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13 レノヴァ村の問題(後編)




 その場所に入った僕らは、倉庫を前にしていた。

 パン屋の裏の小屋の扉は固く閉ざされている。店主の〝ドット〟さんいわく―――あの扉のほかに、小屋に入れるのは上にある通気口の小窓だけらしく、そこからよじ登って侵入したらしい。……ということは、非常に小さな精霊ということになる。


 扉には、内側から『つっかえ棒』のようなものがされていた。…………完全な『立てこもり』である。

 ようやく、主従揃っての再会となるのか。

 僕とミスズは、しみじみとその光景を眺めていた。きっと、感動的な再会になるかもしれない。しかし、そんな僕らを待ち受けていたのは、意外な返事だった。



「―――アイビー! ねっ、聞いてよ。アイビー。迎えに来たわ!」


『…………ついに追いついてきやがりましたね、マスター! か、かかってくるなら、こいってんだ。僕は、一歩も譲りませんからね!』



 ……。

 …………、え?


 今、なんか妙な言葉が聞こえてこなかったか??

 僕とミスズは、思わず顔を見合わせてしまった。


『僕はもう家出した精霊なんです。マスターとは無関係なんです。他人なんです。

 こうなったら徹底抗戦してやりますよ。僕を連れ戻そうとしても、そう問屋が卸すか――ってモンです。ハッ!』


 と、えらく可愛げのない精霊の声が聞こえてきた。


 おいおい、こりゃどういうことなんだ? と僕らは呆気にとられる。精霊と合流したら、もう問題解決になる流れじゃなかったのか。



『僕は、――もう無謀な冒険を繰り返す〝契約主マスター〟なんて、飽き飽きしているんです! 僕は金輪際、これっぽっちも関わりませんからね。やれるモンなら、やれってんだ。鉄の杭でも、城を打ち壊す槌でも―――なんでも、雨あられですよ! この閉ざした扉、破れるものなら、破ってみろってんだ!』


「…………あのー。あと、うちの自慢の倉庫、ぶっ壊されたらたまらないんですけど……」



 精霊の反抗に、メメアが瞳を丸くし。そして、控えめにパン屋の店主であるドットさんが、手を上げながらそんなことを呟いていた。…………だが、精霊はそんな言葉気にしていない。



『ヘッ。魔物も倒せない冒険者なんて、僕は認めませんから!』


「…………だ、だって。仕方ないじゃない。アイビー! 私たちは、弱小の底辺冒険者なんだし……。そ、それに、ほらっ。今から協力して、〝昇格試験〟に価値上がれれば……〝ランクE〟になれるのよっ? ほら、すごいじゃない。威張れるじゃない。私たち、もっと大きな冒険の依頼とか来るかもしれないんだから」


『―――それも、〝ランクE〟になれたら、の話でしょうが! マスター。僕は最初から信用なんてしてませんから。最初から反対していたんだ。

 無謀な冒険。毎日毎日、やれるのは〝失敗って〟頭についた冒険ばっかり! 冒険では成功しないし、〝魔物〟には追いかけ回されるし。先日なんか―――あんなでっかい魔物に、どつき回されていたじゃないですか。なぜ学習しないんですか!?」


「…………う、うう。それは……」


『そんなので、僕らが目指していたような凄腕の冒険者って言えるんですか? 僕は、もう今の生活にコリゴリなんです!』


 と。どうやら。


 そのやさぐれた精霊の場合は、精霊のほうの立場が上なようだった。


 とても、珍しい現象である。

 普通だったら―――他の王国の冒険者たちは、精霊に命令をしたりして、冒険を進めていく立場にあるはずである。しかも、もとは〝貴族〟だとか〝身分のある〟という冒険者なら、なおさら偉そうに上に立つものだった。

 そのせいで、精霊に学生寮の掃除を強要したり、『授業についてくること』を恥ずかしがって、留守をさせるような傲慢なマスターが多いのに、どうやらこの一行は違うようである。



「えーっと。つまり。この精霊、主人に愛想尽かした……ってことなのか?」

『そこに、誰かいるんですか?』


「……え?」


 僕が控えめにそう発言すると、耳ざとく精霊は反応していた。


『―――おおかた、森を抜けるために頼んだ協力者なんでしょうね。僕のマスターは、一人で森を突っ切るほど実力はありませんし』

「…………すごい見抜かれてるな。また、それが外れていない、ってのも」



 よほど、信用ないんだなぁ。と。


 元々ダメなマスターとして身に覚えのある僕は、悲しくなって肩を落とす。

 精霊はそのこと自体には構わないみたいだった。だが、マスターと一緒に冒険するつもりは言葉の通りないようである。……悲しいことだが、冒険が上手くいかないマスターと精霊の場合、辿る運命でもある。


