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03 森と少女




 その女の子は、進めば進むほど暗くなってゆく『魔物の森』の恐ろしさに息を潜めていた。


 …………呼吸が出来ない。手に持った、《燭台灯カンテラ》の炎ですら震えて消えそうになる。そんな暗闇を、わずかな光とともに照らしながら少しずつ進んでいた。


 ――場所は、中級冒険エリア。

 『冒険エリアⅡ』と呼ばれる場所であり、通称・第二の壁と呼ばれる魔物の群生地帯であった。もともと、緑豊かな楽園島の《サルヴァス》は湖の中にあり、その湖ごと、ぐるりと囲むように森が生い茂っていた。

 森の深い部分を《魔物の森》と呼ぶ。

 その所以は、木々が深く、より魔物にとって生活がしやすい場所になると―――強い魔物や、他の魔物との取り合いになるのだ。


 その必然的な生存競争に勝利すると、残った魔物などは〝レベルの高い〟〝強い〟モノばかりになる。

 よって、この森を夜に歩くことは危険とされていた。



「……ぶ、ぶるぶるっ」


 暗くぽっかりと入り口を開く『魔物の森』は、まるで巨大な魔物が暗い口を開けて待ち構えているかのようだった。

 どこまで進んでも、他の学徒とすれ違うことはなく―――800メルト四方――(おおよそ《剣島都市サルヴァス》の四倍)――の敷地面積を誇る森では、常時、〝推奨レベル8〟相当の魔物が4.000匹は徘徊しているという。


 それは、今も暗い草地に足を踏み出す冒険者にとって、恐ろしい数字であった。



(だ、大丈夫よ……大丈夫……。メメア。ほら、偉大なりし始祖冒険者の〝ロイス〟は言っていたじゃない。〝冒険者よ、失敗を恐れるな〟……って! あ、あんなに練習したんだもの。

 それに、他の冒険者だって―――《スモール・ピッグ》の魔物のごとき猪突猛進で挑め! って格言を残しているくらいだし。進まなくちゃ結果は残せないわ。私だって、やればできるはずよ)


 その少女は、自分を鼓舞しながら『冒険エリアⅡ』を進んでいた。


 必ず、戦果を持ち帰る。

 ――必ず〝レベルアップ〟をするんだ、と気合いを込めて、経験値を持ち帰ろうとしていた。しかし、進めど進めど、魔物らしき姿が見当たらない。まさか、魔物がすべて出払っているとも考えにくいし………眠っているにしたって、〝夜行性〟の猛獣だっているはずだ。


 帰り道に、〝遭遇エンカウント〟するリスクがある――。冒険者にとって、冒険とはそう楽なものではない。


 この少女も何度か楽観的に思おうとしたが、直後に不安が襲ってきて『……う、うう』と《燭台灯カンテラ》の炎をもつ手を震えさせる。そのたび、落ち着かせるように呟いていた。


 …………極度の緊張で、目が回る。

 ……お守りのように、その懐の『赤い本』を抱きしめ続け、進んでいる。


 すると、


『…………マスター。いい加減にしましょうよ。だめですよ。できっこないですよ。もうやめましょうよ。そもそも――戦っても益のある戦いとは思えないですし。僕らって弱い冒険者たちですよ。魔物がきたってロクに戦えないですし…………それに、『エリアⅡ』の魔物どころか、エリアⅠの始まりの平原の魔物すら難しかったんですから』


「う、うう。うるさいわね。アイビー! やってみないと、分からないじゃない」



 例のへたれ腰で、連れを叱りつける。

 その相手は―――暗い森の、どこにも姿が見受けられなかった。カンテラの炎にも浮かび上がらない。

 それもそのはず、この連れの声は『精霊』のものであり。サルヴァスでは、通称〝剣の御子〟と呼ばれている。今は厳戒態勢の〝結合シンクロ状態〟であるため、彼女の持っている〝武器〟と一体化している。だから、姿がない。


 しかし、奇妙なことに――。

 その精霊の声は〝男〟であり。

 この冒険する少女の体のどこにも、本来あるはずの〝剣〟というものがなかったのだ。そのフリルのついた冒険者服の腰にも、何ら武器になるようなものはない。


 ……あるのは。ただ、薄ボンヤリと発光する、不思議な形をした『赤い本』だけである。



『夜間のほうが〝魔物〟が数倍手強くなる……って、マスターもよく知ってますよね? 《剣島都市サルヴァス》の常識ですよね? …………なのに、なんで冒険しちゃうかなぁ。できもしないのに』

