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04 友と、昼下がりのお茶会で



「…………うーん」


 その翌日。僕は、その届いた紙を昼間の《剣島都市サルヴァス》で見ていた。

 場所は、街角カフェテリアの青空が見えるバルコニーである。


 落ち着かない。

 …………非常に、落ち着かなかった。


 僕は今、待ち合わせをしている。

 先日のあの後―――。『昇格試験』なる通知を受け取ってから、何をどうしたらいいか分からず、とりあえず知り合いの知人友人に聞いて回った。

 …………まあ、そんなに多くはないが。


 とりあえず、この通知を持ってきた受付の〝精霊オリヴァ〟からだ。

 彼女は『依頼状斡旋所ワーク・セントラル』の受付精霊――だから、詳しいことをしっていると思い込んでいたが、しかし期待は外れて。『私は、冒険のことはなにも分かりません』と首を振っていた。

 おいおい、持ってきた本人がそれはないだろう――と僕は言ったのだが、彼女は『クレイト様に昇格してもらうために、手続きに踏み切ったのです』との説明をしており、その内容はサルヴァスの学徒たちはおろか、〝教師陣〟にすら一部を秘密にされているものであるという。


 精霊の〝オリヴァ〟ができることは、〝手続き〟だけだ。


 話を変えて、今度は〝ミスズ〟だ。


 もともと島の精霊であったはずの精霊だから、何かを知っているかと思ったのだ。しかし、僕が聞くよりも早く、その視線に気づいた精霊は―――『み、ミスズに、聞いたって無駄ですよ!? 詳しいことは分かりません。ミスズは役に立ちません!』と。あらかじめ僕を牽制するように、じりじりと距離を置きながら(――というか、なんでファイティングポーズ?)宣言していた。




 じゃあ、ダメだ。


 続いて、僕は寮母さんに聞いてみた。

 寮母さんは、散らかり放題の〝カウンター〟にてお酒を飲んでいた。僕が〝昇格試験の通知〟の紙を見せると、『おっ。よかったじゃん!』と手を叩いて喜んでいた。



『…………って、それだけですか?』


『なーに? 他に何があるの? あーー、さては色々情報をもぎ取ろうとしているわね、あんた』


 と、ズバリ、その思惑を読み取った寮母さんは、


『よくないわよ、そういうの。他の学徒たちはね、ちゃーんと、知らないなら知らないで試験にのぞんでいるわけだし。不安だったら、それを紛らわせるための情報料として、たくさんのお金をあげて集めてるんだから!』


『……か、金ですか』


『うんっ。ちなみに、寮母さんの場合は、美味しいお酒をもらったから大負けにオマケをして、たった2.000センズコースかな? 王国通貨、どれでもいいよ?』



 …………た、高けえ。

 僕はゲンナリして、その寮母さんを見ていた。第一、この寮母さんになけなしのお金をまいたところで、一体どれだけ多くの情報を持っているのだろう。


『…………ちなみに、その料金を渡すだけの、価値は?』


『うーんと。あ! その〝昇格試験〟の夜の合宿メニューを聞いてあげようか? ご飯って、冒険者にとって健康管理の大事なものだもんね!』


 …………ダメだ。

 この寮母さんは、役立たずだ。


 一瞬でこの寮母さんの価値を見失った僕は、さらに質問の先を変えて、先に上級生となるために『コース』を駆け上ったはずの、友人のガフに尋ねた。


 ガフは、よく部屋にいる。最近は魔物討伐も落ち着いているようだった。

 この日は、たまたま学院の授業に顔を出していたガフを、昼過ぎにつかまえることが出来た。寮の廊下でばったりと遭遇した僕に、ガフの返事はこうであった。



『……ふーむ。知らないことはないね。僕も、これでも〝サルヴァスの昇格試験〟を受けて、上のランクに上がったわけだし。〝E〟ランク昇格どころか、さらに上の〝D〟などの条件まで知っている。公式で教えることを許可されているのは、〝D〟ランクまでだけど』