『僕は―――もともと、立派な精霊だったんです』

「?」


 小屋の前で首をかしげる僕に、精霊は宣言した。


『僕の名前は、《アイビー》―――大きな夢を抱える、《剣島都市サルヴァス》に昔からいる精霊だったんです。《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》から生まれた精霊の中で、立派な古株の精霊だった。

 ――それこそ、200年以上もずっと生きていた精霊なんです。それなのに、このマスターと契約してから、僕の人生は踏んだり蹴ったり、だ』


 ―――授業に出れば。笑われ。

 ―――森を歩けば、冒険に失敗し。


 精霊は言った。メメアという主人を持ってから『冒険が上手くいかなくて、主人は変な《聖剣》を持っていて―――』と話していた。

 もともとは、もっと華やかな冒険者と活躍するつもりだったのに。……現実は、違っていて、いつも失敗ばかりの〝冒険者見習い〟でしかなかった。魔物は倒せないし、倒せないから聖剣の《ステータス》は上がらない。


『――そもそも、《聖剣図書》なんかで、魔物が倒せるかっ! ってモンなんですよ! この契約自体が間違っていた。巡り合わせが、ダメだったんです!』


 精霊は叫んだ。

 ……この主従の場合は『力が弱すぎる』ということだった。その悩みが解決できていない。なのに、主人は無謀な冒険ばかり繰り返す。

 本当なら、もっと違う冒険者マスターのもとで活躍していたはずだと言う。神樹の世界から生まれて、約200年ものあいだ生きてきた大精霊は、もっと活躍が出来るはずだった。



『―――だから、僕は。今から――思いっきって別の生き方をする。そう決意したんです』


「……え? 別の生き方??」


『そうっ。〝精霊初の大商人〟になるっ! この世界を股にかけ、九つの海を制覇し、八つの大陸を渡り歩き、精霊初の夢の大商人となる! それが今の僕の目標です。精霊でも世間を渡り歩ける。……そんな、昔からの夢を叶えたい!』


 精霊は、まるで明るい世界が見えているように、そう宣言してしまった。

 …………小屋の中で。

 小さな、薄汚れてボロい、小屋の中で。


 僕らは、顔を合わせた。驚きを浮かべる僕とミスズの主従と、別の意味で衝撃を受けているメメア。そして、緑エプロンの店主さんは、『…………精霊って、商人になれるんですか?』と単純な疑問をぶつけ、小首をかしげていた。


『…………前々から、どうやって独立して商人になれないか考えていたんです。元々、金勘定のやりくりは好きでしたし。

 …………なんとかお金を稼いで、一人前として生きていきたい。そのためには、《冒険者》のお手伝いをする――ってことが、手っ取り早い近道だと思っていたんですが。もう我慢の限界だ! 独立ストライキです。

 王国世界の他の首都には、〝商人ギルド〟や〝商人の町〟なんてものが存在するそうじゃないですか。僕も勉強しましたよ。王国硬貨の稼ぎ方。精霊だって、努力をすればそこまで行き着けるはずなんです。自分の努力一本、腕一本で、稼いで生きる……!』


「そ、そんなっ。考え直してよ! アイビー! 成功するわけないじゃない。精霊が、そんな。外で働くなんて。《剣島都市サルヴァス》を出るなんて。ほら、私たちの冒険だって、きっと今からうまくいくはずよ!」


『――嫌だっ! 僕はいい加減ウンザリなんだ。くる日もくる日も、貧しい冒険の成果と、食卓にのっているパン一切れ。……それに、貧乏な生活…………知っていますよ、マスター。実家からの支援も、もうあんまり受けられないんでしょう!? 《冒険者として、順調に成功している》――そんな嘘の手紙を、見栄はって、故郷になんか送りつけているから!!』


「…………う、うぐっ」


『今日から、危険な〝冒険者業〟―――そんなもの、廃業します!』



 精霊は、そう小屋の内側で胸を張るように宣言した。

 ――宣言、してしまった。


 小屋の外では、僕らは呆然と口を開けていた。パン屋さんだけは『ええええええ!?』と派手に驚いてくれていたが、メメアは固まっていたし、ミスズはきょとんと、まだ事態が飲み込めずに瞳を瞬きしていた。


「えっと……マスター。どういうことですか? 《精霊》さん、商人になりたいってお話しされてますけど」


「えっと、つまりだな。ミスズ。この精霊さんは、主人の聖剣と才能にウンザリして、それだったら『単独で動いたほうがいい』っていう理屈で……独立して、王都に向かって商人になろうとしているんだと。で、この立てこもりは、その第一段階。家出だな」


