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09 風車村・レノヴァ



 その村は、黄色い風車に囲まれていた。



 ―――王家の森庭。

 その西の一角にある、《レノヴァ村》。


 古くから、この土地に小さな王国があった頃からの住人たちの末裔だといい、近くに古墳のようなお墓まで備えている『土地の守り人』たちの村である。



 その外見は、山の緑の中に『6塔』もの風車小屋が並んでいるらしく、その風力で『穀物』をすりつぶしたり、薬草を潰したり、魔物の皮をなめして―――防具などを作っているらしかった。そのせいか、村の表通りに面した〝道具屋〟の『魔物の皮の鎧』は、サルヴァスで僕が見慣れたものよりも、安く、丈夫なものが多そうだった。


 道具や、装飾具が豊富であるのは―――〝古い王国〟から受け継いだ、名残なのだろうか。なかなか、凝ったものがあった。

 長らくサルヴァスの冒険者たちが立ち入っていないのに、この文化はなかなかのものである。



 ―――補修用に使う、〝小型魔獣〟の皮や――。

 ――冒険で困ったときに買えるよう、〝中型の円盾ラウンド・シールド〟だったり。


 僕らは王国の城下町などとは離れた、その森の中の特殊な『村』を見ながら――驚きの顔で歩いて回っていた。




「……へえぇ、すごいもんだな。もっと人里離れた村だと思っていたんだけど」


「は、はい。まだ人が少ないですけど、活気がありますね」



 僕とミスズは、丸っきり田舎者のような顔で見回していた。


 ――村の人口は、二百人ちょっとくらいか。

 これでも、立派に発達した大通りを僕らは歩いていた。通りで耳に挟んだ話だと、ときどき行商人や、大陸からの馬車、そして……島に属していない、個人の《傭兵稼業》の人たちが出入りして、周囲の魔物を倒しているらしい。



僕とミスズは、そんな山間の開けた村を見て話をしていた。通りで賑わう話によると、どうやら『商人』もここに出入りするようだ。



「ところで、メメア」


「ふへっ……!?」


 と、僕らと一緒に村に入った女の子―――僕の影に隠れながら、小綺麗な身なりで村中をうかがっていた冒険者に、僕は振り返った。


 振り返った瞬間、『どんっ』と後ろからその鼻っ柱を僕の背中にぶつける。どうやら、前を見て歩いていなかったらしい。その子は、ずっと赤い本を抱えて、通りをきょろきょろしていた。



「僕らは、もうそろそろ向こうの通りに行こうと思うけど」


「そ、そうね。じゃあ、行きましょう」


「……いや、そうじゃなくて」


 僕は冒険者装備の革の手袋を『いや、いや』と振って、その子に訴えかけた。



「そろそろ、村にも着いたし。単独行動をしてみてもいいんじゃないか? ……ってことで、提案したんだけど。メメア。途中の村にはもう入ったんだし、もう《魔物》が襲ってくるなんてこともないだろ? ……だったら、もう一人で行動してもいいんじゃないか?」


「う。そ、そうなんだけど」


 その子は、もじもじと手を重ねていた。


 小柄だが、顔立ちの整った子である。そんな子が、あまり冒険者らしい無骨な革の鎧などを着ずに、ちょっとした上等な街着を身につけながら〝村〟にいるというのは―――なんとも、目を引くというか。目立ってしまう感じだったが。

 実際に、すれ違った村人も、何人かがメメアを物珍しそうに見ている。


 そんな子は、どうやら、僕ら《一行》と離れたくないみたいだった。



「――あ! そうだ、お食事にしましょうよ、お食事に――! この辺り《剣島都市サルヴァス》の中みたいな洒落た食事屋はないみたいだけど、旅人たちを泊める宿屋みたいな場所は多く目についたから。そこの食堂でなら、何か出してくれるはずよ」


「……いや、あいにく。僕ら、食事はまた後でするつもりなんだ。外の森―――《冒険エリア》の中でさ」


「あ。う。そ、そう? じゃあ……」


 言いよどみながら、一生懸命考えている。

『じゃあ……』ってことは、もうそろそろお別れなのかな? じゃあ、サヨナラ――みたいな感じで。


 僕がそう思っていると、その少女は顔を上げて、


「そうだ! 今のうちに宿屋を私と一緒に探しておきましょう! ほらっ、きっと今から立ち寄ってくる冒険者たちは、みんな冒険で疲れを翌日に持ち越したくないから、ふかふかのベッドで眠りたがっているはずよっ! だから、今のうちに予約なんてどう?」


「…………いや。まだ『宿屋』に泊まるかも未定なんだよな。ごめん」



 ボリボリと、頭をかいて僕は謝罪する。


 申し訳ないけど、さすがに午後にもなっていないうちから『宿屋』を押さえておく気分にはならなかった。…………最悪、僕とミスズなら夜に外で野宿してもよかったし。魔物討伐という目標がある以上は、外の冒険エリアで、できるだけ時間を使いたい。


