12 レノヴァ村の問題(中編)
僕らがその精霊の噂を聞いたのは、意外にも鍛冶屋からだった。
「―――へ? 精霊がいる?」
「そうだな~。朝っぱらから、妙~~な精霊が、村に隠れているって聞くからヨ? 探してみるといいんじゃないか。ゲコ?」
話すのは、亜人種―――《グレッグ族》。
僕が腰掛けて、その正面で鍛冶仕事をしながら口を動かすのは、カエル顔の種族の男だった。年齢はもう中年に入っているだろうか。
カエル顔の種族……。〝グレッグ族〟というのは、歴史が古い。
この世界には《剣島都市》を中心とした、その周辺に冒険エリアや、各王国が広がった地形があり…………その大陸の中でも、南側にばらばらと集落がある〝亜人種の地域〟の生まれらしかった。主に、〝鍛冶業〟や〝修復業〟が得意という種族である。『ハンマーと一緒に一生を生きる』と言われている種族で、『ゲコ、ゲコ』とした特徴的な話し方と、そしてものの修理が何よりも大好きだ、ということが異色の民族だった。
…………この鍛冶屋も、そんな《グレッグ族》の生まれらしい。
「く。詳しくっ! 詳しく教えなさい、カエル顔!」
「~~ゲコゲコー。苦しいゲコ。あんまり首元を締め付けないでほしいケロ。《冒険者》は横暴で、乱暴だって、大陸中の全ての旅人に宣伝して回ってもいいゲコか?」
「いいからっ! お、し、え、て!」
と、必死に身を乗り出すのは、一緒に鍛冶屋まで足を運んできた冒険者のメメアだった。非力な冒険者の少女は、自分の『精霊』の情報が出たとたん、身を乗り出していた。必死さが違う。
そんな女の子に、鍛冶屋は『ケロケロ~~』と苦しそうに首をすくめていた。ちなみに、《グレッグ族》は僕ら《人間》よりも、やや身長が低い。その愛らしいチャーミングな瞳と、お腹の周りに腹巻きをしている。(…………冷えるのだろうか?)
「……親方。僕らにも、詳しく教えてくれませんか」
「ん――。そうは言うけど、俺っちもそこまで詳しくは知らねえケロよ? けど、なんでも、今日は朝から《王家の森庭》の冒険エリアで、冒険者たちが昇格試験をやる―――っつー話しだったからよ。そのつもりでいたんだけど、一匹、妙な精霊が村に迷い込んで来ちまってて。ゲコ」
「…………妙な精霊……ですか?」
「うむ。なんでも、『僕の存在は、隠しておいてください』ってな」
僕らは、顔を見合わせる。
もともと、この鍛冶屋にやってきたのは『情報』を得るためである。この《王家の森庭》で何が起こっているのか。他の冒険者たちは、どう動いているのか―――。なにせ僕らはレノヴァ村に到着したばかり、周囲の状況もまだ分かっていない。
だから、まず、村に着いたら尋ねるのが〝鍛冶屋〟さんである。
なぜって、旅人や冒険者にとって、〝魔物退治〟と〝刀鍛冶〟は切っても切れない関係にあるからである。ぶっちゃけ、冒険者の情報が集まりやすい。僕ら冒険者がおしかけて、水や食料、その他の冒険道具がどう売れているのか。そんな情報なんかも、入手しやすいからだ。
「…………けど、探していた『精霊』の情報まで貰えるとは、思わなかったな」
「……そ、そうですね」
僕が考え、ミスズが隣で同意している。
ミスズだって同じ〝精霊〟のことだから、心配そうな顔をしているのは変わらなかった。こんな森の中で、《契約主》とはぐれてウロウロしているなんて、心細くはならないのか。僕もミスズと同じ意見である。
カエル顔の鍛冶屋が言うには、この周辺に来ている冒険者は、おおよそ100名いるらしい。