「ええええ―――っ。た、大変です!」


 僕がボリボリ、頭を掻きながら困惑して言うと、精霊のミスズはやっと事態が飲み込めたらしく両目を子供みたいに丸くして、慌てる仕草をした。このままじゃ、本当に精霊が離反してしまう。独立して、王国の商人になって(?)しまう。



「か、考え直してくれないの……? アイビー」


『嫌ですね。僕は、もうマスターの飼い犬じゃありません』


 そんな会話が、小屋の前で交わされる。

 ミスズは『ますたー。ど、どうしましょう……?』とおろおろと、僕を見上げてくるし。後ろではパン屋のドットさんが、『あぁ……もうお終いだ。面倒くさいことになってるっぽい……』と頭を抱えている。こっちは、自宅の財産である小屋が、突然やってきた正体不明の精霊に占拠されていることを言っているのだろう。


 僕はその小屋を、眺めていた。


 …………精霊が、遠く離れて。

 …………それから、〝元手〟を作って、〝商売〟……か。



 それも、悪くはないかもしれない。

 一つの道だとは思う。考え方の違いだ。方法や、生き方を考えるのだって、その精霊の自由だと思うし。もしミスズが同じことを言ったとしても、僕は考え込んでしまうだろう。結局は、引き止めないかもしれない。


 ただ。

 ……だけど、どうしても、それでも僕は心の中で引っかかることがあった。それを探して、一つ、口にする。



「…………けど。それって。放り出すことに……ならないか?」

『え?』


 呟いた僕の声に、小屋の中の精霊が反応し、それから小屋の扉の前にいた冒険者と精霊たちが、僕の顔を振り返る。


『………どういうこと……ですか』


「いや。確かに、精霊としては堅実に生きたいかもしれない……。冒険に付き合わせるのだって、僕ら《冒険者》の勝手でもあるんだし。マスターから離れて、どこか遠くに行きたい―――そう考える精霊だっているかもしれない。《商人》になりたい、っていうのは少し意外だったけど。でも、止めるための支配権は、僕らにはないはずだ」


 僕は、思う。

 失敗ばかりの冒険だと、嫌になる精霊の気持ちだって分かる。魔物が倒せなくて、歯がゆい思いをするのは人間側ばかりじゃないだろう。《商人》なんて選択肢……他の精霊は思いもしないかもしれない。もし挑戦するなら、精霊として、試したい気持ちを止めることは出来ないだろう。


 それは否定しない。

 ………否定は、しない。が。


「―――でも、さ。それって結局、『目の前の冒険』を………投げ出してしまっていることに、なるんじゃないかって」


『……』


「《剣島都市サルヴァス》でずっと一緒に過ごしてきて、苦楽を分かち合って……。一緒に、乗り越えてきたんだよな? そんな相棒がいるんだよな? ―――成功したときは喜び合ったり、どんなに小さな出来事でも分かち合ったり、キツいときには一緒に苦境を乗り越えたり…………そんなことをした人が、いるんだよな? ――《冒険者》が、いたんだよな?」



 僕は思う。

 それは冒険の《相棒パートナー》だった。


 人によっては、それを《道具》と言うかもしれない。聖剣の付属品、強化をするためだけにいる〝力の根源〟だと。しかし、そんな精霊でも、立って歩き、表情を見せるのである。嬉しいことがあったときは笑い、苦しいことがあったときは一緒に泣き。

 …………そんな、冒険者側の相棒として見ているのは……なにも、こちらだけなのだろうか?


 ……精霊は。

 そんなこと、僕ら《冒険者》に、思ってくれていないのだろうか。



「……僕は、ミスズのことを《相棒パートナー》だと思う」


 僕は、隣りに立つミスズを見る。

 初めて遭遇した魔物スライムの姿すら、怖くてたまらなかった時期があった。二人で震えて。『あわわわわ』『ミスズ! 『結合シンクロ』、『結合シンクロ』だっっ!』と震えながら、手を重ねて腰を抜かしていた時期もあった。

 聖剣を握る手には汗が染み、奥歯が緊張で鳴っていた。…………その感触は、今でも覚えている。

 そんな時、〝誰か〟がいてくれたことが―――どれほど心強かったことか。



「ますたー……!」


 ミスズは、そんなボクの話を聞き、手を握りしめている。


 とても不安な暮らしの中で――ふと、お祝いをすることがあった。それは島の祝日だったり、お祭りの日だったりした。そんなとき、どんなに貧乏な暮らしの中でも、ちょっとした〝ケーキ〟とご馳走を買って、寮に持ち帰ったときの温かさはどれほどか。

