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10 精霊の家出





「せ、精霊が家出した……?」


「う、うん」


 僕らは、それを聞きながら呆然としていた。


 場所は、《王家の森庭》――その第二ブロックともいっていい、森の中にあるレノヴァ村。

 時間は正午に近づいており、多くの冒険者たちがぞろぞろと追いついてきて、村の景色を賑わわせ始めていた。


 僕らが最短――かと思っていたが、同じような考えをして〝村〟を訪れる冒険者も多いみたいだった。数にして、おおよそ〝50人〟くらいか。



 最初、《王家の森庭》の入口をスタートして、僕ら冒険者には二つの選択肢が用意されていた。すなわち、〝入口に残って、弱い魔物を狩るか〟〝先に進んで、やや強めの魔物たちを、取り合いなく倒して回るか〟という二つである。


 僕は、先にレノヴァ村に向かって、他の冒険者たちと争わないでいい《魔物討伐のポイント》というものを見つけるつもりだった。つまり、〝拠点作り〟である。――――しかし、同じことを考えた冒険者たちはいたようで、そんな彼らは、ぞくぞくと僕らに追いつくように村に入ってきていた。まだ数は少ないが、いずれ増えていくだろう。

 そんな村の大通りを歩きながら僕とメメアは、顔を合わせて会話をしていた。



「…………わたし、ずっと昔から、馬鹿にされてきたの」


「?」


「王国の貴族だった頃。…………お城に務めるお父様の娘として生まれたけど、お母様がよくいう『身分の低い生まれ』というもので、しかも六女として生まれていて。もともと、実家では厄介扱いをされていた。

 ―――お母様の、お兄さま――〝叔父〟になる人が、剣の扱いで有名な人で。その人が、『居場所がないのなら、冒険者になってみるのも立派な道なんじゃないか』って言ってくれて、私は〝聖剣〟と〝精霊〟のパートナーを求めて、島にやってきたの」


「それで、《剣島都市サルヴァス》に」



 僕は驚きながら、うなずいていた。


 冒険者になるには、色々な外の王国の事情があると思っていたが。


 僕の場合は、『冒険者に憧れていた』という田舎者だった。

 ずっと昔、冒険者として出世したら〝大金〟もゲットできて、〝偉い冒険者になって、チヤホヤされる〟なんて妄想を浮かべながら――《剣島都市サルヴァス》という島に突入して、そして最底辺の生活を味わった。


 彼女、メメアも、事情があったらしい。


「最初―――〝聖剣〟を受け取ったとき、私だけの〝オリジナル〟ができた気がしてすごく嬉しかったの。精霊も、私だけの精霊だし。

 もう、あの王国にいた頃みたいな『実家の居候』としてじゃなく、私だけの、たった一人で冒険していく『冒険者』というものに、なれた気がしたの。誰にも迷惑をかけない。誰が、何て言おうと、これが私の〝生活〟なんだ――って」


「まぁ、分かるよ。聖剣もらったら嬉しいもん」


 僕は、頷いていた。


 僕も最初《聖剣》をもらったときは、嬉しかったものだ。

 それこそ、自分だけにしかない特別が認められた気がして。――やがて、それが《剣島都市サルヴァス》の20.000人を数える生徒たちそれぞれに〝剣〟が与えられ、そして、公平な条件から――〝競争〟させられていることを知るまでは、その喜びは続いていた。短い間だけだったけど。



「……で。私は落ちこぼれて。他の生徒たちとも、どんどん、〝ランク〟の差をつけられて……馬鹿にされてきたの。なにも、私だって好きこのんで《魔物》が倒せないわけじゃないのに。冒険が出来ないわけじゃないのに―――。

 《学院》で馬鹿にされ、クラスメイトたちには〝ランクF〟だとか、〝落ちこぼれ貴族のメメアちゃん〟――って。学院の掃除。後片付け。貴族の下の階級だからって、立場が逆転してから、ずっとやらされていた」