『………え』


 僕は、目をしばたかせた。

 その〝Dランク〟うんぬんの発言に驚いたわけではない。ガフの言い回しにも。ただ、その返事が、あまりにも期待していたよりも大きな収穫だったからだ。


『し、知ってるのか!?』


『……そりゃ。というか、なんでそんなに喜んでいるんだい? 君も、君の隣の精霊の御子も。そんなに僕に聞かなくったって、他にも教えてくれる友人知人はたくさんいるだろうに』


『この《剣島都市サルヴァス》に、ほかの友達はいねェ!』


『…………そんなに潔く宣言しなくても。というか、ぜんぜん自慢になっていないからね。両手を腰にして威張らなくていいよ。……隣の、ミスズちゃんも』


 親子のように動きを合わせる僕らに、『やれやれ』の顔をしたガフは首を振った。知力派の冒険者らしく、その顔も凜々しいものである。



『……というか、寮母さんは?』


『教えてくれなかった。つーか、あの人ってたぶん詳しくは知らないよ。なんとなく。酒代を要求されただけだし。詳しく聞いても、晩ご飯のときのメニューしか教えてくれないんじゃないかな?』


『………いや。そんなはずは……』


 と。僕の返事に、ガフはとっさに否定しようとした。

 だが。何かを考える眼差しになり。


 しばらくの沈黙を経た後に、やはり思い直すように首を振って、それから僕の意見を肯定する顔になった。


『…………そう、だね。いや、そうだと思う』


『……? ともかく。その昇格試験について、僕は知りたくてもなんの情報もない。だから教えてほしいんだ。何でもいい。〝実際に何をやったらいいのか〟―――とか。そうじゃなくても、どういう形でやるのか、昇格試験をする人数はどのくらいとか。何でもいい』


『そうだね。まずは、焦らずに一つ一つに答えていこう』


 ガフは、モノクルの向こうで同意した。

 腕を組み、考えながら一つずつ答えを出していく。


『まず、試験の形式についてだが――――おそらく、〝魔物討伐〟だ。この島の《剣島都市サルヴァス》では、魔物を倒すことが冒険者にとっての目的なのだから、この辺りはある意味当然だろう』


『む。なるほど』


『問題なのは、その内容についてだ』


 ガフは、ここで初めて表情を曇らせる。

 低く呻きながら、


『……が。残念ながら、僕にも自信がない』


『……へ? どういうことだ? 魔物討伐じゃなかったのかよ??』


『魔物討伐だよ、たぶん。それは間違いないと思うが…………問題は、その中身なのさ。昇格試験にはいくつもの〝パターン〟が存在する。それこそ、僕が知っているものや、僕の知らないものまで。……その〝条件〟を知ることこそが、魔物討伐の内容なのさ』


『……?』


 僕は首をかしげる。

 どういうことだ。昇格試験の中身なんて、〝Eランク〟の冒険者に相応しいだけの魔物を倒してくる―――とか。そんなんじゃないのか。


 なのに。そんな僕のシンプルな疑問に、ガフは残念そうに首を振るのだった。


『…………じゃあ、逆にクレイトに問いかけるが。その魔物討伐とは何を指すと思う? 勲功かい? 魔物を倒した成果? それとも経験値? 倒した魔物の中で、一番誰が大きいのかを競うのか。それとも、その賞金換算の値段によって、どの冒険者が〝価値がある〟と判断されるのか。それは、分からないだろう?』


『……む』


『最初から、与えられる『Eランク』の席数は決まってるんだ。だったら、どうにかして、他の生徒をふるいにかけて落とさなければならない。……その、条件は、毎回、生徒たちの多さによって〝厳しく〟なってくると思わないかい? 同じであるはずがない』


『……あ。』


 言われて、初めて気づいた。


 試験やテストなどは、その内容がどうこうじゃなく、『どう難しくすれば、生徒をしぼれるのか』―――そのルールを作るための一点。つまり、〝目的〟から作られている。


 僕とは、最初から考えが違った。

 僕はてっきり、昇格試験なんだから『全員の昇格は認めらないけど、クリアできる程度の難易度にはしておくか』的な試練になっているのだと思っていた。いや、実際はそれに違わないはずである。しかし、ガフの考えはさらに厳しかった。



