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11 レノヴァ村の問題(前編)





 その精霊を探すためには、村中の樽や、木箱などを漁る必要があるらしかった。


 なぜ、そうなのかは僕らにはちょっと分からなかったが……。とにかく、契約主マスターである冒険者メメアが言っているのだ。そう信じて探すしかない。



「…………うーむ、見つからないなあ」


「ですねぇ」



 僕らはごそごそと路地を漁り、ミスズと背中を合わせるようにして樽の中をのぞきこんだりしている。中から、虫や、汚い住処すみかを好む生き物なんかが出てくる洗礼もあって、向こうを探していた少女メメアが、悲鳴を上げながら帰ってくる。


 ………そんなこんなで、二の刻ほど時間が経過していたが。



「……に、しても。どこにもいないな。おい、メメア、本当にこんなとこにいるのか?」


「う、うん。たぶん間違いないと思う。あの子、どこかに必ず隠れると思うから」



 隠れるって、いってもなあ。

 僕はまじまじと、その探していた樽を見つめる。


 …………ミスズですら、入らないぞ。こんな樽。


 僕は振り返ってミスズを見ていた。精霊のお供は、なぜ見られたのか分からない顔で『?』と小首をかしげる。

 いいや、ミスズだけじゃない。こんな場所、他の《剣島都市サルヴァス》のどの精霊が来たって――入らないどころか、腰までしかなかった。本当に、こんなところにいるのか??



「メメア。その精霊の特徴ってのは、どんな感じだ?」


「うん――と。まず、ちっちゃいの。そして、小言ばっかりいってくる。もともと、それなりに地位が高かった精霊らしくて、『なんで僕が』なんてことをよく言ってた」


「…………なんか、嫌な精霊だな」


 僕は思った。

 振り返って、会話する。


 冒険者メメアは、布を重ねた王国世界の街着のような冒険服を身につけていた。前にはエプロン風の装飾衣。これも、貴族の中では珍しい、メメアの『半分が平民服』という身分の低い生まれかららしい。

 その額にかかった前髪と、癖毛のついた長い桃色の髪も含めて―――どこか、育ちの良さそうな雰囲気は漂っている。これが、路地裏で、ゴミに手を突っ込んで探しているのだから。



「でも、精霊が見つからない――っていうなら、諦めて次の区画ブロックに向かうしかないんじゃないか? まだ、あっち――南側の黄色い風車のところには行っていないし。それに、あの小屋の下には、僕らが目指す《鍛冶屋》があるんだ」


「……? かじや、さん?」


「そう」


 僕は頷いていた。


 もともと、僕らが〝レノヴァ村〟に立ち寄った目的が、それだったのだ。

 昇格試験が開始してから、頼りになるのはその〝情報源〟だった。


 この村には腕のいい鍛冶屋さんがおり、それを目当ての各地から多くの旅人が立ち寄ってくる。冒険のことなら、その鍛冶屋が一番の情報通だった。

 ―――まぁ、僕らにとって剣は《聖剣》だけだし、それを鍛えるだけなら《剣島都市サルヴァス》の島の中にも、鍛冶屋が多くいたが。


 この冒険エリアの《冒険者》たちの様子は、その鍛冶屋さんが一番知っている。



「精霊が見つからないなら、先に、こっちの用事を済ませたいと思ってさ」


「……ん。そうね。それでいいかも」


 メメアは、頷いていた。


 どうせ村中を探すことになるのだ。

 だったら、先に僕らの用事があるエリアに立ち寄ってみるのも、決して遠回りではないだろう。僕らは踵を返すと、路地を出て、そんな大通りをさらに南に向かった。





***



 村の中では、不思議な現象が二個起こった。

 一つはメメアが率いる(?)『精霊さがし隊』の、街中探索であったが…………もう一つは、妙に賑やかな、昼間からの冒険者の《パレード》である。


 パレードと言ってしまうと語弊があるかもしれなかったが、しかし、たまたま村の中を通りかかった僕らとしては、『?』と首をかしげて路地で足を止める出来事だった。賑やかな大通りでは、昼間の陽気に誘われ、そんな冒険者たちが囃し立てる声が聞こえてくる。


「…………マスター。なんなのでしょう?」

「さあ? 分からない。僕だって今見て戸惑っているが……《上級生》でも、いるのかな……?」


 まさか、こんな昇格試験の舞台に、上級生の冒険者なんかが迷い込んだりしないだろうが。

 しかし、それでも、そう疑ってしまう光景だった。


 かつて、僕は《剣島都市サルヴァス》の街中で上級生たちの行進を目にした。アレは獲物の《巨大な魔物》―――〝AAAランク〟相当の魔物を討伐して、遙か遠い雪山から帰還してきたばっかりの上級生たちを、下級生の僕らが路地で待ち受けて、歓迎していたのだが……それと同じ現象が起こっていた。