「…………それは、」



 実は、僕にも覚えがある。


 ずっと馬鹿にされたらしい。僕も、学院ではあまりいい思い出がなかった。

 授業で居眠りしていたら、ここぞとばかりに『Fランクは内容が分かんねえのか~?』と生徒全員で笑ってきたし、学院内の掃除や、後片付けなども〝ランクの低い〟ものが押しつけられて、最後まで居残りでやらされる。


 そのせいで、午後の冒険が間に合わなくなったり―――なんてことも、あるくらいだ。



「私はそれが、とっても悔しかったけど……。でも、冒険で魔物もロクに倒せなかったから、仕方がなかったの。でも、私の精霊は」


「…………それが、我慢できなかった。ってわけか」



 僕は、目の前の少女を見た。


 ―――《メメア・ガドラベール》。


 お嬢様らしい。ということは、綺麗な髪の色と雰囲気や、大きな瞳から何となく察することができた。名字を聞いてぴんときたが、どうも西の国で侯爵をやっている、あの『ガドラベール家』の末裔らしい。

 王国世界で、かなり大きな領土を有する大侯爵家の血縁者。


 僕は驚いたが、彼女は、そんなことちっとも嬉しくなさそうだった。………実家から疎まれて出てきているということは、よほど『嫌な思い出』があったのだろう。



「おまけに、私の《聖剣》…………ずっと、使えなかったの」


「?」


 使えない……?


 僕らは。ミスズも含めて、そんな少女の言葉にポカンとしていた。使えないってどういうことだ? そもそも、聖剣として授かっているのか?


 もしそれが《短剣》のタイプだったとしても、小型の魔物なら立ち回りが出来るはずだった。……それこそ、さっきのスライムのように。なのに、そもそも〝使えない〟、っていうのは……?



「―――私の聖剣…………『本』なの」


「へ?」


 僕らは、主従で揃って驚きの声を上げていた。

 それは、あまりにも意外すぎる返事だったからだ。


「『聖剣魔道書』――ううん。もしくは、『聖剣図書』って言うらしいの。私が調べた内容では、それはほんとうに昔、サルヴァスで少しだけ見られたことのある、珍しい武器らしいの」


 メメアは、その〝赤い本〟を取り出してきた。


 僕らは、のぞき込む。それは、メメアが出会った道中の森でも大事そうに持ち歩いていたものであり、僕はずっと『どうして、聖剣らしい剣を持っていないのだろう?』と疑問だった。今考えるとそれも当然で、彼女は最初から『聖剣』という本の形を握りしめていたのだ。



「……これ、中身は?」


「書いてない。…………《魔道書》っていう形なんだから、なにか属性の魔法とか、精霊が契約で引き起こす〝奇跡の力〟を―――書いてあるものだと、てっきり思っていたんだけど。この中身には、授けられたときから何もないの」


「――つまり」


「うん。中身を、読めない。『使えない、聖剣の本』」



 僕らは、もう一度その本を見た。


 ページの数も多く、空白もずっと続いていた。ぱらぱらと、めくれど、めくれど、その先はない。『聖剣』として、決して破れることはないという。燃えることもない。それは―――確かに、〝強化された固い本〟ではあったが、さすがに、これで魔物を鈍器のように殴りつけるわけにはいかない。聖剣には劣っていた。


 しかし、そんな魔道書でも、冒険者メメアは―――大事そうに握りしめ、抱きしめていた。



「…………アイビーは、これが嫌で、出て行ってしまったの。『聖剣も使えないマスターに、冒険者が務まるわけないじゃないですか』……って。私だって、一生懸命だったわ。なんで使えないのか、毎日、夜遅くまで神樹図書館に入り浸って、調べ物をしていた。――でも、見つからなかったの」