 あの、《剣島都市サルヴァス》が魔物を討ち取ってこい―――、と要求するのだ。


 …………だったら、〝普通の試験〟であるわけがない。



『分かってくれただろうか』


『…………む。むむ』


 僕は思わず呻いてしまう。

 ガフは王国の貴族が着る、美しい羽織を動かしながら腕を組んで、


『〝魔物の森〟や、その他の〝ダンジョン〟―――そこに生徒を集めて、その場で〝ルール〟を発表する……。それが、僕がいったときの《サルヴァス》のやり口だった。―――逆に考えると、もし、それを知っていればかなり有利になる。――ずっと前、僕が初めて『ランク昇格試験』に臨んだときにも、何人か知っている生徒がいた。きっと、独自の情報網を持っていたのだろうね。その辺の情報集めも含めて、〝冒険者の腕〟ということだろう』


 ……そうか。

 僕は、初めて理解した。


 この時から、〝昇格試験〟の戦いは、すでに始まっているのだ。


 ガフの言によると、そのパターンは、3種類あるという。

 すなわち、レベルか。立ち回りか。魔物の数か。レベルの場合は〝一定期間の間に、レベルをいくつ上昇させる〟である。この場合は、レベルが低いほど上がりやすくなるため、僕のような冒険者が有利…………かと思いきや、実際はそうではなかった。最初からレベルが高い冒険者ほど、《指定の冒険エリア》の強い魔物を倒しやすくなるため、そっちが有利となる。


 二番目、立ち回り。この場合は、〝魔物との戦いにおいて、いかに味方の負傷が少ないか〟を比べることになる。上のランクにいって強い魔物と戦うことになると、一回の負傷ケガが、動きを悪くして、逃げられなくなったり、致命傷に繋がる―――。


 三つ目は、魔物の数だ。

 これは単純に、魔物を多く倒せる冒険者の〝効率〟や、〝強さ〟を競わせることになる。レベルが低い冒険者は手こずるため、これが一番条件が悪いかな。


 ……だが。

 何より、僕たちにとって悪いことは、その『昇格試験の内容』を知るための〝情報〟が、どこからも入らないことだった。

 先日まで、僕らは、森で《グリーン・ドラゴン》に追いかけられて逃げ惑っていた、誰からも注目されない冒険者だった。そんな人間に、知り合いなんているはずがない。


 ガフの意見によると、すでに数人の生徒が情報を仕入れている可能性があるらしい。だったら、ただでさえ弱い僕たちとの差が開くばかりだった。


 僕は呻いている。

 すると、ガフは懐から紙を取り出して、


『――時間が欲しい。クレイト。なにも、昇格試験が今日明日にでもあるということはないだろう。その通知を見るに、試験は明後日からということだ。ということは、調べる時間がある』


『……え?』


 きょとんと。

 驚き、目を丸くする僕の前で。


『何とかする』――と。そうガフは言い残し、後日、僕らが合流する『街中の喫茶店』の名前を書いて放り投げてくるのであった。止める間もない。窓ガラスを開く。



『――おい、ここ二階―――!?』

『契約の力を発動する』


 ふわりと、不自然な風が吹いた。それは廊下の奥からガフに向かって吹き付けており、飾られた窓辺の花瓶の花が、その突風に花びらを散らせた。


 ガフの握りしめた〝鞘に入った剣〟が、その鞘ごと淡く発光する。

 気がついたときには、ガフの姿が窓から飛び出していた。雷撃の走る鋭い音が響き、それから地面より少し不自然に浮いたガフの体が、また不自然なほどの〝バネ〟の力によって跳ね上がる。


 …………気がつくと、街中の屋根へと上って、姿が消えていた。



『…………………。今さらだけど、アイツってすごいヤツだったんだなあ……』


『……はい。一応、『Cランク』ですよ、マスター……! ミスズ、初めて見ました』


 と。興奮冷めやらぬ顔で言ったうちの純粋無垢な精霊は、花瓶の花ごとそよがれていたスカートを上から押さえていた。



 …………とまあ。

 こんなわけで。僕は後日に、喫茶店に来たわけだが。




   ***



(…………ま、ますたー! すっっごく高そうです。このお店!)