 僕がそう言うと、メメアはついに言葉が出てこなくなってしまった。



 だが。

 黙るのと同時に、メメアはその小さな両手で、『ぎゅっ』と僕の冒険服を握って、引っぱっていた。



「……………………………………………………………………あの、」


「……………………………………行かないで」



 ボソリと。


 その通りで呟いたので、僕は驚いて目を見開いてしまった。



「わ、わたし……。とっても困っているの。とっても、とっても――困っているの。他に頼る人がいないの。このままじゃ〝昇格試験〟に参加できないかもしれないし、ううん……。もしかしたら、〝冒険〟すらも、もう出来なってしまうかもしれない……」


「……え? ど、どういうことだよ」



 僕は、意味が分からなかった。


 冒険者にとって、この〝昇格試験〟はとても大事なイベントのはずだった。それこそ―――他の上級生たちのように、〝D〟や〝C〟ランクにまで昇格するためには、必ず通らなければならない登竜門。


 その内容が厳しすぎるのも、その先に待ち受ける、〝ボス級〟の魔物たちとの戦い――。強敵を相手にして、今までの〝Fランク〟としてダラダラ《剣島都市サルヴァス》で過ごしてきた僕らのことを、一気に《上の冒険者》へと引き上げる。

 ―――そのための、大事な試験のはずだった。ガフが言うには、『突破率は、極めて低い』。



 だが。

 その女の子は、昇格試験どころか、〝冒険〟すらも危ういという。



「ど、どういうことだよ?」


「精霊が―――〝いない〟の」



 その女の子は、ようやく話し始めた。

 冒険者メメアを相手にして、僕は通りで話している。隣には精霊のミスズがおり、『一行』の空気はどこか不穏……。もともと風車の多い〝レノヴァ村〟にいた村人たちはおろか、僕らに続いて、村へと追いついてきた他の冒険者たちも、『お? なんだ、なんだ? 痴話ゲンカか?』『冒険者同士で、痴情のもつれか? 精霊も参加してるのか?』みたいな、好奇の目を向けてくる。…………とても、居心地が悪かった。



「私の精霊―――〝アイビー〟って言うんだけど。その精霊が、昇格試験が始まってから、すぐに姿が見えなくなったの。《王家の森庭》の入口付近はもう探したから、もうあの辺りにはいないはずなの」


「え、ええええええっっ!? ちょ、ちょっと待てよ。精霊がいないのか?」


「う、うん」



 声を低くして、その女の子はヒソヒソと話す。

 ――そんな状態で、森の中にいたのか!?


 その僕の驚きの大きさや、声のトーンの低さから―――通りを歩く冒険者たちは何かを感じたのだろう。急に声を低くして、僕らに合わせるように内緒話をする。……『みろ、やっぱり男が悪いんだ。浮気したんだ』などと。

 …………なにか、ちょっと違う気がしたが。



「だから………森の入口で魔物に襲われたときも、逃げるしかできなかの。〝アイビー〟がいないと、私の聖剣の強化もできないし。〝スライム〟に襲われても、何も出来ないし。それで、襲われていたのが」


「…………あの、僕らが通りかかったところか」



 やっとたどり着き、僕は深く息をついた。


 …………そういうことか。


 なんだか、様子がおかしいとは思った。


 冒険者なのに聖剣を強化して戦わないし、それに―――〝契約精霊〟と思われる精霊の姿が、どこを見回してもいなかった。


 てっきり、『姿を隠している』とか、『聖剣の中に身を潜ませて、手の内をバラさないようにしている』―――と僕は思い込んでいたが。逆だ。姿を見せたくとも、ここにはいなかったのだ。



「……それで? どうして、この村に?」


「う、それは。その。…………《王家の森庭》の入口は探したし、残る、あの子が行きそうなところは―――この冒険エリアで、唯一魔物の出てこない村なんじゃないかって思ったの。ここの存在は、あらかじめ調べておいて知っていたし。それに、アイビーが隠れてしまいそうなところは、ここしかないって思ったの」


 ……なるほど。

 その精霊の特徴は、主人にしか分からない。か。


 その精霊は、どうやらものすごく用心深い精霊らしい。メメアの話では、人家が多く、森の中でも唯一潜めるこの『村』にこそ、精霊が隠れるのではないかということだった。そのために、わざわざ僕らについてきて、ここまで冒険エリアを入ってきた。



「――でも、なんで〝たった一人〟で入ってきたんだ? 危ないだろ。僕らがたまたま通りかかったからよかったけど、もし魔物に襲われて、命が危なくなったらどうするつもりだったんだ? 悪いけど、それは褒められたことじゃない」


