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07 競争者 



 その冒険が、始まった。



 出発に当たって。僕らが用意したのは〝食料ケール〟と〝地図マップ〟だった。

 ――さすがに、この冒険エリアは普段は封鎖されている〝禁域〟のため、ロクな冒険の情報などなかった。だから、僕らは〝作成地図マッピング〟を優先させることにした。


 これは――あらかじめ不完全な地図や、その冒険エリアの予測のシルエット、その『周囲の冒険エリアから見渡したときの地形』―――など。おおよそ、〝埋まっていない土地〟の多い地図を買って、その内容を書き込んでいくのだ。


 初期段階では〝不完全〟な地図も、時間が過ぎていくうちに少しずつ精確になっていく―――いや。


 そもそも、完成された〝情報の古い〟地図に比べて、今現在の道のりをかき込んでいけるため、精確さではこちらのほうが勝っていた。だから、今回はこれを選んだ。



(―――それと、食料ケール


 僕は思い出す。


 これは、《剣島都市サルヴァス》で買える基本的な道具の一つである。


 基本装備。やはり人間や精霊である以上は、お腹だって空くし、そのままにしておけば魔物との戦いに支障が出る。……なので、今回のような長期間の冒険には、軽食が必要であり、いちいち魔物を倒して、その肉を調理なんかしていられない。


 なので、携帯食と、水だ。

 干し肉を固めたものに、小麦の練った粉を焼いてある。《小麦糧ケール》――そう呼ばれていた。


 基本中の基本であるが、忘れがちでもある。だから、準備はしっかりと―――だ。



「マスター。こちらの準備は完了です。いつでもミスズたちは出発できます」


「うん。ご苦労様」


 僕らは出発前の〝点検〟を終わらせてから、声を掛け合う。


 ……万が一、ここで不調があったら、たまらないからな……。


 僕はそう思う。そして、準備中にも思い出す。先ほどのやり取りについて。



「…………不思議な人がいますね」


「……。ああ」


 ミスズも、やはり同じことを考えていたのか。

 準備をして冒険の荷物入れをさぐる僕の背中に、声をかけてくる。



 ―――〝教師・ゲドウィーズ〟――ー。


 一体、どんな剣士なのだろう。

 やはり、普通ではなかった。《剣島都市サルヴァス》の中でも、特に個性派の変わり者―――だが、それだけに、この島に適合しているともいえる。


 出自は、冒険者ではない。それも事実らしかった。

 先ほどのやり取りを見れば分かる。《剣島都市サルヴァス》の冒険者というのは、基本的に他人には無関心で、強さのみ追及することに執着していた。逆にいうと、自分に不利益になるなら、容赦しない。(まあ、それだけに厄介な手合いもいるが……)


 ――だが、あの教師は違うようだった。


 剣士だ。なんというか。

 行動の原理が、すべて〝強さ〟ではなく別の部分から来ていた。例えるなら、騎士精神だろうか。勝てなくても立ち向かうことを良しとするというか……。一方的な剣の駆け引きを許していなかった。あるいは、美学があるのかもしれない。


 それは、《剣島都市サルヴァス》の冒険者たちの中でも、確かに異色だった。

 ……ただ、それだけに、油断はならない。


 僕は思った。

 行動が読めない、というのはある種で恐ろしい。


 味方であっても、行動次第でどんな振る舞いをしてくるのか分からないのだ。昇格試験の〝監督官〟としてやってきているが、気が向けば、そんな立場など吹っ飛んでもいいとさえする行動を起こすかもしれなかった。それは、さっきの〝ルール変更〟でも分かった気がした。



(……だけど、もう一方で……怪しい匂いがあるよな。《剣島都市サルヴァス》側にも)


 僕は、思う。

 ここにきてガフが出発前に言っていた『胡散臭い』という言葉が蘇った。


 確かに、胡散臭い。

 それは、〝ゲドウィーズ〟という教師を監督官として寄こしているのも、そうだった。〝キーズー老人〟という舵取り役が一緒にはついてきているが、暴走しがちなのも事実だった。それに、あんなに簡単に〝ルール変更〟もしくは……〝ルールをいじる〟ことができるなんて……事前に、《剣島都市サルヴァス》側から、ある程度の許可があったとしか思えない。


 ――と、いうか。

 そんな《許可》がないと、そもそも、ゲドウィーズ教師ほどの奇人が、監督官なんて引き受けないような気もした。



(…………ま、考えすぎても、分からないんだけどね)


 僕は準備する手を止めていたので、動かした。

 よく周りを見ると、同じように不安そうな顔をした学徒たちがいる。…………みんな、冒険の出発前だというのに、強敵を前にしたような顔をしている。曇り顔だ。



 と。

 ―――そんな、沈みきった《出発前の広場》の中に、今度は別のところから声が上がった。



「―――へっ、しょっぺえなぁ! なんだよお前ら、その顔は?」


 そう呼ぶのは。

 真っ黒い鎧に身を固めた〝軍団〟。


 どこか遠い王国の出身なのだろうか。黒の獣人が、そんな広場を見渡しながら牙を見せていた。


 大きな体だ。僕ら人間――《ヒューマン》よりも、1.5倍近くはある。

 全身の筋骨を覆うのは、鋼の鎧。しかも腕はむき出しにしてあり、大きな武器でも戦えるよう軽量化されている。頭部を覆うのは、金色のサークレット。その隙間から、背中にかけて覆うような髪――いや、たてがみが生えている。