「……。そう、か」


「私は、どうにか強くならないか。ずっと考えてた。もしかしたら、〝ランク〟の高い冒険に参加することが出来たら、私の今も変われるかも――って。でも、私が〝昇格試験〟に申し込んだのを、他の生徒が見つけて」



 ……〝いじめ〟に、あったらしい。

 それは、学院のクラスの女子たちの笑いものだった。



『―――あはっ、〝Fランク〟冒険者が昇格試験に? 魔物の一匹もロクに倒せませんのに?』

『――帰ったほうがいいのではないですかー? メメアー? あなたが元いた、王国のお家に! どのみち、〝Eランク〟は無理ですわ』



 …………そんな、言葉の嵐。笑いの嵐。


 僕にも覚えがあった。

 …………冒険者ばかりがいる世界で、〝最底辺の一人〟となるということは、そういうことだった。彼女は、名門、貴族などが多く所属するクラスの中にいた。孤立していた。『貴族なら、できていて当然』『名族なら、美しい剣を使ってこそ』――――そんな〝実力至上〟の主義の中で、完全に、置いてけぼりを食らっていた。



「…………それで」


「う、うん。それでね……。実力不足なのは仕方ないから、《魔物の森》に行って―――夜、出てくる強い魔物を、一匹だけ倒せないかやってみたの。経験値稼ぎに」


「お、おいおい」



 …………また、とんでもない、危ない真似を。


 僕は思った。

 彼女は、自分の精霊―――〝アイビー〟を連れて、《魔物の森》に潜ったらしい。凄まじい危険の潜んだ冒険だった。


 確かに、倒せると思えば見返りは大きい。〝経験値〟の山だ。

 ……だが、誰も他の冒険者がやりたがらないというのは、それだけの理由があるからだ。まず、夜に遭遇する魔物は極めて狂暴化しており、危険だ。そして、周囲が暗いために方向を見失いやすく、暗がりから魔物の不意打ちが怖い。


 ―――普通の冒険者だったら、そこまではしないはずなのだ。

 並大抵の事情ではない。そんな、覚悟を背負ったり、追い詰められたりする冒険者がやることだった。



「―――危ないだろ!?」


「う、うん。…………分かってる。分かてるけど……『夜行性型の魔物が〝うようよ〟徘徊する』―――そんなところに行かないと、私、どうしようもなかったの。なにも浮かばなかったの」



 悔しくて。

 悔しくて。


 どうしようもなくて、彼女は〝昇格試験〟に勝ち上がれるための強さが、ほしかった。それで無茶した結果、魔物の森での冒険は失敗に終わり―――そして、精霊ともケンカをして、ついに、今の《王家の森庭》での冒険の入口で、精霊が〝家出〟してしまったらしい。



「……むう。いろいろと、言いたいことはあるんだけどな。《魔物の森》に夜冒険するってのも危ないし、もしかしたら命を落とすことにもなっていた。意地を張っていたって、それで、精霊まで危ない目に遭わせるんなら、何の意味もないし」