「…………う。そう、だけど」



 メメアは、前髪で表情を隠しながら、言った。

 指先を突き合わせ。


 最後に、その抱えている本をギュッと、強く握りしめて。答えた。



「せ、精霊が……。アイビーが、心配だったから……」


「……?」


「あの子。どうしようもないほど、強情で! 一度決めたら譲らないし、何かあったときは私と一緒で突っ走っちゃうけど。でも、…………友達だから……。私の、たった一人の……お友達なんだから……」


「ともだち……」


「と、友達だから。心配なの! もし、魔物に襲われていないか、って……。わ、悪い!?」



 『心配』は、自分も同じだろう。と。

 僕は、目の前で《魔物》に襲われていながら、まだ《剣島都市サルヴァス》に逃げ帰らなかった女の子を見つめていた。

 彼女は、《自分の拠点サルヴァス》には戻っていない。自分一人だけは戻らず、精霊を探してこんな森の深くにまで入ってきた。


 怖かったはずなのに。

 何度も危ないところを、くぐり抜けて逃げてきたはずなのに。


 本来は、そんな行動は厳しく注意するべきかもしれない。

 同じ《冒険者》だ。危険についても、冒険者が一番知っている。《聖剣》が使えない冒険者が、こんなところをウロウロしてていいはずがないのだ。冒険者だ。《契約者マスター》だ。そういう人間なら、精霊を律して、自らが危険に飛び込むようなことは笑われるだろう。


 ―――だけど。

 だけど、なぜか。


「…………ホントに。もう、危ない真似をしないって。約束できるか?」


「う。…………うん」


『ごめんなさい』というように。しおれて、うつむいてしまう少女。

 その手には、なにかの友情を示すのか。本が握りしめられていた。


「じゃあ、今から。どこを探せばいい」


「……え!」


 と。メメアは、驚いて前髪を上げる。その下から、大きく見開いた瞳が現れる。


「え? え?」


「……《冒険者》が困ったときは、お互い様だ。そんな冒険者を放っておいて、自分だけ〝昇格試験〟なんて進めてたら、寮母さんにぶっ飛ばされそうだし」


「……い、いいの?」


「うん。まぁ――いいよ」


 僕は思った。

 確かに回り道ではある。


 僕らには他の冒険者を助けてあげられる余裕なんてあまりなかったし、ちっぽけな、〝レベル1〟の冒険者だ。しかもFランクときている。


 ……だけど。

 この女の子は、友達を助けるために、森の奥深くに入ったと言った。

 それはどんなに怖かっただろう、と思う。《剣島都市サルヴァス》では精霊は『道具だ』『聖剣の付属品だ』なんていう冒険者がいた。辺り構わずそのことを発言し、おまけに、精霊のことを思う冒険者がいると笑いものにする始末だ。『冒険者失格だ』……って。


 でも、だからこそ。

 一人で、こんな場所にまで来ようとした彼女の―――メメアの気持が、僕には分かる気がするのだ。


「いいよ。どうせ、レノヴァ村には用事がある。ちょっと片手間にはなっちゃうし、あくまで僕らは《別の冒険者》として助けるだけだけど」


 ―――ともかく。この街に少しだけ逗留するっていうのは変わらない。


 僕らは僕らで、ちょっとした用事があった。だから少し遠回りするだけにすぎない。それよりも、《精霊》がはぐれて、どこかに迷子になってしまっている可能性のほうが見捨てておけない。精霊がもし大丈夫で、魔物のウヨウヨいる森の中を、かいくぐってこの村に潜んだとする。


 でも、それ以上は、さすがに限界だった。

 …………出来ることなら。早く、見つけてしまったほうがいい。ここに、心配する『マスター』もいることだし。



「――と、いうわけだ。ミスズ、言うのが遅れたけど、僕のパートナーとしてそこの見解や、いかに? やっぱり反対だったりする?」


「…………マスターは、そういう人ですから」


 と。

 ミスズはなぜか、とても嬉しそうに。僕を見つめながら、通りで頷いているのだった。


「ミスズは。ずっと一緒ですよ。マスター。困った人がいるのだったら、ミスズも一緒に助けます。マスターがいいと思うように、決断してください」


「…………そっか。ありがとな」


 僕は頷いた。

 ミスズは、こんなに弱い、〝Fランク〟の冒険者でもついてきてくれる。まるで、僕の後ろで子犬のようについてくるのが、世界で一番幸せなように。

 そのことに、少し胸の中で感謝しつつ、



「……そんなわけで、メメア。僕たちも探すことになったんだけど。その精霊ってどこにいるんだ? 村中で呼びかけたら出てくるとか」


「う、うんと。それなんだけど。私が説得することは出来ても、呼びかけて出てくるのはちょっと難しいと思う……。向こうも、意地を張ってると思うし」


「へ?」


「その。私の精霊ね……家出しちゃったの」



 と。今度こそ、言いにくそうに。

 最後の『問題』を、その子は空気を吸い込んで、思いっきり通りの中で白状するのであった。






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