「……う、うう。なんでアイビーは止めるの」


『リスク管理と、財政管理。それが〝僕〟の仕事だからですよ。マスター。できもしないことはやらない。成功しない取引に、〝金〟は使わない。――他の周辺王国の商人だって、その辺は常識なんですから』

「…………う」


『そんなに悔しかったんですか? 学院で、馬鹿にされたことが―――?』



 精霊は、言う。

 この〝アイビー〟と呼ばれた精霊は、彼女が同じクラスの獣人に馬鹿にされたことを言う。彼女は、クラスの全員に馬鹿にされた。ある日、笑いものになった。だから、彼女は『自分だって冒険できるもの!』ということを、声高に宣言したのだ。


 宣言してしまうということは、〝やらないといけない〟ということだ。

 勢いで出任せに言ってしまったとしても、ここは冒険の島。―――二度と引き返せない崖っぷちは、危機でしかないことを意味した。



「――同じクラスの、全員で馬鹿にしてきたのよ!? 悔しいじゃない。だから、私だって〝魔物の森〟を攻略できる―――ってことを、示したいじゃない」


『…………それで、見返すために〝レベルアップ〟ですか。はぁ』


「…………た、確かに、私はいつも簡単な冒険エリアを探索していて、強い魔物だって倒せないわよ? ……クラスだって低い。冒険者のランクだって、〝ランクF〟から進めない……でも!」


「―――〝経験値〟だけは多いという深夜の〝魔物〟を狙って、狩れれば次のレベル帯にまで一気に昇格―――。それで、次までに、例の〝イベント〟に間に合わせる。ですか』


「そ、そうよっ。誰も、私をバカになんてできなくしてあげるんだから」


 …………などと。

 少女のそんな癖のついた桃色の長髪を揺らしての主張に、精霊は「はぁ」と呆れて声も出ない感じに言う。



『―――僕たちの聖剣が、本の形をしているものだと、してもですか?』


「そ、そうよ。私たちの本は、魔道書なの。ページを埋めていくの。《レベルアップ》で!」



 彼女は、言う。

 こんな聖剣、前例がない…………。過去にまでさかのぼって調べてみると、少数だけいた『呪文使い』と呼ばれる聖剣使いの種類である。


 それは、絶滅した冒険者だった。

 通称、〝属性使い〟とも言われる。おとぎ話や、童話書などに出てくるような、あの〝本物の遠距離攻撃〟――それを、精霊の属性契約で放つのだ。


 もし大成すれば、格付けは、〝A〟――、《赤き飛竜グレム・ワイバーン》クラスの大きな魔物ですら、打ち落とすことが可能とされていた。しかし、それだけ冒険していて貧弱で、近接攻撃ができないため、冒険者として絶滅に到った経緯は、考えるに難しくない。低レベル帯で、草原の魔物――〝ワイルド・ウルフ〟にすらまとわりつかれただけで、終わるのだ。


 通常、魔物ばかりが溢れかえる《剣島都市サルヴァス》の冒険において、剣を持たずに冒険するということは危険でしかなかった。だから、聖剣は〝強く〟〝優れたモノ〟でなければならない。

 普通の〝王国の鉄の剣〟などで魔物の相手をしようものなら、その牙や、爪で、一撃でぽっきり両断されてしまうのだ。


 ――メメアに与えられた条件は、〝魔物に近づかれずに〟〝いかに、レベルアップをするか〟ということである。


 しかし、


『…………そんな虫のいい条件、許されるとでも?』

「う、うう」


 都合のいい冒険などない。


 ―――〝最弱底辺の、レベル3の本使い〟―――。


 それが、彼女の正体だった。

 初期レベルが〝3〟だったのは幸運かもしれない。ステータスもそこそこ高かった。しかし、それだけである。

 他の剣士のような身体能力もなく、また、上げるための〝腕力〟も〝聖剣〟もない。魔物を倒さなければ冒険者の〝ステータス〟が上がらない以上は、今の状態は、もはや詰みといってもよかった。


