14 作戦
それから、冒険を開始した。
「…………では、改めて自己紹介を」
その小型の精霊は、森で自己紹介を始めた。
冒険者の革装備はしていて、だぼついた服装をしている。その頭の上には、丸い耳だけをぴょこっと出したぐるぐる巻きの布をかぶっていた。
その下の目は、どこまでもつぶらである。
「僕の名前は、精霊の〝アイビー〟。気軽に呼んで貰える冒険者さんは、そのまま呼んでくださって構いません。まあ、あなた方は知らない仲ではないんですし、どんどん呼んでください」
「…………は、はあ」
僕らは、挨拶を交わしていた。
僕が自分の名を名乗り、ミスズがぺこりと頭を下げている。ムッとした目つきで腕を組む精霊であったが、どうも怒っているのではないらしい。もともと、神経質ということだった。今では、主人でもある冒険者メメアの腕の中に、すっぽりと大人しく納まっている。……どうやら、このほうがいざという事態のときに『結合』を発動しやすいのだとか。
……う~~ん。なんだろ。この違和感。
僕は、まじまじと目の前のクマを見た。
「…………すっごいなー。なんというか。はや」
「か、可愛いですー」
僕は呆然として見つめ、ミスズはのぞき込みながら口元に手を当て、目を輝かせていた。
…………同じ精霊ってこと、忘れてないか?
僕はそう思ったが、まあ、気持は分からなくもない。森の中を冒険していて、こんな精霊に出会ってしまったら、そりゃ『かわいい精霊さん』ってなってしまうだろう。
「ところで、クレイトさん」
「ん? なんだ?」
「冒険者としての、価値を教えてください」
と。いきなり。
メメアの腕の中で森を進んでいたクマは、その腕の中からすり抜けるように飛び出すと、短い手を突き出して僕を見上げてきた。
……え? 冒険者としての価値?
「なんだそりゃ?」
「――サルヴァスの島には、外の国からの仕事を紹介する『依頼状斡旋所』を初めとする、さまざまな施設があります。そこでお金を稼ぐための、施設の一つ。
中には『金貨』を取り扱う、『中央換金所』というものもあって、魔物などの毛皮や、珍しい魔石などの《ドロップ品》を売り払い、換金してもらうための場所もあります。…………そして、その中には、冒険者の《お金》を預かってくれる場所もあります」
「……まあ、あるけどさ」
「そこに預けている金額―――それが、真の冒険者の《価値》だと、僕は思っているのです」
そのクマの精霊は、うん、うんと頷きながら言った。
腕を組み、気分は経済評論家である。
「王国硬貨1000センズなら、1000センズの価値のある冒険者。また、『S』ランクのように、一匹で王国硬貨一千万センズの価値のある魔物を倒して貯蓄した冒険者は、一千万センズの価値のある冒険者。
――僕は冒険者さんの『腕』というものを、あんまり信用していません。―――だって、いくら《ランク》が高くても、魔物によっては負ける冒険だって多いはずですし。安定して、多くの魔物を倒し、冒険を成功させている冒険者ほど―――〝腕がいい〟〝優秀だ〟ってなるわけです」
「まあ、そうかもな」
「冒険は、結果オーライかどうかが全てです。―――つまり、〝金〟です。冒険に成功する冒険者さんのところには、必然的にお金が貯まっていき、うなるような金貨に囲まれる冒険者さんほど《ランク》が高いと見ます」
「…………は、はあ」
「ところで、クレイトさんはいくら貯金がありますか? きちんと冒険を成功させてます?」
その精霊のクマは、指を突きつけてくるように腕を上下に振る。
…………そりゃ。
僕は思った。
お金なんて、ぜんぜんない。
貯金に回すほどの余裕なんてなかったし、僕らは元々貧乏な冒険者なのだ。―――たまたま、前回の冒険で《グリム・ベアー》の臨時収入があったとはいえ、まだまだ島の中で《冒険者》としてやっていくには、心細い暮らしぶりだった。
僕が少し迷い、素直にそう告げると、
「………………やっぱり、そうですか。王国硬貨300センズ分の落ち込みです」
「な、なんだよ。失礼な」
金に例えるな、金に。
それが失礼かどうかも微妙だったが、僕はとりあえず抗議した。