「う、うう。そ、そりゃそうだけど」


「危ない真似したらダメだ。――まあ、聖剣はカッコいいけどな」


「……?」



 僕が、そう思ったままの感情をはき出すと。

 メメアが、ちょっと引っかかったように、不安そうな顔を上げた。



「ちょっと、カッコイイよな。ミスズ? この聖剣図書とか言う本。パッと見は普通の本なんだけど、大きさもあって、古めかしさもあって」


「は、はい。マスターが、その……お怒りでしたので、黙っていたのですが。ミスズは、ずっとカッコイイと思っていました」



 と。僕らが、まじまじと魔道書を鑑賞する。

 その囲まれての眼差しを受けて、メメアは『……え? え?』と驚きに大きな瞳を見開き、僕らを見回しているのだった。



「……………………わ、笑わないの?」


「笑う? なんで?」


 僕もミスズも、きょとんとしていた。


 そりゃ、無謀な冒険をしていたり、命を投げ出すようなことをしていたのには怒ったけど。

 でも、聖剣の話となれば別だ。


 それは、いかにも呪文が書かれそうな、謎めかしい見た目をしている。

 ただでさえ、燃えない、破れない、といった魔道書には神秘を感じずにはいられない。それは、冒険にも通じる好奇心だ。


 まだ見ぬ聖剣の形があったなんて。しかも、それが『成長の余地』があるときている。完璧じゃないかと思うのだ。いかにも冒険だ。ワクワクする。



「……そ、その……。みんなにも馬鹿にされて。ロクに呪文も書いてないし……。魔物の一匹だって倒せない、『本』の武器なんだよ?」


「でも、だからって笑う必要はどこにもないじゃないか。―――そんなこと言ったら、僕らの聖剣だって同じ感じなんだし。そのままじゃ魔物の一匹も倒せない聖剣なんて、けっこう、サルヴァスにゴロゴロ存在していると思うよ?」



 僕は言った。

 一つでも《呪文》を使えるようになったら、違うかもしれない。


 今はまだ魔物を倒せていなくても、ずっとそうとは限らないじゃないか。何かのきっかけで、魔法みたいな力が使えるようになったら―――それこそ、サルヴァスのどの生徒よりも、羨ましい聖剣を持っていることになる。


 ………それって、すごいことじゃないか?

 ………それって、何よりも誇っていいのではないか?


 僕はそういった。

 それだけなのに、メメアはまるで息が止まったみたいに瞳を見開き。僕と、その横にいる精霊のミスズの顔を見つめていた。



「わ、笑わない……ん、だ」


「うん。笑う必要が、ないと思うからね」


「わ、笑わない……。私を馬鹿にしない……」



 小さく拳を握りしめて。前髪で顔を覆うほどうつむいて、唇を噛みしめていた。

 静かに。

 そして、決意するように顔を思いっきり上げると、


「……っ、そうよ! 私だって、頑張っている! が、頑張っているんだもん! ずっとずっと、魔物を倒すつもりはあったのよ。そ、それなのに、回りが分かってくれなくて……わ、私は正しいんだもん。私の聖剣なんだもの!」


「おっ。戻ってきた」


「私だって、頑張っているもの!」



 少女は、大通りで足を一度踏みしめる。

 その音に、通行人たちも驚いてびっくりし。村人たちや、軒下で道具を売っていた店主なども。『なんだなんだ?』と驚いてこっちを見てくる。


「クレイトも、ミスズちゃんも――見てて。私だって、いざ、戦うときに戦える冒険者だってことを見せてあげるんだから。他の冒険者たちが『あっ』と驚くような。成長を―――〝レベルアップ〟を―――いつか、きっと。やってみせるんだから!」


「……そっか。そうだな」


 少女は、足を踏みならす。上を指さす。

 あんなに曇っていた表情を、明るさが吹き飛ばすように。


 一気に微笑んだ顔になると、メメアは僕とミスズの、それぞれの手を握りしめてきた。



「一緒に、冒険しましょう。クレイト、ミスズちゃん。今日はダメな冒険があるかもしれないけど……きっと、また明日は、上手くいくはずだから。――ううん、やってみせる!」


 ………曇っていた気分も、一転。


 しぼんでいた少女が、元気を取り戻して頷いている。僕らもそれでよかった。同じ昇格試験を受ける生徒に、凹んだ生徒はいてほしくないから。


 僕らがまた、〝消えた精霊〟を探すために通りを進んでいると。

 メメアは、しばらく村の通りで僕らを見つめながら。二人の主従を眺めるように、立っていた。


 喧噪と、賑やかさの戻ってきた通りの中で、



「……………。ありがと。クレイト」


 ボソリと。

 少女は、静かに呟いていた。


 僕が、ふと同行者が後ろにいるのに気づいて、振り返ると。その女の子は、慌てて返事しながら、走ってついてきていた。




 ―――赤い本を、固く握りしめて。






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