これは、最初に昇格試験が始まった《入口の付近》で集合していた冒険者が300名いたことを考えると……けっこうな数が流れ込んできていることになる。もっと時間が経てば、人数が増えていきそうだった。
「……ふーーーむ」
「ま。幸い、この辺りに危険で凶悪な魔物は、まだ出没していないケロけど。お前さんたち、夜に外に出て冒険しようなんてアホなことはしちゃダメゲコよ? なにせ、村の外れの《遺跡》の方面には、〝アイツ〟が出没するゲコ」
「……? アイツって?」
「《鎧蜘蛛》、ゲコ」
その名前を、恐怖の代名詞のように。
口にする鍛冶屋は、『ぶるっ』と一度身震いをするのであった。顔を青くする。
「ヤツは恐ろしいゲコ。この森、《王家の森庭》が―――封鎖された理由でも、あるケロ」
声のトーンが、低くなり。
カエル顔の鍛冶屋は、まるで、大昔の危険すぎる伝承話をするように警告してきた。その大きな顔が、眼前近くまで迫ってくる。……顔が近い。
「その昔。この土地に、まだ小さな『王国』があった頃に、王様が飼っていた一匹の《魔物》が暴走したケロ。そいつは、最初は小さくて、珍しく、色もキレイで、王宮を訪れる客人を一緒に歓迎していた存在らしいケロが――やがて、大きく、手がつけられない魔物になったみたい。ケロ」
「…………ごくり。」
「それが、《鎧蜘蛛》。王が死に、一族も他国に攻められて滅ぼされると――この王国があった奥地を、根城にするようになったケロ。倒そう、などと考えちゃダメゲコ。そいつに会ったら逃げるゲコ。旅人も、冒険者も、多くが命を落としているゲコ」
カエル顔の鍛冶屋は、話す。
それが、通称―――《鎧蜘蛛》なのだそうだ。
推奨ランク、Dどころか、〝C〟―――。僕らが先日に戦った、グリムベアーよりも遙かに強い。その魔物を中心として《王家の森庭》の魔物たちは強く、狂暴になり、いつしか禁域として冒険者たちは奥に入り込まないよう、封鎖されていた。
長年、旅人や冒険者たちを敵対している魔物であったが、人里には攻撃してこないため、放置状態にされている。
「…………それが、〝禁域〟の正体……か」
「この地の奥深くに足を踏み入れると、その《魔物の領域》に侵入してしまうケロ。…………王様の、墓の近くだケロな。自分が王様のつもりか、はたまた、違う意図があるのか――それは分からん。悪くすると、逃げ遅れて、その毒牙にかかって―――体を八つ裂き。腕も、引き千切られてしまうケロ」
「ひいいいい――っ」
「お、恐ろしいこと言わないでよっ!」
ミスズが顔を真っ青にして震え、今でも泣き出しそうな子供の顔をする。その隣では、メメアが癖のついた髪を動かして、抗議のために身構えていた。
……だけど。
僕は思った。なにも、その魔物と関わらなければいけないという理由はなく、今回は〝百討伐〟。つまり、他の魔物を倒せば、条件達成である。《鎧蜘蛛》を討伐することはない。
「分かりました。忠告、ありがとうございます」
「うむ。素直な冒険者は好きケロ。気をつけるゲコっ!」
僕が了解の意志を伝えると、カエル顔の鍛冶屋はうなずいて、背中を叩いてくれた。
「ときに、お前さんたちは《聖剣》をもってるゲコ? どれくらい〝レベルアップ〟したケロ? この森で戦っていけるか、心配ケロ~。俺っちは元々《剣島都市》の鍛冶屋にも修行で働いたことがあるゲコ。……が、あの島の中みたいに、急激なレベルアップはさせてあげられねえのが残念ゲコ」
「へ? できないんですか? 〝レベルアップ〟?」
「そりゃ、《熾火の生命樹》の業火がないと無理だケロ~。なんせ、聖剣の生みの親の炎なんだから。ゲコ」
………まあ、そりゃそう……なるのか?