あと、さすがに外の世界で《大商人になりたい》と豪語するだけあって、金銭の感覚が考えの隅々まで行き渡っている精霊だな。肩を落として落ち込んでいる。
「…………いえ、べつにクレイトさんだけを責めて落ち込んでいるのではありません。うちのマスターも、なかなかひどい……いいえ、僕も含めて冒険の一行も、同じ感じなので落胆していたんです。うちのマスターの価値なんて、王国硬貨10センズ分ですから」
「…………失礼しちゃうわ。アイビー」
と。ぷいっとそっぽ向くのは、隣で頬を膨らませたメメアである。
「私、これでもちゃんと冒険を重ねているんだから。ステータスの《運》もちょっと高いし、魔物を倒さなくても、冒険エリアで珍しい魔石を拾ったりして、お金にしているわ。…………それに、実家があの大領主の《ガドラベール家》だもの」
「…………〝六女〟じゃないですか。マスター。なんの権力もありませんよ。それに、厄介払いで《剣島都市》にまで追いやられているような人じゃないですか」
「……うぐ」
「実家には、『冒険は、上手くいっている』という見栄張った手紙を送っているせいで……ほとんど、支援らしい支援が届いていません。実質、《剣島都市》で僕らは孤立無援だ」
「……う。うぬぬ」
それは、なんというか。
複雑な事情らしかった。僕の故郷は田舎王国のセルアニアだ。
さすがに冒険者が稼ぐだけの金額を送ってもらうのは無理があったが、生活に困窮していることを言えば、セルアニア産の赤小麦くらいは送ってくれるはずだった。……そこだけは、畑を耕している田舎の両親に感謝しておこう。
と、僕はふと気になった。
「なあ、質問いいか? 二人とも」
「……なんです? クレイトさん。質問によっては、王国硬貨20センズ分の損失だ」
「そんな変なこと聞かないよ。そもそも、なんか妙な組み合わせの『冒険者の主従』だとは思うが……精霊のほうは、どういう理由でそんな姿になっているんだ? もともとか?」
僕は思った。
精霊って色々な種類がいると思っていたが、まさか、こんな珍妙な姿をした精霊がいるとは予想外だった。もともと、僕が知らないだけで《剣島都市》にはこんな種族(?)の精霊がいたのか。それとも、一匹だけなのか。
僕がそんな質問をすると、アイビーは隣を歩きながら腕を組んで、
「…………まあ、あまり難しい話じゃないですけどね。過去、決して数は多くありませんが――――島の中で0.1%ほどの確率で、僕みたいな『変わり種の精霊』というものが生まれてきたそうです」
「え? そうなの?」
「はい。島の歴史の中で、精霊は『女の子ばかり』が多い風潮にありますが……それは、母体となる《熾火の生命樹》という神樹が、女性的な神様だということに由来するものです。だから、その〝生命力〟を分け与えられた精霊は―――みな、女の子の意識をもっているそうです」
それが、基本的なこと。
聖剣の《ステータス》を反映させて、冒険者を陰から支える〝パートナー〟となるため、そちらのほうが都合がいいらしかった。
だが、稀ながらも、アイビーのように性別の違った精霊も出現する。それは数百年も神樹の中をさまよい、やがて、一人の〝契約者〟に見いだされた。
「――人間と精霊の間には、目には見えない〝相性〟というものがあるそうです。召喚の儀式のときに、それを《熾火の生命樹》が見定めて―――その外見や風貌を変えることがあるそうですよ。――――極めて、稀な事情ですけどね」
精霊は語る。
精霊は『主人の願いに応える』という形で、〝聖剣の儀式〟のときに生まれ出てくる。逆にいうと、主人の思いを、強く反映させてしまうのだ。
「僕をこの姿に変えたのは、《熾火の生命樹》――その神樹が、《主人》の願いを聞き届けてしまったからです」
「……願い」
「はい」
と。
ここでアイビーは、その小動物のような眼差しを主人に見つめる。
「……私が。聖剣の儀式のときに、『友達になれますように』……って、願ったの」
「え?」
今まで黙って話を聞いていたメメアが話す。
メメアが言うには、『聖剣の儀式』で、炎に向かって何を言うか迷ったのだそうだ。
もともと、追放されるように、実家がある王国では〝身分の低い生まれ〟〝六女〟―――と言われてきた。貴族のお家というのは世間が狭いもので、一度そんなことを言われると、誰も尋ねてくる人がお近づきになりたがらない。