(お、おおお。落ち着け……! 田舎者だと思われるだろ……!?)



 僕とミスズは、すっかり上品な、王都っぽい喫茶店の雰囲気にやられちゃっている。

 …………なんだよ、あの見たこともない『豆挽き』の道具は……。アンティークがかって美しく、しかも歯車までついているぞ……?


 現在。僕とミスズは、待ち合わせ時間になっても現れないガフを待ちながら、その場違い感漂う高級店を見回していた。周囲には、いかにも『上級生』といった学徒たちが、冒険で設けたのだろう、うんと高そうな紅茶や、名前も分からない細工品のケーキをつつきながら、昼間のひとときを優雅に過ごす談笑をしている。


 …………う、うぬぬ。


 このメニュー表にある、どの〝焼き菓子〟を見ても、僕やミスズが平気で三日過ごせるほどの金額が書いてあるぞ……?



(……ますたー! ど、どうしましょう……?)


(お、落ち着けって。そんな心細そうな顔をするなって! ほら、僕らこれでも、魔物を倒している冒険者だぞ? 外の魔物に比べたら、こんなもの〝魔物スライム〟以下さ。肝っ玉を据えてだな……)


「―――お客様。ご注文は、お決まりですか?」


「――うひゃい!?」


 僕の渾身の強がりを、その柔和な笑みの店員さんが、にこにこ顔で崩してきた。

 僕は思わず飛び上がって、両手を店員さんとは逆のほうに避難してしまう。情けなくったって、仕方がないじゃないか。だって、人間誰しも……こんな状況―――(自分の生活費の何倍もする料理という名の刺客)―――にあったら、悲鳴を上げてしまうのだ。


 対して、店員さんは『この客、頼まねえのか』とばかりに。貧乏な冒険者の服装をして、なかなか頼みたがらない〝場違い〟な僕らに、穏やかな笑みで圧力をかけてきた。


 その時だった。


「―――そうだな。僕はこの紅茶―――サルヴァスの菜園《神樹の園》で作られた、ライズィーを使ったお茶をもらおうか。――あと、この二人にも飲み物を」


「…………ガフ様」


 驚いた声を上げたのは、店員だった。


 その緑色の上品な喫茶のエプロンをした女性は、突然のガフの出現に驚いている。……というか、僕らと見比べられている。『え? え? あのガフ様と、この貧乏冒険者たちが知り合いなの?』みたいな、そんな目で。


 …………失礼なこと、この上もなかったが。仕方ない。今のガフは、僕らにとっては救いの神にも思えてしまった。

 ガフはどうも、この高級店の常連らしかった。特別な敬意を払われ、店員さんが去っていく。


「…………し、死ぬかと思った……」


「…………それは、昇格試験の後に是非とも聞きたい言葉だね。クレイト」


 いつもの軽口を叩きながら、その男は苦笑してテーブルに腰掛ける。

 まず、遅れたことを謝った。


 それから、


「――クレイト。待たせた甲斐はあったよ。どうも、今回の試験、ずいぶんと胡散臭いことになっているみたいだ」


「……? どういうことだよ?」


 ―――『E』ランクへの、昇級試験。


 僕らが直面している問題は、それであった。

 だが、ガフが言うには今回の試験はどうも一筋縄ではいかないとのこと。過去の試験よりも、参加条件が多いらしい。――集まった生徒が〝過去最大〟ということで、厳しい内容になっているという。



「…………そりゃまた。運がないな。というか、その内容について聞いてもいいか? ガフ」


「そうだな。是非とも、心して聞いてほしい」


 と。ガフは、襟を正し。

 その禁忌の名前を口にするような厳しさで、口を開くのだった。


 聞こえてきた内容は、






「―――その名も。〝魔物百討伐〟さ」






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