 二人でテーブルを囲んで喜んでいた。ときどき、寮母さんが乱入してきて、大変な騒ぎになることもあったが……それは、それで、楽しくて。大事な思い出だった。どんなに落ちぶれて底辺生活を送っていても、それだけは、否定したくない。


 ――あれの、どれだけ幸せだったことか。


 どんな、小さなことも。嬉しかったし。

 どんな、苦しいことも、二人なら乗り越えられた。


 そんな《剣島都市サルヴァス》の僕らにとって、〝相棒パートナー〟というのは、決して記号や道具のものなどではなかった。それは、なにも僕らだけではない。きっと、精霊も、同じはずだった。


「だけど。〝アイビー〟。…………お前は、その『相手』に別れも告げずに、どこか遠くへ行こうとしていないか? 何も言わずに。追いつかれなかったら、そのまま、冒険エリアの外に出て行くつもりじゃなかったのか?」


『…………』


「精霊が《商人》をする。……それは、僕は悪くはないと思うよ。否定しない。でも、それは、キッチリとお互いの冒険にきりをつけてから―――。お互いに納得した形で、始めるべきなんじゃないのか? 僕は、そう思う」


『………。分からないですよ。あなたには』


 が。しかし。

 小屋の中で、ふて腐れた精霊は、そっぽを向いてしまったらしい。ふて腐れた声で、僕の話に感情をぶつけてきた。


『うちのマスターは。どうしようもないんです。…………本当に、弱いし。《呪文》の一つも使えないし。いいですか? 冒険者さん。あなたは、外で魔物に出会って、『剣も持っていない』という恐怖が分かりますか? そんなので、冒険が成功すると思いますか?』


「……それは」


『それに。僕なんかがいなくても、マスターはきっと《剣島都市サルヴァス》でうまく冒険者をやっていくはずです。僕は、〝現状を打開〟したかったんだ。

 どうせ―――どうせ、すぐにマスターは、すぐに次の新しい精霊と〝契約〟をするはずですよ。―――きっと、できます。むしろ、僕よりも上手くいく』


「…………本気で、そう思っているのか? 〝アイビー〟」


『……? ええ』


「………メメアが、誰でもいい。って。精霊なら誰でもいいし、すぐに次の精霊と契約を結ぶ―――って、そう思うのか?」


『――くどいですね。違いますか?』



 ……、ああ。違うな。


 僕は、気を引き締めた。

 言ってやらねばならない。盛大に息を吸う。それから――。この、間違いの大きすぎる、馬鹿精霊に、根性をたたき直してやろうと思った。


 声に、腹を絞って力を込める。



「…………メメアを、見ろ。アイビー」


『……?』


「見えないかもしれないけどな。臆病に閉ざしている固い扉の向こうから―――見えるもんなら、見て欲しいんだ。メメアが、どれだけ泥を服につけながら、この冒険エリアを〝たった一人〟で進んできたのか」


『……!』


「――メメアの姿は、決して、臆病な冒険者なんかじゃないよ。アイビー。次の精霊をすぐに探すっていう、その辺の《契約者マスター》のものとは大違いだ。

 ――どれだけ、精霊を探すために、心細い思いをして、森の中を探索してきたのか。服を枝に引っかけ、泥がついて、この小屋の前に探しに来たのか。――メメアは、《王家の森庭》の冒険エリアを進んできた。

 僕らに会えなくても、きっと、精霊を見つけるまで進んできたはずだ。僕には分かる。だって、僕だって同じようにミスズがいなくなったら、探しに来ると思うから。そこに計算なんかない。どれだけ危険なのかも―――関係ない」


『……っ、』


「……どうでもいい。次がある、って。そう本気で思ってんなら、扉を開けてみてみろよ。アイビー。これが。大人しく《剣島都市サルヴァス》に帰っていく冒険者に見えるのか?」



 僕は言った。

 そう叱った。言える立場じゃない。えらそうにそう言ってられるほど冒険者として優れているわけじゃない……それも分かっていたが。でも、言わずにはいられなかった。この主従にはすれ違いがある。そして、それは、きっと間違っている―――はずだから。


 すると、しばらく間を置いて。

 その精霊は、静かに息をついた。



『……、いいえ。思いませんよ、冒険者さん。うちのマスターは、もともとそういうところ無謀な人でしたから……』


「……!」


『変なところ頑固なんですから……分かっていますよ。どうせ、森を追いかけてくる、って言うのも分かっていました。心配はしていたんです。

 だけど、成功しないんですよ。どうしようもないんだ。僕らの冒険は! 行き詰まってる。―――何か、きっと。変化をつける『きっかけ』しかない。今の僕らが変わるには…………なにかが、ないと』