……友達、というものが、欲しかったそうだ。
生まれて、一度でも。蔑み、嫌がらせではなく、自分を一人の人間として扱ってくれる、そんな『相棒』を。パートナーとして一緒にいるために、その願いを口にした。
「…………それで、〝クマ〟に……?」
「全く。いい迷惑ですよ。王国硬貨1000センズ分の迷惑だ」
「だ、だって、仕方ないじゃない!」
メメアは、クセがかった髪を振りながら言った。
遠い実家を出て、湖の中の島―――《剣島都市》に入ったときは、小さな荷物をまとめてきていた。
「…………すごく、心細かったの! 島に降りたあとも、見慣れない街の屋根が続くし……。喫茶店やお食事屋でのご飯の食べ方も分からなかったし。学生寮に閉じこもると、もう外に出たくないくらい心細かったの。
―――あんなに憧れていた暮らしにも馴染めないし、他の《冒険者》もみんな精霊を連れて歩いていたし。トランク一つだけの荷物を抱えた私なんて、誰からも見向きもされなかったし」
「…………まあ、気持はすごく分かる」
悲しいことに、すごく覚えがある。
僕だって、故郷セルアニア王国を遠く離れて、冒険の島に来たときは死にそうなくらい心細かった。
――冒険の島へ。
最初は憧れだった島も、湖の中に立つ《本物》を見た瞬間、ワクワクと同時にプレッシャーもすごかった。…………本当に、やっていけるのか。って。
両親の反対は押し切ったけど、それでも、僕はやれるつもりだった。だけど、あまりにも大きな島の景色を見た瞬間、圧倒されて、同時にすごく心細かったのも確かだった。新しい土地ということは、未経験なのだ。
そんな中で、聖剣の儀式を迎えた。
…………そりゃ、友達が欲しい、って思うのも仕方なかった。
問題なのは、その気持を神樹の木の根っこの《炎》が汲み取ってしまって、《精霊》を出すときにやらかしたことだ。
「…………まあ、その」
「なんです? その、『フォローをしたかったけど、思いつく言葉がなかった』みたいな顔は」
「…………に、似合ってると思うよ! アイビー。大丈夫だ、心を強く持て。修行さえすれば、きっと強い精霊に生まれ変われるって」
「無理が顔に出てますよ、クレイトさん」
小さな精霊は、ため息をついていた。
そんなこんなで、僕らが森を探索していると、ふと精霊は思うことがあったらしく、僕の肩に『よいしょ』とよじ登りながら声をかけてきた。近づいてきたのは、こっちのほうが話をしやすいと思ったかららしい。
「―――というか、クレイトさん。あなた僕らを助けてくれましたよね。だったら、これから先も、何か考えがあって動いているものと思いたいのですが」
「ん? まあ、…………実はな。特にはない」
「ええええっ!?」
「というのは、冗談だ」
驚愕して叫んだ精霊に、僕は指を立てた。
「まあ、半分は運次第―――ってのは、その通りだったりするんだけども。もう半分は、きちんと考えがあって《王家の森庭》を動いている。計画があるんだ」
「……? 計画、ですか?」
「そうだ」
僕は頷いた。
紙を広げてみる。それはこの冒険のエリアの地図で―――僕らが今まで、コツコツと書き記してきていたものだった。
まずは。この場所を渡って、北へと向かう。
そこには《王家の森庭》のスタート地点とは、反対側。レノヴァ村の北側にある冒険エリアで、まだ人が踏み入ったりしていないエリアが存在していた。深入りはしない。だが、そこそこ距離を詰めていくと、〝中級の魔物が生息する〟とおぼしき地域がある。狙いは、そこである。
ここで、ひとまず、狩りをする。
〝30匹〟でも、〝50匹〟でも、出来るだけ数を稼いでおく。僕が村の鍛冶屋たちから話しを集めた情報によると、そこには水辺があり、魔物も住みやすい土地になっているそうだった。狩りをするには、うってつけである。
僕は事前に《剣島都市》を出てくる前に、ガフと相談して決めていた。無理をしない。その範囲で――魔物を倒していく。
僕が指し示しているのは、初期情報が大雑把にしか書かれていない《筆記地図》のものだった。最初から情報が充実している『地図』に比べたら、最初の完成度こそ劣るかもしれない。だが、《王家の森庭》の場合は、未開の地が多すぎるため、こちらの方が有効になるはずだった。