僕は首をかしげた。
もともと、聖剣というのは、材料になった神樹からの鉄と同じ物質や、要素を持っているものじゃないと《強化》できないらしかった。聖剣の鉄は、そもそも、他の王国世界で使われる鉄なんかとは別物なのだから。普通の鉄で強化しようと思っても、無理だ。
つまり、アレである。
《剣島都市》の冒険者たちが、途中この村で〝レベルアップ〟をしに来ることは―――絶対にない。つまり、この昇格試験がスタートしたときから、《王家の森庭》での冒険で差が生まれることはない。ということだ。
《ステータス》を高めることはできない。
方法はあるかもしれないが。
……数は、あくまで、限られている。
これは、僕らにとって十分追い風になることだった。
「………ふーむ。また、『情報』が増えたな」
「ちなみに、そっちのお嬢ちゃんの《ステータス》は? どうケロ?」
「へっ?」
いきなりカエル顔の鍛冶屋に振られて、メメアは目を丸くした。
「ど、ど、どうして…………? べべべべ、べつにいいじゃない。私の《ステータス》なんか!」
「そういや、見たことがなかったな……。メメアの《ステータス》」
学生プレートらしき鉛色のカードを、背中を丸めながら隠して『こっちに来ないで!』という顔をするメメア。僕らの視線が注がれる。
「お嬢ちゃん、関係ないことはねえケロ。この人たち、あんたの旅の同伴者なんだゲコ? それなのに、一緒に戦う人に《ステータス》を隠すのは裏切りゲコ。鍛冶屋の俺っちにも、それくらい分かるケロ」
「――ミスズも、メメア様のステータス。みたいです!」
カエル顔の鍛冶屋が職人気質の顔で言い、ミスズが(たぶん興味本位)の顔でぱあっと笑顔を作り、両手を胸の前で重ねて言う。
メメアは、追い込まれて、しぶしぶ『カード』を差し出した。
鍛冶屋に集まる、全員でのぞき込む。
****
《ステータス》 メメア・カドラベール
―――契約の御子・アイビー(クラス『F』)
分類:聖剣図書/予備効果なし
ステータス《契約属性:なし》
レベル:3
生命力:7
持久力:6
敏捷:8
技量:15
耐久力:3
運:12
****
「…………低いな」
「低いゲコ」
「…………う。その、少し……低い気がしますー」
「ちょ――ちょっと、なんであなたたちにそんなこと言われなくちゃいけないの!? というか、あなたっ! クレイト! 人のことばっかり言ってあなたもFランクじゃない! それに、精霊ちゃんだって見せてって言ったのそっちだし! あと、カエル鍛冶屋! あなた、私の聖剣のステータスなんか見ても分からないでしょ!?」
僕らが同時に言うと、メメアが噛みつくように顔を赤くして、周りに吠えている。子犬が威嚇しているような顔だった。
「むふー。言ったはずゲコー。俺っちは元々《剣島都市》の鍛冶屋にもいた職人ゲコ。だから、生徒たちの《学生プレート》を見て、そのステータスが高いのか、低いのかを見定めることくらい出来るゲコ」
「……う、うぬぬぬ」
「まだまだ、一人前の冒険は難しいみたいだケロー。お前さんたち、もっと励んで、精進して、立派な冒険者になって村に帰ってくるケロ。期待しない程度に、応援してやるケロ~」
「う、うるさいわね!」
メメアが顔を赤くし、そんなやり取りをしている。
……と。
「―――た、大変だ――――っ!!!」
「……?」
駆け込んできた青年がいた。
どうも、その姿は冒険者じゃないらしい。この村の住人のようだった。アッシュブロンドの田舎でよく見るような短髪に、緑色のエプロンの前掛けをしている。
その男は、鍛冶屋の入口で『ぜえ、ぜえ』と息を整え、
「た、大変なんだ」
「……おお? パン屋のドットじゃねえケロ。今日は朝から冒険者たちが多く押しかけてきて、商売や繁盛、いい調子だって言っていたのにどうしたんだゲコ??」
「そ、それが、それどころじゃねえんだ! 大変なんだよ! 俺が使ってるパンの小麦粉倉庫に精霊が入り込んだんたよ!」
「け、ケロ?」
「中から栓をしてるみたいなんだよ!」
騒ぎを聞きつけたのは、メメアだった。
『まさか』と瞳を大きく見開くと、走り寄ってパン屋に近づき、そのエプロンごしの襟首を握りしめていた。
「その精霊、どこなのっ!?」
「うおっ!? な、なんだ!? アンタ」
「冒険者よ。精霊を探しているの。その精霊の、特徴は? どんな仕草をしていた? 喋り方は?」
「さ、さあ……。立てこもられただけだからな。………ってか、妙にヘンクツな喋り方をする精霊だったな。『いいですか、これはあなたにとっても有益になる交渉です』……とか、なんとか。入った隙間も小さかったし。たぶん、えらく小さな精霊が悪さをしているんだと思うけど……」
「――アイビーに間違いないわ!」
つま先だって事情を聞いていたメメアは、僕に振り返ってくる。
僕らは、ようやく精霊の手がかりを見つけて、村の中の奥へと足を運ぶのだった。