 ―――先頭を歩く、獣人の顔。


 アレは確か――と僕は記憶をたどる。冒険に出発するとき、妙に印象的に周りに宣言していた『獣人ライデル』とかいう冒険者だった。


 冒険者が身につけるものの中では、かなり上等な革の鎧を身につけており、金属と宝石の装飾具で《頭部》や《聖剣》などを飾っている。まるで、遠くの国の亜人種の将軍が出現したような《行進パレード》であったが―――その後ろに続く馬車に繋がれているのは、魔物《一角魔獣ボーン・タウロス》であった。


 四つ足の毛深いひづめに、獰猛な竜の顔をした頭部。全体像を見ると巨大な牛のようではあるが、その頭の大きさと、角の大きさが衆目の目を惹く魔獣であった。《王家の森庭》に出没するらしい。

 間違いなく、〝Dランク相当〟の魔物であった。亡骸になった魔物を、馬車の上にロープでくくりつけている。


 そのあまりの威圧感に、レノヴァ村の路地を歩いていた他の冒険者たちから、『おおっ』というどよめきと歓声が上がる。間違いなく、この森の冒険エリアを探索している冒険者たちのうち、一番の手柄を上げていた。僕とミスズも、思わず足を止める。



「マスター! す、すごいですっ……!」

「あ、ああ。…………こんな短時間で、あんな大物を……」


 呆然と通りで呟いてしまった。

 尋常な腕前ではないはずだった。僕らだけじゃない。このレノヴァ村へと進出して、探索を開始している冒険者たち全ての目を奪っていた。獣人の巨大な体が歩くたびに金属音を鳴らし、聖剣の〝太刀〟が揺れる。―――その後ろには、荷物運びをしているらしい、荷駄を引っぱる黒服の亜人種の一団がいた。これも含めると、まるで上級生の帰還だ。



『―――ヘッ、わけねえなぁ。〝百討伐〟も』

『まあ、まあ、しょうがないですよ。ライデル様。〝Fランク〟どもの昇格試験なのですから。比べものにならないのも当然ですって』


 肩で風を切って歩く、気分の良さそうな獣人冒険者の口から、そんな声が漏れると、隣にいた《黒頭巾》をかぶる背の小さな従者―――(あの低い声だから、中身は男なのだろうが)――が、黒い鎧を鳴らしながら、すかさず相づちを打っていた。


『〝獣人ライデル様〟―――とえば、生まれ故郷のリューゲン王国領でも有名な武将の家の生まれですから。剣の実力も達人、城下町の外でも、《山賊》どもを追い散らかして武名を上げられた人です。それが、《剣島都市サルヴァス》でも、こんな時期に試験を受けているのは…………ひとえに、島入りするのが、遅かったため』

『まァ、そうだなあ。《聖剣》を授かるのが遅すぎた』


 ボリボリと、金色のたてがみを太い指で掻きながら、空を睨んでいる。

 獣人は、腰の聖剣を叩き鳴らしながら、


『早いところ………この便利すぎる《聖剣オモチャ》の力を高めたいぜ。そうしたら、俺様も上級の〝ランク〟の仲間入り。そうと知ってりゃ、もっと早く島に来たのによォ。お前の言うとおりだぜ、ラッド』


 主従が、通行人を無視して歩いて行く。

 …………よく見ると、この二人の主従と、その『黒い一団』が歩くことで村の中には妙な雰囲気が立ちこめていた。


 というのも、この一団が通りを占領し、歩くためだけに大通りを占領してしまっているからだ。道を横切ることも出来ず、困り顔をした村人たちもいた。


『――そんな中で、〝昇格試験〟?? 〝百討伐〟??? ―――ハッ。笑わせるよなァ。んなモン、少し賢い冒険者だったら誰でもこなせる。森に、《狩場かりば》をつくれば、それだけで十分じゃねえか』

『ええ。ええ。まったく!』


(……?)


 と。僕がそんな妙な会話に引っかかって、小首をかしげたところだった。僕ら冒険者たちの列の中でも、妙な動きをする冒険者がいた。

 というか、メメアだ。群衆よりも小柄なメメアは、その瞳を丸くして怯えた顔になると、背中を丸めるようにして他の冒険者たちの背中―――通りを眺める『人垣』の背後へと姿を隠してしまった。僕が何をやっているのか、と問いかけても、『――は、早く、行きましょう』としか言わない。背中を押してくる。



「…………??」

「い、いいからっ。私のことはいいの。早いところ、アイビーを探しましょう? それで外に冒険に行くの。まず、クレイトの用事がある行き先は《鍛冶屋さん》だったわよね?」


「……あ。ああ、まあ。そうだけど」


 腑に落ちない顔をするが、しかし、メメアがそれ以上は突っ込んでほしくなさそうだったので黙ってみる。メメアの顔は曇っていて、なるだけ大通りを見ないようにしている……ように見えた。


 最後に。

 大通りから遠ざかる僕らの後ろで、メメアが………なにか、複雑な感情が宿った瞳で、その《行列》を見ていた。僕も、ミスズも、よく分からない感情だった。




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