 しかし、彼女たちにとって、悪いことはまだある。

 それこそ、彼女たちが、なぜ〝落ちこぼれ〟などと呼ばれるのか。


 それは――〝剣の力がなくて〟〝遠隔攻撃〟しかできない――。そんな彼女たち孤独な本使いの中でも。さらに、悪い条件。

 本来は、〝属性契約〟という、〝炎〟や〝氷〟の結晶を飛ばして戦うスタイルの彼女たちだが――。必要なのは、〝呪文〟と呼ばれるページの一文である。



 彼女たちにとって、問題なのは。


 彼女のそんな魔道図書には―――〝一つも、呪文が書かれていない〟、ということであった。


 空白のページが、そこに開かれている。



『………無理と思いますけどね。もう、付き合ってられないですよ』


「ここだけ。あと、少しの夜道の冒険だけ、手伝って! アイビー。あなたに見捨てられたら私はおしまいなの!」



 そして。森を進む。


 冒険を成功するっきゃない。魔物だ。要は、強い魔物を一匹だけでも仕留められればよかった。

 上級の呪文を会得できるかもしれない。

 空白の書に、一個だけでも浮かび上がるかもしれない。


 彼女――メメアが耳にした条件だと、〝レベルアップ〟により、聖剣の力や特殊技能が増えるということがあるらしい。可能性に過ぎなかったが――。だが、メメアにとって、それは確信できる情報だった。

 一流の剣士たちは、明らかに技が多い。

 …………ならば、自分にも。


 メメアはそう思って魔物の森を進んでゆく。

 一流の冒険者たらん、とする意欲のあるメメアたち―――。


 だが。ここが重要なのが。



 ―――彼女は、結構 〝うかつ者〟 ということである。



「………?」


 ぶみっ。と何かを踏みつけて。(彼女は身長が低いので、上ばかり見て歩いていた)……そして、倒れた。

 子供が転ぶような姿。そして、その踏みつけたモノの正体を追いかけると、細くて柔らかい何かだった。


 ペタペタと触った。それはざらざら。奇妙な肌触りをしていて、最初、地面から伸びてきた木の根っこか何かだと思った。

 こんなに柔らかな根っこがあるのか。あるいは、蔦か……? それにしたって大きいな、と彼女は思いながらも、その質感を確かめるように、彼女は何度も触ってみる。


 すると、『地面を這う蔦』だと思っていたモノが、急に嫌がるように持ち上がる。バランスを崩した。彼女は広いおでこをぶつけ、その場に《燭台灯カンテラ》が転がった。



「うう、なんなのよ……! 変な蔦ね」


『………………マスター。マスター。上』


「……へ?」


 と。涙目を上げて、その地面に転がった《燭台灯カンテラ》を拾い上げて、わずかな灯りをたよりに見つめる。


 すると。



 そこから、巨大な〝瞳〟がギョロリとこちらをのぞいてきた。



「…………ひっ」


 少女の喉が痙攣したように引きつる。

 その小さな体が、転ぶように後ろに動いた。……しかし、直後に森の樹木にぶつかった。背中が動かず、腰を抜かした。同時に、浮かんだカンテラの光によって、その闇の中にあったシルエットが、少しずつ形を帯びていく。


 それは。

 それは。



「………………ド、ドラゴン…………?」



 《深緑の飛竜グリーン・ドラゴン》―――。

 普段は森の中で佇む、巨大な〝森の覇者〟である。めったに人の前に姿を現わさず、他の魔物のように遭遇率は高くない。…………しかし、もしも不運な一部の冒険者たちがいたら。それは果てしなくツイていないと言い切れるような……。そんな魔物。


 メメアの喉が、思わずゴクリと動いた。


 森の深い眠りについていた〝覇者〟は、寝起きが悪かった。無理に起こされたと思ったらしい。その恐ろしい瞳は、烈火の如く怒り狂い。その獰猛な牙は、獲物を食い千切らんと、じゃりじゃりと噛みしめていた。


 森に、低く、不気味な咆吼が響き渡った。



「ひっ、ひっ……ひっ…………」


 彼女が《燭台灯カンテラの光を目に向けたのも悪かった。寝起きの機嫌が悪い魔物は、ただでさえ怒っているのに、さらに火に油を注いだ。

 魔物が覚醒する。意識を取り戻した飛竜は、本来の〝乱暴で暴れ出したら手がつけられない〟という行動を起こす。

『魔物の森』の最強生物を、敵に回してしまった。



「ガアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!!」


「きゃああああああ―――っ」


 血走った目が、追いかけてくる。

 彼女は『冒険を成功させる』どころか。その日のために準備した冒険道具もすべて落とし、買い込んでいた《治癒薬ポーション》なども全部かなぐり捨てて。ただ逃げるために。冒険で築き上げてきたすべてを失って。


 ――― 一路、《剣島都市サルヴァス》までの道のりを、遁走するのであった。







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