まさか精霊に手を出すような事態は想像していなかったらしい。ほかの冒険者たちも、腰を上げて獣人に何か抵抗をしようとした。しかし、それに備えて黒い鎧の取り巻きたちも動く。
向こうは名族の子。
しかも、メメアと違い、財力を持っている冒険者らしかった。一方は護衛付きの《領主の子》―――。そして、もう一方は、落ちぶれた領主の娘との争いなのだ。誰も手が出せなかった。一方的だった。
「悔しけりゃ、《島》での実力ってモンを見せてみろよ。卑しい六女。《ステータス》だよ、《ステータス》」
「……っ」
「どうせ、出来ねえだろうがなァ。お前は口ばっかりだからな」
獣人が言った。
その口元に浮かぶのは、嘲笑である。
「だいたい。そんなヤツなんか。早く島から消えてくれたほうがいいんだよ。冒険者の可能性? 才能?? ―――ハッ。んなモン、最初から無い、って決まってるだろうがよ。俺様の剣の才能と、今の光景を見て見ろよ。昔とどう違うんだ? アァ?」
「…………っ、」
「お前は一生そのまんまだぜ、カドラベール。家の因縁と、俺様の家。賭けてもいい、お前じゃ一生〝Eランク〟にもなれねえ。ともすれば、魔物のエサだな。―――ハッ、さっさと、食われちまえよ!」
言うと、一斉に黒い鎧の冒険者たちが声を上げた。
笑い声だった。誰もが、この食堂を囲んで、メメアという冒険者を取り囲んでいる。
―――誰も、味方がいない。
――食堂の冒険者たちすら、目を背けて、見て見ぬフリをしてしまっていた。当然だ。ここの支配者は、もう獣人になってしまっている。興を削ぎたくない。もし、この熱気に水を差すような真似をすれば、どうなるか―――それを、全員が理解している顔だった。
だから、
「…………おい。」
僕は、一歩前に出ていた。
《聖剣》を強化している。凄まじい光を帯びていた。ミスズも怒っている。精霊のアイビーごと、メメアを庇うように、獣人の巨大な体の前に出た。…………少しも、恐怖を感じなかった。
光り輝く《聖剣》。
こればっかりは、取り巻きの黒い鎧たちも手が出せなかった。当然だ。普通の―――王国の鉄で作った剣なんか、強化された聖剣を前にしたら、灼熱でも当てられたように真っ二つになるのが相場だ。
今まで笑っていた酒宴の空気が凍りつき、闘争の気配を感じて、他の冒険者たちが一斉に後退していた。僕は本気だ。本気で、動いた獣人ライデルの腕一本、抜き打ちで切り落とすつもりだった。
頭巾をかぶった小男も、悲鳴を上げながら僕から逃げ、獣人ライデルの後ろに隠れてしまっていた。
だが、
「――――フン。誰がお前みたいな格下と、闘うかってーの。勘違いしてんじゃねえ。だいたい、《剣島都市》でもルール違反じゃねえか。私闘は」
「…………」
「おう、つまみ出せ」
その一言だった。
指を鳴らすと、黒い波が一斉に動いた。それは僕の周囲を取り囲み、そのまま鎧を着た獣人集団は、僕らをテントの外へと押しやった。
外は雨の降りだしていた。僕らは問答無用で、そこへ放り出されるのだった。
「―――じゃあな。あばよ。せいぜい――魔物に苦しみながら食われな」
出て行け。と。
そう目を向けてきた獣人の前で、僕らは、テントを追い出された。