 ―――全て、〝八方ふさがり〟だ。と。


 その精霊は、そう言うのだった。

 何か冒険に変化をつけなければならない。しかし、魔物と直接殴り合えない《聖剣図書》なんかじゃ、何も変えられない。



「……だったら、」



 僕は、言った。

 それこそ、心の底からの思いを、言葉にするため。


「―――じゃあ、今から。その〝冒険〟を―――越えれば、いいんじゃないか!」


『……え?』


「変化をつけるんじゃない。気持ちで、向き合ってみるんだ。限界の壁をよじ登り、もっと遠くを見るように―――。なにも、《剣島都市サルヴァス》に『こうしなければいけない』なんてルールは存在しないんだ。冒険だって、僕らが手伝う」


『……』


「上手くいかないなら、今からうまくいく。――そう思えばいいんじゃないかな。なにも前回と同じ冒険ばかりとは限らない。

 もしかしたら、その《聖剣図書》も別の使い道があるかもしれない。直接。殴ってみられないこともない。全部、やってみるんだ。解決していこう。

 ……今まで倒せなかった魔物が、倒せるかもしれないだろ? そしたら、〝レベルアップ〟だ。経験値が入ってくる。そしたら、また変化が起きるかもしれない。冒険がトントン拍子に進んでいくかもしれない―――そうは、思えないか?」



 それを、人は無計画と呼ぶが。

 しかし、いい。構わない。僕らはそうやってずっと冒険をしてきたのだ。行き当たりばったりでも冒険するしかない。今はレベルアップしなくても、次がレベルアップする。そんな可能性がある限りは。


 《ステータス》ばかりの世界だった。…………だけど、ステータスに縛られない何かだって、きっとこの世界には存在するはずなのだ。

 『聖剣図書』なんて珍しい武器なのだ。魔物を一掃できるような、猛威をふるう呪文を覚えるかもしれない。そうすれば冒険は大逆転だ。人生だって、大逆転がある。



「――それを元手に。《剣島都市サルヴァス》で、小さな商売でも初めてみてもいいじゃないか? ほら、冒険と商売を両立する人間なんて、めったにいなかっただろ。しかもそれは《精霊》だ! ―――絶対、注目が集まるって。話題になって、道具も売れていくかもな」


『………楽観的ですね』


「おう。僕は元々、根が暗かったんだ。だけど、せっかくの《冒険》なんだから、もっと明るくてもいいよな。って最近は思うようになった。

 ――それこそ。〝グズグズする一生よりも。駆け抜けた一生のほうが満足だし楽しい〟――ってね! 僕の故郷、セルアニア王国の格言だ!」



 僕は空を指さし、ミスズや、メメアなど小屋を囲むメンバーに見せつける。


 ……。

 …………。

 …………あれ? スベった?


 僕は、自分を囲む人間の、あまりにも長い沈黙に慌てて見回した。長い間放置されていたからてっきり『なにやってんの、あの人……』みたいな反応で、白い目を向けられているかと思いきや、少し違うみたいだった。



『…………。変な冒険者ですね』


「うん。そうなの。アイビー。だけど、ずっと頼りになる。他の人たちよりも。どの冒険者よりも。……私は、そう思ってついてきたの。ね。アイビー。それも悪くないんじゃない?」


 メメアがそう片目をつぶると、やがて、小屋の扉を静かに開ける音が聞こえてきた。



「……! アイビー!」


「……家出は、もうすこし見合わせることにします。僕は、まだ…………冒険に未練があるみたいだ」


 そうして。出てきた精霊を、メメアが抱きしめている。


 その姿は小っこく、頭に布を巻き、西方の交易大国のようなだぼついた服装をしていた。《交易隊商スタイル》の出で立ちなのだが――異様なのはそこではない。

 なぜなら。その出てきた精霊の姿は――。小型の、〝クマのぬいぐるみ〟みたいな外見をしていたからだ。



「―――こんにちは。僕がこのメメア・カドラベールの契約精霊――〝アイビー〟といいます。こんな〝クマのぬいぐるみ〟みたいな体をしていますが、契約するときに―――《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》に変えられたんですよね。ですから」


「……で、ですから?」


「次から、僕の姿を見て笑ったりした人は――ぶん殴ります」



 柔らかそうな拳を握りしめ、その人畜無害そうな精霊は、ピュアな黒い目を向けてきていた。








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