 ―――《金毛の亜人種》。


 僕らが見ているのは、それだった。



「情けねえなぁ。どんな野郎だろうが、怯えていたんじゃなにも始まらねえのによォ? マトモな冒険者なら出来るはずだぜ。上等じゃねえか。――なぜなら、俺たちは、魔物を倒すために〝冒険者〟になったんだからなァ!」


 三日月のような、ニヤリとした目元の笑みを作り。

 その冒険者は、周囲を睨み見回す。その子分らしき人数。―――黒い鎧の軍団も、同調するように頷いている。

 …………多いな。二十人か。


 僕は今まで、〝チーム〟を組んで動いている冒険者を見たことがある。


 大抵、二人か、三人くらいだったが。

 チームを組むことには多くのメリットもあり、デメリットもある。例えば、倒した獲物の経験値が、配分されて薄くなることだ。


 ……だが、確か《剣島都市サルヴァス》では、そんな冒険者たちが徒党を組むのは、『上級のランク』まで昇格するまで禁止していたはずだ。……なにせ、弱いうちから集団で〝スライム〟なんて倒していたら、サルヴァスが求める強い冒険者の理想像とは、明らかにかけ離れてしまうのだから。


 しかし。この男たちは、明らかに〝チーム〟である。


 というか、それ以上かもしれない。それは『軍』だった。



「…………。むぅん。その通りじゃが……〝獣人ライデル〟? お前さん、仲間を引き連れての《冒険》は禁止されているはずじゃが」


「へっ、キーズーの爺か! なーに、知ってるぜ。こいつらは―――〝ただの見物人〟―――ってヤツだよ。悪いのか?」


「…………」



 〝獣人ライデル〟――と、そう呼ばれた冒険者は、野太い声で答えていた。

 杖をつく老人は、ただ、静かに注視している。


 …………確かに。


 僕が知る限り、《剣島都市サルヴァス》ではそのことを禁止する規制をとっていない。

 冒険者の周囲に、〝冒険者〟がたむろして、お互いルールの〝裏〟をかくのは当然ながら禁止だ。〝協力〟という形で、道中助け合ったりするのは、まだ許可はされている。見殺しにすると、死ぬ場合すらあるからだ。


 ――だが、〝軍〟の場合は?


 僕は、その禁則的なことに、行き当たったのを見たことがない。


 〝軍〟の場合はどうなる? 明らかに共通の〝目的〟をもって集団が動いている。これが一人一人《冒険者》なのだから強力だ。…………だが、獣人ライデルという冒険者は、これを〝見物の群衆〟と言い張っている。


 …………おそらく、故郷で何らかの繋がりがある〝子分〟たちなのだろうが……。


 僕も、ミスズも。他の冒険者たちも、それを遠くから眺めていた。



「…………。その通り、じゃ。確かに一人や、二人の道中での『協力』は認めている……が、『集団戦』は認めておらん。禁止しておる。…………〝Fランク〟じゃと特に。……じゃが、『見物客』は、禁止はされておらん」


「だろ? 安心しろって。俺様は、この昇格試験の最有力候補だぜ? 卑怯なことなんかしねえって」


「…………」


「じゃあ、行ってもいいな? 俺は忙しいんだ。開幕早々から、ゲドウィーズのヤツの妙な〝ウゼェ茶番〟に付き合わされて、へとへとなんだ。しかも、日数は〝四日〟らしいじゃねえか。……ああ、忙しい。魔物狩りに忙しいな………へっ」


 と。


 その黒い軍団の中心に立つ獣人は、うなだれるように、準備にかかる僕たちの姿を『ちらっ』と見た。意味ありげな目だった。口元が笑っている。



「俺様は先に行くぜ。競争相手もいねえ、真っ白の空白地帯をな。〝獲物〟の一匹も残さねえよ――。なッ、それでこそ血みどろの戦場の取り合いなんだろ? 《剣島都市サルヴァス》らしいじゃねえか。お偉方もお望みだ。―――なッ。そうだろ、〝ゲドウィーズ〟?」


「…………、お好きになさーい」


 と。

 出発の樹木の陰で。珍しく、声が低いトーンになった教師ゲドウィーズに、その獣人の大男が三日月に歪んだ笑みを向けながら、通りすぎていった。



 〝集団〟が、〝行軍〟を開始した―――。


 砂埃を上げ、颯爽と足を掲げながら。

 僕ら冒険者たちは、塵じりになって道を空けてしまう。その子分たちも。顔つきも。『軍』……だった。完全に。

 きっと、元々はどこかの王国で、〝兵士〟をしていたのだろう。眼光の鋭さは、尋常ではない何かを感じさせた。


 その一幕を、僕らは呆然と見つめながら。

 やがて、我に返るように、広場はざわつく。やがて、『俺も』『俺も……』と、何かに駆られるように、魔物を逃さないよう、他の冒険者たちは慌てて後を追うのだった。



「――ま、マスター……!」


「うん。僕らも……続こう」



 腰を上げる。


 僕は、少し遅れてから、腰を上げるのだった。


 ――チラ、と。気になって木陰を見る。


 その、ぞろぞろと続く〝黒き集団〟に――。道化師の教師は、静かに木陰で佇み、腕を組んで微動だにしなかった。


 片目を閉じて、凝視するように見送るのであった。






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