「………なるほど。確かにそこなら、弱い魔物もいるかもしれませんね。今のうちに《地図》を完成させておけば、他の冒険者と大きく差を開くことができる。理にかなっています。王国硬貨、300センズ分はある思いつきだ」
「そりゃどうも。褒めてもらって光栄だよ」
僕は地図をしまいつつ、言葉を受け取っておいた。
精霊であるとはいえ、このクマも冒険についてはいろいろと考えているらしい。真剣に唸っているクマの目には、『これなら、あるいは……?』という成功までの道筋が灯火として灯っていた。ミスズが、その後ろで『可愛いですー』と抱きしめたそうに、うずうず手を動かしている。
………鍛冶屋を訪ねて情報集めをしたのは、この辺りの狙いもあった。
他の冒険者の動向を把握することは、ある程度重要だったりするのだ。試験に日数を費やす。―――ただ、黙って冒険しているのではなく、僕らはこの冒険エリアを探索して、少しずつ《地図》を埋めていき、全体の情報を把握していくのだ。
それが。僕の今回の目標であった。
「…………ちなみに、クレイトさんたちが〝討伐〟した魔物の数は?」
「ん? まあ、今のところ〝3匹〟だ。最速で村に来ようとしていたからな、道中はかなり駆け足できた。詳細は、この更新されるらしい――〝ステータス〟の書かれた《学生プレート》を見ると分かるみたいだが」
鉛色の〝Fランク〟のプレートを見せながら、僕は話していた。
「いやー。ホントにな、それだけが心配のタネなんだ。うちの聖剣、全然強くないし。一匹だけに集中して戦うことはできても、群れている小型の《魔物》を一掃するのには向いてないしなぁ」
「……? どういうこと?」
「それがな、メメア。僕の聖剣。―――〝レベルが上がらない剣〟なんだよ」
『へ?』と。
僕を見つめる二人の主従の瞳が、大きく円を作った。呆然としている。僕は、自分の腰にある、錆びついた《王国の剣》のような外見の聖剣を指さしていた。
「レベルが上がらない―――いや、レベルに依存しない……っていうのかな? これでも、強い魔物を倒すときもあったんだけど。ただ、その時にも、戦闘が終わるとレベルは元に戻るんだよな」
「なにそれ。そんな剣があるの……?」
まるで、『聞いたことがない』というように二人の主従が唸っていた。メメアだけじゃない。《剣島都市》にいて、ある程度知識があると豪語していた精霊も、その話を聞いて考え込んでしまっていた。
200年神樹の世界にいた精霊の知識を持ってしても―――その『聖剣』が何なのか分からないらしい。あるいは、なにかの間違いなのか。僕だってそう思いたい。僕らが、何夜も《神樹図書館》にこもりっきりで調べ物をしたって、何も見つからなかったのだから。
あの神樹図書館も、《剣島都市》の何百年という歴史が結晶のように詰まっているのだ。そこの本にも、何も書かれていない。
「―――まさか、〝稀少技能〟持ち……ですか? 《剣島都市》には、ごく稀に、そういった天才の生徒が出てくると聞いたことがありますが……」
「でも、《レベル1》だぞ? んな前例あるのか?」
「…………それは。」
―――〝あり得ない〟。
答えを求めるまでもなく、精霊の顔が如実にそう語っていた。
今のところ〝レベル1〟から変化しない。
変化しないなんて、ありえない。
それは聖剣なのだ。レベルアップをしてこそ、聖剣なのだ。
この世界――大陸の〝へそ〟の部分にある、神樹が司る〝ルール〟なのだった。世界のルールと言ってもいい。
《魔物》を倒す。そして、《レベルアップ》をする。その繰り返し。それが《冒険者》にとっての宿命だ。誰かが始めたかなんて分からない。そもそも、最初なんて記録にないのかもしれない。
そんな、大昔から《冒険者たち》を支えてきた島の〝ルール〟を、その聖剣は裏切ってしまっているのだ。これが僕らならいい。今まで、島のルールで生活してきた冒険者の主従には、いきなり話しても信じられないだろう。
クマの精霊も、癖毛を持った長い髪の主人も、『……?』と顔を合わせて、お互いに僕の言葉に困惑を示すのだった。




